17話
「ぉはよ~ございま~す」
「おぅ、おはよう。 ゆっくり休めたか?」
連休が明け、久しぶりに出勤した私が声を上げながら扉を開くと、自分のデスクに向かいながら、一瞬だけ顔を上げた局長が声をかけてきた。
「えぇまぁ、詰んであったゲームやラノベをある程度消化できるくらいには」
「有意義だったようで何よりだ」
ゲームセンターでの一件が気になって、何をしててもイマイチ集中出来なかった感は否めないけど、ある程度リフレッシュになったのは確かである。
「あの件、進展ありました?」
「…………いや、まったく、だな」
自分のデスクのモニターを立ち上げながら尋ねると、局長は深いため息と共に苦々しい表情でそうこぼした。
「なら、そっちはサッちゃんや柳からの報告待ちとして……局長が対応してた方はどうなってます?」
「そっちは片付いた。 しばらくは通常業務をこなしながら、情報収集って所だ」
それは残念。
精霊界とやらも行ってみたかったんだけど……
だってとってもファンタジーな光景が見れそうな響きじゃない?
こないだの幻想界は森だったし……
そんな事を考えながら、業務の準備をしていると、夜勤組の1人が数枚の書類を片手に近寄ってきた。
「副長、夜勤中に対応した内容の報告書です」
「オッケー、確認しとくからもう上がって。 お疲れさま~」
「はい! お疲れさまです」
事務所を出ていく夜勤担当を見送りながら、渡された資料に目を通していく。
「界孔への対応は2件。 どちらもドローンによる遠隔で対処……場所は……う~ん」
「どうかしたのか?」
資料を見ながら唸り声を上げると、後ろから声がかけられた。
「あ、柳、おはよ。 いや、ちょっと……ね」
「おはよう。 気になる事があるなら言え。 放置は万一の時に事態を悪化させる要因の一つだ」
確かにその通り、と小さく溜め息をついてから、資料を見ていて感じた事を口に出す。
「アインツの一件以来、東京駅周辺で頻発していた界孔の発生頻度が例年通りに戻ったなぁ……ってね」
「あぁ、それか……局長も同じ事を言っていたな」
界孔が発生しない事自体は良い事なんだけど--
「こうあからさまだと、アインツ達が例の大界孔を作るための実験でもしてたみたいだよねぇ」
「……それ、あながち無いとも言えないようだぞ?」
私の呟きに応えながら、柳が辞書かと思える程分厚い資料の束を私のデスクにドサッと置いた。
無言で柳にチラリと視線を向けると、「読め」とばかりに顎で資料を示される。
小さく溜め息をついて渡された資料の表紙をめくり、最初に書かれた“仮説”を見て--言葉を失った。
「--コレ、まじ?」
やっとの思いで言葉を絞り出しながら、ページをめくっていくと、過去に観測された界孔のエネルギー反応やその推移に関するデータ。
アインツとの戦闘中に私が落とされた界孔らしきものや、幻想界での転移と思しき反応。
そして、大界孔発生時のエネルギー反応等が纏められており、結論として、大界孔はその発生時のエネルギーの推移等から、自然発生する界孔とは別物であると言う推察がされていたのである。
「有田が膨大な量のデータを参照して立てた仮説だ」
「あ~……うん、そっか……」
……それほぼ確実ってことじゃん。
「大阪や福岡支部の管轄で頻発していた界孔に関しても、奴らの仕業と思われるエネルギー反応が多数確認されている」
「要するに、あっちこっちで人為的に界孔を開く実験をしていたけど、その技術がある程度形になったから今回大界孔を作った?」
「……可能性がある、と言うことだな」
まぁ、考えようによっては、頻発していた界孔発生が落ち着いた分、通常業務に余裕が出るから、イレギュラーのような緊急の案件に集中できる、とも言えるけど……
「実務の負担は減ってるけど、それをぶっちぎる超ド級のイレギュラーが、よりにもよって幽幻界に鎮座してるワケで……」
「そっちは現状手出しできないし、監視以外に出来る事はない」
特大リクローズキーの製作も難航してる上、そもそもアインツが張った例の結界を消す方法すら判っていないのだ。
「まぁ、大人しく通常業務をこなしながら、シミュレーターのレベル上げでもしますかぁ……」
「--いや、悪いが霧島にはしばらく出張して貰う予定だ」
グーッと伸びをしながら呟いた瞬間、背後から聞こえた声にそのまま反り返る様にして視線を向ける。
