第74話 天則結界
響と秋は最北端へ来ていた。そこには生徒達が続々と集まっており、暫くして陽那と澄歌、空と文香、臣也が合流する。
「みんな無事で良かった……」
響は顔見知りみんなの無事を確認し胸を撫で下ろす。
その時、響は大量の『影』の気配を感じ取る。振り返った方角にあるのは天陽学園校舎だ。
響の横顔から察した陽那が声をかける。
「もしかして『影』?」
「ああ、とんでもない数だ……校長に伝えてくる!」
響は結界で簡易的な拠点を建てている所に声をかける。
「なるほど……救援が必要かもしれないね。しかしこちらには負傷者も陽力を使い果たした者もいる……」
「なら俺ら天陽院で行きます。みんな比較的元気ですし」
「なら、頼めるかな?」
「はい!」
響は力強く返事をし、天陽院生達の元へ戻る。
「って訳だ。勝手に来めてごめん」
「いや、大丈夫。その時できる事をするのが陰陽師だ。急いで行こう」
秋に続いて他の全員が文句も言わず了承する。響はその姿を頼もしく思う。
そして天陽院の面々は校舎へ向かって走るのだった。
天陽学園校舎……その校庭は黒い軍勢に満ちていた。
生徒や陰陽師は懸命に戦っているが、負傷者や死傷者は増えていく一方だ。
校庭の一角……そこには拳次郎と、その後ろに我修院遥の妹である唯華が居た。彼女は腕を負傷しており戦えない。
「先生!これ以上は体が……!」
全身血に濡れ、息を荒らげる拳次郎を制止する唯華。
拳次郎の術式……『爆体』。それは攻撃の瞬間、体の一部を爆破する特定条件により驚異的な破壊力を誇る術式だ。
しかし肉体を媒介にする以上、攻撃する度に自身が傷ついていく。吹き出した血を媒介にするなど騙し騙しに使って来たが、既にその身は満身創痍だ。
「いいや、まだ行ける」
「でも……!」
「遥の妹のお前や生徒を守らなかったとあれば、俺が遥に殴られるだろうからな……」
こんな時に冗談を言う拳次郎。痩せ我慢でしかなかったが、それでも生徒達が戦っているのに倒れる訳にはいかなかった。
(気張れよ!俺!)
己を鼓舞し、陽力を絞り出し、『影』の軍勢に立ち向かう。
1体、2体、3体と倒していく。だが、そこで足が止まる。予定調和の肉体の限界だ。
そこに無慈悲に『影』は迫る。
「拳次郎先生!」
「クソ……!」
『影』がびっしりと鋭い牙が並んだ大口を開ける。絶対絶命の瞬間……。
「天刃流『天雷』!」
空中より現れた響が『影』を斬り裂いた。
「大丈夫ですか!?」
「お前は天陽院の……!ぐぅ……!」
響へ言葉を返そうとしたが、全身の痛みに呻く拳次郎。
「陽那!治癒できるか?」
「任せて!」
獅子に乗った陽那が駆けつけ、治癒を開始する。その横から『影』が迫る。
だがそれは空の風に消し飛ばされる。
「陽那ちゃん!守るよ!」
空は護符を投げ、陽那と拳次郎、唯華を結界で囲う。
「『鎖状雷電』!」
秋は撒いた護符と両手から鎖を生み出し、『影』を次々拘束していく。
「さて、俺ももう一仕事だ!『岩王腕』!」
複数の岩の腕で秋同様『影』の足を止める臣也。
「文香先輩!」
「文香!」
「分かってるわ。『燎原』」
2人の合図に文香が冷淡に返し、炎の波で止まった『影』を焼き尽くしていく。
「このまま押し返すぜ!」
響もまた群れの中心に飛び込み、炎熱の刃を振るい『影』を倒していくのだった。
2分後……。
「全然減らねぇ……!」
響が数えるのも億劫な程『影』を倒しながら言う。
「恐らく600体は居る。こいつらを従えて居た術者が言っていた」
「マジか……って動いて大丈夫なんスか!?」
いつの間にか隣へ来ていた拳次郎。その体にはまだ多数の傷があった。
「取り敢えず動ける。問題無い」
「いや〜無茶するよね。あたしの治癒じゃ時間かかるからしょうがないけどね……」
陽那が遅れて響の傍に来る。
「唯華ちゃんは完治しましたから安心して下さい!近くの陰陽師に預けてます!」
