第78話 白山 獅郎の力
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俺は喧嘩が好きだ。
喧嘩をすればそいつの人間性が分かった。そして俺が認め、魂をぶつけるに相応しい者かどうかも直ぐに分かった。
飽き飽きしていた。どいつもこいつもつまらん奴ばかり。
下らない立場を気にして逃げる者、怖気付いてただ震える者、止めようとする者。
虚勢を張り立ち向かう勇気ある者も居たが……力が伴っていない。俺にとっては前の奴らと大差なかった。上を見ても、横を見ても、下を見ても……つまらん奴ばかりだった。
そうして幾年の月日が過ぎた。
俺がどうせ今回もつまらん奴らだろうと期待せずに天陽院へ足を運んだ。
その日、俺たちは遂に出会ったんだ。
見事だった。あの場でお前だけは俺を止める訳でもなく、怖気付く訳でもなく……立ち向かい力を示した。
嬉しかった。俺という脅威に真っ当に向き合い、俺に迫る力でそれを打ち倒そうとした。
そんなお前こそ……俺の好敵手に相応しい。
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「炎の刃が獅郎さんを切り裂いたぁぁぁ! これは決まりか!?」
実況や観客もその一撃に感嘆の声を上げる。倒れた獅郎へと注目が集まる。
(どうだ……!)
「……ク、ククク……ハハハハ!」
「っ!」
獅郎は高笑いをしながら立ち上がる。
制服は破れ、腹に焼き切れた傷があるのにも関わらず……それはそれは愉快に笑うのだった。
「ったく、見た目通りタフだなぁ……! ならもう一度ぶった斬ってやるよ!」
「できるかな……?」
響へと不敵に笑う獅郎。その目には依然として余裕があった。
「できるさ。お前の術も見抜いたしな……剣しか出せないんだろ? そういう条件で強化してる……違うかよ?」
「ほう? 術の看破か」
獅郎の言う通り、響が話しかけたのはただの煽りでは無い。
陰陽術は術者の想像力によって如何様にも成り立つ。裏を返せば、強くそれを想像できなければ術は綻ぶという事だ。
陰陽術の看破……それは相手の術の詳細を推測、口に出し相手に伝える事で負のイメージを植え付けるのである。
どんな術者も看破されると大なり小なりこの術は見抜かれた、効かないかもしれないと考える。それが術の完成度を下げ、効力を下げる事に繋がるのだ。
「フッ……馬鹿じゃないという事か。ならば俺もそれに応じてやろう」
獅郎が不敵に笑い、言葉を紡ぐ。
「その通り、俺の術は剣を鋳造する術。そしてその剣が具現化している間は五行の元素を使った他の術を扱えない……そういう特定条件によりその耐久性、切れ味に至るまでを向上させている」
「……っ!」
(陰陽術の自己開示……!)
響の推測を認め、堂々と詳細を口にする獅郎。
それは陰陽術の自己開示。術の行程や隠すべき特定条件などをあえて口にする事で術のイメージを強固にし、能力を向上させる技術。
本来必殺と決めた際の底上げとして使われる技術である。獅郎はそれを看破されたタイミングで行ったのは下がった術のイメージと能力を元に戻す為であった。
「これでプラマイゼロ。そしてダメ押しだ」
獅郎は制服を破き捨て、そのまま半裸になった。
「何を……っ!」
響は大きく目を見開く。響によって切り裂かれた獅郎の腹部。そこに謎の紋様があったからだ。
「っ! あれって……!」
「陽那ちゃん知ってるの?」
観客席でも陽那がそれを見て反応する。
「あ……いや、ごめん。やっぱ分かんないや〜あはは……」
「? まあそういう時もあるよね。でもあれどこかで……?」
と、思いきやそれを早とちりだったと訂正する陽那。空はその様子をあまり気に止めず、見覚えがある獅郎の紋様の事を考える。
その詳細は獅郎の口から告げられた。
「これは陽散印と言ってな……陽力の操作を阻害させるものだ」
「陽縛符みたいに陽力を抑える為か?」
空が強すぎる陽力を抑える為に使っていた陽縛符の事を思い浮かべる響。だが直ぐに獅郎の訂正が入る。
「近いが違うな……あれは陽力炉心へ干渉し陽力を生み出しにくくする。俺のは陽力炉心で生み出したものを体外へ粒子のように霧散させる。……例えるなら重りだな。俺はあえてそうなるようにこの印を付与し、陽力の操作に負荷をかけた状態で戦っていた。つまり……」
「っ!」
獅郎の全身に膨大な陽力で包まれ、大気を、結界すらも震わせる程の衝撃を生む。
「これで俺の持つ陽力を遺憾無く発揮できるようになった……という事だ。このように全身を常に守る事も可能だ」
(この圧と陽力の量……! 空レベルだ……!)
