第88話 悠と緋苑の過去
10年前──天陽院。
歴史感じる木造の校舎がそびえ立つ。立て替えられる前のここは檜の優しい匂いが香る学び舎であった。
その1年の教室に2人の少年が居た。
1人は黒髪を逆立ててデコを出した制服の男……一瀬悠。もう1人は赤髪を逆立てた和風の制服の男朱天緋苑。
髪型は似てても服装や性格は正反対。それでも数年後に姓が変わるのは同じ……似ているとこも似てないとこもある。
そんなありふれた親友2人の若き姿だった。
「だ〜か〜ら!お前は考えすぎなんだよ!何事もスピードが大事な訳!」
緋苑が椅子の背もたれに腕をかけながら声を荒らげる。
「短慮は熟慮に劣るって知らないのか?逆にそっちは考え無しだ」
緋苑の言葉に悠は机に肘を着きながら冷静に返す。だがその態度が益々緋苑の怒りを買う。
「はぁ〜?誰が鳥頭じゃあっ!」
「そこまでは言ってない!」
「はいはい、ケンカしないの〜。ぶっ飛ばすわよ?」
そんな2人を仲裁するのは金髪を腰まで伸ばした女子……神奈月沙羅。
2人の数少ないクラスメイト。天陽院は10年前も相変わらず生徒は少なかった。
「チッ……分かったよ」
「沙羅……俺も分かったから取り敢えず拳収めて?」
2人は沙羅の尻に敷かれている。見かけによらず好戦的、そして負けず嫌い。なので勝つまで勝負を挑まれる事もあり、男子2人は沙羅は刺激しないようにするのが暗黙の了解となった。
「分かったならよし!あっ!先生!」
「よし、全員いるね?」
現れたのは40代の男性の土御門晴義。10年後には天陽学園の校長となる男だ。
彼は1年担当教師として3人を教え導いていた。男子2人が騒ぎ、沙羅が仲裁し、先生が来る。
これがいつもの日常だった。
思春期故の万能感か、それともただの願望か……学生の3人はこんな時間がずっと続くと思っていた。
あの時までは。
「3人で護衛任務……ですか?」
悠が晴義の告げた言葉を反復する。
「えぇ〜めんど……俺護衛向いてないし、2年の人に変わって下さい」
「緋苑!真面目に聞きなさい!」
緋苑が愚痴るのを沙羅は直ぐさま窘める。
「チッ……はーい。でもガチで俺じゃなくても良くないスか?」
「いいや、君にも参加してもらう。なんせ学生で唯一の第肆位だからね」
緋苑は今の1〜3年合わせても唯一の位階第肆位。当然戦力としては頼られる。因みに悠は第伍位、沙羅は第陸位だ。緋苑には劣るが、それでも十分有望である。
「君達3人はバランスがいい。多彩な手を持つ悠くん、結界術と治癒に優れた沙羅くん、そして強力な式神と膂力のある攻撃型の緋苑くん。君達は自分達が思っている以上に強いよ」
担任だけあって3人の長所と短所を知り尽くしている。そして3人ならば短所も補え合えると言う事も。
「いいかね?」
「「「はーい」」」
3人は任務を承諾する。続いて、護衛任務の詳細が教えられる。
「護衛するのは三種の神器の1つ……勾玉だ」
「三種の神器!?」
悠が驚きの声を上げる。他の2人もまた目を丸くしている。何故なら三種の神器は一般に公開されていないから。
三種の神器……天叢雲剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉。
神力が宿っており、太陽の霊力を取り込む性質がある。
日ノ本の民はそれを利用して膨大な霊力を取り込み、文明を発達させてきた。
首都の東京が異常に発展しているのもその恩恵だ。
「三種の神器は数年置きに移動される。風水的に適切な場所へ安置し、継続的に霊力を取り込む為に必要な措置なんだ」
「なるほど……それで、今回は勾玉という訳ですね」
説明を聞いて納得した悠の言葉に頷く晴義。
「んで、俺らはその輸送の護衛と」
「そういう事だ。日程や段取りについてはこっちの資料にある。ここで読んで覚えてくれたまえ」
こうして3人は重大な任務を任されるのだった。
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昔々……具体的には1500年程前、あるところに1人の妖が居ました。
妖とは月の霊力と人の何かを恐れる心から生まれると言われる存在。故に、夜闇に紛れて人を襲い、恐れを集めて月の霊力と共に取り込む。
そうする事で妖は己を強くするのです。
しかし、当の妖……名をぬらりひょんと言い、それは非常に弱く、逃げる事しか取り柄がありませんでした。
他の妖が人にイタズラをしたり襲ったりする中、ぬらりひょんは人の家にひっそりと上がり込んでは茶や菓子を食らい、見つかればのらりくらりと逃げるのです。
