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第141話 満足

『影世界』を彷徨って1000年の時を過ごした阿栖羅(あすら)。そして今日……響に出会った。


 長久により強化され、その予想すら超えた力に目覚めた。そして阿栖羅と同じ強靭な肉体を自在に操り、『真体』へ至った。


『影世界』に閉じ込められた時、孤高は孤独へと戻った。しかし、1000年の孤独と渇望は癒される。


 響という己と同じ境地に至った存在と戦う事によって。


(ずっと……死んだように生きてた。だからこそ永遠のような時間を終わりにして、最後に満ちて死にたかったんだ。それがお前……阿栖羅なんだな)

(理不尽を討ち、他者を助ける。ただその為に己の力を振るう。それがお前か……響)


「伝わったぜ」


 月下の下、響は駆け抜けて拳を阿栖羅の胸に叩きつける。それに吐血しつつも、阿栖羅は口角を上げたまま。


「お前の心もな。響」


 響にも拳が入る。響も同じように口角を上げる。


 拮抗する力、剥き出しの魂と肉体。それらをぶつけ合い、伝え合う悦びが互いを満たす。


 だがその時間も……もうすぐ終わりが近づいていた。


 フラつく両者。地面を踏み締めて何とか倒れないようにする。しかし、体力の限界が近づいている事は嫌でも分かった。


「お互い、『真体』を維持するのも限界が近いな……」

「そうだな」


 阿栖羅も響も、『真体』に目覚めた時点でその体の維持できる時間を知っている。ジャスト5分。それが限界。


『真体』は言わば人の力の頂点。個人差は大きいが、数千年時間を掛けて体を鍛えていけばいずれ至る肉体の極致。『星昇(せいしょう)』は時間限定でそれに変身する。


 2人の残り時間はもう30秒も無かった。


「阿栖羅……」

「響……」


 2人は構える。互いの名前を口にするだけで意思は伝わった。


((出し切ろうぜ))


