第75話 もう一つの襲撃
影世界の某所。
山の頂上の社には『影人』の一派の首魁如羅戯がいた。
如羅戯は境内に座り怪しい月を眺める。そこに突如門が開く。
「おかえり〜。随分と早い帰りだね?」
門から出てきたのは伽羅と殉羅。響と交戦した後、逃げるように門を使って帰還したのだ。
「ふん……」
「自分は高みの見物とはいいご身分だな」
伽羅は目を合わせず、殉羅は悪態を着く。
「大将ってのはどっしり構えとくものだよ。それに今回の作戦は2軍の育成だったからね」
桐谷行人との取引に応じた如羅戯。結界内を『影人』で襲撃し、生徒から陽力を奪い強くさせる事が目的だった。
「お、みんなも帰ってきたみたいだ」
暫くして、境内の前に炎のように影が立ち上り、他の者達も帰還するのだった。
「あれ?これだけ?」
人数は4人……伽羅と殉羅を合わせても6人だ。如羅戯が派遣したのは13人。つまり半数は倒された事になる。
「まあこれも弱肉強食だよね」
如羅戯にとってはこの結果も特に感慨は無いようだ。
「お〜っす」
そこに逆立てた赤髪を揺らしながら来朱緋苑が現れる。
「やあ緋苑。そっちはどうだった?」
緋苑は一軍の監視に当たっていた。
「全滅」
「は?」
如羅戯の表情が真顔で固まる。合流して日が浅い伽羅や殉羅は愚か、部下の『影人』達もそんな顔を見た事がなかった。
それは数10分前には遡る……。
影世界にある暗門を管理する神社……その内の1つには2つの人影があった。
1人は白衣に身を包んだ茶髪の毛先が赤い少女……天陽十二将の酉担当十酉ゆづる。
もう1人は、赤い着物に身を包み、腰まで伸ばした銀髪と白い肌が際立った女性。鋭い赤き瞳、口元をベールで隠した姿もまた特徴的だ。
彼女もまた天陽十二将。巳担当の六巳真白だ。
彼女達は今、『影人』の接近の知らせを受けて推参したのだ。
「お客さんが来たみたいだね!」
「ええ、そのようね」
元気に言うゆづるとは対照的に真白は落ち着いて述べる。そして間もなく接敵する。
2人の視線の先に、7体の『影人』が現れた。
「2人……?門の護衛にしては随分と少ないな」
リーダー格と思しきフードを被った男が言う。
「精鋭だからね!」
「それ自分で言うの?」
ゆづるは自慢げに言ってのけ、それに真白は冷静にツッコむ。その様子にフードの男は不機嫌になる。
「ふざけた連中だ……我らの用があるのは門のみ。そこを通らせて頂くぞ」
7体全員が並々ならぬ陰力を滾らせる。その全てが位階で言えば第肆位。例え同じ第肆位でも、2人で挑むのは命を捨てるようなものだ。
しかし……。
「それでは私がやるわ。無いだろうけど、ゆづるは取りこぼしたのを頼むわ」
「了解!任せて!」
真白は1人で相手をすると言う。
「随分舐められたものだな……!」
フードの男はそれに青筋を立てる。7体1……誰がどう見ても侮っていると言うしかない。
しかしそれは思い違いでないという事を、『影人』達はこれから思い知る事になる。
「行くわ」
真白は刀印を作り、五芒星を描く。そして両手を絡め、地蔵菩薩印を形作る。
「『式神同化』」
五芒星が眩く輝き、その光は真白の体を包み込む。
そして周囲に突風が巻き起こる。
「なんだ、それは……その姿は……!」
フードの男が目を見開き驚愕する。それは周りの『影人』も同じであった。
彼らが見たものは……。
「『神巳陀将』」
銀髪が伸び、下半身が蛇と化した真白の姿だった。上半身を鱗が包み、瞳孔は長細く、五芒星も宿る……さながら蛇人間だ。
だがただの蛇人間ではない。
『式神同化』……式神術の奥義であり、文字通り式神と肉体を同化し、その力を術者が得る強力な術だ。
