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第158話 陽那

 里長からのご厚意で旅館の露天風呂を貸切にされた響と陽那。湯を楽しむ響だったが、突如として陽那が現れた。その事に驚いていると、何故か陽那は響の居る湯に足を踏み入れたのだった。


「な、なんで入るんだよ!?」


 当然の疑問を口にする。響は陽那から背を背けている。だから彼女の真意は表情からは読めない。高鳴る心臓の音を聴きながら答えを待つ。すると陽那は口を開いた。


「響くん……見た?」


 ただ一言、そう呟く。その一言で、響の頭には先程の陽那の裸体が思い起こされる。


(どうする!?いや、これはもう言い逃れ出来ないだろ!なら、せめて1番誠実な方を選ぶ!んで謝るしかねぇ!)


 響は腹を括り、正直に言う事にした。


「ごめん、見た……」

「……どこまで?」


 陽那は低い声色で更に問いかける。それに響は更に頭を回転させる。


(どこまでって……!そりゃ……あっ)


 思い起こした陽那の姿はタオルを持っている。響は湯に浸かっていたので視線が低かった。しかしお腹から股の間にかけてはタオルで見えていなかった。


「えと、タオルで隠れてる場所以外は……」

「ホント?」

「ほ、ホントだ……」


 響は恐る恐る答える。今すぐ逃げ出したい気持ちがあるが、それが許される場面では無いとは分かっていた。押し黙っていた陽那はやがてため息をつき、湯に体を浸けて口を開いた。


「そう、良かった……」


(良い……のか???)


 言葉の意味がよく分からない。陽那が浸かった事で湯に波が立ったように、響の頭にも困惑の波が立つ。タオルで一部は見えなかったり、湯気があって鮮明とは言えないが……それでも見えた部分は多いから。兎も角、寛大な心で許して貰えたのだと響は思った。


 陽那は響の傍に寄り、背を向ける。そして背中同士をくっつけた。それに響は飛び上がりそうになる。頭はもうショートしてしまいそうだ。だがそんな響を他所に陽那は語る。


「あのね?これは秘密なんだけどね……?」


 陽那の声色が震えているのを感じる響。だから、真剣に耳を傾ける。


「私のお腹には醜い傷があるの……普段は術で隠してるけど。誰にも見せたくない、知られたくない……とっても醜い傷」


 ゆっくりと陽那は語る。響の先程迄の緊張はどこかへ吹き飛び、ただ陽那の言う言葉を受け止める。


「……そうか」


 だが口から出たのはそんな言葉。突き放した訳では無い。どんな言葉をかけていいのか分からなかったのだ。


 陰陽師をしていれば消えない傷跡をつけた者もいる。陰流陰陽師なら尚更、荒事が多いから仕方が無い。しかし、年端もいかない女の子がその小さな体に消えない傷を受けた。


 その事実が痛々しくて、可哀想で……何を言っても傷つけてしまうのではないだろうか?そう考えて言葉がよそよそしくなった。


 隠していたのも、そういう目で見られたりするのが嫌という事も有り得る。


 だが同時に疑問も浮かぶ。


「な、んで……それを、俺に……?」


 響はたどたどしく問う。隠していたのならどうして語り出したのか。タオルの下の恥ずかしい場所を見られたくなかったと誤魔化す事も出来た筈だ。


「それは……裸、だからかな?」

「ど、どういう事だよ?」


 少し考えて、陽那は誤魔化すように言った。答えになっていないので当然響は納得できない。


「えと……胸とか見られちゃったし、秘密を隠す気が緩んじゃってるんだよ。多分」

「そ、そういうもん……なのか?」

「うん。そういうもの。裸の付き合いって言うじゃん?だからきっと……そのせいだよ」


 陽那はそう言って力を抜き、背中全体を響に預ける。その華奢な背中の感触から、この小さな体にどれ程の想いを秘めていたのだろうと考える。


 きっとそれも……世界の理不尽が刻んだ傷。体にも心にも。それを打ち明けた陽那は、とても勇気を出したのだろう。


 だから響は誠心誠意を返す。


「この事は誰にも言わない」

「うん、2人だけの秘密ね?」


 どこかいつもの調子を取り繕うように言う陽那。そんな陽那に響は続ける。


「……俺は戦う」

「え?」

「もう陽那が辛い想いをせずに済むように。だから……たまにでいい。今みたいに陽那の背負ってるもん……俺にも背負わせてくれ」


 理不尽を許せない。それに苦しむ人を見るのが辛い。だから響は理不尽の元凶と戦うし、苦しむ人には寄り添いたい。それが白波響という人間だ。


 響の背から少し背中が離れる。背を丸めたのだろうと想像する。


「……うん」


 陽那は一言そう呟く。その後、温泉の水面に雫が波を立てる。1つ、2つ、3つと……何度も何度も。響はただ温泉の熱と、僅かに触れる少女の熱を黙って感じているのだった。


 どれぐらい時間が経っただろうか。定かではないが、響はその間まるで苦ではなかったのは確かだ。陽那は立ち上がる。それで生じた波が小さく響の背を打つ。


「先、上がるね?」

「……ああ」

「……ありがとね」


 陽那はゆっくりと歩き、脱衣所へ消えていった。響は暫く景色を眺め、自分も上がる事にした。


 響が脱衣所から受付を抜けると、休憩スペースの椅子に陽那が腰掛けていた。手には2本のコーヒー牛乳。


「ん」

「サンキュ」


 差し出されたそれを有難く手に取る。丁寧に開けてそれを口に流し込むと、甘さと苦さの調和が取れた味わいが広がる。温泉で火照った体に冷たい飲料は堪らなかった。


「災難、だったね」

「そう、だな」


 会話はそれっきりで途絶える。2人は何か話題を探すも、温泉の余韻が残る頭では思いつかなかった。そこに旅館の仲居が現れた。彼女に温泉の事を問う。


 どうやら貸切にしたのは混浴だったらしい。男女の脱衣所は別だが中で繋がっている。


 響達が気が付かなかったのは大蛇の襲撃が理由だ。倒壊は免れたものの、地震と遜色ない衝撃を受けた。故に混浴を掲げたのれんをかける場所が壊れたのだ。それを直している間に響達は訪れ、2人は中で出会ってしまったようだった。


 謝罪を受けた2人は快く許す。里の人だって出来うる限り復興に務め、響らを労おうとしているのだから。


「本題なのですが、ご夕飯をご用意しています」

「ホントですか?やった〜!」

「それは楽しみッス」


 いつものような元気な声で喜ぶ陽那。それに響は安堵する。そのまま2人は仲居に連れられて大広間へと向かうのだった。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

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