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第104話 残酷な真実を知る

 次の日、緋苑(ひえん)朱天(しゅてん)家へと足を運んだ。天陽院では寮生活なので、実家には数ヶ月ぶりに帰る事となった。


 そこで、実家に足を上げるや否や、何やら慌ただしい声が聞こえる。理由は容易に想像できた。当主が亡くなりてんやわんやという所だろう。


「集会の時間までまだあるな」


 緋苑は久方ぶりの実家の屋敷をゆっくりと歩いて回るのだった。訪れたのは庭園の見える縁側。そこは母との思い出の場所だった。


(よくここで色んな話をしてくれたっけ……)


 緋苑は瞼を閉じて記憶を思い起こす。


 緋苑の母は儚げな雰囲気の女性だった。緋苑が話しかけるといつでも優しく微笑みかけてくれた。しかし普段はあまり表情を変えないと子供ながらに思っていた。


 もっと言うと……寂しそうにも見えた。


 そして、緋苑には物心着いた時から父親が居なかった。だからある日の晩に緋苑は母に理由を問いかけてみた。


「どうして俺に父さんは居ないの?」

「父さんは居るわ。でも逢えないの」

「どうして?」

「父さんは……遠い所で頑張ってるから」


 緋苑の純粋な質問に母は少し困った顔をして答えた。緋苑は普段より一段と寂しそうに遠くを見るその瞳を覚えている。


「そっか……ねぇ?父さんはどんな人?」

「父さんはとても良い人よ。優しくて強くてカッコイイ人。私が辛かった時はその原因に本気で怒ってくれたり、嬉しい時は自分の事のように喜んでくれたわ。私の気持ちに寄り添ってくれる素敵な人よ」


 父の事を話す母は本当に嬉しそうに見えた。一つ一つ思い出を振り替えり語っていく。本当に一途に愛してるんだと子供ながらに緋苑は感じていた。


「まだ父さんとは逢えないけど、緋苑が大きくなったら……2人で一緒に会いに行きましょう?父さんも喜ぶわ」

「うん!」


 そうして緋苑と母は約束の指切りをした。緋苑は母をあんなに喜ばせる事ができる父に会いたいと強く思うようになった。


 そして……そんな風に成りたいと思った。


 その数年後に母は病に倒れた。実は母は何年も心を病んでおり、それが祟って体にも影響したのだと医者は言っていた。


 そして闘病虚しくも母は亡くなった。


 亡くなる直前に緋苑は母と会話をした。父についてだ。


「母さん……大丈夫?」

「大、丈夫よ……それ、より……父さんの事……貴方に言いたいの」


 声は枯れ、熱にうなされて苦しそうな母。だが懸命に言葉を紡ぐ。俺はそれに真剣に耳を傾けた。


「父さん……シュウヤって、名前なの……終わりに……夜って書いて終夜(しゅうや)

「終夜……」


 初めて聞く父の名前。不思議と聞き馴染みのあるような気がした。


「覚え、てる?一緒に会いに行くって……」

「うん、覚えてるよ。大きくなったら会いに行くって」

「そう、会いに行きましょう……絶対……」


 そう言った直後、母は大きくむせ返る。傍に居た医者に止められ、俺もまた日を改めるよう伝えられた。


「ごめん、ね……」


 部屋を出る直前に言われた言葉。何も悪い事をしていないのに、辛くて苦しい筈なのに謝る母の姿に緋苑は胸が張り裂けそうになった。


 次の日の早朝に母は亡くなり、約束は叶わなくなった。


 緋苑の意識はそこで現実へと引き戻される。


 緋苑は縁側の廊下を通り過ぎる。暫く歩いた所で、怒鳴り声が聞こえた。


(なんだようるせぇな……)


