第134話 常磐 久遠を知る
日曜日のお昼過ぎ。
今日の響は1人で町をブラブラとしていた。特に見たい作品も無いのでいつも見に行く映画館には行かず、本屋に足を運ぶ。
(なんか面白いのねぇかな……あ、そういやあの新刊出たんだっけ?)
出版社毎に別れた棚を眺めてお目当てのものを探す。そんな響の背後から誰かが声をかけた。
「何をお探しだい?」
「ああ、いや……って久遠!?」
「やっほ〜♪」
振り返ると、赤ブレザーと白黒チェックのスカートに身を包み、スカートと同じ柄のカチューシャで長い黒髪を飾った少女……常磐 久遠が居た。
先日の哨戒任務で響が蜘蛛の『影人』から助けた少女だ。前と変わらない格好だったので直ぐに分かった。
「偶然だね〜。本屋よく来るの?」
「まあ、目当ての本があったら見に来るな。偶に別の本も気になって買うし」
「へぇ〜! そうなんだ! どんなの読むの? ラノベ? 伝記? お気に入りの作家は誰?」
久遠も本に興味があるようで、目を輝かせて矢継ぎ早に質問する。
「まあラノベが多いかな? 特にお気に入りの作家は居ないけど、タイトルで気になったのを買って読んでるよ。ジャンルはなんでも好き」
「へぇ〜! そうなんだ! ボクもそんな感じ!」
響の読書遍歴聞いて嬉しそうに共感する久遠。
「あ、ごめん。邪魔しちゃって……何してたんだい?」
「ああ、最近出た新刊探してたんだった」
響はさっき迄の目的を思い出す。平積みされている本を眺めていく。やがて見つけた本を手に取った。
「これこれ、最近見つけたんだ」
「え? 嘘! ボクも同じの買おうとしてたんだ! 鬼魂威霊譚! 面白いよね〜!」
どうやら久遠も読者だったらしく嬉しそうに目を見開く。それを皮切りに2人の会話は盛り上がる。
「マジか……すげぇ偶然。でもいいよな……」
「どのキャラ好き?」
「やっぱ主人公かな。仲間の反対押し切っても敵の鬼すら救済しようとする姿勢がカッコイイ」
「わっかるぅ! 一本木通ってていいよね! ボクも一緒! いや〜趣味が合うねボク達。因みにコミカライズしてるの知ってるかい?」
「あ、そうなのか? 読み始めたの最近で知らなかった」
「うん、こっちこっち〜」
久遠に連れられ漫画のコーナーに行く。すると鬼魂威霊譚の漫画があった。
「もう5巻まで出てるのか。一気に買っちまおう」
「あ、ボクも新刊買わなきゃ!」
慌ただしく来た道を戻る久遠。響は共通の趣味を持つ相手を見つけて口角を上げるのだった。
2人は本を購入し、広場のベンチに座っていた。
「今日はいい天気だね〜」
「ちょっと前は台風来てたもんな。まあ夏だから仕方ないが」
照りつける太陽は夏の残滓を感じる。しかし日陰となったベンチは調度良い温度で、油断すると寝落ちしてしまいそうだ。
「さあさあ、早速読もうじゃないか!」
「おう。俺は漫画の方から読もっかな。どうなってるか気になる」
「お、いいね! ボクも一緒に見ていいかい?」
「いいぜ」
「やった♪ じゃあページ読んだら指ちょんってして教えるね?」
響に肩を寄せる久遠。こうして2人は共に漫画を読んでいくのだった。
「おお〜絵がいいな。序盤から迫力ある」
「ね、凄いよね〜。ヒロインとか、女の子はしっかり可愛いのも好印象だよね!」
「うおっ! この技こういう動きしてたのか。考えてたのと違うけどこれもめっちゃいい……!」
「うんうん! 見開き構図いいよね! 効果音の文字を砕くのはボク初めて見た〜♪」
読み進めていき、1巻のクライマックスである師匠との死別のシーンに来る。
「おお……! 主人公の表情が絶妙……!」
「うん……泣かないように堪えて、師匠が安心して逝けるように笑顔を作ってる顔の表現すごいね……」
原作を深く理解し、行間を埋めつつコミカライズでしか出来ない表現でも魅せる。魂を込められた仕事に響はもちろん、既読の久遠すら感無量になるであった。
3時間後。時刻は既に17時半を既に回っていた。本を閉じ、久遠は大きく伸びをする。
