第96話 緋苑VS終夜-弐-
体勢を立て直す終夜。緋苑はトンネルが出来た境内を突っ切り、外の終夜へと強く打ち込む。ぶつかり合う朱剣と大刀。終夜はすぐさま大刀を回転させ、接触は最小限、剣を逸らすようにして対処する。
(剣の時も片鱗は見えたが……こいつ技量がやばい……!)
緋苑は打ち合う事で直に終夜の武器の扱いの練度を思い知る。だがそれだけで勝負が決まらないのが術者同士の戦い。
一歩離れた終夜。緋苑は剣を構えるが追わない。すると朱鶴霊剣が輝き、刃から炎を解放する。
「『朱鶴燎原』!急急如律令!」
刃を振り抜き放たれるは地を這う炎の波。朱鶴本体に貯められた炎を放ったのだ。
「水天」
瞬時に数回回転させた大刀を振り下ろし、穂先から激流が生まれる。それは炎を呑み込んで消火してしまった。
五行の水は火を討ち滅ぼす相剋の関係。だが水流の勢いを殺し、辺りに水が散らばる程度に軽減出来たのは、緋苑の咒装変化の技量あってのもの。
総合的な観点から両者の力は大きく離れていない。だがそれは大刀を装備した終夜と……だ。
(防がれたが手応えは悪くない。次は……)
剣を構え、次なる手を考える緋苑。対する終夜は左の袖から鎖を取り出した。緋苑は気配からしてまた収納咒装を使ったのだと判断する。
「先ずは縛る」
緋苑へ向かって鎖が伸ばされる。その速度は速いが、緋苑が避けられない程では無い。濡れた石畳を蹴って躱す緋苑。反撃の為、着地と同時にグッと地面を踏み込む。
そこに、電撃が走った。
「ガッ!」
(奇襲……!?いや、鎖か!)
視線を元いた場所に移すと、突き刺さった鎖は紫電を纏っていた。
咒装『霹靂』。紫電を発する術式を持つ鎖だ。だか効果範囲は鎖から数cmのみ。
それが離れた緋苑に届いたのは……。
「水か!」
「御明答」
そう、『水天』で辺りに散った水を紫電は伝ったのだ。その上、五行で水は木の雷を強化する相生の関係。その電撃は倍となって緋苑を襲っていた。
状況に合わせ、異なる形や術式を持つ咒装を使い分けるのではまだ二流。咒装を組み合わせて1人で強力な連携を繰り出してやっと一流と言える。
それこそ……烏間終夜が咒装使いと呼ばれる所以である。
「死ね」
鎖を回収し巻き付けた大刀。高速回転させ、紫電を纏った一際巨大な水流が放たれる。硬直して無防備の緋苑はそれに容易く呑み込まれてしまった。
そのまま神社の鳥居を粉砕し、水流は入口の階段から流れて行くのだった。
「……さて、本命を追いかけるか」
1人になった終夜は逃げた悠達の方へ足を向ける。
「どこ行くつもりだ?」
「っ!」
だがそこに緋苑の声が響いた。
声がしたのは上から。振り返り視線を上げると、朱い鋼の翼を背負った緋苑が居た。
「『朱鶴赤翼』急急如律令」
朱鶴を己の翼とする式神変化だ。そして翼だけではない。
背部の装甲が開き、そこから炎が吹き出す。それによる高速移動で終夜の目の前に現れた。
「ハッ!」
終夜は大刀を振るうが、緋苑は軌道を瞬時に変えて躱した。そして背後から拳を食らわせる。そのまま空へ殴り飛ばす緋苑。終夜は空中で体勢を整えようとするが、その顔へまた拳が入る。
「うおおおおお!」
緋苑は螺旋状に回転上昇しながら、その中で終夜に連撃を浴びせていく。そして空中に躍り出た緋苑は翼を剣に変え、重力に引かれる勢いを乗せた一撃を振り下ろす。
「ぐぅっ!」
終夜は大刀に雷を纏いつつ、陽力を集めて受け止める。しかし剣の勢いを殺すには心許なく、鎖と木製の柄は砕けてしまった。そのまま終夜は地面に叩きつけられる。
何とか地面に手を付き、降り注ぎ追撃する緋苑から離れる。
(このまま仕留める!)
