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第152話 結界の主

 陽那は里の人々を連れて結界の壁へと向かっていた。全ては彼らを脱出させる為。遠くで轟音が鳴り響く。大蛇が暴れだしたのだ。


「お、おい!蛇が動き出した!」

「だ、大丈夫なのか!?」

「ここまで来るんじゃ……!」

「皆さん落ち着いて!まだ離れてます!落ち着いて結界の外まで着いてきてください!」


 陽那は動揺する彼らに声をかける。しかし一度生まれた不安はそう簡単に拭えない。雫が水面に波紋を作るように、1つの不安が全体に広がっていく。


(そう簡単には無理だよね……!)


 陽那は彼らの気持ちに共感しつつも、避難の為に懸命に声を上げる。


「落ち着けやおめぇら!」


 その時、人混みの中から声が発せられた。それは不安に駆られたものでは無い。寧ろ叱咤するような力強い声だ。声の主は夏だった。


「今!ここでも大蛇んとこでも陰陽師が命懸けてくれてんだ!生き残りたきゃガタガタ抜かす前に頭ァ冷やせ!」

「わ、私からもお願いします!落ち着いて避難しましょう!それが生き残る為の最善だと思います!」


 夏に続き冬華も叫ぶ。まだ成人もしてない兄妹。その2人のもっともな言葉に里の人々は平静を取り戻していく。


「そ、そうだな……騒いでもどうにもならないよな……」

「すまん、七平んとこの坊主ら」

「いえ、分かって頂けて嬉しいです」

「俺も……怒鳴って悪かった」


(夏くん……冬華ちゃん……)


 2人の働きに陽那は微笑む。そして再度人々に声を掛けた。今度こそ全員に声が届く。素直に従い人々は陽那の後を追うのだった。


 山同士の間を縫うように伸びる道を行く中、陽那は何かに気が付き足を止める。


「っ!皆さんはそこに居てください!」


 陽那は人々を制しさせる。里長と夏、冬華が何事かと駆け寄る。


「どうしたのじゃ?」

「敵です。察知されてたようです」


 陽那の視線の先……少し開けた所。結界の壁付近に棒立ちの男が居た。黒い洋服に身を包んだ白髪の男。その鋭い琥珀の瞳は真っ直ぐ陽那達に向けられていた。


「なんと……!罠であったか」

「念の為式神は2体残します。けどいざとなったら……」

「俺もある程度は戦える。だから存分にやってくれ」

「わ、私も少しなら術が使えます。陽那さん、任せてください」

「うん、ありがとう。行ってくるね」


 陽那は山羊と獅子の式神、そして七平兄妹2人に里の人達を任せて男と対峙する。


「あんまり怪我させたくないから、結界解くなら今の内だよ?」

「断るよ。それにあまり僕を舐めない方がいい。これでも名の知れた陰陽師だったからね」


 陽那の警告にフランクな口調で返す男。元陰陽師だと言うが……。


「へぇ?なんて名前?」

紙木(かみき)(ひかり)……村正さんとは旧知の仲だったよ。ご存知かな?」

「ごめん、知らない」


 陽那はバッサリと切り捨てる。知らないものは知らないのだ。仕方がない。だがそれは輝のプライドを傷つけた。


「いいね……!そんなに死にたいのなら殺してあげるよ!」


 輝は陽力を蜂起させる。そしてそれらが宙に浮き、何かを形作った。


「折り紙……?」


 出てきたのはヒラヒラと舞う正方形の紙……折り紙だ。およそ人を傷つける事は出来ない代物で、警戒しつつも陽那は首を傾げる。


「これを見た人は皆そういう顔をするね」


 手をかざす輝。すると折り紙は一斉に陽那に襲いかかった。


「こんなもの!」


 陽那は鞭を巧みに操作し、その折り紙達を打ち落とす。しかし、その内の1つはヒラリと鞭を躱してしまった。そのまま折り紙は陽那に迫る。


「くっ!」


 陽那は首を傾けて避ける。折り紙は地面に落ちて消え去った。だがそれだけではない。


「っ!切れた……!?」


 陽那の頬から血が滴り落ちる。先程の紙で切ったのだ。


「予想していた通りの結果になったね。僕の術式は紙を生み出し操る単純なもの。ただ陽力で強化しただけの……ね」


(術式の自己開示……でもシンプルな術式だからその効果は薄い。それにあの程度の切れ味なら問題ない)


