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第102話 打倒

 やがて爆発の衝撃が止む。辺りは破壊の後が生々しく残っている。


 緋苑達は軋む体をゆっくりと起こし、爆心地を見つめる。煙が晴れたそこには大きなクレーターと溶けた赤熱の地面、そして……生まれ落ちた『影人』が居るだけだった。


 久音の遺体も、沙羅の痕跡すら消え去っていた。


 強く歯を食いしばり、或いは拳を握る緋苑と悠。その内には目の前の『影人』への憎しみと殺意。そして何より……己の不甲斐なさへの怒りが灯っていた。


 そして一斉に刃を手に取り、地面を蹴って視線の先の『影人』へ斬りかかった。


「ああああっ!」

「うおおおっ!」


 左右から無数の剣撃を浴びせていく。だがその『影人』の肉体は強固で、全力で斬っても大したダメージが無い。


(なら!)


「『朱鶴霊剣(しゅかくれいけん)』!」

「『金剛護剣(こんごうごけん)』!」


 ありったけの陽力を込めて刃を強化する。


「「急急如律令!」」


 同時攻撃が炸裂した。


 しかし……。


「煩わ、しい……」


 どちらの刃も、左右の腕1本ずつで止められてしまった。


「『灼弾(しゃくだん)』」


 刃を掴む指先から赤い弾丸が放たれる。それは緋苑と悠に直撃した。


 2人は剣を手放し距離を取った。だがそれを許す『影人』では無い。


「返す……」


 短く呟き、2人が置いていった刃を投擲した。それは激しい回転を加えられて襲いかかる。


「クソっ!」

「ぐぅっ!」


 緋苑は左手の『霞烈(かれつ)』で受け、悠は盾を生み出しそれを何とか凌ぐ。だが瞬時に接近した『影人』の追撃によって吹き飛ばされ、2人は瞬く間に地面に倒れ伏す事となる。


(れ、レベルが……)

(違い、すぎる……!)


『影人』の中でも肆位と参位の差は大きい。故に位階で劣る緋苑と悠がこうなるのも自明の理だった。


(それでも……!俺はアイツを……!)


「許して、おけねぇんだよ!」


 緋苑は痛みに負けじと立ち上がる。


(絶対に沙羅の、久音さんの……)


「仇を、取る……!」


 悠もまた立ち上がる。その4つ並んだ眼には、目の前の存在への殺意が轟々と燃え盛っていた。


(格上のこいつを倒すには……)

(今の俺達以上の力を出す必要がある……!)


 2人の考えが一致する。


「緋苑……まず俺が行く。巻き込まねぇようにな。だが少しでも隙を作る。だからその時まで温存しろ」

「……分かった。絶対に倒すぞ」

「ああ」


 悠が前に出る。『影人』は動かない。余裕か、はたまた隙を付こうとしているのか……何を考えてるかも不明だった。


 だが悠にそれは関係ない。ただ自分の出来る全力を超えるのみ。


 悠は両手で刀印を結び、右手で五芒星を描く。


天則結界(てんそくけっかい)


 陽力が全身から溢れ、それは『影人』と悠を覆っていく。そして世界は変わる。


「『剣山刀樹(けんざんとうじゅ)』!」


 2人は曇天の下、御殿(ごてん)と壁によって円状に囲われた荒野に立っていた。


 そして……。


「ガッ!」


『影人』は地面から生えた無数の剣に貫かれた。無表情だったその顔は驚嘆に歪む。そして、その目は悠を見て更に見開かれる。


 その刃は術者である悠自身も貫いているからだ。


「ガァァッ!」


『影人』は困惑しながらも、その指から熱線を放った。しかし、それは見えない何かに遮られるように悠には届かない。


「な、ぜ……!?」


 悠は五芒星を宿した右眼でそれを見て笑う。


 天則結界(てんそくけっかい)──それは結界術の奥義。術者が想像した世界を結界内に具現化する術。その世界を創造した神として術者は天則という世界の法を設定する事ができる。


 悠が設定した天則は互いの絶対不可侵。それにより両者は拳も、武具も、術での攻撃も例外なく無力化される。


 だが、この世界そのものは例外だ。


「グアアっ!」

「ぐ、うぅ!」


 更に剣が突き出し、2人を貫いていく。今までまともにダメージを受けなかった『影人』は初めての大きな痛みに悶える。悠の自身も傷つくという覚悟が特定条件となり、刃は『影人』をも貫く力と化しているのだ。


(俺はどうなってもいい……!だからこいつを……!)


 次々に刃が突き刺さる。『影人』はそれに為す術は無かった。


 しかし……。


「っ!」


 結界が粒子となって消えていく。


(なんで……!)


