11話
「魔王と勇者――それに、ヴァーチャーズ」
勇者や魔王と言う単語に、「異世界ファンタジーだ!」と上がりかけたテンションは、続いて聞かされた言葉によって一気に冷静になる。
……それに、古賀先輩今、勇者がどうしたって?
「ヴァーチャーズとやらについてん報告書には目ば通してある。 幽幻界に現れた奴と同じかは分からんが、そう呼ばれとったんな確かや。 それに、事情は分からんが、魔王の隣に今代の勇者がおったんも事実たい」
「それじゃあ僕達は、魔王と勇者、ヴァーチャーズの三陣営を相手にしなくちゃいけないって事ですか?」
神崎君の疑問は、私の懸念を代弁してくれた物だったのだが――
「いや、ヴァーチャーズん排除のみに絞るべきやて思う」
――古賀先輩は、それをすぐさま否定した。
「え? でもそれじゃあ……」
「――霧島ちゃん、現時点で推測できる、ヴァーチャーズの目的と、その手段は?」
頭の上に疑問符を浮かべる神崎君の言葉を遮るように、私の方に視線を向けた古賀先輩が、まるで生徒に質問する教師のように問いかけてくる。
「ヴァーチャーズの目的と手段――」
機心界でジーナから聞いた“演説”の内容から考えれば、たぶん……目的は、理想の世界を創る事。
その為に――
「――世界の根幹とやらを集める事が目的? ――その為に、その世界の“有り様”を壊す、とかですか?」
「うん、今ん時点で予想できるんなそげんとこやね」
なるほど。
言われてよく考えてみれば、確かに私達が魔王や勇者と戦うのは、かえってヴァーチャーズの思うツボかもしれない。
「あの、副長? つまり、どう言う事なんです?」
「ん? あ~、神崎君ってさ、ゲームとかする方?」
一人で納得して、ウンウンと頷いていると、神崎君がおずおずと言った様子で聞いてきた。
ゲーム……特にRPGとかする人だと説明が簡単なんだけど……
「え? あ、はい、それなりに」
「ならさ、魔王と勇者が出てくるファンタジーのラストって、どんなイメージ?」
私と同じようなイメージを持ってるなら――
「う~ん……勇者が魔王を倒して、平和が訪れハッピーエンド、でしょうか」
――よし! 当たり!
「うんうん、私と同じ意見ね。 じゃあさ、魔王と勇者がいる、私達から見てファンタジーなこの世界は、“魔王の登場、もしくは復活”、“勇者が旅立って討伐もしくは封印”ってのを繰り返しながら成り立っている世界かもしれない、ってわけ」
「……と言う事は、仮に僕達が魔王を倒してしまったり、魔王より先に勇者が死んでしまったら――」
「そう。 世界の在り方が歪んで、機心界のように滅びに向かう可能性もある」
言葉の途中で、何かを思い出すように目を瞑った神崎君の台詞は、ある意味で当事者の一人とも言える私が、引き継いで口にする。
「もちろん、この世界の“根幹”に、勇者も魔王も関与してない可能性もある、けど――」
「俺達は、ほんの僅かでも、世界を滅びに向かわせるかもしれない手段は、簡単には選べんたい」
そう。
私達は、世界の滅びを防ぐために活動しているのだ。
その私達が、滅びへのトリガーを引くわけには行かない。
そう言うと、「なるほど」と唇をぎゅっと結ぶ神崎君。
「それなら、勇者が魔王に付いた理由を調べて、それを解決しつつ、ヴァーチャーズを確保する、って訳ですか」
「いや、理由については、先に調べといた――」
どことなく、苦々しい雰囲気を醸しながら、古賀先輩が語ってくれた“勇者の事情”は、良くも悪くも予想通りのモノだった……。
「あれが、魔王城……」
切り立った崖の上から、見下ろす形で眺める先には、黒い外壁で作られた立派な城が、向かいの崖上で不気味なほど静かに佇んでいる。
「そうばい。 本来んルートは崖下ん洞窟から、城ん地下に抜くる道らしいんだが……」
