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第81話 月城 由良のお礼

 交流会から2週間後。

 休日の響は東京の北に面する武蔵州に来ていた。都会と自然のバランスが取れている雰囲気は、同じく東京の西に面する甲斐州に似ている。


 駅を出ると、白い服に身を包んだ少女が近づいてくるのが見えた。


 金髪を腰まで伸ばした赤眼の少女……月城(つきしろ)由良(ゆら)が出迎える。


「響さん。来てくださってありがとうございます」

「いや、大丈夫。それより今日はどこに行くんだ?」


 交流会襲撃事件で響は由良を助けた。今日はその時のお礼がしたいとの事で、由良と出かける日であった。


「えと……秘密、です」


 由良は金髪の毛先を指で遊ばせながら照れくさそうに言う。


「そういう事なら着いてからのお楽しみだな」


 由良に連れられ響は道を行くのだった。


 暫く歩き、辿り着いたのはレンガ造りの歴史を感じる大きな建物。


「これは……月城製糸場か。昔習ったな」

「はい、実は私の一族が営んでいるんです」

「マジか!凄いな!」


 響が驚くのも無理は無い。


 月城製糸場は教科書にも乗っている程有名な製糸場だ。陽光技術による機械をいち早く導入し、絹産業の発展に今なお貢献している場所だ。


 現在、日ノ本で生み出されている衣服の原材料の4割はここで生産されている。


 由良は響の反応に嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。今日はここを案内出来たらなと……よろしいですか?」

「ああ、滅多に無い機会だし楽しみだ。よろしく頼む」

「はい!ではこちらへどうぞ」

「失礼しますっと、中もすげぇ……!」


 製糸場の中に招かれた響。目の前に飛び込んできたのは、最新鋭の機械によって生糸が生み出される様子だった。


 精密に機械が幾重にも動いている。その統率の取れた動きは一種の芸術とも言えよう。


「こうして糸ができるのか……」

「はい。そして糸は全国へと渡り、服になるんです。だけど、私たち陰陽師の服は魔除の効果もありますよね?」

「そういやそうだった」


 響は制服を受け取る時にそんな事を言われたのを思い出した。


「それはここで職人が直接術式を込めて編み込んでるんです」

「マジ!?機械じゃなくて全部手作業か……頭が上がらねぇ……」


 己が身に纏う衣の価値を改めて思い知り、より一層大事に扱う事を心がけるのだった。


「次は糸のもっと大元を見てみましょう」


 連れてこられた一室には白い繭が多数積まれていた。


「これが糸になる繭です。そしてそれを生む虫がこの蚕ですね」


 繭の置かれている場所に写真が飾られている。そこにはフワフワな体毛を持つ虫……蚕蛾(かいこが)の姿が分かるようになっている。


「おお……結構可愛いな。こっちは幼虫か」


 蚕蛾の近くの葉っぱには白い芋虫も写っていた。


「はい、成虫可愛いですよね。でもこの姿を見る事は少ないんです」

「なんでだ?」

「この繭は幼虫が(さなぎ)となり、成虫になるまでに籠る、言わば糸で作られた結界なんです。そしてこの繭から糸を取るには煮沸が必要で、中の蚕は結果的に死ぬのです」


 蚕の幼虫は時期が来ると糸を吐きその身を外界と閉ざす。そして人が必要とする糸はこの繭を茹でてほつれた糸を採取する事で手に入るのだ。


 故に繭の中の蚕は成虫になれず死ぬ事になる。


 それをこの製糸場では行っているのだ。


「そもそも、蚕は大昔に人が家畜化した虫なんです。だからこの子達は自然界では生きていけない。そして人の手の届く所でも種を残して死ぬか、糸を出して死ぬしかありません」


 遙か昔から蚕には人の手が加えられてきた。全てはその糸の有用性に注目した人の成した事。


「そうなるように、人の業によって変えられた。まあ、諸説ありますが」

「そっか……でも必要な事、ではあるだろ?」


 沈痛な面持ちで言う由良に響は言う。


「はい、勿論です。それは納得しています。ただ……」


 由良は一拍置いて、響の目を見て言う。


「ただ……お肉や、野菜を食べるように、みんなが何気なく身につける服でも命を頂いているって、知って欲しかったんです。私も……あの時、蚕のように命を使おうとしましたから」


 由良は響に命を助けて貰った。命を投げ出そうとして、止められた。それ自体に感謝はしている。


 だが、命を使う事で、これからも生きる者の為にもなると……自分の考えを知って欲しかったのだ。


「そっか。確かに、命を使う事で誰かが命を繋いだり、役に立つかもしれないってのは思うな」

「はい」

「それは否定しない。けど、自ら命を投げ打つのは俺個人としては見過ごせない」


 響は己の考えを由良に示す。


「俺は自分の命と引き換えに誰かを救えるならそうする……なんて言える程聖人じゃねぇ。自分の命は勿論、誰かの命も助けてぇ。そうじゃねぇと目覚めが悪いし、結構欲張りなんでね」


