第60話 陽那VS穢弩
「えぇぇい!」
「そぉれ!」
互いの叫びと共に激しくぶつかり合う陰陽術。
穢弩の手から放たれるは翡翠の鉱石……エメラルド。それは美しい緑の軌跡を描いて陽那に降り注ぐ。その様子は穢弩の格好も相まって奇術師の手品の如く。
陽那は鞭を自在に操りエメラルドを叩き落としていく。そして隙を見てヒグマの式神、山羊の式神をけしかける。穢弩が奇術師ならば陽那は猛獣使いか。
「ハッ!」
穢弩はその猛攻を徒手空拳を駆使して捌き、距離を置くとまた膨大な量の鉱石を陽那に射出する。
「くっ!」
陽那はまた鞭を振るい迎撃する。しかし鞭だけでは迎撃が追いつかず、確実に傷が増えていく。
陽那が押されているのは理由がある。
まず1つは位置取り。
穢弩は執拗に陽那と後方の澄香が射線に入るように位置取っていた。
(避けたら澄香ちゃんが……ひーちゃんが護衛してるけど、奴の攻撃をどれだけ耐え切れるか分からない……)
澄香は今、文字通りに丸腰だ。もし『影人』である穢弩の攻撃を直に受ければ致命傷どころか即死もありうる。故に油断出来ない。
もう1つは式神。
本来陽那のスタイルは式神と自身で相手を囲み叩くスタイル。
どんな達人でも360度警戒する事は出来ない。故に囲んで削り、防御が崩れた所を式神か自身の大技で倒すのが得意戦法である。
だが今は澄歌へ攻守共に優れたヒグマをつけている。その為攻撃に参加出来るのは跳躍力に優れる山羊、攻撃力に優れた獅子。
雪の華を持つ猫は術が扱える分、その基礎のステータスは低い。いざと言う時に輝く伏せ札である為、実質陽那と二体の式神だけが主な戦力。
(メイン火力がしーちゃんだけだとどうしても火力不足だ)
そして穢弩は『影人』だ。その力は本来単騎で挑むこと事態が命取りになるほど強い存在。その術や身体能力1つとっても凄まじい。
陽那はこの上なく不利な戦いをしているのだ。
(それでも、やるしかない!)
「『八岐水蛇』!急急如律令!」
水の鞭を枝分かれされ攻撃範囲を拡張する陽那。穢弩は陰力を全身に纏いガードする。
(足が止まった!)
そこにすかさず背後から獅子をけしかける。
「『獅子鋭爪』!急急如律令!」
獅子の爪が陽力を纏って輝く。それは真っ直ぐ首筋に迫る。
「邪魔ですよ」
だが穢弩は振り返ると同時に獅子を爪ごと腕で殴りつけた。
「ギャウッ!」
「しーちゃん!」
(腕の形が変わった……!?)
陽那は獅子を殴った穢弩の右腕が巨大な筒のように変形しているのを目撃する。
「驚いたでしょう?しかしまだまだこれから!それでは派手に打ち上げましょう!種も仕掛けもございます!」
(っ!まずい!)
そして頭上へ筒を向ける穢弩。その視線の先には、跳躍し重力を乗せた蹄の攻撃を繰り出そうとした山羊が居た。
筒は火を吹き翡翠の砲弾を撃ち出す。
「やまちゃ……っ!」
着弾と同時に弾は爆発。そして鋭いエメラルドの破片を周囲にも散らす二段構え。
翡翠の雨霰を陽那は水の膜を展開、滞留させ防御に徹する。澄歌もヒグマが身を呈して守る。
「流石に術者まで棚ぼたという訳にはいきませんか」
「くっ……!」
陽那の体には盾を貫通した破片が突き刺さる。ヒグマは元々の耐久性で健在だ。しかし……。
(やまちゃんは砲弾直撃でやられちゃった……しーちゃんは殴り飛ばされた分破片は食らってないけど、キツイ事には変わらない……!)
どんどん追い詰められていく状況に陽那は歯噛みする。
そしてそれは澄歌も同じだ。
(私が足でまといだがら陽那さんが……!でも、どうしたら……!)
