第161話 白雹
響の愛刀である加具土命丸。その打ち直しに夏と冬華は尽力した。しかし出来上がったのは白い太刀であった。響は前と大きく異なるそれを手に取った。
「っ!」
姿の変わった加具土命丸から術式情報が流れてくる。それに響は目を見開いた。そしてその口角は上がった。響は立ち上がり、夏と冬華に問いかける。
「なあ、試し斬りしたいんだが……」
「えと、それなら裏に試し斬り用の青竹や木人があります」
2人に案内されて響と陽那は家の裏手に行く。そして準備された青竹と少し離れた場所に響は立つ。
(一応太刀は触った事あるけど、長さや重量は慣れたら何とかなりそうだな)
軽く空を切って調整を行う。そして目標へ1歩踏み込んだ。
「行くぜ……」
夏と冬華、そして陽那が見守る。そんな中、響は太刀を振り上げ……袈裟斬りを放った。青竹は物の見事に真っ二つになった。
「うん、問題ない。次だ」
刃としての力は申し分ない。次は咒装としての性能だ。陽力を纏う。まだやる事は変わらないので流れるように試し斬りを行う。これまた問題無し。
いよいよ術式だ。響は一度深呼吸を行い気を落ち着ける。そして目を見開き、離れた位置の木人に向き直った。
「はあっ!」
放たれたのは……なんと氷だ。3人も予想していたものと異なる術式に目を丸くし、口をポカンと開ける。
木人は刃の軌跡……斜めに沿って凍りつく。
「こ、氷〜っ!?なんで?なんでぇ?」
「元々炎の術式と聞いていたのに……」
「やっぱり、失敗したのか……」
驚きを口にする陽那。冬華と夏はまた顔を曇らせる。
「まあ待てよ。こいつはこれだけじゃねぇ」
響はまた別の木人に迫る。そしてその刃を再び振るった。今度は直接刃で斬り裂く。すると切り口の周囲は氷が付着していた。だが……。
「あれ?断面が……」
陽那がいち早く違いに気がつく。陽那の言う通り断面は赤熱していた。
「ほ、ホントだ……あっ!刃も紅く……!」
冬華が指を差す響の持つ刃は最初白かった。しかし今はほんのり紅く輝いていた。
「これってつまり……!」
「ああ……それじゃ、最後だ」
夏の言葉に頷き、響は最後の木人に向き直る。
「はあっ!」
振るった刃から豪炎が放たれ、木人を瞬く間焼き尽くした。加具土命丸の最大の力、炎の術式も健在であった。
「加具土命丸は元々炎を放ち、その熱の一部を内包する術式を持ってた。けどこいつは生まれ変わった。周囲の熱を奪い内包する力になったんだ」
氷が生まれ、白い刀身が紅く染まったのはそういう事である。
「んで、こいつ自身が生み出す炎に溜めた熱を乗せて放つ事だってできる。それが新しい加具土命丸の術式だ。だから……失敗なんかじゃねぇよ」
響は打ち直してくれた夏と冬華に微笑む。それに2人は安心し微笑み返す。
「そう言って頂けるのなら……良かったです」
「お気に召して何よりだぜ」
「良かった良かった!ねぇねぇ!名前はそのまま?」
「あー確かに。生まれ変わったのにそのままじゃ味気ないか。何か加えるか」
陽那の問いかけに響は悩む。そして白くなった刀身を眺める。
「氷……白、雪、いや……もっと強固な……うん、これだ」
思い浮かぶ単語を呟いていくと、1つアイデアが浮かんだ。
「白雹だ」
「おおー!いいね!」
「白雹……白いけど雪よりも硬くて強い……素敵な名前だと思います」
「俺もそう思うぜ」
「ありがとう。んじゃ、よろしくな。白雹加具土命丸」
姿と力、そして名を改めた愛刀。その刀身に写る響の顔は微笑んでいた。
「さて、じゃあ後は拵だな。折角だし新調するか?」
「そうだな。折角だし頼むわ」
「鞘もだね!抜き身じゃ困るし!」
「そうですね。それぞれ専門の職人がいるので里に降りましょうか」
愛刀を一度布に包む。それを手に4人は里へ降りるのだった。
