第150話 大蛇の封印
里から2km。禁足地。五輪剣の力に翻弄される響。だがその闘志は熱く燃えたぎっていた。その様子を夏は陽那と共に獅子の背に乗って眺めていた。
「五輪剣……」
「発生も術の速度も早い……凄い力だね。お父さんが持ってたんだよね。何か聞いてないの?弱点とか」
「いや、5つの術式を持つ程強い力があるから拵で里の周囲でしか使えない保険をかけているぐらいだ」
「そっか……あたしらは危ないからこのまま下がってようね」
「……」
夏は歯を食いしばる。父の仇を目の前に追い詰められ、響に助けられた。己の不甲斐なさに憤っているのだ。それでも何か出来ないか、考える事だけは止めなかった。
「っ!」
その時、夏は何か感じ取る。陽那はそれに気づかなかった。五輪剣の余波に注意している事もあるが、この土地に長く住む夏だからこそ気がついた微細な空気の変化。もっと言えば、大気中の太陽の霊力の変化を感じ取っていた。
(嫌な予感がする……!)
漠然とした不安が夏の胸中に泥のように淀むのだった。
一方その頃、響と藻助は激しい戦闘を繰り広げていた。
「ほらほらどうしたどうしたァ!逃げるだけか!?」
藻助が握る五輪剣から色彩に富んだ攻撃が響に向かって放たれる。それらを縮地を駆使して回避していく。その中で響は五輪剣の特性を観察していた。
(なるほど……そういう感じか)
響は大きくその後退し、五輪剣の射程から出る。藻助は深追いはしない。
「五輪剣……5つの術式があるんじゃない。地水火風……そして空を扱う術式だ。そしてその5つの力を循環させ、5つ目に来た術が一際威力が高くなる。違うか?」
「っ!」
藻助は目を見開く。その反応こそが、響の口にした推測を肯定する証拠だ。
咒装『五輪剣』。地水火風空を放つ術式。発動の意思を持ち刃を振る度に、地→水→火→風→空→地……etcといった風に攻撃が放たれていく。
地の次は水、水の次は火と決められているが、唯一起点となる術は決める事ができる。つまり、水から始めて火→風→空→地となり、5つ目の地が強くなるという事だ。
術式のタネが割れ、攻撃のタイミング、最大規模などが分かれば対処はうんと楽になる。
それと同時に、陰陽術の看破により術の効果は落ちる。ほぼ完璧に看破された事で、持ち主から開示する情報は少なくなり、術の自己開示により効力を取り戻す事も難しい。以上の事から、響は五輪剣攻略にかなり近づいたと言えよう。
「そろそろ終わらせるぜ」
響は拳を構えたまま数度地を跳ね、着地と同時に一気に飛び出した。藻助は迎撃の為に火を放つが、2回の縮地によって容易く躱される。そして側面から拳が藻助の脇腹を直撃する。
「ぐうっ!」
「はあっ!」
腕に肘打ち、腹に膝蹴り、靴裏を顔面にぶつけるハイキックが繰り出された。転がるように吹き飛ぶ藻助。この程度では終わらない。右腕は使用せず、炎を溜めていた。必殺の一撃を放つ為に。
「うおおおおっ!」
急速に接近する。藻助は五輪剣を構えるが、この速度では間に合わないであろう。
その時。
「っ!なんだ!?」
「っ!来たか!」
両者は異様に体が重くなるのを感じ取り、動きが止まる。響は異常事態に戸惑うが、藻助はそうでは無かった。この現象について知っていたから、1歩早く動けた。
「おらっ!」
「くっ!」
暴風が放たれる。5つ目なので威力は高い。響は拳を放つが、間近に迫った暴風相手に拳は振り切れず、相殺するだけの威力は出なかった。響は大きく後方に吹き飛ばされる。
幸いにも響の肉体は特異体質『強壮』となった事で、真体にならずともある程度陽力の耐性があり、身体強化術と合わせて防御した事で傷は深く無かった。
「チッ……!」
響は苦々しげに歯噛みする。そして先程感じ取った異常へ思考を巡らせる。
(今のはなんだ?大きな……月の霊力の気配?いや、もっと言うと陰力にも近く感じた)
「何をした……!」
「簡単さ。俺の仲間は村正にとある物を作るよう依頼していた。月の霊力と太陽の霊力を反転させる勾玉だ」
藻助は悠々と語る。それがどう関係あるのか一瞬分からなかったが、直ぐに狙いに気がついた。
「封印を解いたのか!」
「ご名答!咒装だって陽力っていう太陽の霊力に近いもんを生み出してる。封印に使っている咒装を反転させ、陰力を放つようにしたのさ!」
藻助は己の所業を嬉々として語る。そんな事をすれば、封じられている存在にプラスに働く。なにしろそこに居るのは邪なるモノ。月の霊力より生まれた妖、化生の類。即ち、888年前に猛威を奮った八大蛇の一体なのだから。
「3ヶ月か……ちっと時間がかかったが、総大将さんの読み通り目覚めたようだな」
藻助は西方に視線を向ける。すると地響きが鳴り、山を崩しながらその巨大で長大な体を晒す。紫の鱗に包まれ、赤い瞳がギョロギョロと動かす厄災の大蛇。それが時を超えて顕現した。
「なんつー事を……っ!」
響は飛び退いて藻助の不意打ちを躱す。視線を向けると、藻助は木々の中へ入っていくのが見えた。響は地を蹴りそれを追いかける。
「待て!」
「待つかよ!大蛇は人の多い所を目指す!今度こそ里を蹂躙し!いずれ首都を喰らい尽くすだろう!ハハハ!」
藻助は預言者のように楽しげに笑う。そこに大蛇の咆哮が放たれる。そして目覚めの一発とばかりに長い尾を振り回し、軽く木々を吹き飛ばしてしまった。その衝撃と瓦礫、木々らは響の所まで届く。
「くっ!」
「あばよ!」
吹き飛ばされてきたものが響の目の前に積み重なり、幾つかは響を直接襲う。それらを殴り、蹴り落とした。しかしそのどさくさに紛れて藻助は逃走してしまったのだった。
「クソ!」
(逃がすのは癪だが、先ずは陽那達の安否を!)
響はスマホを取り出し、陽那に連絡を入れる。さっきの大蛇の一撃で怪我をしていなければ出る筈。そう響は思いながら繋がるのを待った。
数度コールが鳴ると陽那の声が入った。
「陽那、大丈夫か?」
「大丈夫!蛇が出てきたと思ったら木とか土砂とか降ってきてびっくりしたよ〜!夏くんも無事だよ!」
陽那の元気な声が聞こえて響は安心する。
「相手はどうしたの?」
「悪い、蛇のゴタゴタで逃がした。けど得られた情報はある。合流しながら話そう」
響と陽那はお互いの位置を確認し、合流するべく走るのだった。
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