第93話 ラストスパート
飛騨国。
緋苑たち勾玉護衛任務を任された一行は、遂に目的地である国へ入った。後は飛騨山の麓にある神社へ送り届けるのみ。
「もうすぐだ……油断せずに行こう」
悠の言葉に、皆が頷く。
これまでと同じように緋苑を先頭に、勾玉と久音を載せた山車を引く沙羅が続き、後方を悠が警戒する。しかし警戒心はより一層高まっている。だから、直ぐに迫り来るソレに気がついた。
「っ!沙羅!悠!」
緋苑が式神を出しながら声をかけると、既に沙羅は結界を張り、悠は刃をその手に取っていた。
そこに、森の中から無数の妖が飛び出した。
「各個撃破する!『朱鶴』!」
朱い鶴は緋苑の指示の元、その身に炎を纏いながら進み妖を蹴散らしていく。
「『双牙乱舞』!」
悠は両手の刃を舞うように振るい斬り捨てる。それらを抜けてきた妖を迎え撃つのは沙羅。
「『水刃流爪』!」
水で形作られた爪が飛びかかる妖を次々と斬り裂いていく。
3人は一瞬で合計40程の妖を屠って見せた。しかし、まだまだ妖は湧いてくる。
道路に降りてきただけで50は見える。そして山の中には更に50程の影が見えた。
「チッ!数が多いし、今迄より硬い!」
更に10体を倒しながら愚痴る緋苑。明らかに以前より強い個体がいる。
「妖は強力な結界には入れないわ!神社に行った方がいいかも!」
「確かに!俺が殿する!」
「分かった!先ずは道を開ける……!」
沙羅の提案に同意する悠と緋苑。緋苑は目の前にいる妖の軍を見据え、刀印を結び陽力を練る。
「『炎天鶴灼』急急如律令!」
緋苑の手から放たれた炎を纏い、鶴はよりその身を大きくさせる。そして妖達目掛けて体当たりを繰り出す。それにより、二車線の道路を塞いでいた妖達はたちまち消えてしまった。
「行くぞ!」
「うん!」
緋苑の合図を聞いた沙羅は山車を引いて走り出す。それを追いかけて来る妖。
「塞ぐ!」
悠は地面から金属の壁をせり出す。何体かはぶつかりその足が止まる。しかし山から回ってまた追いかけてくる。それらを切り払いつつ悠も走るのだった。
その様子を遙か遠くの木の上から覗く者が1人。片目で望遠鏡を覗く黒髪の和装の男……烏間終夜だ。
「さて、妖共は誘導した。少しは削って欲しいもんだな……ま、期待はしてねぇが」
終夜は望遠鏡から目を離し、彼らの進行方向にある神社を見据える。
「んじゃ、俺も仕事を始めるか」
木々の上からその姿は消える。そして次の瞬間には木から遠く離れた別の木の上に現れた。
そしてまたその枝を蹴って瞬時に移動するのだった。
妖から逃げるように走る緋苑一行。
「不味いのが来る……!」
悠が立ち止まる。その視線の先には、他の妖を押しのけて迫る存在を見る。猿の顔と狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇の大柄な妖が居た。
「緋苑!沙羅!先にいけ!」
「分かった!」
「頼んだわよ!」
悠の言葉に素直に従う2人。適切な判断であるし、悠ならば追いついてくると信頼がそうさせる。
「さて……アンタはここから先には行かせねぇよ」
悠は刀を突きつけ立ち塞がる。
「ほう……?この三代目鵺の邪魔をすると……?」
「妖に代とかあんのか……まあいい。勾玉を狙うなら倒すまでだ」
「フン、捻り潰してやろう……人間!」
鵺と名乗る妖は悠に飛びかかる。虎の手の爪が高速で振るわれる。悠はそれを両手の刀で受け止める。
(重い……!最低でも第陸位の力……!)
悠はその身を後退させる。爪はそのまま振り下ろされ、道路を広範囲に渡り砕く程の衝撃を生む。悠が第陸位の『影』と測るのも納得できる。
「しゃあっ!」
今度は尻尾の蛇を放つ。悠はそれを躱し、そのまま尻尾を斬り裂いた。
「グゥっ!」
怯む鵺。その隙を見逃さず、悠は接近して刃を奮った。それは鵺の手に防げれる。
「中々やるな。だが……」
「っ!」
悠の体に痛みが走る。顔をしかめながら視線を落とすと、腹に切り落とした筈の尻尾の蛇が噛み付いていたのだ。
「余所見」
鵺は刀を砕き、悠に蹴りを入れる。後方へ大きく吹き飛び、道路を転がる悠。
「チッ!」
舌打ちをしながら受身を取り、すかさず立ち上がる。
(再生能力か……?なんにせよ、首を落としたら大抵死ぬ)
悠は砕けた刀を消して新たな刀を作る。
「何本作ろうがまた折ってやる」
「できるもんなのならやってみてくれよ」
売り言葉に買い言葉を交わす。そして悠と鵺は互いに踏み込み、剣撃と爪をぶつけ合う。一度、二度、三度……それ以上の数の攻防を繰り広げる。
「確かに……今度は上物だな」
「どうも!」
力任せに悠は鵺の手を弾く。そしてその喉元に鋒を突き出した。
「ぐっ!」
鵺は間一髪の所で躱す。薄皮は切れて黒い血が僅かに漏れる。
(もう一発!)
逆の刀を振るい、その首を飛ばそうとする。だがそれは尻尾の蛇で受け止められた。
「残念だったな!」
喉を狙った刃を掴み、反対の手で反撃する鵺。悠は刀を手放し大きく後退。すんでのところで爪の一撃を躱すのだった。
「ハッ……折らなくてもお前の剣は対処出来る。この通り、手数が違うからな」
第3の手のように尻尾を操る鵺。2本しか手が無い人間は不利になるだろう。悠はまた刀を生み出す。
「フン……何度やろうが同じだ」
「そうかな?『金剛護剣』急急如律令」
悠の言葉をトリガーに、刀は巨大化する。しかしそれは悠の手にある刀だけでは無い。
鵺の左手と尻尾の蛇が咥えた刀もまた巨大化する。そして保持していた手と蛇の口は切り裂かれる。『金剛護剣』は悠が生み出した刀を強化する術式。範囲内にあるならどの剣かも問わないのだ。
「何……!?」
「終わりだ」
悠は飛びかかる。そしてその手の双刃を振り下ろし、鵺の両腕を肩を斬り落とした。
「ぐあああっ!」
黒い血が墨汁のように滴り落ちる。だがまだ鵺は倒れない。
「ぬぅ!」
後方に飛びつつ、腕の傷を再生させようとする。だがそれを見逃す悠では無い。双刃を投擲する。片方は鵺の胴体に突き刺さり動きを止め、もう片方は首を断つのだった。
「く、そぉ……!」
鵺はそのまま倒れ伏す。悠の読み通り、そのまま再生する事も無く死に至るのだった。
「ふぅ、追いつかないとな」
悠は一息つく間もなく振り返り、緋苑達の後を追いかけるのだった。
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