8話
手榴弾の爆風を背に感じながら、ハンドルを握る右腕にクロスさせる形で、サブマシンガンを構えた私は、すれ違いざま、メカトリケラの右後肢に対して、フルオートで弾丸を叩き込む。
でも――
「うげっ、効いて無いっぽい……」
――移動の要である四肢は、どうやらかなり分厚い装甲に守られているらしく、サブマシンガンの火力では、僅かなへこみを作るにとどまってしまった。
1ヶ所に何十発もブチ込めば、その内装甲も抜けるかもしれないけど、当然、大人しく撃たれ続けてくれるわけもなく――
「――やっぱ、バズーカかなぁ……」
背中に背負った、今私が持ってる最大火力に、チラリと視線を向けながら、尻尾の範囲を避けるように距離を取る。
そんな私と入れ替わるように、今度はカレルとジーナを乗せたジープが距離を詰め、手榴弾の爆発を逃れた残りのメカラプトルを、ガトリングがバラ蒔いた弾丸で始末していった。
そして――
取り巻きと言う邪魔が居なくなったのを良いことに、今度は速度を落としながらメカトリケラ目掛けて掃射する。
足、胴、尻尾、と次々着弾して行き、そこかしこから細く煙が上がり始めたように見えた。
「効いてる?」
「わかんない……多少、ダメージは有りそうだけど……」
後方まで下がってきたジープと再び並走しながら聞いてみるが、返ってきた返事はあまり芳しくない。
正直、大きすぎるのだろう。
一発二発被弾した所で、機能に不具合が出る程じゃなさそうだ。
これが生物なら、痛みやら出血やらで追い詰める事も出来るんだろうけど、機械が相手ではそれも難しい。
「残弾は?」
「予備マガジンが後一つ――ざっと200発って所かな。 ユーコのランチャーは?」
「こっちはラスイチ――」
最後の一発は、破れるかどうか分からない装甲よりも、口の中とかに撃ち込んで、内部を破壊したいところだ。
「なるほど、なら使い所は――あれ?」
「……ちょっと待って、何かおかしくない?」
私達が、メカトリケラに視線を向け、“それ”に気付けたのは、ほぼ同時。
それまでは私達を正面に捉えるための、旋回行動ばかりを取っていたメカトリケラが、今までと違う動きを見せたのだ。
「動きが、止まった……?」
「それだけじゃない……なんか、伏せるみたいに――」
私が言い終えるより一瞬早く、まるで人間が膝を付く時のように、四本の足を後ろ向きに折り曲げ、大地に伏せたままでメカトリケラが動き出す。
「――んなぁ!?」
「ウソでしょ!? カレル!!」
折り曲げた関節の中から出てきた“車輪”によって、突然急速旋回したメカトリケラを見て、私達は慌ててアクセル全開で移動し、射線から退避――
――その直後、相手が撃った砲弾が、地面に突き刺さり盛大に大地を揺らした。
「ラプトルが居なくなって、周りに遠慮する必要無くなったって事?」
あの速度で急旋回したら、間違いなく尻尾とかでメカラプトルを巻き込んでしまう。
だから、取り巻きがいた間は恐竜モードで、自由になった今は、車両モードになったのだろう。
さっきまでと比べても大砲の照準合わせが早いから、こちらも常に動き回る必要がある上に、最大の問題は――
「これじゃ、迂闊に近づけない……」
旋回と同時に尻尾をブン回されるため、下手に近付くと、なぎ払われてしまうのだ。
遠距離からでは効果が薄く、近寄るのは困難。
挙げ句の果てに、移動速度が上がってるせいで、バズーカも離れた場所から撃ったら回避される可能性が出て来た、となると、本格的に撃つ手無しだ。
しかも――
「スピードに差が無くなったから、逃げるのも難しくなったか……」
いつもだったら、死に戻り覚悟での特攻も作戦に入るんだけど、死んだら終わりの今の状況で、さすがにそれは選べない。
「最悪、逃げるって事も考えると……脚二本――最低でも一本は潰しときたいよね」
とは言え、爆弾を撃ち込むわけでもないし、貫通してしまったらダメージは……いや、車輪に異常が出れば良いのか。
「どうせ決定打はないし……やるだけやってみますか」
幸い、メカトリケラは私よりも、ガトリングを積んだジーナ達の方を警戒して、執拗に砲撃を加えている。
カレルの運転技術のお陰か、今の所は上手く逃げ回っているけど……集中力の問題か、危ないシーンも増えてきているようだ。
早めに何とかした方が良さそうだし、こっちがターゲットにされてない内に、やらせてもらう!
ジープを追うメカトリケラと並走しながら側面に寄せていき、腰のベルトに引っ掛けていた手榴弾を、次々ピンを抜いて投げつけていく。
狙いは右前脚。
進行方向の少し前に投げた手榴弾は、その爆発で、踏みつけた車輪に直接ダメージを与え、地面に窪みを作っていった。
その直後――
その窪みの一つに勢いよく嵌まった事で、ダメージがあった車輪がギャリギャリと言う嫌な音と、激しい火花を散らす。
「動きが鈍った! これで――」
速度の落ちたメカトリケラの正面を横切るようにしながら、構えたバズーカの引き金を引いた。
轟音と共に発射された砲弾は、メカトリケラの左肩部分に突き刺さり、そのままロケット噴射の勢いで体内へと潜り込んでいく。
Gyuooooo!?