かつて間近で見た空の解放した陽力。それと近しいものを感じていた。だが決定的に違う部分がある。
それは陽力の揺らぎ。
全身に陽力を纏うのは一見強く見える。しかし、実際はどこかしらの部分の陽力は小さくなり、どこかしらは大きくなる。
全身を均等に陽力で守るのは難しく、それが出来ない者が全身に纏っても付け入る隙があるのだ。
しかし獅郎にそれは無い。常に一定の陽力が全身を包んでおり、均等に守れている。
それを獅郎の陽力量で行われれば陰陽術にも匹敵する強固な鎧となるのだ。
「これだけでは無い。『獅子心剣・白夜』急急如律令」
刀印を結び、右手から大剣が生み出される。それもこれまでの物とは異なる。
十字のような鍔の先端には鋭い爪が、中心には獅子が大口を開けている意匠を施されており、色味も鈍色から輝くような白色へと変わる。
(あの剣……! やべぇ!)
並々ならぬ力を感じ取り身構える響。獅郎はゆっくりその剣を両手で握る。
「さあ、行くぞ……白波 響!」
(来る……!)
強く踏み込む獅郎。地面が砕け、砲弾のような勢いで響に迫る。響は刀に炎を纏い迎え撃つ。
振るわれたのは左横薙ぎの一撃。響は右側で刀を縦に構え、峰に手を添えてそれを受ける。
ガギィッ!
(っ!? まずい折れ……!)
その凄まじい力に真っ向から受けると言う発想は響の中から消える。
身を低く落とし、刀を地面と水平に寝かせて受け流す。凌いだのも束の間、その腹に前蹴りが入る。
「がっ!」
「サバットのお返しだ!」
響は吹き飛ばされ、結界の壁に激突する。血を吐きながら起きた響に休む間は無い。すかさず獅郎の追撃が迫る。
「クソっ!」
転がるように縦の振り下ろしを躱す。それは強固な結界の壁をバッサリと切り裂いてしまった。
「嘘ぉ! 陰陽師20人での結界ですよ!? 獅郎さんの本気……恐るべし!」
「おい! 予備の人員も導入して結界を補強しろ! 早く!」
驚嘆の声を上げる実況の唯華、外にも危険が及ぶ事を考慮し拳次郎は陰陽師へと指示を出す。
「響くん……!」
その様子に観客席の空は不安そうに見守る。
依然として獅郎の怒涛の攻めが響を襲う。何とか防御に優れた剣の型で凌ごうとするが、その怪力には心許ない。そうして響の肩口に一太刀が入る。
「ぐぅっ!」
響は後退する事で大剣の距離から逃れようとした。しかし獅郎の踏み込みにより範囲が伸びて鋒が命中したのだ。
痛みに嘆く暇もなく獅郎の剣は容赦なく迫る。防ぐ、躱す、距離を取る。全力で防戦に集中しても響の体は切りつけられていく。
(パワーもスピードもさっき迄とは段違いだ……!止まったら死ぬ……!)
焦りが内心を埋めていく。勝ち筋を見つける為頭を回すも、その間も獅郎は攻め続ける。
「逃がさん……!」
「ぐぅっ!」
また叩きつけるような大剣の一撃が振り下ろされる。また水平にした炎を纏った刀で受けるが、それはジリジリと押されていく。
(やばいやばいやばい……! 刀に、手に……足にも! 陽力を込めろ!)
精一杯の陽力を搾り出し全身を強化する。しかしそれでも尚、獅郎の大剣に押し切られようとしている。
その時……。
バシュッ!
「っ!」
「何っ!?」
突然響が後方に吹き飛んでいく。響自身も預かり知らぬそれに受け身を取れず、転がるように進み結界の壁へと激突したのだった。
「いてて……」
「なっ……」
唖然とする2人。偶然にも響は危機を脱したのだった。
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