第91話 禍津 久音と朱天 緋苑
夜の行軍は妖が活性化して危険と判断し、一行は開けた場所に結界を張って野営する事にした。
山車に積まれていた物を駆使してキャンプをする。
「あんまりこういう事しないから新鮮だな」
悠がスープを飲みながら呟く。長期の任務でも無ければキャンプはしないし、今回は勾玉の影響で精密機器は使えない。
なので火を1つ起こすのにも、薪となる枝を集めてマッチで火をつけたりと使う道具はシンプルだ。
「そうだね。東京じゃ基本機械を使うからね」
沙羅もそれに同意する。すると、久音が口を開いた。
「皆さんは東京出身なんですか?」
「そうだよ。俺らのいる天陽院は東京郊外にあるからね」
「そうなんですね。逆に私はこういうのが慣れてます」
悠の答えに納得する久音。その流れで話題は久音の事に映る。
「久音さんはどこ出身なの?」
「私はこの大和国です。もっと北の方なんですけど、体質の事が分かってからは色んなとこを転々と……」
「そうなんだ……」
体質を調べる為にも色々な施設を訪れた久音。触れにくい体質の事には沙羅も言葉を濁す。その場に少し気まずい空気が流れる。
「んで、地元の近くに勾玉の保管場所があるんで戻ってきた訳か」
緋苑は物怖じせず話す。沙羅は緋苑のその単純な所が逆に今はありがたかった。
「はい、地元が近いから少し気が楽です」
久音もまた、沙羅と同じ気持ちだった。
「地元と言えば、私の所は山菜が沢山採れまして……」
「そうなんだ?私も料理するから、休日には山の方に山菜採りに行ったりするわ」
沙羅が話に食いつき、料理の話題になる。
「山菜の天ぷらは得意料理なんです」
「そうなんだ!私はおひたしにするな〜」
「おお〜どっちも美味しそう。そうだ、緋苑天ぷら好きだったよな?」
「まあな。揚げたらなんでも好きだぞ」
「そうなんですね。なら今度山菜の天ぷらも食べてみて下さい」
「おう」
そんなこんなで楽しく話す4人であった。
やがて夜は更け、悠と沙羅はテントに入り休息を取る。そんな中、緋苑は見張りとして火の番をしていた。
そこに沙羅が起きてくる。
「緋苑さん」
「なんだ?眠れないのか?」
「はい……ちょっと」
「今日は起きる前も箱の中にずっと居たから疲れてるだろ?明日も早いし、寝れる時に寝た方がいいぞ」
「ありがとうございます。緋苑さんって優しいんですね」
「は、はあっ!?」
緋苑は突然そんな言葉を言われて戸惑う。久音は小首を傾げる。
「優しいと思いますが……?今だって気遣ってくれましたし……」
「べ、別にそんなんじゃねぇ……護衛対象に何かあったらいけねぇからな」
顔を逸らし赤くなった頬を隠す緋苑。久音にはバレバレで微笑まれる。
「でもまあ、それだけじゃねぇかも……母さんと同じ名前なんだよ。ひさねって。字は違うけど」
「そうでしたか」
「ま、話し相手ぐらいにはなってやる」
「ありがとうございます。では……貴方はどうして陰陽師になったのですか?」
先ずは当たり障りない話題で話していく2人。
「別に、なろうとしてなった訳じゃねぇよ。自分家が陰陽師の家系で、ガキの頃からそうなるように育てられてきたから自然にって……」
「そうなのですか。私、体質の事があるまで何も知らなかったので……もっと、陰流?の陰陽師の事、聞きたいです」
「そんな面白そうなもんじゃねぇけど……分かった」
リクエストに応えて緋苑は語って行く。
「俺ん家……朱天家は特別な式神を代々継いできたんだ……名は式神『朱雀』。昔は悪い事したそいつを初代に当たる人間が調伏して従わせたんだと」
「へぇ〜……凄いんですね。もしかして、前に出していた鳥ですか?」
久音が言うのは緋苑が妖相手に出していた式神の事だ。