「くぅ〜〜〜っ! パァっ! もうこんな時間? 夢中で読んじゃったねぇ」
「そうだな……漫画版も新刊もめっちゃ面白かった」
「ね! また新刊でたらボクと感想言い合おう? 漫画も出来れば一緒に読みたい!」
「ああ、いいぜ。んじゃ帰るか」
響は本を大切に仕舞い、ベンチから立ち上がる。そこに久遠は何かを思い出し、響の袖を握って引き止める。
「あ、待って? まだ時間ある?」
「ん? ああ、どうした?」
「いや〜? 響くんにはまだお礼出来てなかったからさ? この後ご飯でもって。ね? ボクに奢らせて?」
「そういう事なら……分かった」
響は久遠の気持ちを組んでお言葉に甘えるのだった。
そして2人がやって来たのはお好み焼き屋だ。首都東京でたこ焼きの流入と共にお好み焼きも勢力を広げて来た。ここもその内の1つ。しかも自分で焼く体験ができる本格的な店だ。響も数回は来た事がある。
響と久遠は個室に通され対面に座る。
注文したお好み焼きの具材が入った器が届いた。細かく刻んだキャベツ、ネギ、てんかす、山芋、卵、小麦粉、紅ショウガが一緒くたに入っている。
「おし、混ぜてくか」
「うん! 卵黄を崩して混ぜてくといいんだよね〜♪」
「そうなのか。じゃあ今日は久遠の焼き方参考にしようかな」
「ボクの好みのでよければ是非是非〜♪」
スプーンで具材を混ぜ合わせていき、全体が馴染んだタネが出来上がる。熱された鉄板に油を垂らす。
そして豚肉をそこに広げて7割程火を通してから1口サイズに切る。
「これを種に入れます!」
「ほうほう?」
焼いた豚肉を種に入れてよく混ぜる。そしていよいよタネを鉄板に投下だ。
種が滝のように鉄板に流し込まれると、鉄板は激しく音を立てる。その間に2人はヘラで形を整え、2cmほどの高さの円を作る。
「5分くらい焼いてくよ〜」
「おけ」
2人は世間話をしながら待つ。そして5分経つと、焼き具合を確認する。キツネ色になった所でひっくり返す。
「うおっ……! 思いの外しっかり返せた……焼き加減が最適って事か。凄いな久遠」
「えっへへ〜♪ ボク凄い!」
褒めると久遠は嬉しそうにはにかんだ。お好み焼きは鉄板を弱火にして10分程焼き、しっかりと中まで火を通す。
また待ち時間ができるが、2人は好きな小説の事を話せるのでまるで苦では無かった。
10分後、再びひっくり返してお好み焼きは焼き上がる。
辛口のソースを薄く表面にかけ、かつお節、青のり、マヨネーズをかけたら完成だ。
1口サイズに切り分ける。
「それじゃあいただきます……っ! めっちゃ美味い!」
ヘラでお好み焼きを口に運んだ瞬間、香ばしい香りとピリッとしたソースの味が口の中に広がる。ふんわりと焼き上がった生地の食感も堪らない。
「でしょ? ここのは具材もいいし最高なんだよね♪ ボクも食べよ♪ いただきます! んん〜! 美味しい!」
久遠もまたお好み焼きを味わい笑顔になる。
「やっぱり自分で焼いたお好み焼きはいいな。奢るどころか店紹介してくれたり、焼き方も教えてくれてありがとな」
「いいのいいの♪ 命の恩人だしね! ほら食べて食べて!」
「ああ、そうする」
こうして2人は食事を楽しむのだった。
食べ終わり、会計を済ませて店を出た2人。夏至も過ぎた事で18時になった外は夜の帳が迫っていた。
「今日は楽しかったよ久遠」
「うん、ボクも響くんと過ごせて楽しかった! お礼も出来て良かった〜! ね? また何かあったら頼ってもいい?」
「ああ、力になる。俺もなんかあったら依頼するよ。在野の陰陽師だろ?」
「そう! フリーランスは繋がりが大事だからね! これからも常磐 久遠をよろしく!
じゃ、またね!」
「またな」
2人は微笑みながら互いに手を振って別れる。
影世界で偶然にも出会いを果たした2人。どちらも充実した1日を過ごしたのだった。
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