職人の元を訪れた響。刀を見せて拵を見繕って貰う。響のリクエストに応えて柄は赤の柄巻で彩られた。それを眺めて響は満足げに頷く。
「次は鞘だな……」
「ここにおったか」
「あ、里長」
昨日も色々とお世話になった里長だ。何やら響らを探していたらしい。
「見せたい物があったのじゃ」
「俺に?」
里長は懐から薄い箱を取り出す。それの封を丁寧に解き蓋を開ける。すると中には丁寧に折り畳まれた2つの布があった。
1つは白く細い包帯のような布。もう1つは白い方より大きな赤い布だ。
「布?」
「紅白でなんだかめでたい感じだねぇ〜?儀礼用の何かですか?」
「そんなもんじゃねぇぞこれは……!」
「うん……!とっても凄いもの、です」
首を傾げる響と陽那、反対に夏と冬華は驚いていた。その理由は里長の口から語られる。
「これは888年前、大蛇と最前線で戦った英雄の1人が使っていた咒装じゃ」
それを聞いて響と陽那も驚く。先日、封印から解かれた響が倒した大蛇。それを現代まで封印する為に戦った者の武器だった。
「当時を書き記した資料によると、これを持っていた男は益荒男と言うに相応しい男だったらしい……」
里長は語っていく。
その男は何処にも定住せず旅する者、所謂流浪人だったらしい。腕っ節は強く、身の丈程ある太刀で悪党や魑魅魍魎を倒してきたらしい。
そんな彼が咒装鍛治に来たのも偶々だったらしい。フラッと訪れた里でまさか大蛇が現れるとは夢にも思わなかっただろう。
里の一大事となったそれに彼は勇猛果敢に立ち向かった。里の猛者が倒れていく中で彼は1人最前線に残り、太刀と2つの咒装を駆使して耐え抜いた。そして封印の準備が整い、大蛇は888年の眠りについたのだった。
男は里の人々に称えられた。そして復興を手伝い、日常が取り戻された。だが犠牲も多かった。里の猛者の多くが亡くなり、里の守りは薄くなったのだ。
それを嘆いた当時の里長は恥を承知で彼に里の守りを依頼したのだ。それは期限付きであったが、やがて彼もこの里と逞しい人々を大層気に入り、この場所に定住する事を決めたらしい。
そして天寿を全うした彼。遺体と太刀は故郷の家族に送り、里には2つの布が残された……という事だ。
「そうなんスね……その人の名前は?」
「飛輪陽霊という。その剣術は誰もが息を呑んだと言われている。本人は大したものじゃないと謙遜していたらしいがな。剣に関して積極的に話す事も無かったらしい」
「そうですか……剣術についてもっと知りたかったな」
響は過去の剣豪に想いを馳せる。そしてその御業を見れない事を残念に思う。
「さて、本題じゃ。ワシはわざわざ自慢しに来たのでは無い。これをお主に渡したかったのじゃ」
「こ、これを……俺に!?」
里長の言葉に響と3人は驚嘆する。
「これは外から来た勇気ある男が手にした物。ならば、同じように大蛇と戦った英雄のお主が持つに相応しいと思うのじゃよ」
「英雄だなんてそんな……俺1人じゃ守りきれなかったし……」
謙遜する響。そこに夏が背中を叩いた。
「いいじゃねぇか。折角だし貰っとけよ」
「そうですよ。頑張ったのに何も無しじゃ寂しくないですか?」
「ええ?でも刀直して貰ったし……」
「そりゃ俺ら兄妹の恩義の駄賃だろ?」
「でも……」
タダで温泉やご馳走、宿に泊めてもらったりと十分返されていると思い申し訳ないと考える響。それを言うと里長は言葉を返す。
「それでもまだ足りんよ。里の人間が何百人いると思ってるのじゃ?それらの恩を返すなら、里の宝を渡してやっと釣り合うというものじゃよ」
「響く〜ん?ここまで言われたら……ねぇ?」
「……分かった。ありがたく受け取ります」
ここまで来たら断るのは返って失礼と思い、響は受け取る事を選ぶのだった。
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