第95話 緋苑vs終夜
立派な社が目を引く飛騨神社。普段なら風が吹く度に木の葉が舞い落ちる風情ある光景が広がる。だが今は木の葉の代わりに火花や石畳が砕けて舞うのだった。
「はあっ!」
緋苑は終夜へと接近し、幾多もその拳を振るう。それを終夜は逸らし、弾き、躱す。
大振りを躱した所で反撃に出る終夜。しかし、大振りはわざとだ。緋苑は瞬時に回転し、陽力を足先へ集中させた回し蹴りを放った。
「へぇ?」
終夜はそれを両手で防ぎ、後方へ飛ぶ事で威力を軽減する。だが緋苑の攻撃はそれで終わりじゃない。背後より式神『朱鶴』が迫る。
「おっと」
終夜は着地と同時にステップを踏んで回避する。その服は僅かに焦げるだけでダメージは無かった。朱鶴は緋苑の腕に止まる。
(あれを躱すのか……この黒髪のおっさん相当やるな)
緋苑は終夜の実力を測る。だがそれは終夜側も同じだった。
(式神使いが前に出るか……格闘もそこそこいけるとは有望だねぇ)
式神使いのセオリーに反する動きを興味深げに見る。
(護衛の黒髪男と金髪女は目の前の赤髪より弱そうだ……2人ならあの妖と五分ってとこか? まあなんにせよ、俺も行かねぇとな)
終夜は自身を囮にして、逃げたターゲットを妖に襲わせる作戦を行った。だが妖に取られてしまっては元も子もないので、美味しい所は頂く気でいる。
その為には分断した緋苑を早めに倒す必要がある。終夜は左手をかざす。それに緋苑は警戒態勢を取る。
「『異蔵』……『開』」
終夜の言葉をトリガーとし、左手に謎の半透明の箱が現れた。それは様々な形に姿を変え、やがて輪の形になる。そしてその輪が輝き、中心の光る空間から柄のようなものが伸びた。終夜はそれを掴み、一気に引き抜く。
「『火輪剣』」
出てきたのは火を纏う銅剣。
(収納する咒装! 獲物が消えたのはアレの術式か!)
剣を抜いた時点で半透明の輪は箱に戻り消える。そして剣を構え、終夜は一気に緋苑へと接近した。緋苑は連続して振るわれる刃を屈んだり身を捩り躱す。
「それで躱したつもりか?」
「っ!」
剣の軌跡の形に炎が舞っている。本来ならば消えゆくだけのそれは、より激しく燃え盛って緋苑へと迫った。緋苑は炎に包まれる。
「詰みだな」
終夜は短く言い放ち、炎ごと緋苑を斬り裂いた。
と、思いきや手応えは無い。
「おっ?」
炎が晴れると、距離を置いた緋苑の姿があった。式神を手に止めたその身には火傷の跡どころか、服が燃えた形跡も無い。
終夜は訝しむ。剣を振るい、宙に炎の軌跡を描く。
「『火輪刃』」
言霊を受けて炎は輪状に変化し、回転しながら撃ち出される。終夜は緋苑が炎をどう凌いだか見極める為注視する。
「『朱鶴』」
緋苑の前に出た朱鶴が火輪とぶつかり合う。すると、火輪がほつれて只の炎となり、それは朱鶴に吸収される。
「何……?」
そして朱鶴は一回りその身を大きく変化させた。
式神『朱鶴』。
その能力は一定以下の炎の吸収。元は式神『朱雀』の、五行の火の術を問答無用で吸収する能力を緋苑が出来うる限り再現したものだ。
「なるほどね。なら次だ」
終夜は再び異蔵を開き、剣を収める。代わりに、長柄の大刀を取り出す。
(長物……あれも咒装か? 一体何本持ってんだ……)
陰陽総監部では基本、咒装は多くて2つの所持が認められる。
特に術式を持つ咒装は手に取り、使う意思があれば容易に力を発揮する。便利な一方、紛失や強奪された際に逆に猛威を振るう事になる。
そうなれば所有者だけでなく、それ以外の者にも驚異となる。その為の使用数の制限だ。
だがこれは陰陽総監部に所属する陰陽師の話。野良の陰陽師や陰陽術を悪用する者にとってはその範疇では無い。