 単純な話だ。どんな術でも術者が術を維持できない程のダメージを受ければ解除される。


 その上、初めての天則結界の発動。タダでさえ奥義で悠の肉体への負担は激しい事に加え、自傷ダメージを受け入れたのだ。


 こうなるのも仕方が無かった。


 結界は綻び、完全に消え去った。悠と『影人』は元居た神社跡に立っていた。そのまま悠は倒れる。陽力的にも、肉体的にも限界だ。対する『影人』は息を切らしながらも立っていた。


(クソ……!倒し切れなかった……!)


 歯を食いしばり、『影人』を睨む悠。悠は『影人』を倒せなかった。


 だが無駄では無い。


 悠の少し離れた場所。そこでは……朱鶴を傍に置いた緋苑が陽力を蜂起し、刀印を結んでいた。


 そして五芒星を描く。


「『式神同化』」


 呟くと共に五芒星が光り輝き、緋苑と朱鶴が光に包まれる。旋風が巻き起こり、周囲を土煙が覆い隠す。そして、土煙が晴れた時……そこには腕から赤い翼を生やした異形の姿の緋苑が現れた。


 次の瞬間、緋苑が『影人』の視界から消える。


「はあっ!」

「がっ!」


 次に現れたのは『影人』の目の前。そして緋苑の拳が顔面へ炸裂した。


 顎が砕かれ、大きく吹き飛ばされる『影人』。身を捩り、地面に足を付けて勢いを殺す。そこに、いつの間にか追いついた緋苑が『影人』の横っ面を蹴り飛ばす。


 木々を薙ぎ倒しながら進む『影人』。掌から炎を出し、勢いを殺し切り、逆に緋苑へ向かっていく。相対速度によりグングンと2人の距離が縮まっていく。


 ぶつかる寸前に緋苑は羽ばたき、頭上を取った。そのまま背中を殴り付け、地面に叩きつけた。


「おおおお!」

「ガァァァァッ!」


 連続で拳打を浴びせていく緋苑。その度に悲鳴が上がり、効いている事が分かる。『影人』は地面に術を放出し、その勢いで緋苑から逃れる。そのまま空中へ躍り出る。


「逃がさねぇ!」


 緋苑もまた腕の翼で羽ばたき、炎を放出し加速する。


 空中で何度もぶつかり合う2人。緋苑の方が空中戦において上を行く。その証拠に、『影人』は直線的な軌道に対して緋苑は曲がる、止まるなど翼を利用して細かな動きをしている。


『式神同化』……式神術の奥義であり、文字通り式神と肉体を同化し、その力を術者が得る強力な術だ。


 故に緋苑は式神『朱鶴』の力を引き継いでいる。翼を細かく操作して相手の攻撃を躱しつつ、反撃を決める。相手が防御に回ると様々な方向、タイミングから攻撃を浴びせている。


 だがここまで有利を取れているのは『式神同化』の恩恵だ。それも最長5分しか持たない上、緋苑自体の限界もある。


(術が続いてる間に殺す!)


「うらあああっ!」


 炎を纏った拳で連撃を浴びせ、最後の段の強力な一撃で吹き飛ばす。


 地面に叩きつけられた『影人』。その体は悠と緋苑によって無数の傷が付いており、動きも初めに比べて非常に鈍くなっている。


 あと一押しなのは明白だった。


 緋苑は右腕に炎を集中させる。空中から急降下を加えて加速させ、『影人』へ襲いかかる。


(終わらせる!)


 緋苑が『影人』へと迫ったその時……!


「『灼爆』」


『影人』を中心に赤い光が増幅し、また最初のような爆発を起こした。


 緋苑は至近距離でそれを受けたのだった。



 衝撃が収まった時、『影人』は勝ちを確信し口角上げる。


 しかし次の瞬間、土煙の中から緋苑が現れた。


「っ!」


 式神同化は術者と式神が一体化し、爆発的に戦闘能力を引き上げる式神術の奥義。


 その際、奥義により基礎能力は上昇し、1つになる事で得た式神の能力もまた強化される。


 今緋苑が同化してる式神『朱鶴』は炎を吸収する力を持っている。それが奥義により強化された事で、五行の火に属する術を吸収するまで引き上げられていた。


 それにより緋苑は『灼爆』を凌ぎ、逆にその炎を自らの力と変えたのだった。


「『鶴灼拳(かくしゃくけん)』!急急如律令!」


 豪炎を纏いし拳が『影人』の胸を貫いた。


「がはぁっ……!」


 青い鮮血を吐き出し、遂に『影人』は力尽きた。灰の如くその姿は消えていった。緋苑と悠の2人が、共に限界を超えて手にした勝利だった。


 そして式神同化が解け、緋苑は元の姿に戻る。


「はぁっ!はぁっ!うぐっ……!」


 勝利の余韻を味わう間もなく緋苑はその場に倒れ伏す。限界を超えて戦ったのだ。そうなるのも必然である。


 そして直ぐに意識は暗闇へと沈んでいくのだった。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

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