第131話 夏季休暇最後は夜の花を
旅行2日目。
昨日に引き続き休暇を堪能する天陽院一同。午前中は辺りを散策したり、気になったお土産を買ったりする。そしてお昼からはまた海で遊び、午後5時には引き上げるのだった。
そして本日のメインイベント……夏祭りへの準備をするのだった。
日も暮れ始め、橙色と藍色のグラデーションがかった空が美しい時間。茹だるような暑さであったが、この時間では少し涼し気な空気が満ちて過ごしやすい。
大人組はどうやらここに親交の深い人物がいるようで、その人が営む屋台の手伝いをするらしい。だから祭りは学生らで回る事になるようだ。
広場の隅ではパーカーやTシャツのラフな私服の響、秋、臣也が居る。3人は待ち人をまだかまだかと待っていた。数分後、遂に待ち人達は現れる。
「あっ!響くん達みっけ!おーい!」
響達を見つける否や声を上げる少女。毛先が桃色の金髪や尻尾を揺らして駆け寄る声の主は陽那だ。いつものサイドテール、白い生地に白い帯、浴衣には黄色のつるバラの柄が入っており爽やかな印象を持つ。
「お待たせ」
空は黒とネイビーのインナーカラーの長髪を結っており後ろからならうなじがよく見えるだろう。黒の生地に青いキキョウの柄が入った浴衣と合わさってよく似合っている。
「3人だったけど早めに着付けできて良かったわ」
文香は灰色の生地に白百合の柄。銀髪も緩く結っており大人っぽい雰囲気は健在だ。
3人共水着では髪色と対照的な色にしていたが、浴衣は髪に寄せているスタイルだ。
「浴衣も似合ってるな」
「でしょ?あたしが選んで〜、空ちゃんと一緒に文香さんに着付けて貰ったんだ♪」
「私は買い物に付き添っただけだったけど……ありがとうございます」
「いいのよこれぐらい。役に立てて良かったわ」
楽しそうに話す女子3人。それを見ているだけで華があり、微笑ましく思う響。
臣也と秋はそれを少し離れた所で眺める。
「いやぁ〜空ちゃん陽那ちゃん似合ってんな〜?秋はどっちが好み?」
「どっちも似合ってるじゃダメですか?ていうか文香さんは……?」
「ほら、普段のあたりの強さを見てると素直に褒めにくいっていうか?」
首を傾げる秋に臣也は笑いながら言う。それが逆鱗に触れるとは思っていない顔だ。
「聞こえてるわよ?モテたいならよーく見てちゃんと褒める事ね」
「いたたたっ!似合ってる!似合ってるから!あぁーっ!目が乾くぅーっ!」
笑顔だが目が笑っていない文香。臣也の目を両手で開かせ閉じないようにする。悶え苦しむ臣也を見て皆は呆れつつ笑うのだった。
そんなやり取りを経て合流した一行は各々花火の時間まで屋台を回る。
「射的!やりたいやりたい!」
「お、いいな。勝負するか?」
「もっちろんよぉ!陽那ちゃん負けないから!」
意気揚々と射的の屋台へ並ぶ響と陽那。一喜一憂する先客たちを見てイメージトレーニングを繰り返していると、いよいよ2人の番が回ってくる。
「とりゃっ!あっ!なぁんでよぉ〜!ぐぬぬ……!」
中々命中しない陽那。放出型の陽那でも射的の銃では勝手が違うらしい。
「お、当たった」
「嘘ぉ!?なんでなんで〜?」
テンポ良く当てていく彼とは対照的に陽那は悉く弾を外していく。
「もうこれ最後!わぁ〜ん!絶対当たらないよぉ〜!」
最後の1発を装填した陽那は不安そうに的を狙うが、中々引き金を引けないでいる。それを店主は微笑ましそうに眺めていた。陽那を見かねて彼は陽那の後ろに周ってその手に触れる。
「陽那、もう少し腋締めな?ほら」
「うわぁっ!びっくりしたぁ……手伝ってくれるのぉ?」
「おう。銃口を的の2cmぐらい上にして……いい感じ、撃ってみな?」
「えいっ!……あっ!やったやった!当たった〜!倒したよ!」
