第57話 襲来
バトルロワイヤル開始から20分。臣也の勝利を見届けた観客席は盛り上がりを見せていた。
「さて!バトルロワイヤルは20分が経過しました!残り時間は40分!残り人数は……31名!意外と残ってますね〜!」
「うちの生徒もリタイア無しで順調ですね。このまま生き残って欲しいと思います」
「ふむ……悔しいがこっちの生徒はたるんでるな。また後日特別メニューの訓練を行わねばな」
リタイアしている多くが1年の生徒達であるからか、1年担当教師としてこの展開は面白くない様子。隣の悠達以外にも目に見えて不機嫌なオーラを醸し出していた。
「ま、まあまあ……これからですよ」
「ふん、だといいがな……と、なんだ?」
そこに銀髪に黒縁メガネをかけた優男が近づいて来る。彼は遥と同じく天陽学園の教師。2年担当だ。
遥に何やら耳打ちすると、遥はやや驚いた表情を見せた。
「おい、悠。ちょっと来い」
「え?はい」
そのまま3人は実況席を離れ、校舎の中に入るのだった。
「あー……先生方は野暮用のようですが、変わらず私、我修院唯華が盛り上げて行きたいと思いまーす!」
校舎。
「何があった?桐谷さん」
悠は銀髪に黒縁メガネをした白衣の優男……桐谷行人に問いかける。
「天陽学園から東へ3km先で『影人』の目撃情報が合った」
「何……?」
悠は驚きの声を漏らす。
「この僕直属の諜報部隊の情報だからまず間違いないよ」
今回は交流会に際して陰陽師の何人かは学園の警備に当てられている。
その分学園外の人手が少なくなる為、桐谷行人が雇う私兵を招集、警備にあたらせていたのだ。
遥は先程聞いていたので落ち着いている。
「今動ける第肆位以上の陰陽師は遠い……」
「で、俺にって事ね。いいぜ」
悠は頼みを察して2つ返事をする。
「位階を上げる大事な機会だ。可愛い生徒の為にも邪魔させねぇよ」
「……頼みます。」
悠が正門へ走って行くのを2人は見送った。
「遥、君にも別件で見せたいものがある。来てくれ」
「分かった……手短にな」
遥もまた行人に連れられて何処かに行くのだった。
10分後。
「お、お、お前……陰陽師かぁ?」
天陽学園から一山超えた先の林の中、赤褐色の髪をした『影人』と出会った悠。
「だったらなんだ?」
「え、陰陽師は……よよ陽力がウマいいいからなぁ。おお、お前お前お前も……く、喰う!」
やや知能の低そうな口調で言うや否や、悠へ向かって飛び出す。悠も刀を生み出しそれを迎え撃つのだった。
1分後。
「あがが……!」
「で、何が目的でどうやって現世に来た?」
冷淡に言い放つ悠。その眼下には、刀によって四肢を地に縫い付けられた『影人』の姿があった。
ものの1分で決着。結果は見ての通り悠の圧勝であった。
「ぐぅ……!あ、うぅ……!」
「早く答えろ。目ぇくり抜くぞ」
冷たい姿勢を崩さず刃を突き立てる。急所は外し痛みを与える尋問だ。
「く、ククク!ひゃひゃひゃ!」
突如笑い出す『影人』。
「ぐぎゃぁ!」
「何がおかしい?」
また刃を突き立てる。それでも『影人』は笑いを崩さない。
「ひひひ!お、俺……俺俺は……ここに居るぅ……居るのがししし指示ぃ……!」
「何……?」
「今、今今!正に!羊の箱庭にぃ……!地獄が始まっているぅ!」
「っ!?」
悠は全てを察する。
今、このタイミングで『影人』が現れた事は偶然では無い。こいつは陽動であり、真の目的は───天陽学園の生徒だと。
悠は専用スマホで行人の私兵に連絡を取るも応答が無い。何かあったのは明白だった。
「チッ!」
『影人』の首を跳ね飛ばし、死亡を確認して来た道を戻る。
「無事でいろよ……みんな」
少し時は戻り、悠が学園を出た直後の事。
行人と遥は職員室への道を進んでいた。
「行人。一体私に何を見せたいんだ?『影人』が出たんだ。結界内の生徒は兎も角、私達は警戒態勢を強める必要がある。だから今は時間が……っ!」
