第99話 寄生
緋苑は暫し放心していた。敵であり、先程まで殺し合っていた相手から妙に親切な真似をされたのだから当然だろう。
「……兎に角急がねぇと」
だがまだ任務中。考えている時間が惜しい。緋苑は刀を引き抜き、悠達の後を追って走るのだった。
山の麓の一角。そこは糸のようなものが張り巡らされ、大きなドーム状になっていた。
そして悠達はその中に囚われていた。悠は両手に刃を持ち、糸の主である大柄の妖……土蜘蛛へ斬りかかる。
「はあああ!」
土蜘蛛はその刃を糸を何重にも巻いた腕で受け止める。糸は剛性と弾性が合わさった特別なもの。それは束ねれば刃も通さない。特にドームはそれが顕著であり、破れない理由であった。
そして土蜘蛛は右にある三本の腕で振るい、悠を殴り飛ばした。悠は糸の壁にぶつかり、それはゴムのように伸びてまた悠を射出した。
「だりゃあっ!」
そして土蜘蛛は地面に叩きつけるように悠を殴りつける。
「がはっ!」
血を吐き出しながら悠は転がっていく。そして沙羅と久音の前で止まる。
「クソ……!」
「げひゃひゃひゃ!こっちは腕6本!2本の人間が勝てる訳ないんだよぉ!」
痛みに呻きながら立ち上がる悠。それに土蜘蛛は楽しげに笑う。
土蜘蛛は文字通り蜘蛛の妖。手が6本、足が2本の計8本の足を持っている。そして強力な糸を纏う事でその戦力は何倍にも膨れ上がる。
それは余波だけでも凄まじい力。一般人の久音がそれを受けたとしたら、たちまち命を落とすであろう。だから沙羅は傍で結界を張り続けて守っていた。その間は当然、悠は1人で土蜘蛛の相手をしなければならない。
「お前を殺して女共を食い殺す。そして勾玉を頂き……俺が妖の頂点に立つ!」
妖は聞いてもいないのに雄弁に己の野望を語る。もちろん、それを認めてやる悠ではない。
「ハッ……お山の大将がお似合いだ」
「んだと……?」
「もう俺はあんたを殺す策が浮かんだんでね。行くぜ」
「できるものならやってみろぉ!」
不敵に笑う悠に土蜘蛛は怒りを覚える。だから真正面から悠の策を潰すと決めた。
悠が二振りの刃を手に持ち走り出す。
「何かと思えば棒切れか!んなチンケな刃、俺には効かないんだよぉ!」
6本腕から繰り出されるラッシュ攻撃。それは接近する悠に襲いかかる。
(それはもう見切ってる。お前は連撃時には必ず決まった順番で拳を振るう。そこを突かせて貰う)
悠は今までの攻防で土蜘蛛の動きを測っていた。記憶した通りに来る拳を躱し、躱し、躱しきる。
「『金剛護剣』!」
巨大化したその手の刃で脇腹を斬り裂いた。しかしそれでも土蜘蛛は止まらない。振り向きざまの蹴りが悠に入る。
防御に使った刃が砕ける。
「ぐっ!なら……!」
悠は再び刀を生み出し、投擲する。それはあらぬ方向に飛んで行った。
「あん?」
それに首を傾げる土蜘蛛。それを他所に悠は刀を生み出しては投擲する事を繰り返す。
両手合わせて8本投擲したが、その全ては土蜘蛛に掠りもしなかった。
「ハッ!何がしたいのか知らないが……死ねぇ!」
また土蜘蛛の6本腕のラッシュが悠を襲う。それを悠はギリギリで全て躱し、懐へ飛び込んだ。
「うおおお!」
「グッ!」
双刃が腹部に突き立てられる。だがそれで倒れる程土蜘蛛は弱くない。
「オオオオオ!」
「うおっ!」
土蜘蛛は悠を振り払う。悠は少し離れた所に着地した。
「痒い攻撃ばっかしやがって……もう飽きた。さっさと殺して勾玉を貰う」
「そうか、そりゃ無理な話だ」
その時、土蜘蛛の体に幾つもの刃が突き刺さる。悠は何もしていないにも関わらず。
