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異世界管理局  作者: 城河 ゆう
第一章 幽幻界編
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1話

「暇ですねぇ~」


 地下にあるとは思えない程の、柔らかな明かりに包まれているオフィスで、後輩の神埼(かんざき)君がグーっと伸びをしながら呟く。


「良いことじゃない。 私達が暇なのは、平和な証拠よ」

「……まぁ、そうなんですけど」


 目の前のモニターを眺めながら応えると、彼は「これで給料貰ってるのがなんか申し訳ない」とため息を付いた。


「君が配属されてからは、現地に行かなきゃならないような、大きな問題は起きてないからね」

「あ~ぁ……一回で良いから、先輩達みたいにカッコよく出動してみた――」



 ――ビー、ビー、ビー、ビー――



 神埼君が椅子をユラユラさせながら言いかけた瞬間。

 天井に付いた回転灯が、くるくる回りながら赤い光を放ち、広い室内に警告音が響きわたる。


「――よかったわねぇ、出番が来たみたいよ?」

「え? お……俺のせいじゃないっすよね?」


 余計なこと言うから、と言う気持ちを込めて、ジト目を向けると、頬をひきつらせながら目を反らされてしまった。


「まぁ、冗談はさておき、早く準備して。 あいにくと今は私達しかいないから、君に出て貰うしかないわ。 手順は頭に入ってるわね?」

「それは大丈夫です。 ちょっと緊張しますけど、やってみせます!」

「はいはーい、頑張ってー」


 フンスと気合いを入れつつ、部屋の端に設置されている卵形の機械に向かった神埼君を尻目に、私はモニターを睨みながらキーボードを叩いていく。


「(発生場所は幽幻界(ゆうげんかい)か……今検出できてる反応の強さから言って、そこまで大きな界孔(かいこう)は開いてないみたいだけど)――神埼君、聞こえる? 準備はどう?」


 神埼君を現場に急行させるため、必要な情報をモニターに表示させて確認しつつ、デスクに設置されたスタンドからヘッドセットを取って、自分の頭に装着した後、マイクに向かって声をかけた。


『大丈夫です。 いつでも行けます』


 まぁ、色々考えるのは後にして、まずは新人君の初陣を、しっかりフォローしますか。


「――了解! システム起動、体換(たいかん)シークエンス開始――」


 システムの起動に伴って、デスクに並んで設置された3台のモニターの内、真ん中1台の画面が暗転する。


『……シミュレーターでも思いましたけど、この“頭は起きてるのに体は寝ちゃう”感じ、中々慣れませんね』


 出動のための手順を次々こなしていると、神埼君が不安そうに声をかけてきた。


「その内嫌でも慣れるわ……第七シークエンスまでクリア――」

『俺、上手くやれますかね?』


 たぶん、かなり緊張しているんだろう。

 何か喋って、気を紛らわしたくなる気持ちは、よくわかる。


「シミュレーション通りにやれば大丈夫よ。 私もフォローするし。 さぁ、そろそろ送るよ? 目は閉じてる?」

『あ、はい。 大丈夫です』



 私も最初の頃は、不安に押し潰されそうになってたっけ……



 配属されたばかりの事を思い出して、ちょっぴり懐かしい気持ちになりながらも、システムの起動に必要な行程を全て完了させた私は――



「――体換シークエンスオールクリア、システムロック解除……いってらっしゃい」 



 エンターキーを押して、神埼君を現場(・・)へと送るのだった。





















「転送完了。 ――神埼君、もう目開けていいよ」

『あ、はい! あれ……東京駅!? ――あ、いや、幽幻界って事か……』

「お~、正解正解。 幽幻界の第一層」


 神埼君が目を開けたことで、視界リンクさせた真ん中のモニターが、彼の目に映る景色を表示する。


 そこには、特徴的な赤い駅舎を持つ、東京駅が映っていた。



 今回の“現場”は、私達が仮称“幽幻界”と呼んでいる世界。



 死んだ生物の魂が、輪廻の輪に還る前に訪れる場所で、いわゆる“死後の世界”等と呼ばれるような世界だ。


 ここにやって来た魂は、第一層から五層までを順に移動していきながら、少しずつ“自身の死”を受け入れていく。


 そうする事で、魂になるべく余計な傷や汚れを残さずに輪廻の輪に戻す事ができるらしい。


 ちなみに余談ではあるが、こうした魂の洗濯が不十分だったまま転生してしまった例の筆頭が、“前世の記憶”を持った人達だったりするのだ。


『初めて来ましたけど、幽幻界って人がほとんど居ない以外は、俺達の世界とあまり変わらないんですね』

「まぁ、幽幻界とは表裏一体って感じで、限りなく近い場所にある異世界だからね。 特に、第一層は、自分が死んだ事に気付いていない魂の来る場所だから、見た目だけ(・・)はほぼ一緒なの」


