第160話 生まれ変わる刃
(熱いな……)
響はジッと作業を見守っていた。鍛冶場には熱が篭っていた。刃を打つ為の場所。そこに冷房の類は無い。人が刃と向き合うには熱が必要不可欠だ。無論、金属を鍛える為の熱だけでは無い。刃を打つ鍛冶師の熱だ。
己の今できる最高の刃を作る為、経験を、想いを、全て工程に込める。それらの熱無くして良いものは生まれない。それを響は分かっていた。
今は玉つぶしという工程。
玉鋼を平らになるよう叩いて整える。本来複数人でリズムよく叩く相槌を行うが、陽力で強化した肉体なら叩く力も凡ゆる感覚も常人のそれを超える。その為1人での作業が可能だ。
それから薄く伸ばした玉鋼を割る小割り。
不純物が少ないものは、刀の「刃」の部分になる「皮鉄」という素材として使う。炭素量が多くて硬いものは特に皮鉄に向いている。逆に炭素量が少なくて軟かいものは刀の芯の部分になる「心鉄」に向く。
「次だ」
夏は小さく呟く。作業の出来に一喜一憂する暇も無く次の工程に行くのだ。
積み渡し。
性質で分けた玉鋼の破片を1つにする為の作業。不純物の付着を防ぐ為泥水で覆った玉鋼の破片を高温で熱する。熱した鋼は叩いて1つに整えられた。
これ皮鉄2回、心鉄1回の計3回分行う。
そして折り返し鍛錬。
鋼を熱して槌で叩いて薄く伸ばす。半分に折り返しまた叩いて伸ばす。その繰り返し。叩く度に不純物が火花として飛び散る。この工程により鋼の層が積み重なり丈夫になるのだ。
皮鉄と心鉄を1つにして棒状に伸ばす。そしてまた槌で叩いていき、完成系を想像しながら長さ、厚さ、立体としての形を整えていく。これにより鋒の形も作られ刀らしく見えてくる。
その中でも刀に念を込めることは忘れない。お前は咒装だ。主のいる道具だ。生まれ変わったとしてもそれらは変わらないのだと言うように。
そして……その中には夏の純粋な想いも混じっていた。
(響には打算があった。目的の為に俺の協力をするって。だけど、響は刀をまるで己の分身のように丁寧に扱い、向き合っていた)
尾行が見つかった時の事だ。響の手には年季の入った豆の跡。そして夏の持つ刀の出来を看破する審美眼。一朝一夕では身につかない。尚且つ並々ならぬ刀への想いがなければそこまで至らない。
それらを夏は感じ取った。だから依頼を請け負った。
(そして陽那と共に里を災害みたいな妖から救ってくれた。父さんの仇を取ってくれた。父さんの遺作の五輪剣も折れたけど、これ以上誰かを傷つけなくて済むようにしてくれた)
命を賭して戦った2人への感謝。一言ではとても表せない恩義。
(だから、俺の全部を込める……!)
恩義を返す為、この一振の刀に夏の経験も、想いも、全てを込める。
そして冬華の出番が来る。
「夏……交代」
「ああ。冬華、後は頼んだ」
「うん……!」
夏に頼られて嬉しそうに頷く。深く息を吐き、目を見開いて刀に向き合う。スロースターターである冬華だが、夏の作業を見守って既にボルテージは上がっていた。
先ずは土置き。
刀特有の模様……刃文を作る為焼刃土というものを刃に塗っていく。刃文の場所は薄く、それ以外は厚く塗る。
こういう細やかな作業は冬華の得意分野だった。
そして焼入れ。
刃を熱し赤く染める。そしてその色から温度を確認し、用意した水に浸けて素早く冷却する。焼刃土を薄く塗った場所……刃は硬くなる。峰などの厚く塗った場所は柔らかくなり折れにくくなるのだ。その性質の違う鋼の境界に位置する部分が刃文となる。
この性質の差異は刀の反りを生むのにも一役かっていたりする。硬い鋼の方が膨らむ性質がある。その為、刃の方が膨らみ反りが生まれるのだ。
刃を見ると乱刃という真っ直ぐな刃文が生まれていた。
次は研ぎ。
普通の刀鍛治は研ぎ師に頼む事が多いが、咒装鍛治は1人で作刀しなければならない儀式のルールがある。故に己で行う。
研ぎながら送る念を深める冬華。
(響さんや陽那さんが居なかったら……今頃ここも無くなってたかもしれない。父さん、母さん、そして夏と過ごしたこの家が)
大蛇はたった一撃で里を半壊させた。離れているとは言え、この七平家が潰されるのも時間の問題だっただろう。だが響は大蛇相手に1人で奮闘し、陽那は人々を逃がす為に不利な状態でも戦った。
そして勝利し、皆を守ってくれた。
(父さんが亡くなってから夏は素っ気なくなって、私も父を奪った存在に憎いとも思った。その気持ちが分かるから強く言い出せなくて……もう昔みたいに戻れないんじゃないかって思った)
2人だけになった夏と冬華。憎しみや悲しみが仲の良かった兄妹の関係すらヒビを入れてしまった。
(でも……夏は変わってなかった。毎日出かけるのも父さんの為、私の為の行動だった。それを知る事ができた。私達の関係を繋いでくれた。だから私も……全霊でこの子を打ち直します!)
最後の研ぎを終える。その時、刀が白く輝いた。咒装を打ち直した際の特有の反応だ。それは術式の再発現を意味する。
段々輝きが増していき、やがてそれは炎の色を見るため薄暗かった鍛冶場を眩く包み込んだ。
冬華や夏、響や陽那もそれには目を閉じる。そして……光は収まった。全員がゆっくり目を見開くと、刀に変化があった。
研ぎ終えた刀。それは美しい刀身を見せる。4人全員が思わず息を飲む程のものだ。そして……何故か刀身は白くなっていた。更に作っていた時よりも延長し、太刀のようになっている。
最後に手をつけていた冬華が一番驚嘆している。
「ど、どうして……?」
「こりゃ……多分、過剰反応だな」
冬華の傍に来た夏が呟く。
「夏……知ってるの?」
「ああ。父さんから聞いたんだが……咒装鍛治の想いが異常に強い時、作っているもんにも色濃く影響が出るらしい」
咒装を1から作る際は術式について、打ち直す場合は元々の所有者と術式の事を念じて作成する。咒装作成の失敗の多くはこの念の不足。だが今回は違う。
寧ろ逆。念が多すぎたのだ。器となるものが受け止めきれず、その影響が形となって現れるのだ。
「こんな事初めて……」
「俺も知ってたけど実際には見た事なかった……なんでだ?」
「念が強すぎ……あっ!」
「何か分かったか?」
話を聞いていた響は何か心当たりがあるようだ。夏はそれを問うた。
「夏と冬華……2人だ」
「「あっ……」」
本来、咒装鍛治は1人で1つを作る。しかし、今回は2人で1つの咒装を作成した。恐らく2人分の強い念が入った事で過剰反応を起こした……響はそう言いたいのだ。
「そういう事か〜。いや、2人が心を込めて打ってくれたのは嬉しい事なんだけどねぇ」
陽那が2人にフォローを入れる。響も出来上がった刀を眺める。
「うん、出来に関しちゃ言うこと無しだ」
「でも……」
冬華は責任を感じており、不安で顔が曇っていた。夏も罰が悪そうな表情だ。響はそれを何とか払拭してやりたいと考えるのだった。
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