「まぁ、私達だけなら、そんな手間をかけなくても、直接乗り込めばいい、と」
私の言葉に無言で頷いた古賀先輩は、腰に着けたウエストポーチのようなサイズの機械を、背中側からサイドに移動させた。
「距離は300m程。 加えて、こちらの方が位置が高い……これなら」
呟くように言った古賀先輩の腰から、先端に矢じりのような物が付いたワイヤーが、勢いよく射出される。
そして、放物線を描くように飛んで行き、魔王城の上部にある、物見塔の1つに引っ掛かった。
「俺がワイヤーば固定しとくけん、二人はジップラインの要領で先に渡ってくれ」
「了解!」
「え!?」
ノータイムで了承した私に、神崎君は「マジで?」って顔を見せるが、古賀先輩が行けると言ったなら、渡るの自体は恐らく問題ない。
……って言うか、最悪途中で落ちたとしても、死ぬ程痛いだけで死にはしないのだ。
「じゃあ、先に行くわね」
カラビナとロープを結んで簡単なハーネスを作った私は、古賀先輩が繋いだワイヤーに繋ぎながら、神崎君に軽く手を振りつつ、軽い助走と共に魔王城に向かって飛び出した。
――角度があるせいか、思ったよりスピードが出てるんだけど……
「ぇ? 待って、これ、どうやって止ま――」
すごいスピードで、魔王城の壁が迫って来て、すわ激突か、と思わず目を閉じた瞬間。
ピンッと張られていたワイヤーが緩められた事で急減速し、壁の少し手前で停止した。
「――流石だわ、先輩」
その後、再びピンッと張られたことで、ゆっくりと壁際に到着。
そのまま物見塔の上に降り立つことに成功した。
この辺りの細かいコントロールは、古賀先輩ならではと言えるかもしれない。
「周囲に異常は無し。 ハンドサイン――では無理かな、ライトで合図を……っと」
念のため、周辺を確認したが、特に気配は感じなかったため、ペンライトの明かりで合図を送る。
すると、しばらくして、神崎君が顔をひきつらせながらワイヤーを滑ってきた。
「おつかれー。 ……こういうの苦手?」
「お疲れ様です。……得意では、ないですね」
飛空艇から飛び降りて来た事もあったのに、と苦笑してると、縦はいいけど、横はダメなんだと言われた。
どうやら、フリーフォールやバンジーはできるのに、ジェットコースターはダメ、と言う珍しいタイプらしい。
「まぁいいや。 あ、そう言えば、古賀先輩はどうやって……」
そこまで言って、ふと気付いた。
私達が滑って来た時よりも、ワイヤーの角度が大きくなっていることに。
そのままワイヤーの先に視線を向けていくと、そこには――
「わ~ぉ……流石忍者……」
――ワイヤーを巻き取りながら、少しずつ降下してくる、巨大な凧があった。
どうやら古賀先輩は、凧に張り付くようにしながら、腰のワイヤーを巻き取ることで、こちらに渡って来ていたようだ。
「お待たせ。 ここからは、さっき話した計画通り二手に分かれる。 俺と神崎君で陽動しながら、魔王と勇者、ヴァーチャーズを抑えとくけん、霧島ちゃんは出来る限り戦闘を避けながら、なるべく早く目標を確保してくれ」
「了解です。 そちらも、気を付けてください」
私の言葉に小さく頷いて、古賀先輩は神崎君を促し物見塔を下っていく。
この後は、二人が派手に暴れて気を引きつつ、主にヴァーチャーズを引き留めておいて貰い――
「……さて、私もそろそろ行きますか……。 可能性が高いのは地下か、もしくは――」
その間に、私の役割を果たす。
「――中央の尖塔、かな? 個人的には、洞窟から繋がってるらしい、城の地下より、塔が怪しい感じはするけど……」
その役割とは――
「うん、やっぱ塔の上に居た方が、“囚われのお姫様”感あるよね」
――勇者に対する人質の解放だった。




