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第140話 真体

「で、伝授!?足りないものってなんだよ!?」


 豹変ぶりに驚きながら響は問いかける。それに阿栖羅(あすら)は語っていく。


「特異体質とはそもそもなんだ?」

「え?そりゃあ……生まれつき何かに秀でた力を持ってるんじゃねぇのか?」

「そう、俺も特異体質だ。そしてそれを鍛えていく内に1つの境地へと至った。『真体』と言う境地へと」

「『真体』……」


 語っていく阿栖羅の言葉を響は真剣に聞いていく。


「知ってた?陽那ちゃん」

「知らなかった……そもそも特異体質の秀でた部分を鍛えられるなんて聞いた事ないもん」


 空の言葉に答える陽那。その答えは他の者も同じだった。


「その境地への道をお前に教える」

「なんでそんな事をわざわざ……」

「愚問だ。オレを満足させる存在など居なかった。だが、オレと渡り合う肉体となり、殴り会えるお前ならば……満足できるかもしれないからだ」


 憂いを帯びた表情で呟く阿栖羅。今までの好戦的な姿とまるで違って響は困惑する。それと同時に、それが阿栖羅の心の奥底ではないか?と響は感じる。


「だからお前は全力でやれ。オレを倒すにはどの道それに至る必要がある」

「確かに……一理ある。いいぜ、その『真体』とやらに至ってやるよ」


 互いに不敵に笑う。こうして『真体』へ至る為の奇妙な鍛錬?が始まるのだった。


「まずは己の肉体を把握しろ。深呼吸をして空気を吸い……口から肺に、肺から血管に入り、それが体内を巡る様子を想像しろ」

「なるほど……」


 響は目を瞑り、言われた通りに空気を肺に送り、肺から血管、血管から身体中に巡る様子を思い描く。


(っ!なんだこれ……血が血管を流れて、それが体の形を作っていくイメージが……自分の体が理解(わか)る)


 響はより詳細に自分の肉体の状態を認識できるようになっていた。


「そうだ、『真体』とは己の肉体を鍛え上げ、それを深く理解する事でしか到達出来ない」


 集中する響へ阿栖羅は語る。


「お前は既に高いレベルまで肉体を鍛えていた。いや、高いレベルに至りやすい体だったのかもな。過程はどうあれ結果は同じ。改造があった事で更に境地への道筋は近くなった……ならば、もう見えてくる筈だ」


 阿栖羅の言う通り、己の体をイメージする響の頭に1つの単語が思い浮かんできた。


(そうか、これが俺の肉体の在り方なんだ……それへと至る方法も理解した)


「さあ叫べ!『真体』へ至る解放の祝詞を!」


 己の力を知覚し、遂にその境地へと至る。目を開いた響。阿栖羅は共にその祝詞を口にする。


「「星昇(せいしょう)!」」


 五体を表す星……それを昇華させる祝詞が2人の体を橙色に輝かせる。すると大空洞内に旋風が巻き起こる。土煙も舞い、それに陽那達は顔を覆った。そして……それらが収まった時、皆は目撃する。


 真なる肉体を。


「「『強壮真体(きょうそうしんたい)』」」


 全身を淡い橙色の輝きが包んでいる。肌に吸い付くような白き装束となり、剥き出しの上半身には紋様が刻まれている。


「これが……『真体』」

「そうだ。感じるだろう……強大な力を。人が持つ肉体の力の頂点だ」


 響は言われるまでもなく凄まじい力を持っていると知覚した。


「さあ、行くぞ。白波響」

「ああ、やろう。阿栖羅」


 視線がぶつかり合う。そして……陽那達が瞬きをした瞬間にはもうその場には居なかった。


 ボッ!ボッ!パンッ!


 大空洞内……無数の場所から打撃音が響く。それを追いかけるように陽那達は視線を向ける。だが響達が纏う光の軌跡しか見えない。


「ど、どうなってるの!?」

「陽那ちゃん、皆も陽力を目の強化に集中させるんだ。そうすれば特定条件で強化されて見える筈だよ」


 久遠が言った通りに目を強化する一同。すると、段々その動きが追えるようになった。


 響と阿栖羅が高速で動き、互いに拳を交える光景を。


「はあっ!」

「ふんっ!」


 響の放った拳を阿栖羅は掌で受け、反対の拳で殴る。響は同じように受け止め、距離を開ける。そしてまた急速に接近し、蹴りを交差させる。


 辺りにはその余波が飛ぶ。それをものともせず響達は縦横無尽に駆け抜け、何度もぶつかり合う。


(何あれ!?(くう)を蹴ってる!?)


