第133話 在野の陰陽師
夜が支配する影世界。そこにまた1つ人と『影』の命を賭けた戦いが繰り広げられていた。
上半身は女の、下半身は蜘蛛の異形の『影人』……荒苦音。彼女は相対する陰陽師の響へ向かって糸を吐き出す。
「燃えろ」
響は刃から火の波を放ち、糸を焼く。それに荒苦音は怒りを溜めていく。
(クソがー!毒も糸も燃やされるじゃん!かくなる上は……!)
「斬り刻む!『鎌火断』」
怒りを具現化したような炎が大鎌に灯る。それを思いっきり振りかぶり、炎の斬撃を飛ばした。
響は高速で迫る斬撃を炎を纏った刀……加具土命丸で弾く。
「その程度か?ならこっちから行くぜ」
響は地面を踏み込み、飛び出すと同時に縮地を発動。荒苦音の目の前に迫った。
「この!」
荒苦音は鎌を振り下ろすが、既にそこに響は居ない。接近するのに使った左足の縮地。それとは逆の右足の縮地で一気に荒苦音の右側へ抜けたのだ。
そのまま燃ゆる刀を振るい、蜘蛛の足を2本切り飛ばした。荒苦音は崩れる体で無理やり鎌を操作するが、また姿は消える。今度は跳躍して頭上を取った響。
「はあっ!」
「ぐぅ!ガキぃ!」
空中で回転斬りを繰り出し、上半身の左腕を切り飛ばした。荒苦音は痛みに悶えながらも手足を再生させていく。
三度響は襲いかかるが、荒苦音が鎌の炎と毒液を大量に撒き散らした事で一旦後退する。
「もう許さない!全力で纏めて殺す!」
全身に炎を纏う荒苦音。それは振りかぶった鎌にゆっくりと集まっていく。すると炎は巨大な鎌になった。
「死ねぇ!『灼熱焦炎之鎌』!」
豪炎の鎌が振り下ろされる。
「『焔大太刀』」
瞬時に巨大な炎の刃を形作り、鎌を受け止める。辺りに衝撃と熱風が吹き荒れ、建物を破壊していく。少女はその様子をビクともしない結界の中で見守る。
「ば、馬鹿な!こんなに早く!?」
荒苦音は自身の最大火力に拮抗する力を響が一瞬にして繰り出した事に驚愕している。だがそれを打ち砕こうと鎌に力を込める。
「死ねぇぇぇ!」
激しく鍔迫り合った後、炎の鎌と刃は互いに崩れる。辺りに火の粉と土煙が舞う。その中で荒苦音はほくそ笑んだ。
そして蜘蛛の下半身の尻から炎を吹き出し、勢いよく飛び出した。
(私の奥の手!『疾駆疾蜘蛛』!最大火力を防いだ奴は今までもいた!でもその後の高速奇襲と毒牙を生き残った者はいない!)
「死ねオラー!」
大技を使って無防備な響に荒苦音の毒牙が迫る。だが……。
「は?」
荒苦音の体は縦に斬り裂かれるのだった。
響の愛刀……咒装『加具土命丸』。刻まれた術式は炎の放出。
刃に纏える上、離れた敵にも攻撃出来る優れもの。これにより、響は加具土命丸の生む炎と自身の炎を加える事で迅速で強力な火力を出せるようになった。
そしてもう1つ……熱の内包。刃は炎を放出する度にその熱の3割程をその刃に宿す。それを繰り返す事によって刃は赤く輝き、強力な力となる。
響の炎を受け止めて来た刀は、響の力を最も引き出す咒装となった。
その炎熱の刃が荒苦音を斬り裂いたのだ。
(クソ!クソっ!縦に切られた!上半身がやられても下半身の分体があったのにぃ!)
荒苦音にもまだ秘策はあった。それは肉体の能力だ。上半身と下半身、どちらかが破壊されても片方を本体にできるのだ。
だがそれも縦に斬られた事で意味をなさない。傲慢な蜘蛛女は力の全てを見せることも叶わず、塵となって消えるのだった。
響は周囲に『影』が居ないことを察して加具土命丸の熱を徐々に放出、冷ましてから刃を鞘に収める。そして少女の元まで戻り、結界を解く。
怪我も完治できたようで響は胸を撫で下ろす。
「もう大丈夫だ。立てるか?」
「うん、ありがとう……!君、すっごく強いんだね?ボクびっくりしちゃったよ!」
響の手を嬉しそうに握る少女。真っ直ぐな言葉とその柔らかな笑みに響は少し照れる。
「あんた、陰陽師?でも総監部所属には見えないが……」
「ああ、ボクは在野の陰陽師だよ。総監部には所属しない、所謂フリーランスってやつさ!」
陰陽師には陰陽総監部に所属し国から依頼を受ける公務員と、依頼を自身で受諾する在野の者がいるのだ。
「なるほど……」
「あ、まだ名乗ってなかったね!ボクは常磐久遠!よろしく響くん!」
「ああ、よろしく。久遠」
2人は丁寧に挨拶を交わす。すると久遠は何かを思い出したように焦り出す。
「あ、そうだ!陰陽総監部に知り合いが居てさ?無茶するとすっごく怒られるの!だからあたしが今日ここに居た事は黙ってて!お願い!」
手を合わせ、必死に頭を下げる少女。
「お願いだよ〜!ほら、これ連絡先!今度お礼するから!この通り!」
「お、おう……分かった……」
名刺を手渡される響。そのあまりに必死な様子に思わず承諾してしまうのだった。
「口だけってのも味気ないし、指切りしよ?」
「ん……」
久遠の差し出した小指に響は小指を絡ませ、指切りをした。そうしていると、そこに1人の男性が現れた。
「久遠、探したぞ」
「あ!長久!」
銀髪で長身、白のスーツに身を包んだ20代ぐらいの男性がいた。長久と呼ばれる男は久遠を見つけてホッとした顔をする。
「紹介するよ!彼は不磨長久!ボクの陰陽師活動を手伝ってくれる従者的な存在だよ!」
「どうも。見たところ久遠がお世話になったみたいだ。申し訳ない」
「いえいえ」
丁寧に頭を下げる長久。それに響も会釈する。
「取り敢えず保護者?が見つかって良かった。気をつけて帰ってな」
「ちょっと!長久は保護者じゃないよー!」
「いや、その認識は殆ど間違ってない。いつも無茶するからな。だいたい今日も突っ走って孤立した所を狙われただろう」
「あーっ!うるさいうるさい!もう行くよ!ほら!」
子供扱いに憤慨する久遠。まるでお転婆なお嬢様と執事のようで響は少し面白く感じる。
「あ、響くん。今日はありがと!じゃあボク行くね?真っ直ぐ現世に帰るから安心して!」
「ああ、じゃあな久遠。長久さんもお疲れ様です」
「労いの言葉痛み入る」
「またね響くん!」
久遠は長久を引き連れ元気そうな足取りで夜の町を行くのだった。響もまた来た道を戻り部隊に合流した。そして約束通り久遠達の事は伏せ、『影人』を撃破した事だけを報告するのだった。
こうしてまた1つ出会いを果たした響。それが響を事件へと巻き込む事になろうとは……響自身は夢にも思わないのだった。
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