弾は綺麗な放物線を描き、的に見事命中して倒したのだった。陽那は勝負の事も忘れてご機嫌になり、軽やかな足取りで屋台を後にする。
「ありがとぉ〜!好きなお菓子なのこれ!」
「良かったな陽那」
「うん!いや〜さっすが響くん!刀印を銃にしたりしてるもんね」
「まあな」
その後も屋台を回る2人。食べ歩きしていると空と文香を見つける。
「あ、空と文香さんだ」
「響くんと陽那ちゃん」
空と文香はヨーヨー釣りに励んでいた。ちょうど文香は水風船を釣り上げる。残るは空。彼女が狙うのは赤の水風船。慎重に糸を垂らし、紐に近づけていく。そして……。
「っ!やったぁ!」
見事、お目当てのものを釣り上げるのだった。
「見て!取れたよ響くん!」
「見てたよ。ナイス」
「えへへ♪ありがとう!」
無邪気に見せてくる空に響は微笑みが漏れる。
「でもなんで赤なの〜?」
「確かに……空ちゃんは青が好きだからそっちを取るのかと思ったわ」
「えっ!?そ、それは……」
陽那と文香が首を傾げて問いかける。空は何故か焦ったように視線をあちらこちらに向ける。そしてその視線は響に向けられ、赤く頬を染めた。
「ん?」
「あ、いや……たまには別の色もいいかな〜って?」
「ああ、なるほどな」
(よ、良かった。響くんの好きな色だから……なんて言えないよ……)
響には視線の意味が伝わらなかったが、空は内心ホッと胸を撫で下ろすのだった。
その後は合流したりまた別れたりを自由に繰り返し、焼きそば、リンゴ飴にわたあめ、ベビーカステラ等を買い歩き楽しげに時間を過ごす一同。
そして今は椅子に腰掛け休憩してた。響の横には陽那が座る。
「楽しいねぇ……本当は澄歌ちゃんとか学園組とも来たかったんだけどねぇ……」
生憎と休みが合わず、旅行には来れなかった事を悔やむ陽那。
「そうだな。でもま、一緒にどっか行く機会ならまた来るだろ」
「うん、そうだね。それじゃあ今日は天陽院組で楽しもう!」
「あぁ、そうしよう」
微笑んで頷き合う2人。そこにパンッという音が響いた。空や秋達も一斉に音の方に視線を向ける。笛のような音の後、轟音と共に空に光の花が咲いた。
「わっ!始まった!」
本日のメインイベントである打ち上げ花火が始まったのだった。
「花火綺麗だねぇ〜!」
「そうだな……本当に綺麗だ……」
軽快な音を響かせながら光球が打ち上げられ、それが頂点に達すると大輪の花が咲く。それを何度も繰り返し、空に広がる黒いキャンパスは華やかに彩られていく。
皆はそれを仰ぐように眺める。そんな中、響は横から視線を感じた。
「ん?陽那どした?」
「いやぁ……?綺麗なのは花火だけかなぁって思ったりしてぇ〜?」
「ん?……ああ、えと……陽那も綺麗……って事か?」
陽那のイタズラっぽい問いかけに、それっぽい回答をする響。
「そうそう♪でもそこは言い切ってよ〜!」
「そりゃすまなかった。ほら、見逃すぞ」
「うん!見る!」
そんなやり取りをしてまた空に咲く花を眺める。その綺麗な空を眺めて陽那は心が昂る。だから……そのせいかもしれない。
「ねぇ……響くん?あたし、君の事……」
そこから先の4文字は轟音で掻き消える。
「なんか言ったか?」
「……ううん、なんでもない」
そう言って陽那は空を見上げ、響も首を傾げた後また花火を見るのだった。
(これは……もう少しとっておこう……)
数十分後、花火はいよいよクライマックスだ。より一層激しく打ち上がる花火。その光のショーは夏の夜空を美しい極彩色に染め上げたのだった。
そうして祭りはフィナーレを迎える。天陽院一同は自分達が確かに守った尊い日常、その中の特別な夏の思い出を胸に刻むのだった。
そしてこの日常の思い出がきっと、響達陰陽師の険しい道を明るく照らすのだろう。
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