第97話 緋苑VS終夜 -決着-
互いに剣を構える。両者の間に緊張が張り詰める。
恐らくこの一撃を征した物が勝者となる。それを理解しているから、互いに気を伺う。
「……」
「……」
2人の呼吸音と木枯らしの音だけがそこに響く。そして10秒程経っただろうか?1枚の青い葉が両者の間に落ちる時……。
緋苑は動きだした。
緋苑は踏み込みと同時に後ろ手に構えた剣から炎を放出する。終夜は刀を握る手に力を入れ、その場を動かない。
冷静に、聡明に、明晰に判断し、超速居合のコンセプトに最適なカウンターを狙う。
そして今、両者は互いの間合いに入る。
「はっ!」
終夜の居合が閃くように振り抜かれる。刹那──緋苑はその剣を鋼のブーツに変え、靴底から噴射した炎を利用した跳躍で居合を躱す。
だがただの跳躍では無い。飛び込むように躱しつつ空中で一回転、そして体を捻り、背後を取りつつ相手に向き直り着地した。そしてまた式神を剣に変化させ、すぐさま刃を振りかぶる。
終夜が振り返るがもう遅い。朱き刃の逆袈裟斬りが、終夜の刀を持つ腕を斬り飛ばし、その胸から左肩をバッサリと斬り裂くのだった。
数歩、ゆっくりと後退る終夜。緋苑との間にはおびただしい量の鮮血が滴り落ちる。
最早、両腕は機能せず、多くの血を失った。ここから挽回する手段を終夜は持っていない。
(思えば……なんで生きてきたんだっけ?)
死を前にして、終夜が思ったのはそんな事だった。ゆっくり、ゆっくりと記憶の蓋を開ける。ある日から考えないように務めた……幼き日の事。
それは終夜の頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
最初に思い出したのは忌まわしい古巣……玄天家。そして、その家と度々いざこざを起こしていた朱天家の会合だ。
なぜ集まったのかは忘れた。下らない事だったと思う終夜。
だから抜け出したのだ。その時終夜は12歳程。しかも、陰陽術が全く使えないという特異体質であった。
代わりに陽力の質が良く、纏って居るだけで身体強化術を幾つも重ねたぐらいの力があったが……伝統的な陰陽術を重視する歴史の長い家柄では認められず、立場が低かった。
そうであるので、別に居なくなっても会合は滞りはしないと考えた。
朱天家の家を隠れながら探索していた。すると、庭のある縁側に腰掛けた1人の少女が居た。
赤毛を腰まで伸ばした同い年くらいの少女。
終夜は何となしに話しかけると、どうやら彼女も抜け出して来たらしい。
協力して『影』に立ち向かう陰陽師であるのに、咒装の所有権がどうの利権がどうのと下らないと少女は語った。
それは終夜も同じ気持ちだった。お互いがそれぞれの家の愚痴を零した事がきっかけで意気投合する。
一通り語った後、まだ互いに名乗って居ないことに気が付き、なんだかおかしいと2人して笑った。
「私は朱天緋冴音。貴方は?」
「俺は……玄天終夜」
後に、契りを交わす2人の出会いだった。
2人はその日出会った事がきっかけで度々会う事にした。
会合は抜け出し、裏山に行って遊んだり……休日は色んな場所へ出かけたりした。そしてまた家の事を愚痴ったりと……兎に角仲睦まじく過ごした。
だが、そんな幸せな日々は終わりとなる。
数年後、終夜と緋冴音は18歳になった。恋人同士となり、より絆を深めた2人とは対照的に、玄天家と朱天家は関係を悪くする。
当主同士が御前試合にて致命傷を負ったのだ。どちらも一命は取り留めているものの、当時の陰陽頭の逆鱗に触れ……責任の所在を押し付け合う形になる。
黙認していた両家も2人の関係を解消する事を打診する。
2人は雨の降る中、2人でよく遊んだ裏山に来ていた。終夜は別れを告げる為に赴いたのだ。どちらも俯き、暗い顔をしている。
「緋冴音……終わりにしよう」
「なんで?どうして私たちが別れないといけないの?」
「……俺らだって、互いの家の血を引いてる。その家の一員なんだ。なら、当主の命に逆らうなんて……」
「ふざけないで!」
緋冴音が珍しく声を荒らげる。その様子に驚き顔を上げる終夜。
「家の血を引いてるから、家族だからって何!?当主ならなら、その命令ならなんでも決めていいの!?家の為とか言って、人の幸せも全部思い通りにしていいの!?」
「それは……」
「ねぇ……?私はやだよ……君と過ごして、本当に幸せだったの。君と離れ離れなんて嫌だよ……」
「緋冴音……」
「終夜……」
身を寄せる緋冴音を終夜は抱きとめる。そして考える。どうすれば別れずに済むのか、どうすれば2人が幸せになれるのか。
雨に打たれながら考え、終夜は答えを出した。
「緋冴音……俺と着いてきてくれ」
「……どこへ?」
「何処だっていい。2人で居られるように、誰にも邪魔されない場所なら何処だって……」