(つっても、異なる武器を使いこなす奴は少ないが……)
緋苑は警戒して朱鶴をけしかける。終夜はそれを躱しつつ緋苑に接近し大刀を振り回す。緋苑は身を捩って刃を躱す。しかしそこに反対の柄に殴られた。
「ぐっ!」
「そらそら」
大刀を手首を軸に回転させ連続攻撃をしているのだ。緋苑は連撃を避けていくが、次第に掠って傷が増えていく。
その終夜の背後から朱鶴が迫る。だがそれには気がついている。終夜は大刀を後方に突き出し、柄の先端で迎撃した。すると、朱鶴の体から炎が辺りに撒かれる。
「っ!」
炎を避ける為にその場から離れる終夜。だがその先には緋苑が先回りしている。
「『火拳』!」
火を纏った拳が終夜の背後を襲う。そのまま吹き飛ばされた終夜は、受身をとって緋苑へ向き直る。
(式神と近接挟撃……式神より後ろでチマチマ援護されるより余程やりずれぇな)
射程が無い分、威力のある憑依型の術で攻める式神使い……その変則的なスタイルに終夜は内心愚痴を零す。
しかし負ける気は毛頭ない。すぐさま切り替え、目の前の一回り若い陰陽師を倒す為に頭を回転させるのだった。
終夜は深く踏み込み、また緋苑へと接近する。朱鶴を放って迎撃する緋苑。凌がれたならば、また挟撃するのみだ。終夜は朱鶴の体当たりを身を屈めて躱す。そこに緋苑は火を纏った拳を振るう。
「っ!」
だが、それを終夜は棒高跳びのように大刀を突き立て、大きく跳躍して躱されてしまった。終夜は緋苑の頭の上を大きく飛び越え着地する。そして、回転させた大刀をその場で振るう。
普通ならば空を切るだけ。しかし大刀も咒装の1つ。その穂先から激流の如し水が発生し、それは緋苑へと襲いかかった。
咒装『水天』。
穂先の幅広の刃が本体である長物。刀身から水流を発生させて操るシンプルな術式だ。
だが回転させる事で水量と勢いが増す。それに加え、回転する獲物の長さによっても強くなる。だからこその長い柄だ。
大波で相手を流したり、閉所で溺死させたりと応用の幅が広い。そして終夜が繰り出したのは10回転の最大出力。その激しい水流に緋苑は呑まれる。
「終わりか?」
「な訳ねぇだろが」
終夜に言葉が返ってくる。水流の勢いが落ち着いた時、その場には朱い大盾で全身を守った緋苑が居た。
「武器を複数使えるのはそっちだけじゃねぇんだぜ?」
陽力を練り刀印を結んだ緋苑 。
「式神昇華・咒装変化」
盾が朱く輝き、その形を変える。やがてそれは朱色の剣に変化する。
「『朱鶴霊剣』急急如律令」
式神昇華……それは式神に更なる術式を加えて強化する術。その中でも咒装変化は、式神の能力を引き継いだ咒装に変質させる。
「いくぜ!」
強く踏み込み、弾丸のように緋苑は飛び出す。その勢いを乗せた朱い刃は大刀とぶつかり合い、激しく火花が散る。
「はあああっ!」
「なにっ……?」
緋苑は剣を振り抜き終夜を後方へ飛ばす。終夜は境内をぶち抜いて裏の森まで飛ばされる。空中で姿勢を整え、着地した足で勢いを殺していく。
(……こりゃ打ち合いは不利だな)
鍔迫り合いで押された事に終夜は苦心する。
咒装変化した武器には式神を構成する陽力がそのまま耐久性などに現れている。それを更に陽力で強化しているので、その力は普通の咒装よりも強力であるのだ。
(さて……どうするかな)
穴の空いた境内の先にいる緋苑に向けて、大刀の鋒を向けて構える終夜。その顔にはどこか戦いを楽しんでいるような色が現れていた。
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