14話
『神崎さん達は、その角を曲がった先の広間で戦闘中です~』
「了~解! シーラさん、作戦通りに行くよ!」
「……は、はい!」
サッちゃんからの報告を受けて、突然走り出した私から少し遅れるように、シーラさんもしっかり付いてくる。
そのまま角を曲がった所で、私の視界に飛び込んできたのは、破壊され役割を果たせていない大扉の向こうで、もうもうと上がる土煙の中に動く複数の影と――
「ぐぅっ……がっ……かはっ」
――そこから、まるで弾き出されるかのような勢いで、扉の辺りまで吹き飛ばされた神崎君の姿だった。
「神崎君!? ちょっと、大丈夫!?」
「……ふ、副長? 大丈夫です。 すみません」
慌てて駆け寄り助け起こすと、その表情に安堵と悔しさを滲ませる。
「神埼君、状況を――っ!?」
「おや? 仕留め損ないましたか。 ……なるほど、まだお仲間がいたのですね」
不意に飛んできたナイフを、咄嗟に抜いたトンファーで叩き落としながら視線を向けると、徐々に晴れてきた土煙の向こうから、黒い法衣を纏った男が姿を見せた。
口元に穏やかな笑みを浮かべつつも、その目は品定めでもするかのように、スッと細められている。
「……うちの後輩が、ずいぶんお世話になったみたいで。 お礼、させていただきましょうか」
「いえいえお構い無く。 盟主の邪魔になるものを排除したいだけですし。 それに――」
両手に武器を構えながら言った私に対し、相手は柔和な表情を崩さないまま口を開くと、1拍おいて――
「――1人増えたところで、この状況を変えられるとは思えませんが?」
――聞きたかったセリフを吐いてくれた。
「……さぁね。 それはやってみないと分からないんじゃない?」
「さっきの彼同様、貴女からもそれ程強い霊力は感じないのですが……しかたありません――ねっ!」
言い終えるや否や、黒法衣の男がクッと重心を下げたかと思うと、まるでバネが跳ねるかのように一気に距離を詰めてくる。
服装から、勝手に支援や遠距離攻撃主体だと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「そんなナリで、中々良い踏み込みするじゃないの」
「お褒めに預かり光栄です」
以前戦ったアインツとは比ぶべくもないが、充分に“速い”と言える速度で一気に距離を詰められ、その勢いのまま横薙ぎに振るわれた錫杖を、右腕に沿わせたトンファーで受け止める。
「神埼君、古賀先輩と一緒に勇者サマを止めて!」
「――っ!! 了解しました!」
錫杖とトンファーが迫り合うことで上がる、ギチギチと言う音をしり目に神埼君へと指示を出すと、彼は一瞬だけ戸惑うような素振りを見せた後、小さく頷いて走り出した。
よし、これで前提条件はクリア。
あとは、例の魔法で姿を隠したシーラさんに、勇者が掛けられている呪いの解呪を試みて貰う予定だ。
勇者を解放できればそれでよし。
出来なければ他の手を考えるしかない。
どちらにしても――
目の前にいるこの男をフリーにするワケにはいかなかった。
少なくとも、一度解呪を試すまでは、シーラさんの存在には気付かれたくない。
「――と言うわけで、あの二人が勇者様を制圧するまでの間、私の相手をして貰いましょう、か!」
「おっと……。 いやぁ、勇者1人に男2人がかりだなんて、野蛮ですねぇ」
右腕で錫杖を受け止めたまま、左のトンファーで横っ面をぶん殴ってやろうと思ったのだが、直前に飛び退かれてしまった。
コイツ、さっきの踏み込みといい、今の反応といい、随分と近接戦闘に慣れている。
「そのお陰で、貴方は私と2人きりでダンスが出来るわよ?」
「ふむ、それを断るのは些か礼儀に欠けそうですね。 では一曲、お相手願いましょうか」
こう言う手合いは、主導権を握らせると厄介だ。
「そんじゃ、今度はこっちがリードさせて貰うわね!」
「……ぬぅっ!?」
言うが早いか、私は即座に距離を詰めると、両腕のトンファーに蹴りも織り交ぜ攻め立てていく。
「ほらほら、防いでばかりじゃダンスにならないんじゃーーっ!?」
「……勿論、こちらからもステップの提案はさせていただきますとも」
しかし、攻撃後の一瞬の隙を突いて、袖口から唐突にナイフでの刺突が放たれた。
咄嗟に後方に距離を取って躱すと、今度はこちらの番とでも言うかの様に、次々と暗器を投擲して来る。
「ちっ……厄介な……」
「これが私本来の戦闘スタイルでして。 精々ダンスを楽しんでください」
穏やかに微笑みながら、まるで舞うように袖を振るうたび、竹串くらいの太さの鉄針やナイフがこちらに向かって飛んでくるのだ。
微妙にタイミングをズラしたり、逆に揃えたりと、実に嫌らしい攻め方をして来る。
でもーー
「右、左、左、上、左、右、下ーー」
「……くっ……何を……」
ーー実は、こう言うの結構得意なのだ。
来る方向が分かってる飛来物にトンファーを合わせるのはーー
「よっし! フルコンボ~ってね」
ーー音ゲーに通じるところあるよね。
もっとも、戦闘特化型のボディを使ってる今だからこそ、“ちゃんと”見えるし反応もできるわけなんだけど。
「ーーまさか……これを無傷で凌ぎきられるなど、思いもよりませんでしたよ」
「なら、ダンスの相手として、ちゃんと認めて貰えたってわけ?」
腕をだらりと脱力させ、ため息混じりで言われた言葉に、一応の構えは解かずに尋ねてみた。
「そうですね。 強い霊力は感じずとも、貴女は充分に盟主の障害となり得る存在のようです」
「貴方の言葉によく出てくるその“盟主”って、いったいどんな人なの? 何が目的でーー」
そこまで言って、慌てて構え直す。
なぜならーー
「貴方が知る必要はありませんよ。 この場で退場していただき、盟主への信仰の証明とさせていただきますので」
ーー対峙している男の発する雰囲気が、まるで某野菜星人がスーパーな姿に成るかの如く、強く暴力的な荒々しさを感じさせる物へと変わったのだ。
「……やっと、本気になったって事?」
「いえいえ、手を抜いていたつもりはありません。 ……ただ、奥の手を隠し続けて貴女を討ち損じる方が不利益が大きそうなので」
その顔に浮かべる柔和な笑みはそのままに、これまでとは比較にならない程の殺気をぶつけてくる。
「アインツといい、貴方といい、ヴァーチャーズってのは皆奥の手を持ってるのね」
「……貴女、何者ですか?」
眉をひそめながら相手の放った言葉で、サッちゃんから聞いていた予測が確信に変わった。
やっぱりコイツもヴァーチャーズの一人っぽい。
「何者って言われても……ただの公務員よ」
「コウムイン……貴女も、ですか。 たしか、国に仕える官僚でしたね」
何気ない感じで言われた言葉は、なんとなく引っ掛かる言い方だった。
今、私“も”って言ったよね?
