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第83話 確かな成長

 影世界。

 そこでは1人の少女が鬼気迫る表情で闇夜の世界を駆けていた。


 何故なら、巨人のような黒い化け物……『影』に追われているから。


 何分走っただろうか。彼女はこの世界に迷い込んでからすぐに『影』と出会ってしまった。だから時間を数える余裕すらなかった。生きる為、ただ只管に走った。


 だがその逃避行も限界が近づく。脇腹や足の痛みがそれを訴えていた。だが彼女は足がもつれてしまい、地面に倒れる。


 限界が迫るよりも前にその足は止まってしまった。


「いった……っ!」


 転んだ痛みに呻く。だがそこに、彼女を覆うように月明かりで出来た大きな影が迫る。振り返ると、『影』はニタニタと不気味な顔をして獲物を見下ろしていた。


 彼女は必死に立ち上がろうとする。しかし恐怖で足がすくみ力が入らない。


『影』はその魔の手を伸ばす。


「いやぁぁぁ!」


 少女をその大きな手で掴んだ『影』。振りほどこうと暴れるも、まるでビクともしない。


 そして『影』は鋭い牙が生える大口を開け、その少女を口に運ぼうと手を動かす。


 絶体絶命。その中で少女はただギュッと目を瞑るしか出来なかった。その時……。


「ギュアッ!?」


 その手は何かによって斬り落とされた。


「えっ?きゃあっ!」


 巨人の手から離れた事で目を開くが、同時に重力に引かれて落ちるのを認識してまた目を瞑る。


 すると少女にまた体を締め付ける感覚。しかし、『影』のように全身を潰されてしまうような感覚ではなく、腰に暖かな紐が巻き付くような感覚だ。


 目を開けた彼女の腰には、ほんのりと光る糸のようなものが括り付けられていた。そしてそれは重力より強く横に引かれる。


「よっと!」

「わっ!」


 紐を引いた何者かは彼女を抱き留める。そして軽やかに地面に着地するのだった。


「大丈夫か?」

「あ、えと……はい」


 少女はお姫様抱っこで抱えられていた。声に視線を上げると、少女と然程変わらないであろう歳の少年が居た。


 日ノ本の民にありふれた黒髪短髪だが、かきあげた前髪はオレンジ色に染まっていた。


「貴方は……」

「俺は白波響。陰陽師として、人を助けに来たんだ」


 そう言って響は彼女を安心させようと優しく笑う。陰陽師らしからぬ風貌に、彼女はキョトンとする。


「下ろすぜ」

「あ、はい……」


 お姫様抱っこをしていた響は彼女を足からゆっくりと下ろす。少しフラついたが、彼女は何とか自分の足で立つのだった。


 するといつの間にか紐が消えている事に気がつく。代わりに、響の手から薄く光る糸が見えた。彼女はそれに手を伸ばす。


「それ……」

「おっと、触らないで。これは君を助けた糸とは違うから」


 響は自分の手を引いて彼女を制止する。すると、そこに『影』の咆哮が響いた。


「グオオオオオ!」


『影』は左手を奪われた事に怒っている。その赤い眼には響達が映る。


「ひっ……!」

「大丈夫、俺の後ろへ隠れててくれ」


 庇うように響が少女の一歩前に出る。『影』は相変わらず叫んでいた。


 そして残った右手を振り上げようとした。しかし、『影』は突然その身を縮こませる。


「かかったな」


『影』の動きの理由はすぐに分かった。『影』の体を縛り付けるように、糸が絡まっていたのだ。少女の時のように、命綱のように腰に巻き付くのではなく、全身に糸を様々な方向から絡ませていた。


「焼き切れ……『火糸(ほのいと)』」


 響の言葉に呼応して糸は赤く、紅く、輝いていく。そして響が勢いよく右手の糸を引く。


 すると『影』の全身を細切れにしてしまった。幾つもの肉塊が地面に落ち、そのまま塵となって消えていくのだった。



 響は少女を連れて神社へと戻る。


「あとはここの陰陽師の人が何とかしてくれるよ」

「あ、はい。えと、助けて頂きありがとうございました」


 少女が頭を下げる。響は「どういたしまして」とそれに微笑みを返すのだった。


 他の陰陽師に連れられて行く背中を響は見守る。記憶処理を受け、今日の事をしっかりと忘れられるように祈る。すると、そこに後ろから陽那が声をかけた。


「ひ〜びっきくん!」

「陽那か。お疲れ」

「そっちもお疲れ〜!哨戒任務には慣れた?」

「おう、もう3回目だしな」


 響と陽那は影世界の哨戒任務を受けていた。


 陰陽師の哨戒任務とは、第漆位以上の者に斡旋される、主に影世界で結界周辺を見て回る任務だ。


 結界には2種類あり、1つは建物付近に張られる侵入を防ぐ結界。2つ目は範囲に入った『影』を感知するだけの結界。


 後者は広範囲だがあくまで感知するだけで『影』を退ける事が出来ない。だから陰陽師が派遣されてそれを倒す事になる。


 哨戒任務は主にその感知結界の中か外を見て回るのが基本だ。そして交流会を得て響は第陸位に昇格したので、この任務を任されたのだった。


「感知結界って便利だな。確か俺の時もこれに引っかかってたんだっけ?」

「うん、だからあたしが飛んできたんだよ〜。今日の響くん、その時のあたしみたいでカッコよかったよ!」

「ありがとな。でも自分の事カッコいいって言うか普通?」

「いいの!陽那ちゃんはカッコ可愛いんだから!」


 そんな賑やかなやり取りをしながら2人は現世への門へ進む。帰ってきた時点で既に上がる時間だったのだ。



「んん〜っ!帰ってきた〜っ!空気美味しい!」


 影世界の淀んだ空気から開放された陽那。肺いっぱいに現世の空気を送り込む。その大袈裟な仕草に笑いつつ響もまた帰ってきた実感を持つのだった。


「あ、新技試せた?」


 現世の神社の廊下を歩きながら陽那が問いかける。新技とは、響の使っていた糸の事だ。


「おう、陽那にも練習付き合ってもらったお陰で実践でもちゃんと役立ったよ。操作はちょっとムズいけど」

「最初はめっちゃ絡まってたもんね〜?あっははは!あれは面白かった〜!」

「笑いすぎだろ!?もう自分に絡まる事は無くなったし!」


 練習風景を思い出して陽那は笑い、それに響が憤慨する。


「ごめんごめん!でも2日目から操作の練習してたから、術を形にしたの実質1日でしょ?ホント凄いよ!」

「お、おう。ありがと……」

「あれあれぇ〜?照れちゃった?」

「べ、別に……急に褒めて来たから調子狂っただけだ」


 直球に褒められて響の顔はやや赤く染まる。照れ隠しにそっぽを向くが、陽那にはバレバレでからかわれてしまうのであった。


「さ、帰ろっか!神木さん待ってるよ!」

「そうだな」


 2人はまた楽しげに話しながら送迎の車まで歩く。


 天陽院に来て2ヶ月。響は影世界に迷い込み、『影』に襲われた所を陽那に助けられ、この陰陽師の世界に飛び込んだ。


 そして今度は響が影世界に迷い込んだ人を『影』から助けられる。その確かな成長の実感を胸に歩く帰路は、いつもとまた違った景色に見えるのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます!

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