第101話 疼きと生誕
何とか危機を乗り越えた緋苑達。警戒しながら灘雪神社までの道を歩いたが、さっき迄と打って変わって妖の気配はとんと無かった。
自分を囲うように陣形を取る3人を久音は眺めていく。
(私と勾玉を守る為にあんなに傷ついて……それなのに、逆に気遣ってもくれる……本当に強くて優しい人達……)
自分と同い年ぐらいなのに、どれだけボロボロに傷つこうとも、陰陽師としての役目を立派に果たそうとする者達。彼らへより強く尊敬の念を抱く。
そうしていると、一行は神社へと辿り着いたのだった。
「着いたぜ」
「あ、本当ですね。結界もあります」
緋苑達は結界をくぐると、その身を暖かな空気が包み込んだ。妖を退ける結界の特徴だ。
一行の到着を感知してか、神主らしき人物が走り寄って来た。
「あ、貴方たちは……!?」
「えーと、実はですね……」
悠が代表して神主に手短に事情を話す。
「そうでしたか……分かりました、暫しお待ちを。治療とより強力な結界の準備をさせてきます」
神主はそう言って境内にトンボ帰りしていく。
「これで安心……ですよね?」
「……だな」
久音の不安そうな言葉に緋苑達が頷き同意する。それに久音は安堵の表情を浮かべる。
何日も何10kmも歩いた旅。道中は妖に襲われ……人間も立ち塞がった。それらを乗り越え、やっと安全な場所へ辿り着いたのだ。
(ホントに……これで終わりなんだ……)
久音が噛み締めるように心の内で想う。
そして、ずっと胸の内にしまっていた言葉を言う時が来た。
「緋苑さん、悠さん、沙羅さん」
呼び掛けた久音に3人は向き直る。久音は精一杯の感謝を込めて、その言葉を口にする。
「私、皆さんが護衛で良か……」
だが、その言葉は遮られる。
──疼き。
久音の腹部に大きな疼きが走る。
「え?」
それは何度も繰り返すように起こり、久音の鼓動のように段々と早くなる。
そして、それは苦痛となり体を駆け巡った。
「うっ!あ、あぁっ!」
「久音さん!」
膝から崩れ落ちた久音に沙羅が駆け寄る。そしてその原因を知る。久音の腹部。赤い和装の内から禍々しい紫の輝きが透けて見えた。
「これは……呪印!?」
その形もまた禍々しい。間違いなく呪いの類い。
(何時だ!?妖は、穢れは沙羅が祓った!なのに……!)
困惑しながらも緋苑が思考する。そして、1つの結論に辿り着く。
「まさか……体質が!?」
「っ!嘘……!?でも、なんで!?」
緋苑の言葉を聞いて驚愕する沙羅。だが急に体質由来の異常が現れた理由が分からない。
「まさか……寄生されたから?」
悠の口から言葉が漏れる。それは当たっていた。
布瑠の言は妖を祓い、滅する術。沙羅達が見たように、寄生していた土蜘蛛は祓われた。だが、それまでに寄生されて体質に与えられた影響は確かに存在していた。
そして……それは胎内で『影』を育てるのに十分であった。
「あぐっ!うあ、あああっ!」
一際苦しむ久音。その腹部は和装の上からでも分かる程膨らむ。
「沙羅!もう一度布瑠の言を!」
「っ!わ、分かったわ!2人は離れて!」
沙羅は腰のケースから護符を取り出し、10枚のそれを投げて久音を囲い込む。
そして刀印を結び、五芒星を描いた。
本来、奥義は膨大な陽力と想像力を扱う。そして陽力を引き出す為、陽力炉心へ多大な負荷をかける。故に日にそう何度も出せる術である訳では無い。
だが沙羅は、10枚の護符に術式と陽力の一部を分割させておくという符術の高等技術を用いている。故に、2回目を発動するリソースが辛うじてまだ残っていた。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
沙羅は必死の形相で一言一句力を込めて詠唱していく。
(ここまで来たんだ……!絶対に、絶対に久音さんを助ける!)
沙羅は心の内でそう強く想い、最後の詠唱を口にする。
「布留部由良由良止
布留部」
護符が眩く輝き、生まれた光の柱が久音を包み込む。
(頼む!久音……!)
緋苑は布瑠の言の光に目を細めながらも、祈りながら見つめていた。
だが、虚しくも、無慈悲にも……祈りは届かない。
「ああああああっ!!!」
布瑠の言の光はたちまち消え去り、久音の絶叫と共にその体を引き裂いて……黒き『影』が生まれ落ちた。
緋苑も、悠も、沙羅も……ただ唖然と、目を見開くだけだ。
──誤算。
布瑠の言は妖を祓う為の術式。月の霊力と人の負の想いによって生まれた妖は言わば人の穢れ……しかし『影』は違う。
影世界より現れ、ただ陽力を得る為に人を殺す。
『影』は人の穢れですらないのだ。
だから、『影』本体は一切の祓除術で祓えない。たとえ、それが奥義であったとしても。
生まれ落ちた『影』は人型……『影人』。
久音は過去4回『影』を産み落としている。
最初は拾壱、2回目は玖、3回目は漆、4回目は伍。
そして……今生まれたのが第参位。
今ここに居る最大戦力の1人……第肆位の緋苑以上の存在だ。
「『爆灼』」
そう呟いた『影人』の体を赤い光が包み込む。そしてそれは段々と大きくなっていく。
緋苑と悠はその恐ろしいまでの陰力を感じ取り、反射的に後退する。
「っ!おい!沙羅!」
だが沙羅は違う。
緋苑が叫んだ声も届いていないようで、呆然と立ち尽くす。その視線は久音の無惨な遺体に向けられていた。
『影人』の放つ光は更に増す。それが放たれるまで幾許も無かった。その刹那の時間、沙羅はただ己の無力と悔恨を想う。
(ごめん、ごめんね……久音さん。私、護るって約束したのに……)
「ごめんなさい……」
頬を雫が伝う。
その言葉を最後に……沙羅は禍々しくも眩い赤き光に呑まれるのだった。
辺りに激しい衝撃と轟音が響く。周囲の鳥居や石畳は溶け、木々は燃え付き、離れている神社ですらその形を崩していく。
緋苑と悠は離れて防御を取ったにも関わらず、その場から大きく吹き飛ばされたのだった。
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