第86話 伝わる言の葉
響は無事に帰還し、神社の一室で悠と顔を合わせていた。既に報告を済ませている。
「佐久間夫妻の遺体は回収できた。それと、現場検証から狙撃と響を襲った『影人』……如羅戯だったか?それとは残された陰の気が異なった」
悠が報告する。つまり、探知結界からそう遠く離れていない所まで『影人』が最低2体来ていた事になる。
「そうですか……」
響は暗い面持ちだ。
「如羅戯……響の母親の仇か。こっちでも過去のデータが無いか調べる。また襲われるかもしれねぇし、奴が示唆した準備……その詳細の事もある。今は体を休めとけ」
「はい、ありがとうございます」
響は悠の気遣いに感謝し、その部屋を出るのだった。
(記憶の欠落……か。まさか、陽那の報告にあったアレか?)
悠は響の今しがたの報告の一部を、初めて響が影世界に迷い込んだ時の陽那の報告と類似する可能性を考える。
「……上には回さなくていいな」
響は上層部提出する文書にはその項目を消すのだった。その真意とは一体……?
現世へと戻り、寮の自室のベッドに横たわる響。
(やっと見つかったお袋の死因……まさか当たっていたとはな)
墓参りの日から懸念していた事。それを明らかにする為に位階を上げていたが、まさかこんなにすぐそれが現実となって現れるとは夢にも思っていなかった。
(もう『影人』とやり合えると思っていた。それは間違いじゃない。けど、如羅戯を倒すのにはもっと力がいる)
響は天井へ伸ばした手を強く握る。己の実力を正しく測り、何をすべきかを問う。
(基礎の陽力や術の操作、式神術、新技……気配を読む力もだな。やれる事はなんでもやる。そして如羅戯を……)
「殺す」
万感の思いを込めてそう呟くのだった。
その日の夜、響は蒼穹の摩天楼に立っていた。
「また心の中……記憶が飛んでたのってまさか……」
「はい、私がお体をお借りしたからです」
姿を表し答えたのは真っ白な和装と羽衣を纏った天女の少女だった。
「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。響様」
柔らかく微笑む少女。初めて会った時と変わらない雰囲気に響は安堵する。
「刺されて意識が無くなるまでは記憶がある。君が助けてくれたんだな。ありがとう」
「いえ、貴方をお助けするのが私のしたい事ですから。寧ろすみません。途中で戻ってしまって……」
「いやいや。命助けて貰っただけでも返しきれない恩なのに……ほんと、ありがとな」
響も少女もあくまで謙虚な姿勢を崩さない。それがおかしくなり、少女は鈴の音のような声で笑う。
「フフッ……なんだか似た者同士ですね……私達」
「そ、そうかもな……」
その可愛らしい姿に響の鼓動は早くなる。そのせいか、聞きたい事を忘れてしまった。
「えと、あぁ……聞きたかった事がいっぱいあったのに、いざ会うと忘れちまった」
「あらあら、それはどうしましょう……?では、また眠るまでお話しましょうか」
響は少女に手を引かれ、ビルの間にある公園を訪れた。2人は並んでベンチに腰掛ける。
「私が再び目覚めたのは2日前の夜です。起こすのは悪いと思い、この世界に響様を呼び寄せるのはやめたのです。すると次の日……あの『影人』と貴方は出会った……」
「如羅戯……俺の、お袋を殺した奴だ」
「そうでしたか……なら、尚更倒しきれなかったのが悔やまれます」
申し訳なさそうに俯く少女。
「いや、あいつとは俺の手で決着をつけなきゃいけない……でも、助けてくれてありがとう。君が居ないと俺は死んでた」
「どういたしまして。私はまた眠りにつきますが、確実に響様の中の私の力は強まっているのを感じます。きっと……響様が強くなったから」
「俺が?」
首を傾げる響に少女は頷く。
「陰陽術を使う度に肉体はその力に慣れて耐性がつき、強い力を扱えます。神の力と私の……天女の力は少し性質が近いので、私の力もより引き出せるようになっているのでしょう」
「なるほど……」
(そう言えば、同じ気配の中にも大小あるとか分かるようになったな)
交流会襲撃での経験から気配を読む力が強まっていると感じた響。その時、1つの疑問が浮かぶ。
「あれ?でも気配を読む力って……特異体質だよな?なら俺の……人の力なんじゃ?」
「いえ、人の力はまだ大きく目覚めていません。気配を読む力は私の力の一端でしょう」
「あ、そうだったのか。悪い、勘違いしてた」
少女に訂正され、響は認識が違った事を謝罪する。特異体質と推測した陽那は天女の事を知らないだろうから仕方がないと考える。
「いえ、構いません。それより……記憶が戻ったと言っていましたよね?」
「ん?ああ、アイツ……如羅戯とお袋の記憶は思い出したよ」
「そう、ですか……」
少女は少し残念そうな顔で俯く。その表情の意味を響は推測する。
「えと、もしかして……俺達会ったことある?」
「……はい」
「マジで!?ごめん、覚えてなくて……!」
まさかの顔見知りであった事に驚愕する響。
「ずっと前の事でしたから……でも、思い出して欲しいのは……私の本音です」
「そうか……なら思い出すよ」
響は頭を捻り、記憶を思い出そうとする。しかし、一向に記憶は浮かんでこなかった。
