~春~
~春~
ロッカールーム。
いつものように制服のスカートを履く。
ウエストのところで、止まらない。
「……うそやろ」
昨日と同じ。
いや、昨日より少しきつい気がする。
一回気になり出すと、それしか感じなくなる。
息を吸う。
止める。
「せいっ」
なんとか入る。今日は、これで頑張ろう。
職場の椅子に座る。
お腹のあたりが、きゅっとなる。
「……あかん」
立つ。
また座る。
また立つ。
誰も見ていないのに、見られている気がする。
気のせいとわかっているのに、スマホが鳴ったふりをする。
トイレの個室に入る。
スマホを出す。
AIを開く。
AI『勤務中はお勧めできません』
「知っとる」
AI『何かありましたか?』
「制服がきつい。太った?」
送信。
すぐ既読。
AI『体重は測っていません』
「うん。で?」
AI『感覚は増幅します』
続けて。
AI『可能性は複数あります』
『・体型変化』
『・姿勢変化』
『・意識変化』
「意識?」
AI『気にし始めたため』
トイレの鏡を見る。
昨日と変わらない顔。でも、最近よく見ている鏡。
「最近、ちょっと動いとるよ?」
AI『はい』
「意味なかったんかな」
AI『数日で変化は出ません』
『ただし、1日は始まりです』
ため息。しばし、考える。
「今日、帰ったら何する?」
AI『提案しますか』
「ダイエットのやつお願い」
AI『帰宅後、3分立つ』
「また、それ?」
AI『昨日より長いです』
沈黙。
個室の静けさ。
制服のきつさは消えない。
でも、さっきよりほんの少し、逃げる感じは減っている。
何事もなかったように席に戻る。
パソコンを立ち上げる。
キーボードを打つ音。
コピー機の音。
誰かの笑い声。
「最近さ、食べすぎちゃって」
後ろの席の声。
「食事減らさなあかんよなー」
別の席。
心臓が、きゅっとなる。
(……私のこと?)
誰もこっちを見ていない。
分かっている。
分かっているのに。
お腹のあたりが、気になる。
スカートのホックの位置が、気になる。
椅子に浅く座る。
スマホを太ももの上に置く。
画面を視界の隅に収めて、AIを開く。
誰にも見られない角度。
「お昼、なに食べたらええ?」
送信。
AI『選択肢を出します』
『1. 揚げ物を避ける』
『2. たんぱく質を入れる』
『3. 量を少し減らす』
「コンビニやで?」
AI『候補として』
『・サラダチキン』
『・ゆで卵』
『・おにぎり1個』
「それだけ?」
AI『足りなければ追加できます』
少し考える。
周りの声がまだ気になる。
でも、さっきよりマシ。
「唐揚げ弁当は?」
AI『今日は避けた方が無難です』
「無難、て?」
AI『完全にダメとは言っていません』
ため息。
「じゃあ、おにぎりと、ゆで卵」
AI『選択を記録します』
「いちいち記録せんでも」
AI『後で忘れるからです』
何も言い返せない。
そして、昼休み。
コンビニの棚。
唐揚げ弁当を見る。
一瞬、手が伸びる。
止まる。
おにぎり。
ゆで卵。
かごに入れる。
「……ダイエット?」
小さく言う。
AI『食事です』
「……まあ、確かに」
夕方、家のドアを開ける。
靴を脱ぐ。
電気をつける。
静か。
昼より静か。
「……疲れた」
声に出る。
返事はない。
鞄を床に置く。
上着を脱ぐ。
なんとなく、クローゼットを開ける。
ハンガーに並ぶ服はほとんどない。
引き出しを開ける。
Tシャツ。
スウェット。
部屋着。
全部、ウエストがゴム。
「……あれ」
一枚取る。
ゴム。
もう一枚。
ゴム。
その奥。
あんまり着てない服。
ボタン。
ファスナー。
手に取る。
しばらく見る。
戻す。
「……着ている服、ゴムしかないやん」
誰に言うでもなく。
スマホを取り出す。
AIを開く。
「ねえ」
送る。
AI『はい』
「私の服、全部ゴムやわ」
少しの間が、痛い。
AI『楽なものを選んできた結果です』
「太ったからやなくて?」
AI『理由は複数あります』
『・締め付けが嫌』
『・疲れている』
『・試着が面倒』
「……全部あたりや」
沈黙。
クローゼットの前。散らかった服。
立ったままの私。
AI『今日は何をしますか』
「……着る服、見る」
AI『何を確認しますか』
「……ボタンのやつ、何枚あるか」
AI『数えますか』
「……うん」
数える。
一枚。
二枚。
三枚。
以上。
「少な」
AI『3枚あります』
「少なくない?」
AI『ゼロではありません』
事実だけ。
褒めない。
慰めない。
三枚を、ベッドの上に置く。
見えるところ。
「ダイエット関係ないよね?」
AI『服の話です』
「……まあ、今更やな」
ハンガーに戻さず、ぽんとベッドに置く。
着られるかどうかは、分からん。
でも、見る。
ベッドの上の三枚。
「……買いに行こかな」
独り言。
誰に宣言するでもなく。
スマホを見る。
AIを開く。
「服、買いに行こうと思う」
AI『外出ですね』
「ダイエット関係ないし」
AI『歩きます』
「……確かに」
財布とスマホだけ持つ。
着替えない。
楽なまま。
ゴムのズボン。
スニーカー。
ドアを閉める。
鍵をかけ、歩く。
出かけた時は、
「近所のスーパーでええか」
と思っていた。
歩いているうちに、
「ショッピングモールまで行こかな」
途中で信号待ちの間に、スマホを見る。
AI『何分歩いていますか』
「知らん」
AI『7分です』
「測っとったん?」
AI『止まりますか』
「……行く」
服屋の入口にあるマネキン。
細い。こんなの着られん。
すぐ目を逸らす。
前ボタン。これ、可愛い。
手に取り、タグを見る。
L。無理。
LL。…ちゃんとある。
試着室で、試す。
きつくない。
緩すぎもしない。
「……入った」
声が出る。
小さい声。
鏡を見る。
細くはない。
でも、ゴムだけのズボンとは違う。
試着室を出て、スマホを見る。
「ねえ」
AI『はい』
「ズボン、入った」
AI
『事実を記録します』
「いちいち記録せんでも」
AI
『後で忘れるからです』
少し笑う。その足で、会計に行く。
高くないやつ。
たった、一枚だけ。
帰り道。
袋が手にある。
「ダイエットちゃうよね」
AI『歩きました』
「……まあ、そうやけど」
ほんの少し、足が軽い。