瞬間、振り返った行人に唇を奪われる。
「ば、バカ……!仕事中、だぞ……」
遥は生徒達に見せた事の無いようなしおらしい姿を見せる。2人の関係はそういう事だ。
「お前、なんのつもりだ……そういうのは部屋で……じゃない!今は万が一の為に警戒態勢をだなぁ……!」
「落ち着いて遥。その必要は無いよ」
もう一度迫る行人。遥は思わずギュッと目を瞑る。だが想像していたものとはまるで違う事が起こる。
「え?」
腹部に鈍い衝撃を受ける。目を開いた遥は恐る恐る視線を落とすと……。
ナイフのようなモノが突き立てられていた。
「え?は?……っ!う、ぐぅ……!」
それを認識した途端、灼けるような痛みが襲いかかる。膝から崩れ落ちた遥から行人は離れる。
そのまま遥は倒れ伏した。鮮血が白い廊下を赤く染めていく。
「動けないだろう?毒を塗ってあるから。適切な処置なら死なない程度のね」
柔和な態度を崩さない行人。遥は痛みに悶えながら睨むように行人の顔を見上げる。
「はっ!はっ!あぅ……!行、人……なんで……?」
「なんで……かぁ?しいて言うなら見たいからかな?僕が作る地獄を」
行人は楽しげに、夢を語るように雄弁に語る。
「僕にはそれができる。ならやってみたいだろう?」
「意味が、分から……ない……!」
「分からなくていいよ君は。バカなままで居た方がずっと可愛いよ」
そう甘ったるく吐き捨て、護符を投げる。それは遥を囲うように結界内を形作る。
「四方、陣……!?」
「うん、しかも音も通さない特別製さ……唇を読むぐらいはできるだろうけど、君の慟哭も何もかも……外へは届かない」
遥は何やら叫んでいるが、行人には届かない。
「あ、ごめーん。この説明も届かないんだった。せめて生徒の行く末は見せてあげるよ。じゃあね」
取り出したタブレットをスタンドに立てかけ、行人は廊下を悠々と歩いて行く。タブレットには監視カメラが結界内を中継している。
それを察した遥はまた必死に叫ぶが、相変わらず結界に遮られて届かない。そして行人は姿が見えなくなるまで振り返る事は無かった。
ゆっくりと廊下を行く行人。
「では、地獄を作ろう……陰陽師の卵を贄にしてね」
行人の体からどす黒い液体が溢れる。それはやがて無数の異形……『影』として形を成す。
「さあ、『影』共よ……蹂躙しろ」
命令のまま黒い軍勢は校舎を突き破り、観客がいるグラウンドへと進むのであった。
同刻──結界内。
「っ!なんだ……?」
響は何かを感じ取る。
「遠くで……『影』の気配?」
僅かながら聞こえたノイズのような音。そして、それとは別にまた大きく、不快さを増した気配を響は感じ取った。
「今度はもっと近い……!しかも伽羅と同じぐらいデカイ『影人』の気配が……10体!?」
響が視線を向けた方向にあるのは結界の中心……無元素エリア。
響が先んじて感じ取ったように、そこでは呪印が開いた門から『影人』が現れた。
「うし、侵入成功だな」
筋骨隆々の男が辺りを見回しそう呟く。
「では私はここで陣を敷きます。あとはご自由に」
地面を削り何かを描くローブの男。
「んじゃお言葉に甘えさせて貰うぜ。お前ら分かってるな?獲物は早い者勝ち!陰陽師のひよっこ共を喰らい、この現世を蹂躙する!行くぞ!」
号令を受け『影人』達は飛び出すように散開する。
1人残ったローブの『影人』は陣を描く。すると霧が溢れ、四方へと広がって行った。
遅れて『影人』の大きな陰の気配に気がつく生徒達。
その顔には驚愕と焦り、そして恐怖の色。
その悪意に晒された表情こそ地獄への第一歩であった。
「散った!?」
響は『影人』達がそれぞれ四方に向かった事を感じ取る。
まだ距離があるがどうする?戦うか?逃げる?……でもみんなは?外はどうなってる……?