「うーん……ダメだ、思い出せない」
「大丈夫です。まだ私の力が弱いからかも……いつか、私の力が完全となった時……思い出してくれればいいのです」
少女が気を遣ってそう述べる。しかし響は納得出来なかった。
「いや、まだ諦めない……そうだ名前!名前が分かれば思い出せるかも!」
「名前……」
響の諦めの悪い提案に少女は目を丸くする。
(今ならもしかしたら……)
「今なら聞こえるかもしれない。俺の中で、君の力が強くなってるんだろ?」
少女の頭に浮かんだ考えを響は口にする。少女の中には、また伝わらないかもしれないという恐れがあった。それでも、響の真っ直ぐな瞳に……勇気を貰うのだった。
「わ、分かりました……それでは、伝えます」
「ああ、教えてくれ。君の名を」
少女は深呼吸をする。響はジッとその時を待ち、聞き逃さないように集中する。
そして、少女は口を開く。
「私は、響華です」
その名は確かに響へと伝わった。
「っ!きょう、か……響華!」
「は、はい……!響華、です!」
2人は名前が伝わった事に表情を明るくし、大いに喜び合う。響華に至っては目尻に涙を浮かべる程に……。
「あ、でも……ごめん、まだ記憶の方は思い出せない」
「いえ、いいのです。今は……貴方に名前を読んで頂けた事が、なにより嬉しいから……」
響の胸に顔を埋めてそう述べる響華。響はそれに気恥ずかしくなりつつも、自分と同じように喜ぶ彼女の頭を撫でるのだった。
すると、彼女の体が揺らぐ。
「あっ……」
「ああ、もう時間ですか……残念です」
体を無理やり借り受け、力を使った代償。眠りの時間がやって来たのだ。
「でも、良かった。響華の名前が知れて」
「はい、伝わって良かったです。響様……私は必ず戻って来ます。ですから……またここでお会いしましょう」
「ああ、必ず」
「おやすみなさいませ……響様」
「おやすみ、響華」
2人は微笑み合い、眠りの挨拶を交わすのだった。
そうして響華の体は揺らぎ、姿は景色に溶けるように消えるのだった
時間を置かず、響もまた瞼が下り……現実へと目覚めるのだった。
現世。
響の自室。時間は午前5時過ぎだ。
「響華……」
見慣れた天井を見ながら、新たに知れた天女の少女の名を呟く。
「響華との約束を果たす為にも、記憶を思い出す為にも……強くなって、生きないとな」
また1つ生きる理由が出来た事を噛み締め、決意を胸にまた1日を始めるのだった。
その日から響はより一層強くなる為に時間を費やした。
1週間後の天陽院。
「響、そろそろ休憩しようか」
「秋……悪い、俺はもうちょいやってからにするわ」
秋に断りを入れて響はまた訓練へ戻る。
(もっと早く、もっと効率よく……炎を纏わせろ……!)
炎を刃に立ち上らせては消し、また一から炎を纏わせる。
『焔天』を効率化させる事よって、その延長線上の技である『焔大太刀』も効率化するのだ。
その様子を横目に秋は日陰の休憩場所へ入る。そこには陽那と空がいた。
「秋くんおっつ〜」
「お疲れ様」
「ん、お疲れ」
短く言葉を返す秋。
「響くんは?」
「もう少しやってからって」
「そっかぁ……なんかさ?最近響くん頑張りすぎてない?」
陽那は尻尾の汗を拭いながら言う。それは秋や空も感じていた事だ。
「それは私も思ってた……何かあったのかな?」
「詳細は知らないけど、悠さんが前の任務で『影人』と遭遇したって」
「なるほど?だから気合い入ってるのね〜」
未だ休憩に入る予感が無い響を見ながら3人は語る。
「……ま、ここは陰陽術の先輩が言ってやるか〜」
そう言って陽那が立ち上がり、響の元へ向かった。
気配を殺し、そろりそろりと背後から迫る。
「へいっ!おっつかれ〜!」
「おわっ!?ひ、陽那!?」
陽那は響の頬に冷たい飲料の缶を当てる。ひんやりとした感覚に襲われた響は素っ頓狂な声を上げて術が解ける。
「ばっかおま!びっくりしたじゃねぇか!」
「あっはは〜!ごめんね!……でも、やっと笑ったねぇ?」
「ん……?」
陽那の言葉に響は首を傾げる。そして今日の己を思い返す。
「確かに……笑ってなかったか?」
「うん、ず〜っと仏頂面してたよ?ま、何があったかは聞かないけどさ?根詰めすぎても良くないよ〜」
そう言って陽那は響へ飲料を渡す。その冷たさが手から伝わり、響は頭を冷やす。
(そっか俺、焦ってたのか……でも、焦ってもしょうがねぇよな……)
人が何の方法も素養も無しに急に強くなる事はない。
そして素養があるのかどうか、あると誰かに言われても、あると自分で感じてもそれが本当かどうかなんて分からない。
だから、1歩ずつ着実に……無理をしすぎず、できる事を堅実にやっていくしかないのだ。
「……そうだな。ありがとう……陽那」
冷静にさせてくれた感謝を述べる。陽那はそれに微笑みを浮かべる。
「さて、んじゃ行こっか!こんな暑いとこにずっと居たら病気になっちゃうよ〜?」
そして響の手を引き、休憩場所まで走る。
午後からは響は無理をせず、陽那達の手を借りつつ、結界術、式神術、符術について鍛錬を積むのだった。
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