「……出張? 聞いてませんけど?」
「悪いな、今さっき要望を受けたんだ」
そう言って局長がこちらに向けたタブレット端末の画面に映っている人物を見て、慌てて体勢を整えた。
「玉置局長!? お疲れ様です!」
『おぉ~、霧島ちゃん、お疲れさん。 橘から聞いてんでぇ? 大変やったらしいなぁ』
大阪支部を纏めている玉置局長は、軽薄そうな笑みを口元にたたえながらも、真剣な目で画面越しにこちらを見つめている。
「えぇ、まぁ……」
『大きいヤマ片付けた後でホンマ申し訳無いんやけど、ちょっとウチのモンだけやと手に余ってる案件があってな……手ぇ貸して欲しいなぁ思て橘に頼んだトコやったんよ』
頭を掻きながら苦笑する玉置局長を画面越しに見ていて、ふと1つの疑問が頭に浮かんだ。
「大阪の支部には葛西と、梅田のツートップが居ますよね? あの二人で対処できないなら、私より橘局長の方が良くないですか?」
大阪の葛西・梅田コンビは、高い突破力と、それを活かせるチームワークを持っている。
あのコンビで対処しきれないなら、私が増えたくらいじゃ大差な--
『いや、霧島ちゃんに頼みたいのは、高い戦闘力を持った個をその場に引き付けておく--まぁ、陽動みたいなもんやな』
「……待ってください、その案件って、いったいどんな--」
どんな内容なのかと聞き終わる前に、玉置局長がニヤッと笑いながら、某猫型ロボットのような口調で--
『無双系アクションゲーム~~』
--と、声をあげた。
「…………はい?」
『要は、敵の総大将を数人の手練れと大量の雑魚を蹴散らしながら討ち取る--って感じの状況やねん』
たっぷりの間をおいて、私がなんとか言葉を絞り出すと、玉置局長が肩を落としながら要約してくれる。
--なるほど、だから“無双系”ゲームなのか……。
と言うことは--
「--つまり、今必要とされているのって……?」
『たぶん、お察しの通りやな。 さすが、ゲーマーさんはこの手の話が早ようて助かるわ』
橘局長は高火力で相手を薙ぎ倒すアタッカータイプ、私はどちらかと言えば防衛に向いたディフェンダータイプ。
そして、私の予想が正しいなら、橘局長じゃなく私に声がかかったのも頷けた。
「なるほど……それが橘局長じゃなく私に声をかけた理由ですか……」
攻めるにしても守るにしても、“あと少しが攻めきれない”や“あと少しの戦力で盛り返せる”と相手に思わせるのが必要、と。
『そう言うこと。 橘じゃ……なぁ?』
「そうですね……理解できました」
「ん? どういう事だ?」
私と玉置局長が、隣で画面を覗き込んでいる人物に呆れを多分に含んだ視線を同時に向けると、橘局長は私達の顔を交互に見ながら首を捻った。
『お前じゃ強すぎんねん』
「局長じゃ強すぎるんです」
「……お、おぅ……」
私達が同時に放った言葉にたじろぐ橘局長。
実際、橘局長のような強力過ぎる戦力は、敵から見れば災害みたいなものだ。
戦力を差し向けられるどころか、ある程度の監視と足止め用の戦力を残して撤退され、総大将の守りを固められる可能性が高い。
「それって、こっちのマシンでそっちに跳んじゃダメなんですか?」
『おたくのオペレーターが優秀なんは知っとるけど、今回は出来るかぎり現場の情報共有にタイムラグを起こしたくなくてなぁ』
なるほど。
確かに、各支部のダイブマシンは、その支部のオペレーターと繋がっている。
つまり、前回のように他支部と合同で動く時は、オペレーター同士も情報共有しつつ、それをそれぞれで現場に伝える事になるわけだ。
『ホンマはそっちのオペレーターも一緒に出張してきてくれるんがベストなんやけど--』
「……サッちゃんのデスク、そちらで再現できます?」
……高性能なパソコン10台連結したみたいな特殊デスクですが?
『それが無理やから最初ッから頼んでへんねん』
「……ですよねぇ」
まぁ、とりあえず状況はわかった。
その後いくつか確認させてもらってから通話が切れる。
現状は膠着状態らしいけど、いつ状況が動くかも分からないはずだ。
なるべく早く向かった方が良いだろう。
「すまんな、霧島」
「いえいえ、状況を聞く限り私が適任でしょうし」
すまなそうに顔を歪める局長にヒラヒラと手を振りながら、私は出張に向けての準備を始めたのだった。