響は教師陣への連絡の為スマホを取り出すが、それは圏外となっていた。代わりに陽力モードが起動する。
「陽力モードでしか開けないって事は……結界か!」
空を見上げる響。その目は競技の為に貼られた結界と……その上から更に結界が貼られているのが分かった。
(アレから『影』の気配を感じる……陰力の結界だな。つまり外から結界を被せて電波を遮断してるんだ。そして恐らく外に術者が居る……!つまり先生達も……!)
結界内の生徒どころか、学園全体が危機に晒されている事を推察する。
そこに、ローブの『影人』が放った霧が到来する。
(霧……!?気持ち悪い気配がある……これも『影人』の術か!)
視界が悪くなる。広がる気配から結界全体が霧に覆われたと見る響。
「何はともあれ、俺がやるべき事は生き残る事……味方と合流して結界を破って外へ出る!」
響は手早く方針を決め近くに生徒が居ないかスマホで探す。
予め天陽院と天陽学園の生徒は連絡先を共有されている。有事の際の備えだ。
天陽院の生徒は近くには居ないが、近くに天陽学園の生徒が1人居る事が分かった。
「月城由良……とりあえず連絡を……!」
通話をかける。少し長いコールの後、気弱な少女の声が聞こえてくる。
「あ、えと、もしもし?」
「聞こえるか?俺は天陽院の白波響だ。『影人』が来たのは分かってるな?」
「う、うん!何となく……ど、どうしよう!?わ、私、今1人で……!」
電話越しでもその焦りは伝わる。パニックになる気持ちは分かるが、その状態では到底この事態に対処するのは難しいだろう。
「落ち着いてくれ。地図アプリから方向は分かるよな?お互い走ってればすぐ着く筈だ」
「だ、大丈夫だよね?」
「分からねぇ……だからまず合流しよう。通話は付けたままで……いいな?」
「う、うん!分かった!」
響は既に走り出していた。そして由良もまた走り出したのを通話越しの足音から響は察する。
約1分後。
(『影人』の気配が近づいてる……!)
響の焦りは額を流れる汗にも現れていた……そんな時。
「ひっ!いやああああ!」
ザザーッ!
由良の鬼気迫る悲鳴が聞こえた直後ノイズが流れた。
「おい!どうした!?」
通話は切れたようで返事は無い。響は事態を察し、陽力で更に体を強化し駆ける。
───少し前まで地図アプリで彼女の反応が近いのは分かってる……!だから早く、早く!
駆ける響の視線の先には開けた場所。
霧があるものの、そこに2つの人影を確認した。
1つはガタイの良い肉体の青髪の『影人』の男。
もう1つは『影人』の視線の先に金色の髪を腰まで伸ばした赤眼の少女……恐らく月城由良の姿があった。
由良は右足から鮮血を滴らせ、『影人』はそれを見下ろしていた。
「おいおい、逃げる事ぁ無いだろ?陰陽師なんだから勇敢に立ち向かわないとよぉ?」
「いやぁ!来ないで!」
由良は腰を抜かしながらもその指先から10数本の糸を出す。それは『影人』の腕を瞬く間に拘束したが……。
バツンッ!
「嘘っ!?」
『影人』は腕に少し力を入れただけで一瞬にして引きちぎった。
由良の顔は恐怖に引き攣る。
「ククク……そうそう、術が効かなくてそうなる顔が唆られるんだよぉ!」
『影人』は恍惚の顔で頷き、その右手を振り上げた。
「っ!」
由良は目を背け、腕を盾に頭を守るが……それでは到底防ぎきれない一撃は無慈悲にも振るわれた。
ガンッ!
「あ?」
だがそれは割って入った響の刀に受け止められた。
「はあっ!」
響は力いっぱい刀を振り抜く。『影人』はその勢いで大きく後方へ下がる事となる。
「なんだてめぇ……?」
「天陽院1年、白波響」
刀を構え、威勢よく名乗る。
「テメェら『影』を倒す陰陽師だ」
「……ハッ!いい口上だ!俺は青淵!人間を喰らい尽くす『影』だぁ!」
青淵と名乗る『影人』は右腕をボコボコと変形させる。それはやがて10本程の触腕となる。
「さあ!恐怖に顔を歪ませてくれぇ!」
ここにまた1つ、陰陽師と『影』のしのぎを削る戦いが巻き起こるのだった。
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