第154話 大蛇
時は少し巻き戻る。陽那と分かれた響は大蛇の方へ向かった。今の所大人しくしているが、遠目でも分かるその大きさに響は内心圧倒されている。
デッケェな……巨影より何倍もデカくて強い伝承の怪物。避難が済むまで暴れないでくれればいいんだが……。
響は離れた距離から見守る。最初以降、大蛇はその身を山に巻いているだけだ。このまま蛇は動かず、避難が済んで陰陽師の応援が来る事を願う。
だがそう上手く行く訳は無かった。
「シャアアアアッ!」
蛇は突然声を発する。声だけで山を震えさせる程のものだ。そしてその頭を動かしていく。進行方向は……。
「里の方……いや、その奥の陽那達か!?」
蛇の視線は里より奥にあった。狙いを察した響は縮地を駆使して走る。走る延長で木に上り、枝を蹴って飛ぶように進む。幸いにも動きは遅い。響は先回りする。
少しづつ蛇に近づくが、蛇は気がついていない。このままでは里を横断する事になる。この大蛇は村を気遣い迂回するようなものでは無いのは分かった。
攻撃して気を引くしかねぇか。
響は覚悟を決め、蛇により接近した。木々を薙ぎ倒しながら進む大蛇。それが飛ばす瓦礫などを掻い潜り、左手で刀印を作って顔面に焔弾を放った。
「っ! キシャアアッ!」
ダメージこそ殆どないが、気を引くことには成功した。響は今度は距離を置く。そして一定間隔で焔弾を撃つ。
大蛇は少し怒りながらその後をついていく。
よし、このまま里から距離を開けさせる!
響がそう考えた瞬間、蛇が声を上げた。
「なんだ!?」
響は蛇を観察する。すると蛇の胴体部分が何回か光った。そして一部の鱗が剥がれて傷がついていた。
今の光は……五輪剣か!?
「シャアアッ!」
上手く隠れたのか、蛇の怒りの矛先は響へと向く。
「あんにゃろぉ……!」
愚痴を零す響に蛇は大口を開けて襲いかかった。響は縮地を連続で発動し直撃を回避。余波を全身に陽力を巡らせて防ぐ。
「はああっ!」
そして接近し、その巨体へ渾身の『紅拳』を放った。鱗が幾つも砕けるが、その下へのダメージは浅い。
「もう一発……っ!」
追撃しようとしたが、蛇が体をうねらせた。響はその体に打たれて吹き飛んだ。
クソっ! 避けるの間に合わねぇぐらいデケェ!
空中で姿勢を整え着地する。しかしもう鱗が剥がれた場所は遠く離れてしまった。今度は尻尾の薙ぎ払いが来る。響は縮地による数度の跳躍でやっと直撃を回避、だが風圧で飛ばされる。
これじゃ陽力が持たねぇぞ……!
このままではマズいと判断し、響は攻勢に出る。刀印を結び詠唱する。
「旭日、常世長鳴、大御神の加護……『天鶏』!」
鶏冠が燃ゆる鶏を召喚する。だがそれで終わりでは無い。
「式神昇華・咒装変化! 『鳴焔天刃』!」
天鶏は変化し、赤い刃となる。刀身も加具土命丸の時と変わらない。響は縮地で空を跳び接近する。刃に炎を供給し、巨大な刃と化す。
「『焔大太刀』! 急急如律令!」
業火の刃が振り下ろされ、大蛇の胴体に触れる。鱗を溶かし、その下の表皮を焼き切っていく。
「ギシャアアアアッ!」
痛みに大蛇は悶え、絶叫を上げた。
「うおおおおおっ!」
焼き切る!
渾身の力を込めて刃を振るう響。確かな手応えを感じている。
「っ!」
しかし、突如として響の握る赤い刃が砕け散った。
式神昇華・咒装変化。式神に術式を加える事で式神の能力を持つ武具……咒装と化す術。それは媒介無しでも扱えるが、それを可能とするのは上級者のみ。
式神術が得意である陽那でさえまだ媒介無しには十分に扱えない。響は火の術式を持つ咒装……加具土命丸を媒介に使ってきた。式神と咒装の相性は申し分無い。
しかし今回はその加具土命丸も媒介とせずに使用した。案の定、咒装変化出来たとしてもその能力は著しく落ちたのだ。
並の影なら不完全でも倒せるが、相手は目覚めたてとは言え強力な妖。この結果は妥当であった。
炎の刃もほつれ、消えていく。そして急激に体を動かした大蛇の体当たりをモロに受けて響は大きく吹き飛ぶのだった。
「ぐはっ……!」
やばい、何とか着地を……!
回転しながら空中で縮地を発動、姿勢を整える。地上はすぐそこまで迫っていた。響は地面に激突する。木々を薙ぎ倒しながら進む中、何とか受身を取り転がるように勢いを殺すのだった。
「な、何とか……生きてるな……!」
体中が軋み、血が流れる。息は荒く鼓動は早い。ダメージの軽減は出来たものの、肝心の大蛇は未だ健在。陰陽術の最高打点でも短い時間では胴体に斬り傷を付けただけ。弱らせる所か寧ろ大蛇は更に怒りを顕にする。
「シャアアアアっ!」
めちゃくちゃに長大な体をうならせる。辺りに抉れた地盤や木々が舞う。それは遠く離れた里にも降り注ぎ、家屋や田んぼを潰していく。
ものの一瞬で里は半壊した。
「里が……! クソ!」
響は里がめちゃくちゃになる様子を見て歯噛みする。そして大蛇を倒す為に頭を巡らせる。
術の最大火力だった。でも鳴焔天刃は耐えられなかった。
冷静に思考する。悔しいが、事実は事実として受け止める。立ち上がる響。そして次善の策は……ある。
「倒し切れるかは分かんねぇ……でもやるしかねぇ……!」
夏や冬華達の為にも……!
響は里の方へゆっくりと進む蛇を睨む。守りたい、守るべきものの存在を想い、闘志として胸に刻んで駆け出した。縮地の連続使用で距離を詰める。最初にしたように焔弾で注意を引いた。
怒りのまま大蛇は響を飲み込もうと大口を開ける。響はそれを間一髪回避し、その風圧に乗る形で空へ飛んだ。大蛇の頭上を取る形になる。
これは5分間しか持たねぇ。そして陰力に近くなった月の霊力に通じるかも分かんねぇ……だが。
「やってやるよ!」
響は不敵に笑い、大蛇へと落下した。大蛇は頭を上げる様子を見下ろし、その口は言葉を紡ぐ。
「星昇!」
星に見立てた五体を。内なる人の力を。その可能性を解放する言葉を。
輝いた肢体は旋風を巻き起こす。それに大蛇は目を伏せて怯む。眩い光と風が晴れた時……淡く白に輝く体へと変化した響が現れた。
「『強壮真体』」
肉体の力を解放した響は落下と共に拳を振り下ろす。大蛇は封印から解かれてから初めてその頭を地面に叩きつけたのだった。
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