 緋苑は内心で悪態を着きつつ、文句の1つでも言ってやろうかと襖を開けた瞬間、驚くべき会話が耳に入った。


「そもそも!そっちの緋冴音(ひさね)とか言う女が誑かしたのだろう!」

「……は?」


 緋冴音(ひさね)は緋苑の母の名前だ。名前だけでなく、聞き捨てならない言葉に緋苑は動転する。


「おい!どういう事だ今の!」

「な、なんだお前は……!」

「兄さん!?」


 部屋に居たのは赤い着物を着た朱天家の古株の人間達。また、緋苑の従兄弟も居る。


 そして向かいに居るのは黒い和装に身を包んだ者達。四神家の1つである玄天(げんてん)家の人間だった。


 そして……両家の間の畳には布団が敷いてあり、そこには……先日の護衛任務で緋苑が戦った黒髪の男の遺体があった。


「な、なんで……そいつの遺体がここに!?」


 緋苑の疑問に玄天家の初老の男が答える。


「こいつは玄天家の人間でな。(うち)が所有する咒装(じゅそう)の幾つかを持って家を出おった。そしてこうして死んだから、持っていった咒装を返還されるべきと言っておるのだ」


 玄天家はわざわざ咒装の所有権を主張しに参ったという訳だ。それを聞いていた朱天家の者達の顔は不満が詰まっている。


 初老の男性は続ける。


「だがアンタら朱天家は、そっちの人間が倒したからと咒装を奪おうとしている。実に嘆かわしいわい!」

「撃破した『影』、人を問わず咒装を所持していた場合、その所有権は倒した術者にある!なればこの咒装の所有権はこちらにある!」

「しかし!そもそもこいつが駆け落ちしたのはそちらの……朱天緋冴音のせいであろうが!」

「駆け、落ち……?」


 緋苑は震えた声で聞き返す。


「そうだ!そいつら2人は両家の険悪な仲にも関わらず恋に落ちた。そして家を出ていったのだ。陰陽師総出で連れ戻したものの、浅ましい家と契るなど許されない事だ!」

「なんだとぉ!?」


 男の言葉に憤慨する朱天家の者達。だがそれに怯む事無く初老の男は続ける。


「それもこれもそちらの女が唆した事!なれば咒装の所有権を主張する権利なぞ無いわ!」

「いいや、そちらが唆したのだ!アンタらのような浅ましい血を継いだ男だ!そうに違いない!」


 汚い言葉で罵り会う両家。だが緋苑はまるでそれは耳に入らなかった。


(母さんが、恋に落ちていた男……?じゃあ、俺が倒した男は……)


 母の語った思い出、遺体の男が緋苑に刀を託し、長生きを願った事……。


 明かされた事実が一気に緋苑の中を駆け巡る。それらが数珠のように繋がり……そして今、真実を知る。


「父、さん……?」


(母さんが愛した人……母さんを愛した人……それを俺は……俺はこの手で……!)


「う、げぇっ……!」


 緋苑は込み上げて来た不快感を口からぶちまける。


「な、なんだ汚ぇな!お前んとこはこれだから!」

「なんだと!」

「何をやってるんだ兄さん!取り敢えず出よう!」

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 息を切らす緋苑は従弟に連れ添われながらその部屋を後にするのだった。




「全く、大事な会議に乗り込んで、何をやってるんだ兄さんは!僕は戻る!咒装は絶対家の物にする!クズの玄天家に1つだってくれてやるか!」


 従弟は激怒しながらまた両家の会議している部屋に戻るのだった。1人になった緋苑は縁側で休む。


 だが、何分経とうが一向に気分は晴れなかった。



 やがて集会の時間となり、朱天家は広間に集まっていた。当主代理として年配の男が挨拶をし、本題を一同に告げる。


「当主の死亡により、次の当主及び式神『朱雀(すざく)』を継ぐ者を決める必要がある」


 その言葉に何人かが喉を鳴らす。当主となれば朱雀を引き継ぎ強力な力と家の権力を握る事となる。


 ここに居る多くの陰陽師はそうなる為に幼い頃から鍛錬してきたのだ。


「その継承の儀を、今回は四神家合同で行う事とする。それがそれぞれの式神の意向だ」


 どよめきが走る。前代未聞の四神家当主の同時殉職。そして四神家合同の継承の儀など、歴史上ただの一度も無かった事だから当然だ。


 だが、それにも緋苑の表情は、心は動かされない。


 真実を知った緋苑は、ただ虚ろな瞳で全てを見ているのだった。

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