第63話 秋雨 霊次という男
数分前。
天陽学園寮。
響を斬った事で謹慎を言い渡された秋雨霊次。彼は今自室のベランダから外を覗いていた。
見据えるは、天陽学園校舎から更に奥の森……そこに設けられたバトルロワイヤルのフィールド。
「あれは……まさか『影』の結界か?」
遠目だが、結界の違和感に気がつく。
(嫌な予感がする……)
霊次はその感覚を杞憂であるように祈りながら愛刀を手に校舎へと向かうのだった。
現在。
霊次は拳次郎の背後から迫った、気配の無い大型『影』の腕を切り裂いた。そのまま『影』へと跳躍する。
「天刃流……『陣風』!」
激しく吹く風の如く切り上げる太刀筋……逆風『陣風』。その一撃は、跳躍の勢いも合わさり『影』の顔面を真っ2つに切り裂いた。
霊次が地面に降り立つ頃には『影』が塵となり消え去った。
「へぇ?君は……」
「秋雨霊次……!」
「謹慎中にすみません。拳次郎先生、状況は?」
霊次は行人を睨みながら問いかける。己の担任の男へ向けるそれとは思えない程強い敵意がある。
「緊急事態につき不問だ。助かった。見ての通り、行人が裏切った。『影』を操る術式で暴れ、バトロワの方には『影人』を招き寄せたらしい。目的は知的好奇心だと」
「やはり……怪しいとは思っていましたよ。行人先生」
霊次は前々から行人の優男っぷりが胡散臭く感じ、警戒心を示していた。それは見事に当たっていた。
「バレてたか……君は感が鋭いからね。でもまあ、また1人ここに贄が来てくれて嬉しいよ」
「……」
恐怖を煽るように懐の『影』を蠢く様子を見せる行人。霊次は臆することなく刀を構える。
「霊次、お前は結界の方へ行け」
「えっ?」
「『影』の結界が張られてるって事は、元々バトロワ用の結界を張ってた校長達も閉じ込められてるって事だ。そっちを任せたい。こいつは俺が殺る」
行人へ並々ならぬ殺気を流す拳次郎。だが怒りに呑まれている訳では無いというのは、その提案からも読み取れた。
「分かりました。ご武運を」
霊次は刀を鞘に納め、真っ直ぐ結界へと駆け出して行くのだった。
「あーあ、行っちゃった。ククク……アハハハハ!」
「何がおかしい」
「いや?結界を張ったのはこの『影』なのにねって」
腹の影から目玉が4つある『影』を見せる行人。だがそれに拳次郎は動揺しない。
「問題無い。奴は結界を無理やり破ってでも中の皆を助けるだろう。そして俺はお前を殺し、その『影』を殺せば結界は解ける。それで済む話だ」
「見た目通りの脳筋がよ……やれるもんならやってみろやぁ!」
行人はまた『影』を複数体召喚し、拳次郎へ差し向ける。拳次郎は燃え盛る怒りを胸に、行人を殺す為その拳を振るうのだった。
森の中を走り、北側の結界の外殻まで来た霊次。
(半透明だが中は霧のようなもので中は見えない……だがここは結界の最北端。この向こうに校長達が居る可能性は高い)
腰を落とし、刀を握る。
「天刃流……居合『初月』!」
ガギィンッ!
そのまま放った一撃は結界に容易く阻まれた。
「クソ……ならば!」
霊次は今度は結界の一点へ向かって連続で剣技を浴びせる。
その正確無比な斬撃は感嘆すべきモノだが……。
「はぁ……!はぁ……!ダメ、か……!」
何度打ち込んでも結界は微動だにせず佇んでいる。
(一度戻って別の方法を……いや、事は一分一秒を争う!この間にも中で誰かが襲われているかもしれないのに!)
結界を見据え、息を切らしながら思考する霊次。
「……?あれは……」
そんな中、結界内の霧の奥……そこに赤い軌跡を見た。
「誰かが戦っている?」
音も聞こえず、視界不良だが確かに誰かが戦っているのは分かる。
やがてその正体に気がついた。
「あの軌跡……まさか白波響か!?」
霊次は赤い軌跡が己の扱う天刃流の剣と酷似していると気づく。
その軌跡は激しさを増し、火花が散る様子も見える。
何故だか分からないが、己と同じ流派の剣を持った男が戦っているのだ。
その事に霊次は狼狽える。
「私は……何をやっている?」
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私は幼い頃成りたいものが無かった。漠然とした目標すら無く日々を生きていたのだ。
しかし家の蔵で1つの手記を見つけた。
それこそが天刃流の開祖、飛輪陽霊の残した手記であった。
それは陽霊の個人的な日記とも指南書とも言える内容が書かれていた。私は夢中でそれを読み込み、天刃流の剣を独学で学んできたのだ。
その剣で弱きを助け、人々に感謝され愛される。そんな開祖のような人間に成りたいと思ったのだ。
そして程なくして私は影世界に引きずり込まれ、陰陽師に助けられ……陽力に目覚めた。
それは思ってもみないチャンスだった。人を守る為に剣を振るえるから。
そうして私は陰陽師に成り、天陽学園に入った。一般家庭出身だからと天陽院を勧められたが、私は多くの人間と切磋琢磨したいと考えこちらにした。
当然、初めは侮られたり馬鹿にされたりした。しかし天刃流と陰陽術を組み合わせる事で強くなり、数ヶ月もすれば私を侮るものは居なくなった。
これも全て天刃流のお陰だ。私はより一層この剣が誇らしくなった。
そんな中、同じ剣を使う白波響が現れた。
確かめずには居られなかった。なぜ天刃流を彼が習得しているのか。
剣を交え、同じ天刃流だと感じた。だが奥義の一点を除いて。
それは許せない事だった。血の滲むような研鑽の果て、私は『日輪』という奥義まで習得した。
しかし彼は『日輪』を知らず、『空』なる別の奥義があると言った。
それが、許せなかった。まるで自分の今までの努力を否定されたように感じたのだ。
だから偽物と断じ、『日輪』にて彼を斬り捨てた。
だが、だが……私は今、何をしている?
私は謹慎となった事で交流会から離脱した。その結果、私はこうして結界の外に居る。
本来ならば中で『影人』と戦い、同じ生徒や陰陽師を助ける事になった筈だ……。
だがそうならなかった。
そして今、白波響は戦っている。
私が偽物とした彼は『影人』から人を助けようと戦っているのだ。
天刃流の使い手として相応しいのはどちらだ?飛輪陽霊のような生き様をしているのはどちらだ?
決まっている……私では無く、白波響だ。
私は自分が恥ずかしい。
天刃流の使い手として相応しくない、愚かな人間だ。
だが、何もしないでいい時間は無い。今、この瞬間も教師や生徒が襲われている。戦っている。
ならば……私がやる事は1つだろう!
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結界から少し距離を置く。陽力炉心から陽力を練り、全身を強化、刀を強化する。
「天刃流……」
地面を蹴って跳躍する。高く、高く。
そしてこの身を捩り、回転を加える。
何度も何度も鍛錬してきた動きだ。
想うのは太陽。どこまでも眩しく輝く光。
それを胸に剣を振るう。
「奥義『日輪』!」
白く輝く刃は、強靭な『影』の結界を砕くのだった。
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