それは家を出るという事だ。貴族でもある2人は当主の命以外で縁を切る事は出来ない。だから……これは逃避行だ。
勿論、追手が来るだろう。そして捕まれば連れ戻される。
それでも……緋冴音は首を縦に降った。
「うん、行く……全部捨てて、終夜と何処へだって……!」
「ああ、行こう……緋冴音」
2人は手を取り、走り出した。そしていつしか……雨は止んでいた。
それから7年。終夜と緋冴音は24歳になった。追われながら各地を転々とし、たどり着いたのは長閑な村。
ここは人里離れており、村までの道も険しく入り組んでいたので追手も来れなかった。
素性も定かではない2人を村の人は温かく迎え入れた。2人は感謝し、空いた家と畑を借りて生活していた。
家に居た時のように裕福では無かったが、確かに2人は幸せだった。子宝にも恵まれ、その子ももうすぐ生まれる。全てを捨てた先、再び手に入れた幸福を噛み締めて過ごした。
だが、それもまた阻まれる事になる。
追手を差し向け7年。脱走者を捕まえられないとあっては家の威信に関わる。
だから玄天家と朱天家は共謀し、御前試合で当主同士が致命傷を負った事件を利用した。逃避行の為に当主を焚き付けて両家を混乱させたとして陰陽師全体で指名手配したのだ。
その人海戦術により2人は捕まり、忌まわしいそれぞれの家へと戻されるのだった。
2人が連れ戻されてから10日後。
終夜は家の地下牢に入れられた。そこに1人の男が入ってくる。
長い黒髪を一房に纏めた琥珀色の瞳を持った男。終夜と同じ髪色と瞳を持つ、少し若い彼は終夜の弟だ。
「兄さん久しぶりだね。兄さんが居ない間に僕は次期当主になったよ。もう頭は冷えたかい?」
「夕夜か……何しに来た?」
終夜は格子越しに夕夜を睨む。夕夜はそれに呆れた風な顔をする。そして一言呟いた。
「兄さんは間違ってる」
「あ?」
兄により鋭いガンを飛ばされながらも夕夜は話し出す。
「だってそうだろ?たった1人の女の為に、玄天家の名誉も誇りも捨て去るなんて馬鹿げている。だいたい朱天家は馬鹿ばかりだ。己の非を認めず、すぐに忘れる。鳥頭もいい所だ」
つらつらと朱天家の事を愚痴る夕夜。
「何が言いてぇんだよ」
「緋冴音……だったっけ?あの女に誑かされたんだろ?」
「なん、だと……?」
夕夜の口から出た言葉に青筋を立てる終夜。睨む目にも殺気が籠る。
「アッチの当主は彼女が御前試合の失敗を計ったと言っていたよ。兄さんも共犯と言っていたがそれは信じなかった。兄さんがそんな事する訳ないからね。でも安全に保護する為にはその話に乗るしか無かったんだ。許してくれ」
夕夜は早口で語っていく。まるで自分の言葉は全て正しいかのように。
「だからもう忘れよう?あんな女なんて。優しい兄さんを利用してたんだ……そうに違いない」
「……そうか、分かったよ」
「分かってくれたかい!?」
終夜の言葉に食い気味に話す夕夜。その顔は喜びに満ちている。反対に終夜は俯いたままで、その表情は夕夜から読み取れなかった。
「ああ、だからいい加減ここから出してくれ。風呂に入らねぇと玄天家の人間として示しがつかねぇ」
「うん……!うん!そうだね!ならお風呂沸かさないと……!待ってて今開けるから!昔みたいに一緒に入ろう!そしたらご飯を食べながらいっぱい話そう!僕が時期当主に選ばれて、家の権力の半分を握るまで大変だったんだから……!」
夕夜は心底嬉しそうにしながら鍵を開ける。立ち上がった終夜はゆっくりと牢屋から出る。そしてその手の手枷もすぐに外された。
「さあ行こう兄さん!兄さんは僕なんかより次期当主に相応しい!だからすぐに潔白と力を示さなきゃ……でも安心して!僕が兄さんの覇道を支える!先ずは緋冴音とかいう女を処刑して……って、兄さん?」
夕夜は何も言わない兄に首を傾げる。盲目的な夕夜は何も分かっていない。終夜が演技をしていた事も、己が口に出した言葉が終夜を怒らせるとは……何も分かっていなかった。
「がっ!……に、兄さん……?なんで……?」
夕夜の腹に、終夜の貫手が刺さる。その手は直ぐに引き抜かれる。夕夜は訳が分からないという顔で冷たい地面に力無く倒れた。
「なんで?愛する人を殺すって言われてどう思うのか……分からねぇのか?なら……そこで死んでろ」
終夜は冷たく見下ろして突き放す。その横をゆっくりと歩き、地上へ上がる階段を行く。
「兄、さん……」
(どうして?僕はただ兄さんが好きなだけだ……昔みたいに一緒に居たい。僕だけが兄さんの価値を分かってる。そんな兄さんに……僕を見て欲しいだけなのに……)
夕夜は最後まで終夜を理解せずに息を引き取るのだった。
終夜は玄天家の蔵から咒装を奪い、立ちはだかる人間を斬り捨てて脱出した。そして……朱天家へと足を運ぶのだった。
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