第64話 響と霊次
「何とか……入れたか」
結界の外殻の一部を壊し侵入した霊次。奥義の反動で息を切らしながら振り返り、入ってきた穴を振り返ると……なんとそれは既に塞がってしまっていた。
(この結界は閉じ込める為の結界だから入るのは比較的容易く、出るのはこうはいかないだろうな。外から援軍を入れさせない為に『影』の群れで暴れていたのだろう)
結界と外の状況から敵の策を想像する霊次。脱出の為には破壊以外の方法が必要と考える。
「君は……秋雨霊次くん!?」
「校長!他の人も……」
近くに居た校長と数名の陰陽師。彼らは人の結界と『影』の結界の間に身を寄せていた。治癒を受けている校長へ駆け寄る霊次。
「謹慎中にすみません」
「いや、緊急事態だ。よく来てくれたね」
「拳次郎先生の指示です。今の状況は?」
「私の代わりに白波響くんが戦っている。援護してやってくれ」
(やはり白波響だったか)
己の目に狂いは無かったと頷く霊次。ならばやる事は決まっている。
「分かりました。校長、結界を開けてください」
校長の傷から並々ならぬ相手だと考える霊次。より一層気合いを入れて刀を握る。
「気をつけてな」
「はい!」
開けてもらった結界の壁から霊次は勢いよく飛び出すのだった。
開いた森の一角。そこには侍と陰陽師が刃を交えている。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、突き、横一文字。両者が繰り出す剣技と剣技が激しくぶつかり合う。その度に刃からは火花や金属片が舞う。
「うおおおお!」
「くっ……」
侍の『影人』……武叢は響の一撃を受けて大きく下がる。
「やるな……白波響」
「どうも。褒めても手は抜かねぇぞ」
「無論……そうでなくては困るというもの。某は果たし合いの末、命と陽力を奪う事に意義を見出す故……」
そう言って響へと強く踏み込む武叢。頭を割ろうと刃を振り下ろす。響は炎を纏った刃でそれを受ける。
そのまま弾き、切り返す。それを涼しい顔で受け、今度は武叢が切り返す。
刹那の攻防。剣士同士の立ち会い。見る人が見れば優雅さすら感じたかもしれないが、殺し合いである事に変わりは無い。
互いの技を潰し、肉を切り、その首を断つ。或いは心臓を突き刺して息の根を止める為、無数の剣撃の応酬を繰り返す。
鍔迫り合いをし、互いに一歩も引かない。拮抗するのを確認し、両者はまた距離を置く。
(こいつ……できる。『影人』の身体能力だけじゃない。剣士としての技も中々……今は互いに様子見してるが、本気を出したらどうなるか……)
目の前の『影』の侍を警戒する響。
(若い見た目に反して落ち着いている。それに、様子見とはいえ剣の腕前も上々……ここまでの者は久しく会って居なかったな)
武叢もまた響を警戒している。だがその中には愉悦のようなものも含まれていた。
「そろそろ様子見はいいだろう……本気で取りに行くぞ」
「っ!」
(やっぱり飛んでもねぇ陰力だ……)
武叢は陰力を全身から滾らせる。その圧を受け、響は少し前に打倒した青淵とは一線を画す存在だと思い知る。
刀をより一層強く握り、陽力を込め直す。
「行くぞ……!」
飛び出した武叢。その勢いと高純度の陰力を乗せた強力な刃を響にぶつける。
「ぐ、うぅ……!」
(下手すりゃ刀が折れる!)
響は受け続けるのは危険と判断し、刃を引いて受け流す。
「『陣風』!」
そして返す刀で下から刃を振り上げた。武叢はそれを一歩引いて躱す。そしてすかさず二の太刀を繰り出す。
響はそれを受けてまた鍔迫り合いの形になる。
「やはり……貴殿は強い。だがまだ私は本気を……」
瞬間、武叢は殺気を感じ取る。響を力任せに押し飛ばす。全ては背後から迫った者を迎撃する為。
何者かと武叢の刃がぶつかり甲高い音が響く。
「背後からか……命のやり取りだ。それもまたよし」
「同意だな」
軽く口を交わし、距離を置くのは秋雨霊次。響はその隣に駆け寄る。
「秋雨霊次……」
「白波響……」
二人は昨日の夜以来に顔を合わせる。あんな事があったのだ。互いに気まずくないと言えば嘘になる。
「……?」
それを知らない武叢は疑問符を浮かべ、様子を伺う。
やや気まずい空気の中、先に口を開いたのは霊次だ。
「白波響。済まなかった」
「え?」
霊次からの突然の謝罪に面食らう響。
「俺は昨晩……君と祖父の剣を偽物と断じた。しかし、君は『影』を倒す為に訓練に励み、襲撃に合ってからも戦っていた。謹慎で何もしていなかった、遅れてきた俺とは違って……」
己の未熟さ故に激高し、響を斬って謹慎となった霊次。陰陽師としても天刃流の使い手としてもそれは愚かな事だった。
そして、目の当たりにした響の高潔さに己を恥ずべき愚物だと深く悟ったのだ。
「どういう経緯で天刃流が二つの流れに別れたのかは分からない。だが、人を守る為に振るわれる君の剣は……間違いなく本物だ」
「霊次……」
「だから恥を承知で頼む。君と共に戦わせてくれ。『影』から人を救う為に」
霊次の赤茶色の瞳が響を覗く。その真剣な眼差しから、その言葉が嘘偽りでは無いと感じる響。
答えはもう決まっている。
「ああ、勿論だ。一緒に戦おう……霊次」
「……ありがとう」
同じ天刃流を持つもの同士、隣合い刀を構える。見据えるは『影』の侍……武叢。
「ほう……どちらも上物。気迫も陽力もな。ならば……受けて立たねば『影』が廃ると言うもの。存分に死合おうでは無いか」
また激しく陰力を波立たせる武叢。響も霊次も陽力を蜂起させ、刀に纏わせる。
『影』と人の剣士の戦いは更に激しさを増すのだった。
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