悲鳴とも思える絶叫が、辺りの空気をビリビリと振動させた後、バランスを崩したメカトリケラが前のめりに倒れ込んだ。
「――倒した?」
「ユーコ、まだだよ! 機能停止までは油断できない!」
ついフラグみたいな事を口走ってしまった、私の脇をすり抜けていくように、メカトリケラに肉薄したジープから、ジーナによってこれでもかと弾丸が撃ち込まれていく。
そして――
「――終わ……ったの?」
「たぶん……あぁ、疲れた~」
ガトリングガンの残弾を撃ちきった所で、ジーナは大きなため息を付きながら、グーっと伸びをしてから、ジープから飛び降りて、バイクを停めた私の所へ駆け寄って来た。
「ユーコ、ありがとう。 あなたのお陰で、被害が拡がる前に倒せたよ」
「こっちこそ、一人で彷徨ってたら、今頃ヤバかったと思うし、お互い様って事で」
実際、ロクな武装も無いままで、メカ恐竜の集団にでも出くわしたら、どうなってたか分からない。
いくら肉体的な疲労は無いと言っても、精神疲労は避けられないし、エネルギー補給の事も考えると、どうしても休息は必要になってくるのだ。
「そっか……うん、お互い様って事で! じゃあ、使えそうな部品ひっぺがして、回収しちゃお――」
「――っ!? ジーナ!」
私がそれに気付けたのは、ほんの偶然。
部品の解体をしようと、腕捲りしたジーナの向こうに見えた、メカトリケラの目が光ったような気がしたのだ。
Goaaaaaa!
咄嗟にジーナの腕を掴んでバイクの陰に引っ張り込んだのと、メカトリケラが咆哮と共に開いた口をこちらに向けて、真っ赤な炎を吐いたのはほぼ同時。
姿勢を低くしてバイクを盾にする私とジーナの周囲は、あっという間に渦巻くような炎に包まれてしまった。
「うそ……まだ動くの!?」
「ジーナ、頭上げないでよ?」
そこまでおかしな温度ではなさそう……所謂、火炎放射機みたいなモノなのだろう。
問題は、どれだけ吐き続けられるのかと、盾にしてるバイクがいつまで保つか……。
あとは――
チラッと後ろを見ると、熱気と酸欠で苦しそうにするジーナの姿。
「うぅ……けほっ……ごほっ……」
「(私は……生身じゃないから良いんだけど……)」
生身のジーナは、これ以上は……
「仕方ない、か――」
小さく呟きながら、私は羽織っているコートのポケットから、一枚のチップを取り出した。
これ……作るの大変らしいから、温存したかったんだけど……背に腹は代えられないよね。
「とりあえず、これで防御を固めて――」
『副長! その役目は、僕が!』
ちょうどゲームソフトくらいの大きさの、小さなチップを左手のガントレットの手首辺りのスロットに差し込もうとした瞬間――
この世界に来てから、全く反応を見せなかった耳の通信機が、聞き慣れた声を響かせた。
「――えっ!?」
「ユーコ、どうし――」
たぶん、「どうしたの?」って聞きたかったんだろう。
しかし、ジーナが視線を上げたタイミングで、バイクのすぐ向こう側に巨大な盾が落ちてきて、その言葉を遮ってしまったのだ。
バイクごと後ろに隠しきる、そんな特大の大盾を構えていたのは――
「神埼君!?」
「はい! お待たせしました!」
見慣れた顔に驚いたのも一瞬。
すぐに、彼が“ここにいる”と言う意味を理解し、思わず笑みが溢れた。
そして、それを証明するかのように、次々と聞こえてくる――
『――すか……聞こ――か? ――副長! 聞こえますか!?』
「サッちゃん! 聞こえてるよ!」
『了解~――システムの再接続確認、続いてダイブマシンとの接続開始――――完了!』
頼れるオペレーターや――
『霧島、アレは敵で間違いないな?』
「……えぇ、やっちゃってください――」
私達の最大戦力である――
「――局長」
「……了解した」
上司の声。
皆のフォローが受けられない状況だったからこそ、それが殊更に頼もしくて。
『局長~、砲塔の付け根辺りに、大きめのエネルギー反応があります~。 コアかもしれませ~ん』
『よし! ならば、ドリルバーストバンカーで粉砕する』
通信機越しに聞こえてくるやり取りを聞きながら、「そういえば、神埼君は何で空から?」と思い、ふと視線を上げた先にあったのは――
「………………え?」
「……何? アレ……」
私とジーナを揃って呆然とさせる程巨大な飛行戦艦が、音も無くぐんぐん高度を下げてくる様子と――
「チェェェェストォォォォォ!」
巨大杭打ち機みたいなものを、両手で振りかぶりながら、まだ20メートル程上空に在る飛行戦艦から飛び降りてくる、局長の姿だった。