それって、他にも公務員と関わりがあるってこと?
敵として遭遇したのか、ヴァーチャーズにも居るのかで、随分意味が変わってくるんだけど……
相手の動きに注意を払いながらも、さっきの言葉の方へと意識が向きそうになった、瞬間。
「ーー!? あの光は?」
状況が一気に動き始めた。
先にそれに気付いたのはヴァーチャーズの男。
そして、男の視線を追うようにして、私がそちらを見ると、そこにはキラキラと光に包まれた、勇者様の姿があった。
普通に見ていた時には分からなかったが、今のーーおそらくシーラさんの解呪魔法の光に晒された勇者様は、禍々しい色をした靄で形作られた鎖で、雁字搦めにされているように見える。
その靄の鎖が、パキン……パキンと、1本ずつゆっくりと、音を立てながら崩れて行っているようだ。
「あの鎖っぽいのが隷属の呪紋の効果かな? だとしたら、解呪はうまく行きそうだね」
「……あの呪いを解けるとすれば、賢者くらいしか……まさか!?」
こちらの思惑に気付いたらしく、周囲を見渡す相手。
だが、例の魔法で姿を消したシーラさんを見付ける事は出来ないようだ。
「たぶんその“まさか”だと思うよ」
「なるほど。 こちらに情報が来なかったのは魔王を隷属させられなかった弊害、でしょうか。 私も詰めが甘かったようです」
そうこうしてる間に、勇者様の解呪が完了したらしい。
「はぁぁぁぁぁあ!!」
気合いが籠った叫び声と共に、振りかぶった剣先から白い閃光の尾を引かせる勇者様が、法衣の男に斬りかかった。
「ぬぅっ!?」
「これまでの借りを返させて貰うよ、ズィー!」
流れるように次々繰り出される斬擊に、法衣の男ーーズィーは防戦一方となっている。
そこにーー
「霧島ちゃん! 賢者様の件、ようやってくれた!」
「副長! お待たせしました!」
ーー勇者様に付いていた2人が合流し、このまま抑え込めそうだ、と思った直後だった。
『えっ!? 高熱源反応!? 副長! 避けてぇ!』
「ーーへ? いぃっ!?」
耳に届いた、サッちゃんの悲鳴じみた叫び声に一拍遅れて、ソレに気付いた私は慌てて体を捻って躱す。
見た目に違わず高温だったらしい蒼白い火球は、私のすぐ側を掠めながら飛んで行き、床へと激突して一部をガラス化させながら削り取った。
「……今のはいったいーー」
何が起こったのかを確認しようと、火球が飛んできた方向へ顔を向けた私は、目の前の光景に言葉を詰まらせる。
真っ黒なローブをすっぽりと被った何者かが、ローブの裾をはためかせながら空中からスーッと降りてきたのだ。
「ズィーおじちゃん、先生から伝言。 2つの“タネ”を手に入れたらここは放置でいいから、早めに戻って来て、って」
「おや、苗木にしてからでなくて良いのですか。 ……なるほど、必要なのは“樹”であって、根幹の方ではないと」
トンっと軽い音を立てながら床に降り立ったローブの人物は、こちらをチラッと一瞥してからズィーと話し始める。
内容を全部は聞き取れないけど、種がどうとか、苗木がどうとか言ってるようだ。
「ふむ、では、その種とやらをいただいて帰りましょうか」
「うん。 1つはもう取ってきたから、あとはそこの“聖剣”だけ」
そう言ってローブの人物が腕を振るうと、空気を引き裂きながら勇者様に向かって紫電が走る。
「ぐ……ぅあぁぁぁあ!!」
「勇者サマ!?」
紫色の雷に打たれた勇者様が身体を硬直させ、呻き声を上げるや否や、同時に踏み込んできていたズィーが勇者様を錫杖で打ち据え、近くの壁に叩き付けた。
「では、コレはいただいて行きますね」
「やらせん!」
勇者様の手から弾き飛ばした聖剣を拾おうとしたズィーに、古賀先輩がクナイを投げつけ牽制するが、青白い障壁のようなものに阻まれてしまう。
「では帰りましょうか、フュフィお嬢さん」
「うん。 先生、きっと喜んでくれるね」
結局、私達が何も出来ないまま、二人は聖剣と共に姿を消してしまったのだった。




