第128話 決戦を終えて
響と空の脱出と時を同じくして、『影』残党を壊滅させた報が2人にも伝えられる。
「終わったんだな……」
「うん……終わったんだね」
2人はその余韻を噛み締めながら帰還を果たす。
神社付近では負傷者の救助が行われており、陰陽師達は慌ただしく動いていた。そんな中、陽那は帰還した響と空を見つけて駆け寄ってくる。
「響くん!空ちゃん!」
「わっ!陽那ちゃん!」
陽那は勢いよく空に抱きつく。
「陽那ちゃん大変!傷の手当を……!」
「空ちゃんもだよ!でも、良かった……!良かったよぉ〜!」
お互いに涙を貯めて無事を喜んだ。それを響は微笑ましそうに眺める。
「ほら、2人とも医務室行くよ!」
「ああ」
「うん!」
神社の大広間。医務室として扱われているそこでは多くの負傷者が順番に治療を受けていた。
死亡した者も多い。決して無傷での勝利では無かったと分かる。その事に表情を曇らせている響。その時、見知った顔が視界に入った。
「あ、秋」
「響、陽那と空も……無事で良かったよ」
「ああ、そっちもな」
穏やかに微笑む秋。更にそこに走りよる人物が1人。秋と同じ金髪をボブカットにした澄歌だ。
「お兄様!怪我は如何ですか!?」
「もう治して貰ったよ。でも治ってるか分からないのに飛び込んでくるのはやめてほしいな」
「す、すみません!無事なのが嬉しすぎてつい……」
「相変わらずだな……でも元気そうでなによりだ」
響は兄妹2人のいつも通りのやり取りで安心する。こうして守られたものもあるんだと響は実感し、少し心が軽くなった。
「空、俺らも早いとこ治してもらおう」
「そうだね。響くん」
2人は並んで雛宮先生の元まで行き、傷を癒して貰うのだった。
完治した響は医務室を出て外に出る。枯山水が美しい庭園だった荒れた場所に立ち、自分達を見下ろす怪しい月を眺める。
まだ大門の耐久というリミットの問題はあるものの、直近の脅威は去った。
陰陽師は総力を上げて戦い未来を勝ち取った。その事実だけは絶対に変わらないものだった。
そしてまだまだある諸々の問題も、陰陽師達ならきっと何とか出来ると信じる響であった。
数日後。
「フゥ……」
悠は天陽院の執務室に居た。今しがた報告書などの作業が片付き、椅子にもたれ掛かって休憩を始めたところだ。
天井を見て物思いにふける。思い出すのは緋苑を倒した直後の事だ。
天則結界内……御殿や剣、荒野など全てが白い粒子になって消えていく。悠は影世界に戻って来たのだ。
緋苑の遺体を寝かせ、目を閉じさせる。
「……」
立ち上がり一瞥するが、様々な感情が渦巻き何も言葉が出てこない。そこに報告が入る。
「5柱目を破壊……!流石だな」
戦況が有利に傾いた事を伝えられ、喜ぶ悠。自身も緋苑の撃破を報告しようとスマホを取り出そうとするが……。
「っ!」
強大な気配に振り返る。すると、白い肌の『影人』が居た。黒の長髪、黒の着物……そして金の帯や冠を纏った高貴な雰囲気の女性。
その懐には遺体の緋苑を抱えていた。
(いつの間に……!)
「誰だ!」
悠は宙に浮く彼女を睨む。交錯する両者の視線。すると女性は口を開いた。
「妾は暗翳十二将が1人、太裳」
「なっ!」
暗翳十二将……元安倍晴明の式神の十二天将にして、現在は最強の『影』の集団だ。
(動き出したのは知っていたが、天陽十二将が抑えていた筈……なら何故、暗翳十二将がここに!?)
悠の背に冷や汗が伝う。天則結界や式神同化など奥義の使用後は陰陽術の能力が落ちる。
奥義発動には膨大な陽力が必要。故に陽力炉心はその陽力を賄う為に限界以上に力を出す。その為、発動後は陽力を生む出力が大きく落ちる。
出力が落ちれば質も落ち、本来のパフォーマンスを出すには通常の数倍は陽力を消費する。加えて脳にも負担がかかり想像力も落ちて高度な術が使用できなくなる。
今、悠はこの上なく不利な状況であるのだ。
「なるほど……其方がこの男の言っていた友人か」
「……俺を知ってるのか?」
「ああ、来朱緋苑との盟約でな。自分が死んだ場合の後を妾に託したのだ」
恐らく緋苑が暗翳十二将を動かすようにしていたと考える悠。だから太裳が語る事も納得する。
「何をするつもりだ」
「無論、こやつの悲願……そして妾達の悲願である、四神の解放よ」
緋苑の遺体が宙に浮く。太裳は刀印を結び、陰力を滾らせる。やがてそれは緋苑の遺体を包み込む。
悠は初めての術で詳細は検討も付かない。様子を見る悠を見下ろし太裳は続ける。
すると、太裳の周囲に4つの光が生まれる。赤、黒、青、白。
「さあ、還り給え」
太裳が言霊を告げると、緋苑の遺体が黒く染まり、陰力と溶けていく。そしてそれは4つの輝きの元へ向かい、人型を形作った。
「それは……四神!?」
人の姿をしているが、『影人』特有の黒い紋様や翼や鱗など各四神の特徴を持っている。
つまり、『影人』として四神が蘇ったのだ。
「おかえり、我が同胞よ」
太裳は穏やかな目で彼らを眺めていた。やがて表情を元に戻し、悠に告げる。
「来朱緋苑の盟約はまだある。四神を解放した場合、お主らを見逃す事」
