ふにゃふにゃの方が美味しい?
ふにゃふにゃな方が美味しい。
そう思うことがある。
それにしてもふにゃふにゃ、と言うのは食べ物の中では『新鮮』の反対なのである。新鮮で瑞々しいものは、ぷりっ、と張り切って身が締まっている。
例えばイカ。
もう獲れたてのは、透き通っていて、食感もコリコリである。お刺し身も美味しいし、沖漬けはもちろん、塩辛によし、煮ても焼いても、最高である。
そのイカだが白くなった瞬間から、鮮度が落ちていく。身はふにゃふにゃになり、あまつさえ、内臓やイカ墨まで生臭くなる。冷凍などもってのほかである。
わたしは甘辛く煮るのが好きだが、これが一番鮮度が分かると思う。身がふにゃふにゃのイカは臭いのである。
しかし鯛。
もちろん新鮮が一番ではあるが、塩焼きの残りなどで鯛雑炊を作るとなると、これはくたくたに煮る方が美味しいのである。
ごはん粒が割れるほどくたくたに煮て、具もペースト状になるまで煮込んだ方が美味いと言ったのは、文豪の坂口安吾だったと思うが、この鯛も雑炊に限っては、皮も身もふにゃふにゃにとろかして融通無碍、これに溶き卵などを散らかして、食べたいのである。
これをやると、鍋の中で鯛は五百年前の沈没船みたいに朽ち果てて、スープには皮や骨から剥がれた肉片などがうろついてしまってはいるが、これらがもう、お粥に染み込んで、思わずしみじみしまうほど、鯛のエキスが混ざりあっている。このふにゃふにゃを賞味したいのである。
沢庵も寒干しパリパリが美味しいときもあるが、べったら漬けみたいに粕汁に溶けてとろりとしているものが食べたいときもあったりする。
その最たるものは、天ぷらであると思う。
天ぷら蕎麦を後載せサクサクにして食べるか、汁を吸ってふにゃふにゃになったコロモをかき混ぜて食べるか、と言うのは厳然と派閥が分かれると思うが、わたしはどちらも好きである。
滅多に行かないが、カウンターで職人さんが揚げてくれて、金網や敷紙の上へ載せてくれるような天ぷらはもう、油が切れないうちに食べたい。
気づいたら、口の中を火傷していても構わず、揚げたての衣から染みてくる、熱い油と素材のエキスを味わいたい。このサクサクジュワーこそ揚げたて天ぷらの頂点だと思う。
しかし、同じ店の天ぷらで天丼にするなら。甘辛のたれはたっぷりかけて欲しい。かき揚げも海老天もご飯と蒸かしてふにゃふにゃしんなりになったやつを、はふはふ食べたいのである。
ふにゃふにゃの食材が溶けているスープは美味い。
ふにゃふにゃこそは、食べ物のエッセンスそのものを抽出して美味しさにしてしまう、素晴らしい料理法なのではないか。
ちなみに、わたしが最も許せないふにゃふにゃは『銀杏』である。あれだけはもう、ふにゃふにゃになってしまったら、味も風味も抜けてしまう。
銀杏は香ばしい臭いがする一番新鮮なエメラルド色の粒を粗塩をふりかけて食べるのが、最高だ。