12話
……さて、自分の勘を信じて尖塔の方を調べに来たわけなんだけど――
「探せぇ! まだ近くにいるはずだ!」
「「「ぐきゃぎゃぎゃ!」」」
――森で襲って来た奴らと同じような、金属製武具を身に纏ったゴブリンの集団と鉢合わせ、絶賛逃走中。
現在はとりあえず、古賀先輩から借りたワイヤーアンカーと黒い布を使って、天井に張り付く形で身を隠していた。
これぞ忍法、隠れ身の術――
「(――って、いやいや! 言ってる場合か!)」
ふと浮かんだ現実逃避を振り払うように、プルプルと頭を振りつつ、現状を纏めていく。
ぶっちゃけ、状況は良くない。
見つかって捜索されている、と言うのもそうだが、それよりも何よりも――
「(適当に逃げ回ったせいで、現在地分かんない!)」
さすがのサッちゃんも、魔王城の内部全ては把握出来ておらず、私がいる大まかな座標は分かっても、それが城のどの辺りかまでは判別できないらしかった。
『すみません副長~……通った道はマッピングしているので、せめて一度外観に出られれば、ある程度のルート予測もできると思うんですが~……』
「まぁしょうがないよ。 迷路みたいに入り組んでるし、建物内からじゃ目的地の場所――も……」
そこまで言いかけてふと思う。
――よく考えたら別に、わざわざ城内の迷宮抜けていかなくても、よくない?
『どうしました、副長~?』
「あ、ごめんごめん。 とりあえず一回外に出て、塔の位置を確認するわ」
心配そうな声を上げたサッちゃんに対して、「大丈夫大丈夫」と返事を返しながら、ワイヤーを伸ばしてそっと床に降り立った。
そして、そのまま外に出られそうな場所を探して走り出す。
途中で何度か、物陰に身を隠して見回りをやり過ごしつつ、ようやく見つけたのは、廊下のような長い通路の壁に空いた窓代わりと思しきスリットだった。
私の肩幅より少し広めに作られた、その隙間から外に顔を出して確認すると、眼下は崖、頭上は屋根のように迫り出した部分が見える。
「サッちゃん、どう? 現在地わかる?」
『ちょっと待ってくださ~い――はい、そこは魔王城南東の外縁部のようです~』
外周にいるって事は、中心近くにあった塔に行くには――
『最初に見えた塔の位置から、そこまでのルートを算出しま──』
「──ごめんサッちゃん、それ、しなくていいや」
『──ぇ?』
ポカンとするサッちゃんの声を置き去りにするかのように、ヒョイっと体を外がわに乗り出して、頭上に見える屋根にワイヤーアンカーを引っ掛け、巻き取りの勢いで飛び上がった。
「よっ……とと」
『……副長~、時々無茶しますよね~』
少しバランスを崩しながらも着地に成功した私の耳に、ため息混じりの声が聞こえてきたが、とりあえずスルーしておく。
私だって、この間機心界へ飛ばされた時みたいに、“安全”が確保できない状況なら慎重に行くけど……
今はサポートもある上、万が一死んでもボディを入れ替えればいいのだ。
そう言う意味でも“安心感”は比べ物にならない。
「まぁ、多少の無茶は大目に見てよ。 ――さて、目的の塔は……あっちか」
三角屋根をよじ登って、視線を向けた少し先には目的地である尖塔が見えるが――
『まだ離れた場所にありますが、どうやって行きます~?』
「う~ん……ワイヤーアンカーを使って一気に……と思ったんだけど、予想より離れてるね」
――そこまでは50m程だろう。
――うん、まぁ、出来なくもないか。
「上手く引っ掛かってくれればよし、ダメなら他の方法を考えますか」
言うが早いか、腰のワイヤーアンカーを尖塔目掛けて発射。
弧を描く軌道でしばらく飛んだアンカーが、塔にも開いていたスリットに飛び込み引っ掛かった。
……よし、これであとは、ワイヤーを巻き取りながら、そこら辺の屋根を跳び移――
「居たぞ! あそこだ!」
「げっ! 見つかった――って、ちょっ!? 待っ――」
ヤバイ、と感じた直後、敵指揮官と思われる魔物から放たれた火球を慌てて躱した……のだが――
「――わ、わ、わ、ぅわわわぁぁぁぁ!!」
背後で起こった爆発に煽られバランスを崩してしまい、斜めになっている屋根を速度を上げながら滑り落ちて行く。
すぐさま体勢は立て直したものの、速度を殺しきれず屋根の端から空中へ投げ出された。
『副長~!! 早くワイヤーの巻き取りを!』
「わかってるぅぅ!! ーーぅぐぇ」
サッちゃんの声に慌てて操作したためか、想定よりかなり勢いよく――腰骨持って行かれるんじゃないかってくらいの勢いでワイヤーが巻き取られ、当然私はその勢いのまま尖塔へと引っ張られる。
「――よっ……とっ……よいしょぉお!」
途中、尖塔までの間にある障害物が迫ってくる度に、屋根の上を駆けて速度を増し、城壁を蹴って高さを確保した私は、そのまま左右への移動を繰り返して速度を落とし、無事尖塔の外壁に取り付く事に成功した。
そのままワイヤーを伝って登っていき、ようやく塔の中へと侵入する。
――さて。
囚われのお姫様はこの塔にいるんだろうか。
塔に入ってしまった後は、比較的楽に探索が出来ていた。
敵にも遭遇せず、螺旋階段の一本道だったから当然とも言える。
そんな階段を、ひたすら登って行く事数分。
「行き止まりに扉。 もう、なんて言うか、たぶん当たりだよね、これ」
『念のため、周囲の生体反応などを探って――』
そっと扉に耳を近付け、息を殺して中の様子を伺っていた私は――そのまま取っ手を持って、扉を開けた。
『え? ちょ――副長!?』
「こんにちは~」
薄暗い部屋。
格子が付けられた小さな窓から射し込むわずかな光だけが、室内を淡く照らしていた。
丸い形の作りになっているその部屋には、テーブルと椅子、ベッドが置かれているだけ。
そして――
「……誰?」
怯えた様子の女性が、ジッとこちらを見つめていた。
「魔王城に囚われた、勇者様の大切な人を助けるために探してるんだけど。 知らない?」
「――ぁ」
満足に光も差し込まない薄暗い室内にありながら、目を見張る程に美しい金色の髪を持つ彼女は、努めて軽い雰囲気で問いかけた私の言葉に目を見開く。
そして、その両目からは、ポタポタと涙が零れ落ちた。
「信じて――よかった……」
「え?」
「必ず助けに来てくれる人がいる。 女神様のお告げを信じて――諦めなくて……よかった」
両手で顔を覆い、彼女はその場に座り込む。
慌てて駆け寄り、背中をさすってあげる事しばし、鼻を啜りながらも顔を上げた彼女は、こちらをじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「あの方は、人々に刃を向ける事を選んでしまった……。 私が……私がここにいるから」
「あの方って言うのが、勇者様?」
私の言葉に小さく頷いた彼女の口からは――
「……はい。 魔王を倒し、世界を守るために、共に戦って来たのに……。 私の命を助ける代わりに、あの方は……ルシア様は……」
――勇者が魔王側に付いた経緯が、訥々と語られたのだった。