「っ!緋苑が……!?」
「そうだ……故に、さらばだ。次に会う時は『影』と人……心せよ」
そう言って四神を連れて太裳はその場を去るのだった。
「四神は『影』として復活……か」
新たなる脅威に陰陽師は晒される事だろう。だが、悲観してばかりでは無い。四神が一度陰陽師側になったと言うことは、一度倒していると言うこと。
年々陰陽師達の技術は高まり、その平均の力は全盛期である平安時代のものと近づいてきている。
ならば……また力を合わせればきっと……。
悠は希望を胸に、激務から開放された時間を仮眠に使うのだった。
次の日の朝。
昨夜まで響は治癒してすぐ現世に戻り、そちらの医務室の寝泊まりした。そして今日寮へと戻って来ていた。
「あ、響くん」
廊下でバッタリと空に出会った。昼まで寝ていた響と違って空は朝に目覚め、一足先に寮に戻っていたのだ。
「空。怪我はもう大丈夫か?」
「うん、私も雛宮先生のちゃんと治癒して貰ったし……って、響くんの方が重症だったでしょ?」
「それもそうだな。お互い元気そうで良かった」
「もう、すぐ人の心配優先するんだから……そういう所は良いとこだけど、もっと……」
「ごめんごめん。分かったから、機嫌直してくれよ」
呆れてため息をつく空。響は平謝りして彼女を宥める。
「別に怒ってないよ。それより……」
「ん?」
空は綺麗な黒髪の毛先を弄り、何か言いたげに響を見つめる。
「バタバタしててちゃんと言えてなかったから……お礼」
「ああ、んな事か」
それを聞いて響は律儀だな〜なんて思い気にしてない様子。だが空はそうでは無い。
「そんな事じゃないよ!……響くんが来てくれた時ね?安心したけど……また私のせいで傷ついちゃうって、辛くなったの……」
如羅戯の前に立ちはだかった響の事を思い浮かべる空。助けに来てくれたのは嬉しかった。しかし、その奥には自責の念があった事を述べる。
「でも、響くんなら負けないって……信じさせてくれたから。ボロボロになっても、立ち上がって……響くんは勝ってくれた。響くん、助けてくれて本当にありがとう」
言葉に深い深い感謝を込め、柔らかく微笑んだ。
「どういたしまして」
響もまた、自分が守った尊い存在を認め、その感謝に満たされて微笑む。
「でも、いつも言ってるだろ?辛い時はお互い様だってよ。またなんかあった時はいつだって助けてやる。だから俺がしんどい時は助けてくれ……な?」
「……うん!約束する!」
頷き、また笑い合う2人。その最中、空は逡巡する。
(……響くんは優しくて、強くて……本当に眩しいなぁ。そんな響くんだから、私は初めて出会った時から貴方の事が……)
空は、目の前の眩しい存在に思わず目を細める。そして……。
ゆっくりと歩み寄り、踵を浮かせて……その唇を重ねるのだった。
「え?」
柔らかい感触とほんのりと熱を感じる。響は目の前まで迫ったあどけない顔に目を丸くし、体は硬直する。
ゆっくりと唇が離れる。
「そ、空……?」
響は顔に灯る熱を感じながら、憂いを帯びた表情の空に問う。
「……えっ?あれ?あっ……〜〜〜っ!」
空もその頬を赤く染め、自分が無意識に行ったそれに気が付き、声にならない声を発するのだった。
「えと、その……!こ、これは違うの!?つい、というか!えーと、えーと……!愛……そう!親愛的な!?」
ワタワタと両手を動かし弁解する空。それに響もまた困惑する。
「と、兎に角違うからあああっ!」
空は踵を返して一目散に走り、自室に戻ってしまった。1人立ち尽くす響。
混乱する頭は時間が経って冷静に先程の事を処理する。だが、幾ら思い出しても生まれるのは頬の熱さ。
「な、なんだったんだ……」
(急に顔を寄せて……き、キス……したよな?)
口を覆い、柔らかいものが触れる感触を思い出し鼓動が早くなる。
「い、いや……親愛的なって言ってたし、海外にはそういう文化もあるらしいし……」
信じられない心と先程の空の言葉で納得する響。その真意は果たして……?
空は自室に入ってすぐにへたり込む。
(あああああああっ!やっちゃった!やっちゃったよおおお!)
その内心は決して穏やかでは無い。
(お、思わずキス……しちゃった……!まだ告白すらしてないのに!)
頭を抱え悶える空。何年も内に秘めていた想いを伝える前に行動してしまったのだから、そうなるのも仕方が無かった。
(だって、響くん。あんなに眩しくて……カッコよかったんだもん……)
響の顔を思い出し、唇に触れてさっきの感触を思い出す。鼓動がどうしようもなく早くなる。頬を染め、その熱に浮かされるように何度もあの瞬間を反芻する。
しかし時間が経てば冷静になると言うもの。
(どうしよう……どうしよどうしよどうしよおおおお!明日どんな顔で合えばいいの!?)
改めて自分のした事に悶え、明日からの生活を憂う。
(はぁ……今日はもうこれで……)
空は覚束無い足取りでベッドに入るのだった。
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