 なるほどー、と言いながら、周囲を見渡す神埼君の視界をモニター越しに確認しながら、今回の仕事の内容を整理していく。



 まずは何をおいても、開いてしまった界孔を見つけ、速やかにそれを閉じることだ。


 あとは、何かしらの原因があるのか、それともただの突発性の事故みたいなものなのか……が判断できれば御の字、と言ったところだろうか。



 ともあれ――早速お仕事といきますか。



「神埼君。 そこから南にすこし行った辺りに、界孔らしき反応があるから、確認して貰える?」

『了解です。 そういえばシミュレーターの時にも思ったんですけど、“意識だけを異世界に転送して、その世界に用意した身体で活動する”って言う割に、動かす時の違和感みたいなのがほとんど無いですよね?』


 指定した方向に向かって貰いながら、3つのモニターを見比べて、他の異常がないかを探っていた私は、神埼君の疑問に、少しだけ意識を向ける。


「君は最初から、結構高い適合率を叩き出してたからね。 本来なら、シミュレーターで何度も練習して馴らして行くのよ」

『あぁ、なるほど……って事は、もしかして、シミュレーターのレベル表記って――』

「そのまま適合率を現してるわ。 レベル100が、適合率100%――つまり、現実の身体と同じ様に、一切のラグ無しで動けるようになる」

『へぇ~、じゃあレベル92だったから、もう少しでマックスなのか』


 あー、やっぱりそう思うよね。


 うんうん、私もそうだったよ。


「ちなみに、レベルの最高は100じゃないよ? 例えば、我らが局長殿は200超えてる」

『えっ!? 適合率200%ってどう言うことなんすか!?』


 うん、そうよね。


 正直意味判んないよね。


 身体を“通常の二倍上手く動かせる”の意味が。


「まぁ、あくまでも、動かしてるのは“人間の身体じゃない”って事かなぁ。 その辺りをしっかり脳が理解すれば神埼君も――あ、止まって! その辺りに強い反応がある、界孔、見当たらない?」

『えっと……ちょっと待ってくださいね…………あ、あれ、かな?』


 少しキョロキョロした後、一本の街路樹の方に視線を向ける神埼君。


 モニター越しでは少し見えにくいが、街路樹の少し手前、何もないはずの中空に、ゴルフボールか何かをぶつけたガラスのような、小さな穴とひび割れが存在しており、その穴の中は、シャボン液のように虹色に揺らめいていた。


『これが、界孔――』

「そのサイズなら、今のN型に装備させてる小型のリクローズキーで対処できるはず。 やってみて」

『――えっと、キーは確か内ポケットに――あった! じゃあ、やってみます』


 N型――戦闘を想定していない、もっともスタンダードな異世界用ボディで、見た目は、まんま本人がスーツ着てるだけって感じ。


 ちなみに、N型の“N”は“Neutral(ニュートラル)”のNらしい。


 そんなスーツのポケットから、神埼君が取り出したのは、10cm程の大きさがある、アンティーク調の鍵だ。


『これ、真ん中に差し込むだけでいいんでしたっけ?』

「そうそう。 差し込んだら、少し離れてね」

『了解っす』


 それだけ言うと、チラッと鍵を見た後、揺らめく穴を鍵穴に見立てて、突き立てる。


 そのまま、神埼君が鍵から手を離して、数歩下がった――瞬間。


『うわっ!』


 リクローズキーがゼンマイを回すようにグルグルと回転し始めたかと思うと、まるで周辺からガラスの破片が集まってくるように、光の欠片が穴を塞いでいく。


 そして、僅か数秒で穴は完全にふさがり、そこに刺さっていた鍵がチャリンと音を立てて地面へと落下した。


「――はい、お仕事完了~。 他に問題も無さそうだし、鍵を回収して帰投しようか。 転送ポイントに戻って」

『あ……はい。 お、お疲れさまです』


 戸惑うような声を上げながらも、鍵を拾い、内ポケットにしまう神埼君。


「なんか思ってたより呆気なかったー、って?」

『あ、いえ、そんなことは……』


 まぁ、彼の言いたい事は、わかる。


「初の現場なんだから、これくらいでよかったと思うよ」

『たしかに……いきなり、荒事はハードル高いですし……』


 正直、私も引っ掛かってるのだ。


「そう言う事。 何事も少しずつ慣らしていかないとね」

『そう、ですね。 とりあえず、まずはシミュレーターレベルを100にします』



 あまりにも、簡単すぎる。



 緊急出動要請のアラートが鳴ったのに、そこにあったのは小さな界孔が一つだけ。


 しかも、イレギュラーの発生もなく、界孔自体も、すぐに広がってしまうような不安定な状態じゃなかった。


「おぉ~、頑張れよ若人~」

『いや、そんなに歳変わらないじゃないですか……』


 あの程度なら、わざわざ現場に行かなくても、リモートで対処できたはずなのだ。

  

『ポイント、到着しました』

「了解。 転送開始――」


 

 それなのに……



 ――なんで、あの程度でアラートが鳴ったの?



 ――もしかしたら、何かを見落してしまったのだろうか?



 そんな思いが、しばらくの間、頭の片隅に残り続けたのだった。

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