不安と焦り、そして悔しさが澄歌の内心を支配していく。だがいくら頭で演算しようとも、その脳は今の自分ではどうしようもないという現実を突きつけてくる。
「フフフ……そんな足でまといは早々に見捨てれば良いのです。身軽になりますよ?」
余裕飄々の穢弩は煽るように問いかける。
穢弩の言う通り、澄歌を守っているヒグマを使えれば今崩壊している式神による包囲は最低限機能する。
「そんな事する訳ない。だって、澄歌ちゃんは大切な仲間だもん」
だが、それを良しとしないのが陽那だ。
「陽那さん……でもこのままじゃ!」
「そうですよ?このままじゃあ……2人諸共死んでしまいますよぉ!」
陽那に砲口を向ける穢弩。無論、攻撃範囲には澄歌も入っている。
「撃たせない!」
陽那は鞭に激しく波立つ水を纏い、穢弩へ振るう。
「ふむ」
半透明のエメラルドの壁がせり上がり、鞭の一撃は弾かれる。
穢弩の五行は金属を生み出す金。陽那の水を相生の関係によって僅かに強化してしまうが、それを加味しても実力差は溝が深い。
「そちらも効きませんよ」
背後から迫り、すれ違いざまに振るった獅子の爪も同じように翡翠の壁が防ぐ。
「くそ……!」
「フハハハハ!それではもう一発ご覧に入れましょう!」
吐き捨てる陽那に、穢弩は壁の一部に穴を開けて砲身を突き出す。そして間を置かず砲口は火を吹いた。
「ゆーちゃん!」
猫の式神を召喚し、砲弾へ向けて雪混じりの水流を放出する。
2人の間で術同士は拮抗している。
「くぅ……!」
「いつまで持ちますかなぁ!?」
穢弩は術同士が押し合う傍ら、砲に陰力を集め次弾を準備する。
(砲弾が押し負けようがこちらには盾があります。あちらの術を防ぎ、次弾を撃ち込めばいい)
どっちに転んでも有利は揺るがない。その事実に穢弩は口元に笑みを浮かべる。
そして……。
砲弾は陽那の術を押しのけ着弾する。
土は抉られ、周囲の木々も爆風や翡翠の破片を受けて倒れる。その場にはもうもうと土煙が舞った。
「さて……遺体から陽力を頂くとしましょうか」
煙が晴れ切らぬ間に中へ一歩足を踏み出す穢弩。
「ガアッ!」
そこへ、白煙からヒグマが飛び出す。大口を開け、鋭い牙で穢弩に襲いかかった。
「ふんっ!」
穢弩は砲身でそれを受け止める。ヒグマは怯むどころか砲身に牙を立てる。
(このまま噛み砕く気ですか!)
「させませんよぉ!」
穢弩は乱暴に砲身を振り回しヒグマを引き剥がす。そして倒れたヒグマへ砲弾を撃った。
爆発の煙には陽力の粒子が混じる。
「だから効きませんって」
白煙から雪混じりの水流と獅子が別々に飛び出すが、やはりその同時攻撃も翡翠の壁に防がれる。
「いい加減目障りです。爆ぜろ」
穢弩がそう呟くと壁に亀裂が入り、爆発して破片を散らす。猫と獅子はそれをモロにくらってしまう。
爆発で煙が完全に晴れる。その時、穢弩の目に飛び込んで来たのは……。
「水天、逆巻く激流、至大の雫となりて敵を討たん」
澄歌を庇うように立ち、鞭の先端に水球に集めた陽那の姿だった。左腕はエメラルドの破片がおびただしく突き刺さり、ダラリと垂れている。
(片腕を犠牲に……!?)