そんなもので人に恐れられる訳も無く、100年経っても妖は弱いままでした。しかし、300年を超えた所で他の強かった妖は皆死んでしまいました。
人の中に居る占術師が、その力を磨いて武器にしたのです。名を陰陽師と改められ、それにより多くの強い妖は倒されたのでした。
ぬらりひょんは、持ち前の逃げ足と力が弱い事が幸いし目をつけられませんでした。
そうしてぬらりひょんが生まれてから500年が経った。泰平時代……人が泰平を望んだその時代は混沌を極めていた。
何故ならば、妖が力をつけていたから。
厳密には力だけでは無い。群れるようになったのだ。個の力では勝てずとも、数の力で押す……人間が得意とした戦法を行ってきたのだ。
やがて百を超える群れとなったそれに、人は百鬼夜行と呼び恐れるようになる。
それを率いたのが妖の総大将……ぬらりひょんだ。
何故ぬらりひょんが総大将を?それは単純だ。
まず妖は時が経つ程強くなる。毎夜月の霊力を取り込むのだから当然だ。
そして、ぬらりひょんは凡ゆる場所に侵入してきた。時には城に上がり込み、将軍の枕元に現れた事もある。
目的も不明、神出鬼没にして捕まえる事も叶わない存在に人々は恐怖しだす。
そうして力をつけたぬらりひょんは、同じ妖をも食らって強くなる。他の妖の油断した時を襲ったり、反撃はのらりくらりと躱し、相手が力尽きた所を討つ。
その繰り返しでぬらりひょんは妖からも恐れられ、遂には妖の総大将まで登り詰めたのだ。
それから暫くは夜の支配者となり、人と妖の頂点に君臨した。
……だがその栄華は長くは続かなかった。
大陰陽師──安倍晴明の誕生である。
安倍晴明はその力で戦闘用の術を更に磨き、人々に布教した。それにより多くの陰陽師は力をつけ、再び数と力により妖を蹂躙する。
百鬼夜行は安倍晴明の12の式神により壊滅し、ぬらりひょんも晴明によって討たれるのだった。
そして平和が訪れたのでした。めでたしめでたし
「これが表の歴史……だけど悲しいかな、ぬらりひょんはまだ生きている。そうだろ?」
黒髪を短く揃えた皮肉屋な男が暗闇に告げる。暗闇からはしゃがれた声が返ってきた。
「ふん、何かと思えば……そんな昔話を聞かせに来たのか?そのぬらりひょん本人に」
「世間にどう思われてるのかって事さ。今や妖は畜生も同然の扱い。『影』に恐れも取られているようなもんだ」
その言葉に、ぬらりひょんは歯軋りする。
「それもこれも、全ては安倍晴明の……いや、安倍晴明だけでは無い。おぞましい影の力を操り、あろう事か人間と手を取った異端の妖……隻影のせいじゃ……!」
ぬらりひょんは激しい恨みの籠った声を漏らす。
その脳内には1000年前の屈辱がまるで昨日の事のように蘇っているのだ。
「隻影に付けられた咒装の傷が今も癒えず……毎夜の如く疼く……!」
「それは心中お察しするよ。んで、今日はどんな依頼だ?」
黒髪の男がぬらりひょんに問いかける。2人は所謂利害の関係にある。
男は日陰を生きる者である。故に誰にもバレない拠点などが必要だ。そしてぬらりひょんは1000年前の傷と弱体化によりここ……妖の里を抜け出せない。
故に、里に男を匿う代わりに様々な依頼をこなして貰っているのだ。
「お主に持ってきて欲しいものがある」
「なんだ?人か?」
「いや、違う。月の霊力を取り込む為……もっと効率がいいもの。それは八尺瓊勾玉……三種の神器の1つじゃ」
「おいおい、んなもん一番厳重に保管されてる奴じゃねぇかよ。おいそれと手が出せるかよ」
予想外の依頼に男は抗議する。しかしぬらりひょんはそれも織り込み済みだった。
「アレは周期事にその場所を移す。それが近々あるのじゃ。護衛もおるじゃろうが、勾玉に釣られて多くの妖が群がるだろう。上手く使い、最終的に奪い取れ」
「なるほどね……それならチャンスはある。いいぜ、引き受けた」
男は条件を加味して可能と考え、快く引き受ける。
「手に入れば……勾玉が奪われ、何かに使われるという不安が恐れを生み……ここに集まる。そして勾玉そのものが月の霊力を集める。それにより私は1000年前より強くなり、再び百鬼夜行を率いて恐怖を広めるのだ……!」
ぬらりひょんは邪悪な野望を胸にその時を待つ。
「玄天……いや、今は烏間だったか。頼んだぞ……烏間終夜」
終夜と呼ばれる男は不敵に笑いながらその場を後にするのだった。
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