 陽那は鞭を構える。今度は陽那が攻勢に出る番だ。刀印を結び、式神を生み出す。


「ひーちゃん!行って!」


 現れたヒグマ。輝に向かって突撃させる。対する輝はまた宙に浮く紙を展開し放つのだった。念の為陽那はヒグマに思念を送り、逞しい腕と鋭い爪で紙を迎撃させた。それでも幾つかはヒグマに迫った。


「ガアアアッ!」


 ヒグマの唸るような声が響く。何故なら、紙が触れた途端ヒグマの体はズタズタに切り裂かれた。


「っ!なんで!?」


(さっき迄の威力とまるで違う……!術式の自己開示だけじゃこうはならない!)


 驚嘆する陽那を見て輝は口を三日月にして笑う。その琥珀の瞳は陽力となって姿が消えるヒグマの様子を映していた。


「言ったでしょ?舐めるなって。『一紙一閃(いっしいっせん)』急急如律令」


 陽那に再び無数の紙が放たれる。タネは分からないが当たるのはまずいと判断し回避を選択する。それでも全ての紙を躱すのは難しい。だから鞭を操作し、紙の面を叩いて叩き落とす。


「やるね。ならおかわりだ」


 今度は先程の倍……凡そ50枚の折り紙が放たれた。


「避けきれるかな?」

「舐めないで!」


 陽那は刀印を結び、鞭の先端に陽力を集め水球と化す。


「『水禍豪球(すいかごうきゅう)』!急急如律令!」


 水球は勢いよく放たれ、陽那に迫った紙を巻き込みながら輝へと着弾するのだった。


 大きな水飛沫が上がる。幾ら陽力で強化しようとも紙は紙。水が弱点だと示すようにボロボロになり朽ちていた。だが……。


「危ない危ない」


 水飛沫の中から現れたのは紙。いや、紙というより装甲という方が正しい程大きく、分厚いものだった。


「『吸紙(きゅうし)』。知ってるかい?紙は水を吸収するんだ」


 紙は、植物性パルプ繊維で構成されている。紙に水を加えると、繊維同士の間に水が入り繊維が膨張することで紙全体が膨らむ。


 紙の吸水性は繊維と繊維の隙間を広げるほど液体を吸水しやすくなる。だが、繊維の密度を少なくし過ぎると、紙の強度がなくなってしまう。


 それを輝は陽力による強化で補っている。加えて紙は五行で木に位置する。水は相生(あいおい)の関係により木の紙を強化するので相性は良くない。


 それらにより、輝は見事陽那の水禍豪球を受け止めてしまった。


(水が効かない……なら燃やすのがいいけど、今日は火纏石(ひてんせき)持ってない……!)


 陽那は五行付与により式神に他の五行の力を与えられる。しかし、それには五行の元素が濃く宿った高濃度元素物質……濃元物(のうげんぶつ)が必要不可欠である。


 そして濃元物は貴重な品。陽那は今、火の濃元物である火纏石を持ち合わせていなかった。


 陽那は式神2体を里の人の護衛に出しており、ヒグマもかなりのダメージを負った。しかも輝の術式の威力のタネも割れていない。現状で陽那の不利は明白だった。


「それでも、やるしかないよね」


 遙か後方からの地鳴り。そこから響と大蛇の激しい戦闘が伝わってくる。


(響くんも頑張ってる。なら私が命を賭けない道理はない!)


 陽那は己に喝を入れ、奮い立った心を胸に鞭を構えるのだった。

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