穢弩の思う通り、陽那は左腕を中心に水の膜を展開した。
腕付近は防御を薄める代わりに、頭や胴体を覆う部分を厚くする特定条件によって防御力を高めていた。
「『水禍剛球』!急急如律令!」
驚く穢弩へ向け、完全詠唱を合わせた陽那の最大の術が放たれる。
「クソ!」
今しがたヒグマに砲弾を、壁を猫と獅子の迎撃に使って穢弩は無防備だ。
水球は着弾し、大きな水柱を上げる。
「や、やったの……?」
雨のように振る水に打たれながら澄歌は呟く。間違いなく直撃だ。
だが……。
「クソったれ、がぁ……!」
砲となった右腕を失いながらも、穢弩はまだ生きていた。
「ですが、こんな事もあろうかと……服の下に鎧を着ていたのでしたぁ!」
敗れた服の下に砕けた翡翠の鎧があった。そう、仕込んでいた種はもう一枚あったのだ。
そしてその下の肌の傷は浅い。
「そんな……!」
澄歌が弱々しく声を漏らす。
何故なら今の術は澄歌の知る中で陽那の最大の術だ。式神を犠牲にしてやっと掴んだチャンスを最大限活かした。それでも倒しきれなかったのだ。
(もう、ダメだ……)
澄歌は絶望して目を伏せる。穢弩は勝利を確信し笑う。
そして……。
「……」
陽那の目はまだ死んでいなかった。
鞭を手放し、懐から何かを取り出す。
「今のが貴方の最強の術でしょう?何をしようが無駄です。大人しく死になさい」
穢弩はエメラルドの壁を結界のようにして全方位を守る。その傍ら、右腕は再生しようと蠢いている。
陽那達が殺されるのは時間の問題だった。
だが陽那はまだ諦めない。
(澄歌ちゃんは絶対守る。そして私も死なない。こんな所で負けられない!)
強く想い、刀印に手を結び……石を持つ手に陽力を集める。
「大いなる自然よ、時を経て宿りし力よ、我が獣に力を与えたまえ」
取り出した掌程の大きさの石は、陽力に触れると紅く輝く。段々それは輝きをまし、陽力と溶け合っていく。
「来て!ひーちゃん!」
そして紅き陽力は赤い毛並みを持つヒグマを形作った。
(ヒグマ!?さっき私が倒した筈!)
通常式神が破壊された場合、その日のうちは同じ式神を召喚できない。
破壊されたというイメージが術者の脳に刻まれ、どうしても召喚時のイメージを阻害してしまうからだ。
故に、陽那のヒグマは破壊されていない。砲弾が直撃する瞬間に術を解いたのだ。
だがしかし……。
「式神1体で何ができる!」
陽那はまだ穢弩の防御を貫く事は出来ないでいるのだから当然の思考だ。
「行って!」
だが陽那はヒグマをけしかける。他に手段が無いから。
(ふん!何かと思えばやけくそですか!砲身が再生したら諸共吹っ飛ばしてやりますよぉ!)
砲身は半分程再生している。ヒグマの攻撃を凌げば後は砲弾を撃ち込むだけで勝てる。
確かなビジョンを浮かべドッシリと構える穢弩。
その予想は覆される事になる。
ガシャンッ!
「……は?」
エメラルドの壁が砕け、ヒグマの爪が穢弩を切り裂いた。その勢いで穢弩は背部の壁を突き破り、後方へと吹き飛ばされる。
数度転げ回る中、何とか体勢を整え勢いを殺す穢弩。陽那達との間に青い鮮血が転々と続いている。
「ガハッ!ぐ、クソ……!」
(何故だ!何故破られた……っ!)
穢弩は焼けるような傷口の痛み、そしてヒグマの紅く輝く爪でその力の根源を察する。
「まさか……火!?」
五行の火は金を討ち滅ぼす相剋の関係。
「ご明答。さあ、終わりにするよ」
陽那は右手で刀印を結ぶ。ヒグマは真っ直ぐ穢弩へ駆ける。
「『火熊赤熱爪』!急急如律令!」
振るわれる炎熱の爪は、勢いよく穢弩の肉を抉り、骨を砕いたのだった。
「ガハッ……!こんな手を、隠して……く、クソ狐めぇ……!」
「化かし合いは私の勝ちだね。奇術師さん」
宙を舞った穢弩は力無く地面に落ちる。そして指一本動かす事無く力尽きるのだった。
紛れもなく、陽那の勝利である。
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