 最後のぶつかり合い。最後の一手。2人は地面を蹴り、真っ直ぐ相手に迫り……その拳を放った。


 阿栖羅の叩き潰すような拳が響の顔を打ち、響の抉るようなアッパーが阿栖羅の胸を叩く。


「うおおおおおっ!」

「ぬおおおおおっ!」


 互いに全身全霊を込めた一撃。それを征したのは……。


「だりゃああああっ!」

「がああああっ!」


 ───響だ。


 阿栖羅は響の拳に穿たれ、『真体』を剥がされながら吹き飛ぶ。そして幾つもの木々を破壊しながら進み……倒れ込んだ。


 響もまた『真体』が解ける。そして数分かけて倒れた阿栖羅の元へ歩いて行った。


「……響、か……」

「はあ……はあ……ああ、そうだ」


 阿栖羅は起き上がる事もできず、ただ『影世界』の星々を見つめる。


「ふぅ……長い、長い時間をこの世界で過ごした。だが、これ程までの夜空は初めて見た気がするな」

「そうだな。俺もだ」


 響もまた夜空を見上げ、それに共感する。何の変哲もない夜空だが、肉体が常人を超えた2人には清々しい迄の満点の星空に見えた。


「ありがとう……満ち足りた」

「そうかい。そりゃ良かった。俺の方こそ……ありがとな」


 阿栖羅は自分と並ぶ力を持った者と戦えて心が満ちた事を、響は今までよりもっと強くなれた事を感謝する。


 その最後のやり取りはやや言葉足らずだったが、通じ合った2人にはそれだけで充分だった。



 暫く星を眺めていた響。そこに久遠達がやってくる。


「響くん!」


 いの一番に空が飛び出し、響を抱き着いた。


「生きてて良かった……!」

「おう、ちゃんと生きてるし、陽力も使えるぜ」

「うん……!うん!また一緒に、陰陽師できるんだね……!」


 涙ながらに喜ぶ空。響はそんな彼女を「昔と変わらず泣き虫だな」なんて微笑ましく思うのだった。そこに秋と陽那がやってくる。


「信じてたよ。勝つって」

「秋。たりめーだろ」

「ま、それはそうと傷治すから空ちゃんは離れてね〜」

「あっ!う、うん!ごめんね?また引っ付いちゃってた……私も治すの手伝うよ!」


 響は陽那と空から治癒を受けていく。『真体』になったとはいえ、受けた傷はそのまま普通の体にも残るのだ。


 治療を受ける響に久遠と長久が近づき、頭を下げる。


「響くん、ありがとう。長久を助けてくれて」

「俺からも直接言おう。助かった、ありがとう」

「2人とも……まあ依頼をこなしただけだよ。陰陽師として……な」

「うん、そうだね。依頼主として喜ばしいよ」


 久遠は嬉しそうに微笑む。響は久遠の大切な人を守れて心から良かったと感じるのだった。



 それから一同は無事に帰還するのだった。相対した人間の遺体は回収する規定通り、阿栖羅の遺体は総監部へ託される。


「響くん、依頼料は振り込んでおいたから後で確認しといてくれたまえ」

「おう、これでホントに依頼完了だな」

「うん、今後とも常磐(ときわ)久遠(くおん)をご贔屓に♪じゃね!」

「では、失礼する」


 久遠と長久はそのまま神社を後にした。響はその背を姿が見えなくなるまで見送るのだった。


 そこに陽那が伸びをしながら声をかける。


「くぅ〜っ!大変な休日だったねぇ〜」

「そういや日曜だったか。すまん、集まって貰って」

「いいのいいの……って、どしたの?」


 陽那は響の表情……その機微を感じ取る。


「いや、なんでもない」

「ほんと?」

「……いや、ある」


 響は少し迷ったが、わざわざ気にかけてくれた陽那の気持ちを無下にできずゆっくりと語り出す。


「今日、初めて人を殺した。変に思われるだろうけど、俺達は魂を、感情を、記憶を伝え合ったんだ」

「うん」

「だから、罪悪感はあるけど……これで良かったとも思ってるんだ。薄情かもだけど」

「どうしてそう思ったの?」

「あいつ……阿栖羅は死にたいと思ってたんだ。1000年影世界を彷徨って、自分を倒せる存在を待ってた。だから……最期にあいつは笑って死んだんだって感じたから……だと思う」


 伝わって来た過去、想いを受け取った響が出した結論。それが戦って倒す事だった。


 だが人として、殺人はダメだと教えられて生きてきた。反対に、陰陽師として立ちはだかる敵となる人間を殺す事は罪にならない事もある。


 異なる法と価値観、そして伝わった想いにより罪悪感と納得の間で揺れ動いているのだ。


「そうだね。難しい問題だ。けどさ?あの人はそれを望んでたんでしょ?」

「ああ」

「なら、響くんが気に病む事じゃないよ」

「そう、なのかな……」


 陽那の言葉を受けても響は目を伏せて思い悩む。


「ぶっちゃけね?私は死も救いだと思ってるの」

「死が?」


 陽那の予想外の言葉に響は顔を上げる。


「うん。だって、人が耐えられる痛みや寂しさは……誰1人同じだとは思わないから。病気になって、少しでも命を伸ばそうとする事はできる。でもそれがすっごく苦しいなら……早く楽になりたいって考える事もあると思うから」


 陽那の声色と憂いを帯びた表情には並々ならぬ実感が伴っていると響は感じ取る。


「だから、あの人も対等な存在によって、死っていう救いを求めたんだと思う」

「そうか……なら、俺はあいつを救えたのか」

「うん、きっとそうだよ」


 響は陽那の言葉に納得し、胸が軽くなるのを感じた。


「ありがとう。ちょっと楽になった」

「良かった。またいつでも話聞くからね」


 響は深い感謝を述べ、それに柔らかに微笑む陽那。


「さて!報酬もたんまり入ったし、またどっか遊びに行こ?」

「ああ、みんなでな」

「もっちろん!」


 そんなやり取りを交わし、響達は怒涛の1日を終えるのだった。



 久遠はとあるバーに来ていた。店内は仄暗く、ムーディな曲がレコードで流れている。雰囲気も良く、賑わいそうな店であるが今は客はおらず、カウンター席に座る久遠だけの貸切状態だ。


 カウンターの中の長久は久遠へ赤色のカクテルを出した。久遠はこう見えて20歳はとうに超えていたのだ。


「うん、やっぱり長久の入れるお酒は美味しいねぇ♪」

「褒めても何も出ないぞ」

「お酒も〜?」

「必要なら注文しろ」

「は〜い」


 仲睦まじく話す2人。話題は響の事になる。


「そういえば……白波響はお前のお眼鏡にかなったか?」

「うん、バッチリ。なんせ長久の改造を超える力を示したんだからね」

「陽力炉心を犠牲にそれ以外の肉体の強化……の筈が、そのまま陽力が使えていたのだからな。お前の目的にも近づいた事だろう」

「そうだね。そろそろ動き出す頃だって皆に伝えてくれる?」

「了解した」


 長久は久遠の指示の元書簡を書きだした。


「ボクの野望も遂に……フフフ、アハハハ!」


 久遠はカクテルを喉に通しながら1人妖しく笑うのだった。

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