第137話 特異なる肉体
阿栖羅はまるでダメージを感じさせない程堂々と一同に立ち塞がる。
「嘘!? あれだけの攻撃を食らって無傷……!?」
「なんで……さっき迄倒れてたのに?」
「気配も無かった……恐らく心臓も止まってた筈だよ」
陽那、空、そして秋が口々に呟く。だが現実として阿栖羅はそこに立っていた。
「どういう手品だよ」
「なに、簡単だ。お前達が退屈な攻撃をするあまり眠ってしまったのだ。心臓が止まる程にな」
「なっ!?」
響達は阿栖羅が言っている意味が分からなかった。それはまるで人間を超えている。
だが、人間を超えた怪物とも渡り合って来たのが響達陰陽師だ。その闘志はまだ消えていない。
「なら、本当に心臓が止まるまでやってやるよ!」
各々陽力を滾らせ、再び阿栖羅へと立ち向かっていく。響の炎、陽那の式神の雪、空の風、秋の雷、久遠の水が襲いかかる。
「ぬるい」
それらの奔流をものともせず阿栖羅は飛び出す。そしてまた目にも止まらぬ一撃を浴びせていった。それは先程までと違って数段重い攻撃だ。
陽力で防御したにも関わらず、大ダメージを受ける。
「みんな! クソ!」
縮地で後退し衝撃を逸らした響は軽傷だ。だが他の者は直ぐには動けない。
(なら、アレに賭けるしかない!)
響は阿栖羅の元へと歩いて接近する。そして3m程の所で立ち止まった。
「ほう? 何をする気だ?」
阿栖羅は興味深げにそれを眺める。
(余裕ぶってやがる。だがこれならどうだよ!)
「天刃流奥義……!」
刀を構え、炎を灯し、深く集中する響。心技体の全てが阿栖羅を斬る事へと向き、1つになる。ゾーンへと至った響は、真っ直ぐ迫りその一撃を放つ。
「『空』!」
次元を斬り裂く一撃。あの第参位の『影人』如羅戯ですら防御不能の一撃だ。
「……残念だ」
しかし、それも阿栖羅には届かない。逆に刃は折れ、大空洞に虚しく落ちる音を響かせる。
「嘘、だろ……?」
響の持つ最大最強の一撃だ。それへの絶対の自信が崩れ去り、響は硬直する。
そこに阿栖羅は容赦なく拳を叩き込んだ。地面を転がり、陽那達の前に倒れ伏す。
「ガハッ! ゲホッ! クソ……!」
(まだだ、まだ……手はある筈だ……! 考えろ考えろ考えろ!)
響は折れた刀を杖にゆっくりと立ち上がる。そして阿栖羅を睨む。
「……いや、待てよ? 何か……そう、違和感があったんだ」
「い、違和感? 響、どういう事だ?」
何か気づいた響。それに秋は片膝着くまで立ち上がり問いかけた。響は少し押し黙った後、口を開く。
「阿栖羅……お前陰陽術使ってねぇよな?」
「「「っ!?」」」
響の言葉に秋や辛うじて意識のある者達は驚愕する。そして阿栖羅は……。
「ああ、そんなもの使っていないぞ?」
それに頷き、全面的に肯定する。
「やっぱりな……お前は陽力すら練らず、高速で動き、俺達を殴ってた。気配を読みずらかったのもそのせいだったんだな」
「そうだろうな」
響の言葉をまたも肯定する。それはつまり、阿栖羅はその身1つで戦っていたという事になる。
「ま、待ってよ響くん! それはおかしいよ! だって……陰陽力が無いと陰陽力を纏ったものを傷つける事は出来ない! でもあたしらはちゃんと陽力でガードしたのに傷ついたよ!?」
陽那が抗議する。陽那の言っている事は間違っていない。普通ならばそのように陰陽力を纏ったものに素の物体は敵わない。
普通ならば。
「あいつは例外だ。そんなインチキみたいな肉体を持っているんだよ」
「っ! それって……!」
「ああ、特異体質だ」
響の出した答えに一同は目を見開く。特異体質は陽力に干渉する事もある。
秋雨 霊次の陽力炉心が五行全てに対応した陽力を生み出すように、武見 澄歌が放出型の術のみ陽力を0になるまで引き出したように、前例がある。
「そう、オレは陰陽力とかいう不可思議な力が全く効かない特別な肉体を持つ」
「やっぱりか……陰陽師は陽力の負荷に負けないように肉体を鍛える。それとは別に陽力を使ってるとだんだんと慣れて負荷が減るって習ったよ。なら……お前は極限まで陽力の負荷に慣れてる体って事かもな」
陰陽力に耐性があるものは居る。それは『影』に寄生され、陰力に侵された人にも症状に個人差がある事からも伺える。