「いや、ありゃ俺が作った式神だ。まあ朱雀を参考にして作ったから無関係って訳じゃねぇが……まあいいや」
今度は家族構成に移る。
「んで本家筋は一夫多妻制だけど、分家の母さんの相手は父さん1人だけ。それで生まれたのが俺だ」
「名家は一夫多妻制や多夫一妻制もあるって聞いた事あります……本当だったんですね」
一般家庭の久音には縁遠い話だったのだろう。本当の事であると確かめられて嬉しそうだ。
「歳も近いんで本家筋の従兄弟は兄弟みたいに育ったよ。んで幼少期から陰陽師になる為に鍛錬してきた。そん中でも俺の実力は一番下でな。母さんは何も気にしてなかったけど、他の奴には事ある毎になんで出来ない、他の子はできるのにとか……緋苑みたいにはなるなって言われてたっけ」
「厳しいんですね……」
「まあな。朱雀を継承するには朱雀に認められる必要がある。だから誰も継げなかったら次の代まで朱雀は遊ばせてる事になる。そうなりゃ家の威信は落ちちまうから必死だろうよ」
大人の事情と言う奴だ。だが日々『影』と戦う陰流陰陽師には重要な事なのも事実。
「それにライバルの家があるからな。青天、玄天、白天家……どれも朱天家と同じように特別な式神を継いで来た家だ。纏めて四神家って括られるぐらい関係は深い」
久音はどこか不思議そうにその話を聞いている。
「……まあ分かんなくてもいい。俺だって家の為に強くなろうとか思ってなかったしな。ただ……見返したかった。俺を馬鹿にした家の奴を。俺だって強くなって沢山の人を助けられるって示したかった」
どんなに低く見られようとも決して諦めず鍛錬に励んで来た。そうして天陽院入学間もなく、緋苑は第肆位になったのだ。その事は誇らしげに語る。
しかし直ぐにまた諦観するような顔が表に出る。
「まあそれでも一番上の兄貴には敵わないんだけどな。朱雀も……今頃そいつが継いでるよ」
「え?」
驚く久音に自嘲気味に笑いかけ続ける緋苑。
「兄貴は第参位。そして継承の儀は昨日だ。俺は任務で出れなかったけど、儀式には親戚一同が揃う。兄貴はその全員と朱雀に認められるんだ……俺と違ってな」
俯く緋苑。2人の間に暫く沈黙が流れる。
1分程そうしていただろうか。やがて久音が口を開いた。
「でも、私は認めます」
「え?」
その言葉にパッと顔を上げる緋苑。久音の顔は真剣そのものだ。
「だって、今もこうして私を助けてくれています。元々予定になかった護衛対象……そして、勾玉より遥かに劣る価値のモノ……」
「久音……」
「でも、貴方は護衛を引き受けてくれた。そんな貴方を認めないなんて……私には出来ません」
久音は緋苑へ優しく微笑みかける。今はまだ何も出来ないが、自分を護る存在への最大の感謝を込めて……。
「きっと……他の2人も貴方を認めてくれているのではないですか?式神を継げるかどうかなんて関係なく」
「……そうだな。あいつらはお人好しだから……態度悪いし、何回もぶつかり合って来たのに……一歩も引かない。寧ろ関わりにきやがる」
粗野で粗暴、お世辞にも褒められた人間では無いと自覚している緋苑。そんな緋苑と悠や沙羅は、出会って3ヶ月と短い間に何度もぶつかり合い、やがて互いを認めてきた。
「ありがとな。なんか、スッキリした」
「お役に立てて良かったです。寧ろ話し相手になって頂きありがとうございます。それでは……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
緋苑は最初より穏やかな顔で、欠伸をしながらテントへ戻る彼女の背を見送るのだった。
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