第106話 継承と解放
「晴明が死亡した時、その内に合った裏切りへの困惑、怒り、憎しみ……そう言った想いが式神として繋がる我らに流れて来た」
「そこが『影』の作った異空間だったからな。晴明が侵食される時、俺たち十二天将も侵食された」
「そして……晴明の怒りが影の侵食を助長し、私達は『影』に身を落とした」
「それが暗翳十二将……今現在の十二天将の姿じゃ」
朱雀、玄武、青龍、白虎がそれぞれ語っていく。緋苑はその真実に只々困惑していた。
しかし、同時に疑問が浮かんだ。
「だったら、今のアンタらはなんで陰陽師側に……? 影に侵食されたんじゃ……?」
それは四神を継承してきた家の人間として最もな疑問だった。それには朱雀と青龍が答える。
「それは、四神家の初代当主が暗翳十二将となった我らを倒した際、調伏扱いとなったからだ」
「彼らの強い陽力が、私達の内にある陰力を打ち消したのかもしれない」
「なるほど……」
緋苑は何となくだが納得した。
「それから俺達四神を対『影』の戦力として使うようになる」
「そして、術者が死んでも儂らだけは現世の家に戻り、引き継げるように高度な特定条件を組んで生まれたのが四神家じゃ」
玄武と白虎が続ける。これこそ四神家と継承の儀のシステムだったのだ。
「だが、それからは儂らにとって地獄であった」
「地獄……?」
白虎の言葉に首を傾げる緋苑。その理由はこれから語られる。
「我らは継承した術者の魂と密接に繋がる。特に戦闘中はな」
「十二神将と天陽十二家当主の関係と理屈は同じだ。俺達は戦う度にその時の術者の想いを感じて来た」
「それは勝利の愉悦のような華々しいばかりでは無い。痛み、苦しみ……怒り、憎しみ。私達はそれを共に味わったのだ」
「そして、儂らはかつての同胞……暗翳十二将とも幾度も戦った」
四神の語る通り、それぞれ強力な力を持っている四神家の当主は位階が高くなる。故に何度も過酷な戦場へと駆り出される。
そんな戦場での術者の苦痛や感情をその度に味わうのだ。例え式神という超常の存在であってもそれは辛いものとなる。
ましてや、かつての同胞と戦う事になる心は、緋苑には想像がつかなかった。
だが、それだけでは無かった。
「勿論、我ら四神はシステムにより死なないが……術者の死に際の感情も流れ込んでくる」
「それは、俺ら自身が死ぬのに等しい苦痛だ。それを……同胞の手により味わうのだ」
「っ!」
(そうだ、戦いの際の感情を共有するって事は、死ぬ時も同じ……共に戦って来た仲間と敵対し……殺される)
それはあまりにも残酷だ。式神が使い手を選べるとしても……その本質は調伏されて戦う以外の選択肢は無い。
それはまるで奴隷のようだと緋苑は感じた。
「で、ここからが本題だ。これはお前を選んだ理由でもある」
朱雀の言葉に緋苑は身構える。覚悟が決まっている様子を見て朱雀は続ける。
「我々は……もう耐えられないのだ」
「俺達は陰陽師に利用されてきた」
「私達は何百年と戦ってきた」
「かつての同胞とも戦い、死を疑似体験してきたのじゃ」
良いように使われ、暗翳十二将……かつての十二天将の仲間とも殺し合い、術者の死を自分の事のように体験してきた。
それを……只管に繰り返してきた。
「だから、我々はお前を選んだ。お前も陰陽師へ不信感があるのでは無いか?」
「それは……」
朱雀の言葉を受けて戸惑う緋苑。それは図星だった。
思い返すのは任務の日々。緋苑も第肆位の実力があるだけに過酷な任務を受けてきた。
その中で、杜撰な情報や位階の認定は何度かあった。
そして……神器護衛任務。
偽物の勾玉に、ソレ呼ばわりの一般人の久音。それらを知らされず、囮として使われた。
そして……久音も沙羅も失った。その果てに伝えられたのは任務成功の報だけだ。
次に思い浮かべたのは生まれ育った朱天家と他の四神家の事。『影』を倒し人を守るという同じ志を持つ陰陽師の家にも関わらず、口汚く罵りあい、家の権威や財産の所有権を重視する。
醜悪な姿。
そして……緋苑は父を自らの手で殺した事を知る。そうなったのも、元を辿れば朱天家と玄天家の醜い争いが発端だ。
(そんな場所に、価値はあるのか?)
「我らの願いはただ1つ。陰陽師の手より開放される事だ」
それは式神達からの切なる願いだ。
緋苑の答えはもう決まっていた。
「ああ、分かった。俺がお前らを解放してやる」
緋苑は己の道を決めるのだった。
緋苑の視界は壇上に戻る。壇上からは四神家の人間が緋苑を見ている。相変わらず、緋苑が他の人間を押しのけ四神に選ばれた事に納得のいかないような顔が広がっていた。
それを見下ろし、緋苑は告げる。
「朱雀、玄武、青龍、白虎……四神家の人間を殺せ」
緋苑の命により、四神が陰陽師達に相対する。
朱雀は羽ばたきその身から逆巻く炎を、玄武は甲羅より染み出した水で激流を、青龍は口から息吹を、白虎はその鋼鉄の爪から斬撃を飛ばす。
それにより、四神家の陰陽師は瞬く間に蹂躙されていく。陰陽術で抵抗する者も居るがまるで歯が立たない。
(力が欲しかった。理不尽に負けない……理不尽な力が)
「な、何をするぅ!」
玄天家の初老の男性が尻餅を着いたまま抗議する。その全身は震えており、それは声にも現れていた。
「力が手に入ったんだ。クズ共を蹂躙する……理不尽な力がな」
手を上げる緋苑。すると、その意を汲んだ玄武が尻尾となった蛇をもたげる。
「玄武で逝けるんだ。本望だろ?」
そう言って緋苑は手を振り下ろす。勢いよく襲いかかった蛇は男の胴体を噛みちぎってしまった。
そして他の生き残りも朱雀、青龍、白虎によって老若男女問わず1人残らず殺戮した。
「これでもう四神は継承されない。後は……時間をかけてアイツらと同じにしてやる」
「ああ、感謝する。朱天 緋苑」
「いや、違うね」
「……?」
緋苑の言葉に朱雀は首を傾げる。
「もう朱天じゃねぇ。そうだな……来朱……うん、今日から俺は来朱 緋苑だ」
「フッ……よろしく頼むぞ。来朱 緋苑」
こうして四神家を族滅させた緋苑は何処かに消えるのだった。
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