つまりその耐性が振り切れているのが阿栖羅の特異体質という事だ。
「そ、そんなの……! どうやって勝てばいいの!?」
空が述べた事は全員の頭に過ぎった事だ。陰陽力を鍛え、扱って来た陰陽師では到底勝てない存在。
それが阿栖羅という男だ。
「またその顔か……つまらん」
「……また?」
肩を落とす阿栖羅に響は問う。
「ああ、そうだ。オレと相対した者は皆そうなる。初めは威勢よく挑んでくるが、凡ゆる術が効かないと見ると絶望し、情けない顔を晒す。『影』やその人型の奴も同じだ」
陰陽力を使う限り、阿栖羅には勝てない。それは次元を斬り裂く刃でも絶対に覆せない理。阿栖羅を倒すには陰陽力を使わない純粋な力がいるのだ。
「お前らの誰でも無かったか……オレを満足させるのは」
落胆し、諦観する阿栖羅。そんな無防備そうな阿栖羅にも響達はもう勝ち筋は無かった。
「俺らの……負け……」
響は呟く。それはこの場にいる陰陽師の内にある想いだった。
──否。
否である。
「まだ負けてないよ」
「え?」
声を発したのは久遠。それに響は振り返る。
「まだ、勝つ方法はある。そうだろ長久?」
「ああ、そうだ。その通りだ」
久遠の言葉に力強く頷く長久。
「なっ……そんなのどうやって……!」
「よく聞け白波 響。私の術は人の体を弄る事が出来る」
困惑する響に長久は語り出す。
「弄るって……」
「お前をあいつ以上の肉体に改造する。5分程必要だがな。それが私達が勝つ唯一の方法だ」
久遠が頷き、その言葉を肯定する。響はその様子と長久の強い意志が込められた瞳で嘘では無いと確信する。
「分かった。俺の体はどうなってもいい。だからあいつを倒せる力をくれ」
「ああ、だがタダでは済まないぞ? お前は二度と陽力を練る事が出来なくなる」
「「「っ!?」」」
響達はその言葉に目を見開く。長久は理由を述べる。
「改造だが、分かりやすく言えばパラメータの調整だ。何かを上げるには何かを犠牲にしなければいけない。奴を肉体だけで倒せる程強化するのに犠牲にできる部分は……陽力炉心しかないからな」
「ダメ! ダメだよそんなの!」
空が真っ先に反対する。その意味はもう皆分かっているから。
陽力を練れないという事は、一般人と同じになるという事。響が今まで、『影』から理不尽に襲われる人を救いたいと鍛えてきた力を全て手放すという事だ。
響の未来さえ変えてしまう選択だ。
「そんなの許せない! だったら私を……!」
「ダメだ。君じゃ強度が足りない。今までは陽力の強化で渡り合って来ただろうが、純粋な肉体……その男女の性差は大きい。怪我をしている状態なら尚更改造の負荷に耐えられない」
「なら僕がやる!」
「それもダメだ。空同様、怪我の状態は響より深刻だ。治癒にどれくらい時間がかかる? あいつは待ってくれるのか? 」
治癒に特別長けた者はこの場に居ない。そしてその時間を阿栖羅が待ってくれる保証は何処にも無かった。
だがそもそも、響はもう心を決めている。
「構わねぇ。必要なことだろ? 長久さんやってくれ」
「響くん!」
空が尚食い下がる。響はそちらを見て微笑む。
「ごめん空。でも、ここで逃げて……生き残れたとしても、明日の俺はきっと自分を許せない。後悔する」
見逃される可能性があるとすれば長久を差し出す事。それは陰陽師としても、白波 響としての矜恃も裏切るという事だ。
「だから今勝てるなら……俺は陽力を捨ててやる」
どこまでも高潔に、どこまでも力強く覚悟を言ってのける響。それに空達は何も言えなくなった。
「クックック……! ハハハハッ! いいぞ! 気に入ったぞ! 白波 響とやら! その男の能力を見るついでだ!やってみろ!」
阿栖羅はそれはそれは痛快に笑う。それに響は不敵に笑って応える。
「負けて吠え面かくんじゃねぇぞ?」
「どうだかな。俺の気は短い。やるなら急げよ」
「そうだな。長久さん、頼む」
「ああ、始める」
響の意を汲み歩み寄る長久。手袋を外し、響の腹に手をかざした。
「体を作り替えるんだ。痛みを伴うし、成功する保証もない事は頭に入れておけ。行くぞ」
「ああ、頼んだ」
響が頷くのを見て、長久はその力を解放するのだった。
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