第72話 最悪か最善か
伽羅は『焔旋刃』に胴体を焼き切られ、地面に倒れ伏した。
「ぐっ!お、おのれ……!」
ゆっくりと立ち上がろうとするが、手甲の術は解ける。
「トドメだ!」
響は炎熱の刃を構えながら接近する。
その時、響は気配を感知した。彼方より飛んできた火の矢……響はそれを切り払う。だが……。
「なっ!?多すぎだろ!?」
更に無数の火の矢が高速で降り注ぐ。『風雲』で対処するも、余りに物量が多く回避を強いられる。
回避の為に様々な方向へ走った響。伽羅とは距離が開く。火の矢が着弾した土煙が晴れる前に、伽羅にもう一人の『影人』が迫ったのを感知した。
「お前は……空を狙った『影人』!」
土煙が晴れて見えたのは黒髪長髪で、その先が赤い和装の少年。かつて伽羅と共に空を襲った『影人』……殉羅であった。
「殉羅……」
「私も今ので大分陰力を使った……後は分かるな?」
殉羅は伽羅に肩を貸し、護符を取り出す。それは陰力で黒く輝き、2人の背後に襖のような門が開く。
(あれは空を攫った時の……!)
「逃がすか!」
2人の意図を察した響は刀を構える。そしてその場で振り抜き、『焔旋刃』を放った。
炎の刃は2人へ迫るが……。
ガキィンッ!
2人が門をくぐった瞬間に刃は弾かれた。
「この門は世界間の移動の為にのみ使われる。そして定員は事前に登録した者だけ。それ以外は人はおろか、一切の物体は干渉できない……勿論、一度入るとこちらからも干渉できないがな」
殉羅が告げたように、『焔旋刃』は防がれた。つまり、もう2人を追う事はできないという事。
「逃げんのかよ!」
「……そうだ。だが次だ……次こそお前を殺す……!絶対に殺してやる……!」
伽羅は強い怒りを宿した瞳で睨み告げる。
「やれるもんならやってみやがれ……返り討ちにしてやるよ」
響もまた敵意を言葉に乗せて告げる。そして門は閉じ、その形を崩れさせていく。
やがて何も無かったかのようにその場には響だけが残るのだった。
「伽羅……次は逃がさねぇぞ」
伽羅、そして殉羅も撃退した響。覚悟を胸に刻むように空に言葉を吐くのだった。
結界外……天陽学園校庭。
桐谷行人と郷田拳次郎の戦いは間もなく決着がつこうとしていた。
「ははは。強くなるって悲しいなぁ……まさか非力な僕に筋肉自慢の君が負けるなんてね」
メガネを上げる仕草をする行人。その目の前には『影』に四肢を食らいつかれ、磔のようにされている拳次郎の姿があった。
「ハッ……!『影』に、頼ってるだけの奴が……何言ってんだ……」
拳次郎は言葉を返すがその声は息も絶え絶えであり、強がりにしか見えなかった。
「陰陽師の戦いは何しても勝てばいい……そう思わないかい?ま、同意なんて求めてないけど」
ゆっくりと接近する行人。その掌からは大口を開けた『影』をはみ出す。
「こいつは人の身を食えば食う程体が大きくなる。頭まで筋肉ならいい栄養になりそうだね」
そのまま拳次郎の顔に掌を近づける。『影』は口を大きく開き、唾液を撒き散らしながら捕食の時を今か今かと待ってる。
「じゃあね。君や遥と過ごした時間は楽しくもなんともなかったよ」
「そうか、俺は楽しかったよ」
その時、拳次郎の四肢を喰らっていた『影』が消し飛ぶ。
「は?」
行人は固まる。何が起こったのかまるで理解していない。
(完全に抑えてただろ。完全に勝ちの流れだろ。なんで……)
「なんで、そんな手足で動けるんだよ!?」
行人の目には、内側から弾けたような拳次郎の赤い手足を見る。その異常な光景にゆっくりと後退る。
「俺の術は強化だけだと思ってたろ?違うね。俺の術は肉体の一部を爆弾にする術。滅多な事じゃ使わねぇからお前も知らなかったろ?」
「だ、だとしても!自分の手足そのものを爆弾にするやつがあるか!」
行人の言う事はごもっともだろう。しかし、陰陽師は戦いは何しても勝てばいいと言ったのは行人自身だ。
拳次郎はただそれに従ったのみ。全ては『影』を操り、教え導くべき生徒を襲った悪鬼を倒す為。
「丁度血濡れの手だ。お前も爆破を味わってみろ」
拳次郎は強く地面を踏んで飛び出す。
「く、来るなぁっ!」
掌から『影』を出した行人。しかしその『影』は容易く拳に貫かれ……。
「ごはぁっ!」
行人は腹に拳をめり込まれた。
「『血衝爆拳』急急如律令」
激しい爆音と共に拳の血液が弾け、行人は吹き飛ぶのだった。
地面に落ちるように倒れ伏す行人。腹は大きく抉れ、赤く染まっている。
「がはっ!ごぼぉっ!……クソ、クソぉ!」
(俺が、負ける!?ふざけるな!地獄を、僕自身の手で作った地獄をこの目で見るまでは……!)
「お前の負けだ……行人」
「拳、次郎……!」
「このままお前を拘束する。術を止めろ……でなければ命を奪う」
「ぐっ……!」
冷淡に言い放つ拳次郎に、行人はただ歯を食いしばるしかできない。
その時……。
ドクンッ!
「……なんだ?」
何かが胎動するような音を聞いた拳次郎。すると、行人の顔が青ざめる。
「やめろ!待て!俺はまだやれる……!」
「行人!何を!?」
『影』の気配がどんどん大きくなる。その根源は……行人だ。
「術……が、解け……!」
その時、行人の体を食い破るように無数の『影』が飛び出した。
「何っ!?」
拳次郎は驚きつつ『影』を殴り、巻いた血を炸裂させる。
何体かは撃破されたが、余りに数が多い。それらは散り散りになり、校庭の陰陽師や生徒に襲いかかる。
「クソ……!」
(行人から出てきた……影を操る『従影呪法』と取り込む『胎陰呪法』が切れたのか!自分が死んだら暴れ出す……最期まで面倒を!)
「お前ら逃げろ!兎に角囲まれないように!」
予想外の事象……それも凡そ300を超える『影』の大群。ただでさえ物量に四苦八苦していたのに、そんな数と真正面から戦えばすり潰されるだけだ。
行人を撃破しても、事態は最悪と言える。
「『血爆』!」
血を撒き散らし、手当り次第爆破する拳次郎。そこに、見覚えがある『影』を見る。
(あれは結界の……!)
「はあっ!」
拳次郎は飛び出し、その『影』を潰す。
(これできっと……!)
拳次郎は祈るようにバトルロワイヤルのエリアを見る。
すると、結界は塵になって消えていく様子が遠目で見えた。
(最低限の仕事はした!後は生徒たちを守る!)
「どけぇぇぇ!」
拳次郎は勇ましく『影』に向かっていく。
結界の内外で陰陽師達は最善を尽くす。それが結果としてどうなるかは……まだ誰にも分からないのだった。
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