緋苑は剣から炎を噴射し、急速に接近する。翼程では無いが剣でも高速移動が可能なのが咒装となった朱鶴の力。
「チッ!」
終夜は苦し紛れに水天の刃を投擲する。回転しながら進むそれは水を吹き出し威力を高めていた。
しかし、回転する水天の長さは半分以下。先程迄の威力は出ていない。だから容易く緋苑の剣に弾かれる。
「うおおおぉぉぉ!」
回転する勢いを乗せて振るわれる朱色の剣。終夜は異蔵から刀らしき物に手を掛けるが、抜き放つよりも緋苑の剣の方が早い。
朱色の刃が終夜を斬り裂く。
筈だった。
「なっ!」
だが斬られたのは緋苑とその刃。
咒装『異蔵』。
生物以外の凡ゆる武具を収納する蔵。その出し入れは『開』と唱える事で扉を開く。中に入れた物は自動で登録され、取り出す際は使用者の思考した単語から最適な中身を取り出す。
──生物以外の凡ゆる物質を収納する。
逆に言えば、生物は絶対に収納できない。収納しようとした場合は弾き出す。
終夜は刹那の瞬間、刀の柄を手に取り……引き出すのではなく逆に押し込んだ。異蔵の開いた扉に手が接触し、手は弾き出される。だがそれは刀を握ったまま。
反発する勢いを利用した超速の居合。それにより緋苑は剣速で負けたのだ。だがそれだけでは無い。
(馬鹿な……!速度で負けても剣は……)
緋苑の思考するように、生半可な咒装では緋苑の式神咒装の剣は破れない。だが剣は容易く斬り裂かれた。
その秘密は当然、終夜の振るった刀にある。
咒装『霞烈』
刻まれた術式は、刀身に触れたモノの陰陽力の強奪。
この剣の前では凡ゆる術式は元となる陰陽力を奪われ、霞のように消える。肉体強化術式も、陰陽力を纏った強化も例外では無く、ダイレクトに肉体へダメージが入る。
緋苑はそれにより剣を折られ、その身を斬り裂かれた。
「ガハッ!」
鮮血が吹き出し、背中から倒れる緋苑。
「残念だったな……俺の方が上手だった。だがまあ、若いのに良くやった方だぜ?」
終夜は刀を納め、倒れた緋苑の横を悠々と歩いていく。
(クソ……!血が止まらねぇ……体も動かねぇ……!)
焼き付くような痛みと言う事を聞かない体。敗北という言葉が緋苑の頭を埋めつくしていく。
(こんな所で……終わりかよ……)
視界も霞み、端から暗くなっていく。その時、1つの情景が思い浮かんだ。
それは護衛任務を受けた時の情景だ。
(これは……走馬灯?)
緋苑の脳を駆け巡る記憶。それは加速し、段々と時を進めていく。
そして……昨日のキャンプの様子が映る。
「まだ、終わってねぇぞ……!」
それを見て立ち上がる緋苑。振り返った終夜は驚愕の表情だ。
(そうだ、まだ終われない……悠と、沙羅と、俺で……必ず勾玉と久音を護る……!そしていつか、久音に東京を案内するんだ……!)
交わした約束が、緋苑の消えかけた炎を再び激しく燃え上がらせる。
(馬鹿な……あの出血じゃ失血死……いや、その前にショック死しても……)
終夜は立ち上がる緋苑に訝しむ。だがその瞳に映った物がそれを納得させる。
「傷を焼いたのか……!」
「ご明答……!」
そう、緋苑は傷を焼いて出血を抑えたのだ。しかし、あれ程深い傷口を更に焼くのは想像を絶する痛みを伴う。
(とんでもねぇ精神力だ……)
それを乗り越え立ち上がった緋苑に終夜は驚嘆する。しかし満身創痍なのは変わりはしない。
「『開』……今度こそ殺す」
「いや、あんたが倒されるんだ」
再び異蔵を開き、霞烈の柄を掴み居合の体勢となる終夜。
緋苑もまた式神咒装・『朱鶴霊剣』を構える。
ここに、最後のぶつかり合いが始まるのだった。
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