 陽那は響達の空中での滅茶苦茶な軌道の正体を知る。『真体』となった肉体は言わば肉体の最高潮。空気の流れや密度を知覚する目を持ち、空気が固まる程の速度で踏み締め足場にできる。


「おらっ!」


 響の蹴りが炸裂する。だがそれを受けて尚、阿栖羅は止まらない。足を掴み、振り回して天井へと放り投げる。


「ぐっ!」

「ぬぅんっ!」


 そこに更に接近、阿栖羅の拳が直撃し、天井をぶち抜き響は一気に地上に出る。阿栖羅は(くう)を蹴り、穴の中の壁を蹴り上げながらそれを追う。


「私達も出よう!」


 久遠の言葉で皆は入ってきた道を走り、地上へと出た。そこからは夜空を駆け抜ける流星のように響と阿栖羅が戦う様子が見えた。


 殴り合う中、響は不思議な感覚に陥っていた。


(不思議だ……拳を交える度、コイツの感情が、心が伝わってくる)


 流れ込むのは確かな充足。満ちる心。そして……過去の記憶も。



 阿栖羅は1000年の播磨国に住む遊女の元に生まれた。


 赤子の時から妙に力が強かったので神仏の名をもじった名を付けられたが、やがて3年程で捨てられた。阿栖羅は野草や川魚、時には屍肉を喰らい生き延びてきた。


 その後は陰陽師が営む神社に世話になった。播磨国は特に在野の陰陽師が多くいる国であった為、民にとって陽力や術は親しいものだった。


 阿栖羅も術が使えるよう教えを受けたが、一向に扱えなかった。それを理由に飯を減らされるなど冷遇されていた。それは阿栖羅に陰陽術が効きづらいと分かるや否や気味悪がられ更に加速する。


 やがて阿栖羅は神社を出た。こうしてまた阿栖羅は孤独となる。しかし生きる為に奔走し、体が鍛えられていく内に陰陽術では傷つかなくなる。


 肉体は日に日に強くなり、やがて『真体』へと至る。その頃から阿栖羅は孤独と言うより孤高に生きた。


 いや、そうならざるを得なかったと言った方がいいだろう。人は孤独では生きていけない。少なくとも阿栖羅は他者との繋がりを求めていた。


 だが最早常人では特異な肉体を持つ阿栖羅の孤独には寄り添えなかった。それが阿栖羅の生き方を孤高とした。



 そして安倍晴明亡き後の京に現れた。


 その頃の京は、かつて魔京と言われる程だった面影も無くなりつつあった。しかし強い妖などの噂は消える事はなかった。


 これもその一例。


 牛鬼という鬼がいた。それは暴虐を尽くし、人々を恐怖で震撼させていた。


 それらを討伐しに複数の陰陽師が向かったが、翌朝惨い遺体となって発見される。そして当時の最高戦力である蘆屋道満が直接出向く事となる。


 そこで道満が見たものは牛のような角を持つ異形の怪物……その遺体。そしてそれを貪り喰らう巨躯の男性であった。


 それこそが阿栖羅。


 阿栖羅は陰陽師が牛鬼に殺された血の匂いを追って来た事で牛鬼と相対する。そして牛鬼を殺したのだ。


 阿栖羅は道満に話しかける。お前があの死体となった木偶らの頭領であろう?なら俺と勝負しろ。死合だ。俺が負けたら煮るなり焼くなり好きにするがいい。


 だが、本気で来ないならばお前以外の他の木偶らを殺す。


 この頃から阿栖羅は飢えていた。血肉にでは無い。心の渇きだ。並ぶものはおらず、相対するものは皆絶望に打ちひしがれる顔を見せるだけ。


 だから、より強い強者を求め彷徨っていた。


 それを受けて蘆屋道満は承諾する。代わりに相応しい舞台で戦いたいと申し入れ、それを阿栖羅は承諾した。


 決戦の日、阿栖羅は絶景が広がる山頂の社へ来た。


 鳥居の前で蘆屋道満は阿栖羅に言う。その鳥居をくぐるのを合図だ。阿栖羅それを受けて不敵に笑い、一歩一歩足を進め、遂に鳥居くぐった。


 その時、阿栖羅は神隠しに合った。そしてついぞ戻って来ることはなく、道満と勝負をする事もまた無かった。


 真相はこう。

 道満は占いにより特異体質の阿栖羅に敵わないと見た。故に事前に鳥居周辺を『影世界』への入口としていた。


 その頃の阿栖羅は陰陽力を伴う攻撃で傷が付かなかった。しかし、まだ攻撃では無い術は効いた為『影世界』へと移動させられた。


 阿栖羅が気づかなかったのは、道満自身が己の罠を設置した記憶を消した為。その道満からは悪意などを感じ取れなかったのだ。


 そうして阿栖羅はずっと『影世界』を放浪し、やがて一切の陰陽術が効かなくなった。何度か陰陽師と接触する事はあった。しかし強まった体質により、暗門すら通れず破壊してしまう。


 この世界に永遠に閉じ込められる事となった。


 強すぎる体は寿命すら常人のソレを超える。それからはただ己と並ぶ強者を求め、その戦いの果ての死を望んで彷徨う亡霊のようになった。



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