第153話 陽那VS輝
結界付近。やや広まった山中で陽那と結界の術者……紙木輝は激しい攻防を繰り広げていた。
折り紙が放たれ、陽那は鞭でそれを迎撃する。数が多いので何枚かはくらってしまい傷ついていく。カウンターに鞭の先端から水の鞭を伸ばし襲いかかるが、輝は吸水性の高い大きな紙を盾にして防ぐ。
鞭だけじゃ突破出来ない……あたしが逃げて里の人達に意識を向けさせないようにしてるから常に攻撃は飛んでくる。このままじゃ削り殺される。勝つなら攻めるしかない!
陽那は輝へ一直線に走り攻勢に出る。
突撃?馬鹿だな。
「いい的だ!」
陽那に幾度目かの紙の猛攻が迫る。陽那は鞭で迎撃する。しかしそれだけで防ぎ切れない。左手で水の膜を作るが、それの範囲は胴体までしかなく、耐久性も紙の斬撃を軽減する程しかなかった。だがその足は止まらない。
「なにっ!」
捨て身!?
急所は守り、肉を切らせて骨を断つ。式神2体を護衛にし、1体がダメージを受けている現状、陽那の有効な策は限られていた。
「水禍豪球!」
式神を除いた陽那自身の最大打点。鞭の先端から巨大な水球が放たれる。それは放出型の術だが、当然近い程威力の減衰が少なくなる。
だが輝はそれにも対応する。水を鞭に集めて放たねばならない陽那と違い、輝は紙の盾を目の前に出すだけ。その展開速度は陽那より早かった。
水球はまたも輝へは届かなかった。
「残念だったね」
「どうかな?」
「っ!」
輝の右側面。盾に守られていない方向に白い猫がいた。水球を放つ際にその裏で猫を召喚、回り込ませていた。その尻尾の先の花から輝に氷混じりの水が放たれた。
「くっ!」
咄嗟に紙を出すも陽力の強化が甘くなった。紙の盾は貫かれた。輝は射線から逃れるも、躱しきれず手が凍りついた。刺すように冷たさに顔をしかめる。
(片手は封じた!けどまだまだ!)
「ゆーちゃん!」
猫はもう一度氷と流水を放つ。だが狙いは輝ではない。水禍豪球が着弾した際に発生した水飛沫だ。それらは急激に冷やされ、氷のつぶてとなって降り注ぐ。
「ぐあああっ!」
氷に刺し貫かれ鮮血を吹き出させる輝。そこに陽那の鞭の追撃が入る。巧みな鞭使いにより滅多打ちにされ、一際水を纏った一撃で勢いよく吹き飛ばされた。
自ら生み出した結界の壁にぶつかり倒れる。だがこれで終わりでは無い。輝はゆっくりと立ち上がった。その頭には怒りが満ちていた。
「これ以上痛い目会いたくなかったら結界を解いて。そしたら捕まるぐらいで済ませるよ」
陽那は悠然と輝に語りかける。悪くは無い提案である。陰陽術を悪用した人間……陰陽戦犯の処遇は厳しい。最悪その場で死ぬか、捕まった後死刑になる事もままある。だが輝はそれに更に怒りを現した。
「どいつもこいつも……!僕をバカにして、下に見て、嘲笑って!」
「そんなつもりは……」
「嘘だ!みんなそうだ!僕が紙を折らないからって見下して!何が伝統だ!戦う力に見た目の優雅さも何も要らない!そんな事に拘るより、それそのものの形で相手を害する方が効率的だ!」
「……?」
陽那は輝の事をよく知らないので言ってる事があまり分からなかった。
紙木家は彩色豊かな和紙……千代紙を操る術式『折形操術』を相伝とする戦国から続く家系だ。
千代紙のように華やかさを重視する家柄である。だが紙木輝はその中でも特異であった。操る紙は無地の折り紙を使い、鶴や手裏剣のように折って何かを作らない。
それをよく思わない家の者は輝を冷遇した。輝は自分のやり方が認められない事に腹を立て、家を飛び出したのだった。
見てくればかり重視する家など必要無い。装飾など無い純粋な力で他者を下す。それこそが輝の在り方だった。
「僕は僕のやり方で!力で!全てを蹂躙する!」
多量の陽力を蜂起をさせ、それらを大量の折り紙に変えていく。その数……1000枚。だがただの折り紙ではない。切断に特化した紙だ。
具体的に言えば、厚さ0.065mmの紙の刃。それを15度の角度でのみ当てる特定条件で威力を底上げしている。特定条件抜きにしても、厚さ0.065mmと15度で当てる事は紙が最も切れる条件である。
その千の刃の嵐で敵を倒す。それこそ輝の最強の技だ。
「『紙死一千』!急急……っ!」
後述詠唱を口にし性能を上げようとした瞬間、輝は左側に気配を感じ取った。そこには倒した筈のヒグマが迫っていた。
何故……!?倒した筈!
陽那はタイミング良くヒグマを消し、倒したように見せかけたのだ。
輝は咄嗟に紙の半分を差し向けた。500枚の刃は瞬く間にヒグマを細切れにした。だがそれこそ陽那の狙い。
半減したならこれで押し切れる!
「『五行付与』雪猫。式神昇華・咒装変化」
陽那は懐から取り出した雪の結晶……それを媒介に猫は水の五行を強める。そしてそれを鞭と溶け合うように変化させた。
「氷晶白尾」
現れたのは白い鞭。先端は雪猫の尻尾のように花のようになっていた。陽那は花に陽力を集める。すると陽力は一瞬で水となり、それもすぐに変化し大きな氷塊となる。
「なん、だと……!?」
あの一瞬であれだけの氷を……!?
狼狽える輝。それに容赦なく鞭を振るい氷塊を放った。
「『凍星』急急如律令」
「く、クソぉ!」
氷塊を迎撃せんとする輝。だが500の刃は表面を削るばかりだ。やがて押し負け、輝は氷塊に全身を打たれるのだった。
氷塊は砕け、霧のように消えていく。その後には倒れ伏した輝が残るだけだ。意識は既に無い。その証拠に結界が崩壊していくのだった。
「や、やった!これで助かる!」
「ありがとう!陰陽師の女の子!」
遠くで戦いを見守っていた里の人々は歓声を上げる。陽那はそこに駆け寄ると、称える声が口々に述べられた。
そんな中、式神と共に護衛をしていた夏と冬華も陽那に声をかけた。
「いい戦いっぷりだったぜ」
「陽那さん!守って下さりありがとうございます……怪我の止血を……」
「あ、大丈夫。このくらいなら治癒術で何とかなるよ。2人もありがとね」
2人の言葉に感謝するがまだ終わっていない。治癒をサッと済ませ、仕事に戻る。
「皆さんも無事で良かったです!結界は解除されましたがまだ伏兵が居るかもしれませんので油断しないでください!落ち着いて麓の村まで避難しましょう!」
陽那は引き続き人々を誘導する。その途中で陰陽総監部へと事態を伝え、応援を送って貰える事となった。
取り敢えずここの人達は何とかなりそう……!無事に麓まで行けたら連絡を入れないと……響くん、頑張ろうね。
響の事を想いつつ、己の仕事を全うする為足を動かす陽那であった。
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