「助かる。だがこの数はキリが無い……なっと!」
近くの『影』を倒しながら拳次郎は言う。
「ほんとそれですよ!でもあたしや空ちゃんもさっき結構陽力消費しちゃってキッツいんですよねぇ……」
「一応、俺も大技ある。けど何体倒せるか分かんないし、準備に時間かかるけど」
「いや、それでも十分ありがたい。俺が時間を稼ぐ。今は猫の手も借りたいからな……っ!」
3人が相談しているその時、『影』を斬り裂きながら進んで来る人影が見えた。
「あれは……悠先生!」
「すまん待たせた!」
響達の前に降り立つ悠。
「とんでもない数だな……でも、俺なら一層できる」
「マジッスか!?」
「ああ、けどこの数を範囲に収めるには誘導する必要があるな……」
「あ、それできるかも!」
陽那が思いついた事を話す。
「なるほど、陽力で誘導するのか」
「はい!陽力多い式神に寄って行ったので間違いないです!」
「分かった。よし!天陽院のみんな!聞こえるか!?」
悠の呼びかけに天陽院の面々が応じる。
「よし、全員居るな。陽力で釣って俺のとこに『影』を誘導してくれ!」
そう言って悠は走り出す。
「「「了解!」」」
全員が力強く返事をし、陽力を纏い走り出す。自分たちを教え導いてきた教師への信頼だ。
「そら、着いてこい!」
校庭を縦横無尽に走りまわり、響は悠の元へ戻っていく。
そこに遅れて他の天陽院生が合流する。
「よくやったみんな!それじゃあ、そのまま絶対俺から離れないでくれ」
悠の真剣な表情と言葉に響達が頷く。それを確認して、悠はおびただしい数の『影』に向き直る。
「これをするのは久しぶりだな……行くぜ?」
悠は両手で刀印を作る。左手は胸の前で構え、右手は宙に五芒星を書いた。
「『天則結界』──『剣山刀樹』」
悠がそう唱えると、浮かんだ五芒星が一際輝き……悠の足元から白い陽力が溢れ、『影』を巻き込みながら球状の結界を形作っていく。
しかし、それは通常の結界とはまるで異なる。外側は内部から透けて見えず、内側にはまるで異世界が広がっていく。
映るのは曇天。その下には御殿と壁が円状に囲う荒野。
「なん、だこれ……うおっ!?」
響が驚きの声を呟くとほぼ同時に、悠達の足元から円柱のようなものがせり上る。
五人はそれにより上昇し、一気に『影』と荒野を見下ろす形になる。同時に完全に外界と結界内部が区切られる。
その瞬間、地面から鋒を天に向けた無数の刀剣が突き出る。
「なっ……!?『影』が串刺しに……!?」
響達が見たのは、一瞬にしておびただしい数の『影』が串刺しになった光景。それも一体の例外も無く……。
「グ、ギュアアッ!」
息のある『影』が術を撃ち出す。しかしそれは悠の眼前で何かにぶつかったように弾けた。
天則結界──それは結界術の奥義。術者が想像した世界を結界内に具現化する術。その世界を創造した神として術者は天則という世界の法を設定する事ができる。
悠の『剣山刀樹』に設定された天則は、結界内部に存在する全ての者同士の絶対不可侵。
そして悠は天則と結界の構造を知っている為、結界構築が完了する前に円柱による退避を行ったのだ。
言わずもがな、『影』はその天則と結界の構造を知らない。故に何をする事も出来ず、この世界に殺される事となったのだ。
「これが結界術の奥義だよ。他にも憑依型や放出型、式神術に降霊術の奥義なんかもある。みんなも鍛錬して奥義をモノにしてくれよな」
双眼に五芒星を宿した悠が言う。それは奥義を発動した者に見られる特徴。両眼か片眼かで奥義の完成度の高さを示している。
「簡単に言うなぁ……!」
響達はその恐るべき力を目の当たりにしたのだった。
やがて結界が光の粒のように崩壊していき、いつの間にか全員は元の世界に足をつけていた。
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