その中でも天陽十二将のモノは特別だ。天陽十二家は代々十二神将という特別な式神を継承してきた。当主となる選ばれた人間の魂にその式神を儀式で同化するのだ。
そうする事でより密接に式神と繋がり、その力を行使できる。『式神同化』を行えば更に強力な力を引き出す事が可能となるのだ。
「フフ……そんなに怯えられたら……食べちゃいたくなるわ」
二叉の舌で妖しく舌なめずりをする真白。その異様な圧に『影人』は圧倒される。
「何をしている!かかれ!」
フードの男の声で我に帰った『影人』達。揺らいだ陰力を整え、戦闘態勢を取る。
その時。
「がっ!」
「ぎゃっ!」
いつの間にか迫った真白に2体の『影人』が捕まる。そしてそのまま頭蓋を握り潰された。
「何っ!?」
「こいつ!」
驚く者、応戦し術を放つ者、距離を置く者達で別れる。
「その程度?」
術を蛇の下半身で弾く真白。そのまま髪を白い蛇に変質させ、襲いかかる。
「ぐあっ!……あ、あ、うあああっ!」
蛇に全身を噛まれた男。彼の体はボコボコと膨張した後、グズグズに溶けてしまう。
「毒か!だが!」
「近づかなければいい」
今度は業火や激流を放つ2人の『影人』。それは真白を包み込む。
「フッ……あっけなっ!」
「は?がっ!」
隣へ現れた真白。その左手を変化させた蛇の大口に2人の頭は食いちぎられる。
「あら?」
次は土煙が真白の視界を覆い隠した。そして『影人』は背後に周り、その首へ刃を突き立てようと迫る。
「残念だけど……私には見えてるわ」
だがその体は尻尾に掴まれる。
今の真白の赤き瞳は凡ゆる物質の熱を感知する。故に単純な目隠しは無意味に等しい。
「あ、ぐあ……!あががっ!」
尻尾は『影人』を力強く締め付け、そのまま潰してしまった。
残るはリーダーのフードの男のみ。
「く、クソ!」
フードの男は陰力を滾らせる。そして左手の刀印を胸の前に、右手の刀印は五芒星を描く。
「天則──っ!」
フードの男は両手の感覚が消えた事でその口が止まる。どこからか取り出した、3mはくだらない長さの蛇行剣。それにより両手を斬り落とされたのだ。
「どんな強力な術も発動させなければいい。常識よ?」
振り下ろされた蛇行剣はフードの男を真っ2つに斬り裂くのだった。
───24秒。真白は『式神同化』から僅か24秒で7体の『影人』を殲滅した。
これが天陽十二将の力である。
真白は術を解くと、光がその身を包み込み、粒子のように異形の部分が消えて元の肉体に戻る。
「真白さんお疲れ様!『影』はもう居なさそうだよ!」
「そう、良かったわ」
ゆづるがメガネに映る画面を見て安全を保証する。それに安心した真白はゆっくりと息を吐くのだった。
こうしてもう1つの襲撃も退けられたのだった。
現在──影世界某所にある山頂の社。
「やっぱり天陽十二将は何とかしないといけないか……」
報告を聞き、大きくため息を着いた如羅戯が呟く。億劫そうな表情が顔に張り付いている。
「一軍が全滅とありゃ戦力も集め直しだしな」
緋苑が付け加えると如羅戯は益々不機嫌そうになる。だがやがて深呼吸をして立ち上がる。
「ま、いいや。天陽十二将を何とかできるし、戦力も補充できる案はある……でしょ?」
そう言って如羅戯は緋苑を見る。
「やっとか。俺は提案してたのに聞かねぇんでどうしたもんかと思ってたよ」
「あははっ!ごめんね!自分が集めた軍でどこまでやれるか試したかったんだよ〜。でも次は背に腹はかえられない。だから頼んだよ?」
「あいよ」
如羅戯は妖しく口角を釣り上げる。
一度危機は去ったものの、まだ『影』達は暗躍する。陰陽師の力が試されるのはこれからという事だった。
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