 どこまでも真っ直ぐ、力強く言ってのける。由良はその言葉を受けて微笑んだ。


「響さんらしいですね。すみません、急に変な事言っちゃって。普段開放してないここを普通に観光して欲しかったんですけど……」

「いや、大丈夫。製糸場見学できて嬉しいし、由良の事も知れて良かったよ。ありがとう」

「そう言って頂けるなら……ありがたいです。あの、もう一箇所……行きたい所があるんです」


 こうして2人は工場を出て、東へ電車に乗って移動。そこにある陽蚕(ようさん)神社へと訪れた。


「ここら辺は月城製糸場ができるまでは養蚕業が盛んだった場所です。だから蚕を『オカイコサマ』と呼んで祀っていたりしてるんです」


 命を頂き、恵を頂く事に感謝し、神のように祀った。それがこの神社だ。


「なるほど。俺もその恩恵を受けてるんだ。参拝していこう」

「はい、いいと思います」


 響と由良は陽蚕神社に参拝し、オカイコサマへと感謝を伝えるのだった。



 時刻は午後4時。夏なのでやっと日は傾き出した所だ。


「連れ回してしまってすみません」

「謝んなくていいって。俺も普段来ない場所行けて楽しかったし」

「でも……お礼をする筈でしたのに……」

「うーん……じゃ、陰陽術教えてくれよ」

「え?」


 響の提案に由良は驚く。


「糸の術式。あれ傷口塞いだり拘束したり色々出来そうだなって。ちょうど今日は糸について勉強できたしな」

「は、はい!喜んで!」


 由良の心遣いを尊重しつつ響は自身の今望む事を提案したのだった。


 2人は天陽院へ向かう。着いた頃には午後5時だが校門はまだ空いている。校庭で向かい合い、糸の術式について講義をするのだった。


 30分後。


「……っ!できた!」


 何度目かの挑戦。それは成功し、響の手には赤く輝く糸があった。


「すごいです!さっき迄はあんなに苦戦していたのに……」

「糸そのものを出すんじゃなくて、火を糸にするイメージで作ったんだ」


 響の五行は火。木に属する糸は陽力や想像力がかなりいる。だから響は火で考えるようにしたのだ。


「でも基本を教えてくれた由良のお陰だ。ありがとう」

「いえいえ!助けてもらったお礼ですし、お役に立てて良かったです」


 響の感謝の言葉に由良は心から喜ぶ。


「うーん、つっても……これじゃ敵に使えても自分や味方には使い辛いな」

「そうなんですか?」

「ああ。見ててくれ」


 響がそう言って風に吹かれて落ちてくる木の葉を火の糸をぶつける。


 すると、糸は木の葉を焼き切ってしまった。


「あ、確かに……火の糸ですもんね」

「そうなんだよなぁ……攻撃力が高すぎても汎用性は落ち……いや、待てよ?」

「?」


 響は何か思いついたようで、糸を消して作り直す。


「うーんと……これで……どうだ!」


 出てきたのは前より光が鈍い糸。見た目は問題ないので、枝を拾ってそれに糸を巻き付ける。


「あっ!切れないです!」

「よし!成功だ!」


 響はガッツポーズをする。


「一体どうやったんですか?」

「ほら、交流会でカレー作っただろ?そん時、俺は火担当だったから加減教わったんだよ」


 同じ火の五行の文香に火の強さの変え方を教わった。それにより響は糸の温度を下げたのだ。


 交流会での経験は今の響を確かに形作っていた。


「おっと、もうこんな時間か。悪い、わざわざ天陽院まで来てもらって」

「あ、それに関しては大丈夫です」

「え?」


 キッパリと言う由良に響はキョトンと首を傾げる。


「だって、今日から天陽院とここの寮にお世話になりますから」

「えっ」


 突飛な言葉に響は固まる。すると、2人の元に歩いてくる者が居た。


「天刃流は訛っていないか?響」


 1人は黒髪ポニーテールに和装の秋雨霊次。


「フッ……変わらず研鑽しているようだな。それでこそ俺のライバルだ」


 2人目はたてがみのような銀髪の制服の大男……白山獅郎。


「お兄様はどこですか!?」


 3人目は金髪ボブでブレザーの秋の妹……武見澄歌。


 天陽学園の面々だった。


「な、なんであんたらがここに!?」

「愚問だな。俺とお前は引かれ合う運命にある」

「ねぇよ!?言い方気持ち悪っ!?」


 当たり前とばかりに言う獅郎にツッコむ響。そこに霊次が説明する。


「こっちの人に挨拶をするんだ。天陽学園が半壊状態だし、『影』の侵入方法やどうやって取引したかもまだ詳しく判明してない。だから用心して暫くこっちに転校する事になったんだ」

「そ、そうなのか……」


 響は丁寧な説明に漸く納得する。


「そういう事です。あ、私1年なので澄歌ちゃん共々よろしくお願いします♪」

「そんな事より!お兄様はどこですかーっ!」


 お淑やかな由良と相変わらずブラコンな澄歌。


 うるさい……もとい、賑やかな学校生活になりそうだと響は呆れながら思うのであった。



ここまで読んで頂きありがとうございます!

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