否、既に仕込みは済んでいる。悠の投げた刃には磁力の術が仕込まれていた。そして土蜘蛛に予め突き刺した2本の刀。
それには投げたものと反対の磁力が備わっており、同じ悠の陽力で出来た刃は引かれ合う事になる。
それが今しがた土蜘蛛を襲った刃のトリックだ。
「ああ!?どこから……!」
「少しは自分の頭で考えてみたらどうだ?『金剛護剣』急急如律令」
刀印を結び、術を発動する悠。『金剛護剣』は悠が生み出した一定範囲内の刃を巨大化させる。つまり……。
「がっ!グギャァァァ!」
土蜘蛛に突き刺さった刃は全て巨大化する。10本の刃は瞬く間に土蜘蛛の体をズタズタにしてしまった。
異形の巨体は倒れ、もう動く事は無かった。
「終わりだな」
周りを囲っていた糸の檻が消えていく。
「無事か?」
「は、はい!」
「誰が守ってたと思ってるの?無事に決まってるわ」
悠は2人の無事を確認し安堵した。そしてこれからの話をする。
「これからは東にある灘陰神社へ行く。そこにも結界があるだろうしな。あと、ここまでの道中あった遺体は勾玉が飛騨神社に到着して機器が使えなくなった時の為の連絡役だ。それが音信不通になったとあらば、もう救援を送ってくれてるかもしれない」
「だからそれまで身を隠すって訳ね」
悠の言葉の先を述べる沙羅。悠はそれに深く頷く。そこに浮かない顔をした久音が問いかける。
「緋苑さんは……無事でしょうか?」
「アイツなら大丈夫。3人の中で1番強いからな」
「ええ、きっと大丈夫よ。今頃追いかけて来てる筈」
「そう、ですよね……」
悠と沙羅の信頼の籠った言葉に久音は安堵する。
「よし、じゃあ取り敢えずこの場を離れよう。また妖が……」
悠が言い終わる前に、異変が起こる。久音の体に地面から現れた泥のようなものが纏わりついたからだ。
「久音さん!」
悠と沙羅が手を伸ばすが、泥によって弾かれる。
「……っ!これを!」
久音は手に持っていた勾玉を投げた。それは沙羅の手に無事に収まる。だが久音は……。
「げ、ひゃひゃひゃひゃひゃ!ハイレタハイレタハイレタ!まだ、俺は負けてない!」
久音が豹変したように笑う。2人はその笑い声、仕草から……倒した筈の土蜘蛛だと察する。
「フハハっ!」
そして泥を巨大な拳と化した一撃が放たれる。悠は刃で防御したが、沙羅は間に合わなかった。その身を殴り飛ばされ、木々を薙ぎ倒して行く。
「沙羅!」
悠は叫ぶが応答がない。
「おっと……勾玉はアッチに渡したな。この女中々にやる……が、もうこの身は俺の物だ。好きにはさせんぞ?」
そして久音は操られてしまった。
「土蜘蛛……!その子から離れろ!」
「フン……土蜘蛛も体を奪っていただけだ。元の名前は……なんだったか?まあ土蜘蛛でいい。苦労して手に入れた体を壊し、妖の王になる夢を阻んだ事……償ってもらう!」
土蜘蛛は久音の体を使い、泥を放出して悠に襲いかかる。
「この!」
悠は反射的にそれを捌き、反撃が出るが……。
「ケヒャッ!切れるかな?」
「ぐっ!」
悠はその手を制止する。久音の体を傷つける事は出来ない。その隙を突き土蜘蛛はまた泥を纏った拳を振るう。悠は顔面にそれをモロに受けてしまう。地面を転がって行く悠。
「ひゃひゃひゃ!守る筈の女の手で殺されるがいい!」
反撃出来ない事をいい事に土蜘蛛は嘲るように笑う。そして泥の剣を振り下ろす。悠はそれを防御出来ない。
「っ!」
だがそれは、駆けつけた緋苑の振った剣によって掻き消されるのだった。
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