第62話 外の様子
同刻──結界外。
校庭に実況席が設けられ、観戦で大いに盛り上がっていたのは遠い昔のよう。今は『影』の軍勢と陰陽師達の激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ゲヒャヒャヒャッ!」
「うわあああ!」
男子生徒が尻餅を着いた所に容赦なく『影』が迫る。
「させない!」
そこに女生徒が槍を『影』の頭に突き刺し窮地を救う。
「あ、ありが……」
「いいから立って!まだ来るよ!」
「お、おう!」
男子生徒は叱咤されながらも立ち上がり戦闘を継続する。
離れた所では、逆に『影』に食われた生徒を助けようとして己も食われ悲鳴をあげる姿があった。
生も、死も、ここには満ちている。
それを桐谷行人は屋上からメガネ越しに楽しそうに眺めていた。
「いいねいいねぇ〜。地獄への扉が開いたって感じ。でも……まだ地獄そのものでは無い」
行人はメガネをかけ直し、屋上から降りる。肉体強化で四階からの落下も階段を一段降りるような優雅さで地面に降り立った。
「さあ、俺も舞台に上がろうか」
狂気を宿した瞳を細め、口角を上げる。そのどこまでも邪悪な顔で校庭へと歩み出すのだった。
「おおお!」
「グギュアアアッ!」
今しがた大型の『影』をその拳で撃破した刈り上げの男は天陽学園3年担当教師郷田拳次郎。
筋骨隆々の肉体を更に術で強化する事で歩く破砕機とも言われる程の力を持っている。
しかしその力を持ってしても、無尽蔵に湧いてくる『影』の相手は骨が折れるのだった。
「お前らはもっと固まれ!火力を集中させて一体ずつ撃破するんだ!」
「「「はい!」」」
突如現れ襲って来た『影』に観客だった陰陽師は応戦せざるを得なかった。その中には2、3年の生徒もいる。
(クソ、一体どうやってこれだけの数をバレずに招き寄せた?……)
どうしてこんな事になったか思考を凝らしながらまた一体『影』を葬り去る。そんな中、迫り来る気配に振り返った。
「誰だ!」
そこに居たのは2年担当教師桐谷行人。戦場を歩いてきたにも関わらず、銀髪や白衣に傷1つ無かった。
「行人!無事だっ……いや、誰だお前」
初めは同僚の無事を喜んだが、纏う気配が異質な事にすぐに気がつき眼鏡の奥の瞳を睨む。拳次郎が感じ取ったのは『影』の気配だ。
「誰?酷いな拳次郎さん……俺は俺ですよ。初めから!」
落ち着いた雰囲気から豹変する行人。
白衣を広げると、中の黒のシャツが更に黒く染まり、そこから獣のような『影』が3体程這い出て来た。
「やれ」
その冷淡な言葉に呼応するように、『影』達は拳次郎に襲いかかる。
「ふんっ!」
拳次郎は臆すること無く前に歩を進め、左ジャブ、右ストレート、左ローキックにて瞬く間にそれらを処理する。
「裏切ったか……!行人ぉ!」
「相変わらず声がでけぇなぁ!拳次郎ぉ!」
睨む拳次郎と、見下す行人。両者の間に並々ならぬ緊張が走る。
「行人……何故だ!」
「ハッ!それ、遥にも聞かれたよ。端的に言えば知的好奇心?」
「ふざけるな!遥はどうした!」
「校舎さ。腹を刺してから結界に閉じ込めてここの映像を見せてるよ。もう死んでるかもしれないけどね」
嘲笑混じりに語る行人。拳次郎は青筋を立てていたが、遥の事を聞いて遂に我慢の限界となった。
「行人ぉぉぉっ!」
拳次郎は地面を強く踏み込み、弾丸のように飛び出した。
「第67番」
行人がそう呟くと、中型の『影』が2人の間に割り込んだ。
「邪魔だ!」
拳次郎が拳を振るう。しかしそれは受け止められ、カウンターの咆哮で吹き飛ばされた。
「ぐぅ……!なんだその『影』を生み出す術式は……そんなものお前は持っていなかった筈!」
「裏切んのにホントの手の内を晒すバカが居るかよ。ま、こうして敵対したし教えてやるよ。これは『影』を生み出すのではなく操る術式……『従影呪法』」
「『影』を……!?」
それは見た事も聞いた事も無い術式だった。無論、長い歴史のある陰陽師史においてもそれは同じだった。
「僕が長年の研究の果てに至った呪法さ。知能の無い『影』を操り、もう1つの術式……『胎陰呪法』で666体までストックする。今この場に放たれている『影』もそうさ。どうだい?凄いだろう?」
その体から『影』をはみ出し蠢く様子を見せる。そのおぞましい光景に拳次郎は絶句していた。
「まあでもまだ『影人』は操れないんだけどね。だから……今回は協力して貰ったんだ」
「何?」
「『影人』達が生徒から陽力を奪う手伝いをする代わりに『影』を提供する事。どちらも戦力が増えるし、僕は手に入れた『影』で研究もできるから良い交渉だったよ」
そう、今回の事件の黒幕は桐谷行人だったのだ。
「おのれぇ!生徒を売り、お前の事が本気で愛していた遥をも裏切った……!俺はお前は断じて許さん!」
怒りの咆哮と共に陽力を滾らせる拳次郎。その圧は離れている生徒達にも伝わる程激しかった。
「相変わらず暑苦しいおっさんだ。そういうのはモテないぜ?だから遥も俺を選んだんだろう……どっちにしろ見る目無いけどね」
「貴様ぁ!」
また突撃体勢に入る拳次郎。67番の『影』を殴り倒し、そのまま後ろの行人を討つ為のタメだ。
「熱くなるなって。死ぬぞ?」
だがその背後に、いる筈の無い大型の『影』が迫っていた。
(気配の無い『影』!?そんなものまで……!)
気配の無い『影』を今現在けどれるのは白波響ただ1人だ。その鋭い爪が、突撃体勢を取って背後が無防備になった拳次郎を襲う。
絶体絶命の瞬間……。
「天刃流……居合『初月』!」
その爪は腕ごと遠くに切り飛ばされた。青い鮮血を撒き散らし腕は地面に堕ちる。
「お前は……!」
「何……?」
「グギャァァァァッ!」
拳次郎は驚嘆し、完全に取ったと思った行人は眉を潜ませ、『影』はつんざくような悲鳴を周囲に木霊させる。
黒く長いポニーテールが揺れる。拳次郎の窮地を救ったのは、和装に身を包んだ黒髪パッツンの男……秋雨 霊次。
もう1人の天刃流の使い手だった。
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