死んだ人を見てみたい
死んだ人を見てみたい。
そう思い始めたのはいつ頃だっただろうか。
小説や、漫画、アニメ、ドラマ、映画を見てて思う。この人達は死んだけど死んでいない。小説や漫画はキャラがたとえ死んでもそれは作者の中での単なる想像でしかないから。作者は事前に物語を決めておいていかないといけないわけだから、そのキャラは死ぬってなったら大幅な原稿改変が無い限り死ぬのだ。読者にはわからなくても、作者やその関係者はもう直このキャラが死ぬ場面だなっていうのがわかる。それがわかってしまった今となってはもう面白さの欠片もない。これはアニメでも同じことが言える。
では、ドラマや映画はどうだろうか。実際に人間が出て、血を流して死んでいる。それを見て泣くものがいる。わからないことでは無い。ただ所詮は演技。その人がより死に近い演技をしてもそれは演技でしか無い。血だって本物のを使うわけがない。もし仮に本物の血を使っているところがあるのならば(無いと思うが)医療関係に充てろと言うだろう。
これらはみな、本物の死ではない。
では生身の人間は?演技でもフィクションでもない死はどうだろうか。これこそ本物の死では無いだろうか。事故、病気、自殺、他殺_形はどうであれ、死は死だ。ただ、俺が見たいのは余命宣告を受けた病気の人間ではない。自殺でもない。じゃあ何か。他殺、又は事故死だ。
まさかそんな運良く見れるわけがなかろう。じゃあどうするかって?そんなの簡単だよ。
自分でやればいいんだから。
6時間目の授業が終わり皆が帰り支度をする。
みんな、今日帰る前にどこ行こうとかゲームしようとかくだらないことばかり話している。今から俺が殺人を犯すと言うのに。
場所は地下鉄。近くに居た人の背中を軽く押すだけだ。これは他殺にも事故死にもなる。つまり、一気に俺の夢が叶うというわけだ。地下鉄で通学していることに今日初めて感謝した。
俺は大した友達も居ないから一緒に帰ろうとか一緒に遊ぼうとか誘われることもない。まぁ、友達なんて作る意味なんて無いし。必要最低限の関わりで十分だ。
自分も肩に鞄を掛けて、地下鉄へと向かう道を歩いた。
地下鉄は予想通り人でごった返していた。これなら俺が罪を犯してもバレない。今日は神様が味方してくれている。
電車を待つ。丁度いい人はいないか。タイミングとしては電車が来るというアナウンスがかかり、電車のライトが見えた瞬間だ。電車が来るまであと3分。俺の目の前には仕事帰りの女がいる。申し訳ないけど、あいつには俺の犠牲になってもらおう。
「もうすぐ、○○行きの電車が到着します」
来た。そしてもう少しで電車が来る。
すぐに轟音が響き電車のライトが見える。よし、今だ。
ぽん、と女の背中を軽く押した。ヒールのついた靴を履いていたため、簡単によろけて線路に落ちた。
「いやあああああああああああ!」
女の叫びに皆は慌てている。「人が落ちたぞ!」「電車がもう来るわよ!?」「お姉さん!慌てないでこっちに!」と今から死ぬ予定の女を助けようとしている。無理に決まってるだろ、線路に落ちた人をホームから救うのは無理だ。しかももう電車が来る。
運転手が人に気づき急ブレーキを踏む。耳を劈く金属音が鳴り響く。俺もそれには耳を塞いだ。その時。
ドン、と力強く背中を押され俺も線路に放り投げられた。原因はすぐにわかった。皆は女のことが気になって線路の方に身を乗り出したから。その時俺は最前列だった。だから足の居場所がなくなって落ちた。
「もうひとり少年が落ちたぞ!」「あそこに落ちたら助からないぞ!?」「電車止まってええ!」
俺が落ちたのは女の落ちた場所より手前側だった。つまり、このままじゃ確実に轢かれる。
俺は立ち上がろうとしたが無理だった。落ちた時に運悪く線路に足を挟んでしまい身動きが取れない状態だった。
視界に電車のライトが映る。眩しくて目を細めた。ああ、これが死ってやつなんだな。
ゴンと鈍い音を立てて俺は跳ね飛ばされた。その時に速度が落ちたのか女のギリギリ手前で止まった。俺は真っ暗闇の中_ホームとホームの間のなにもない空間の中に落ちた。遠くから悲鳴が聞こえてくる。
俺はもう何も出来なかった。当然身体を動かすことは出来ない。目を開けることもままならない。生ぬるい液体がドクドク流れているのは分かる。心臓が痛いくらいに脈打つ。血管がドクドク言っている。呼吸が乱れる。それよりなにより、痛い。
全身に今まで感じたことのない痛さが電流のように流れている。さっきまで持っていたバックはどこに行ったのか。多分近くには無いだろう、見えないからなんとも言えないが。
「神様が味方してくれてるなんて……馬鹿みてぇ」
その絞り出した一言を言った瞬間、俺の意識は途絶えた。
「次のニュースです。昨日午後xx時xx分、xxx高校のxxxxxxさんxx歳が線路に落下し撥ねられる事件がありました。病院に運ばれましたが、病院内で死亡が確認されました。xxさんが落ちる前、xxxさんが線路に落ちていたことが警察の調べで発覚しています。それも含め、同一人物が犯行に及んだのではないかという考えも含み、警察は殺人として捜査を続けています」
朝のニュースで早速昨日の事件が放送されている。そりゃそうだ。高校生が撥ねられたんだから。しかもその前に女性が落ちている。事件性が高いと見てもおかしくない。
警察の推理はあっている。両方とも故意で行った行為だから。
君、前言ってたよね。中学生の頃だっけ。「死んだ人を見てみたい」って。当時の僕は急に何を言い出すんだこいつって思ったよ。でも、実際に見てみたらそれは僕が思っていた以上に美しかったよ。僕に絵の才能があれば今すぐにでも絵にしたいくらいだった。
1年振りくらいに駅のホームで君を見かけた。声かけてみようかな、でも忘れられてるかなって悶々としてたら、君は目の前の女性を突き飛ばした。愕然としたよ。あの時言っていた言葉は本気だったんだって思った。君の顔を見たら凄いスッキリした顔をしてて、僕はそれを素直に恐ろしいと思った。人を殺そうとしてどうしてそんなに笑顔で居られる?
お前ってそんなやつだったか?__親友。
僕はそれを見過ごせなかった。己の好奇心の基でやったのなら、罪のない人を殺すのは絶対に違う。ならどうするか。
そんなとき、僕に1つのアイデアが浮かび上がった。自分で体験すればいいと。
罪のない人を犠牲にするくらいなら、いっそのこと自分で体験しろと。だから僕は、かつての親友の君を、あの女性より電車に近いところに落とした。呆然としていた君の顔は忘れられないよ。多分僕のこと見てたよね?目合った気がしたんだ。気のせいかもしれないけど。
撥ねられた君は瞬く間に僕の視界から消えた。人が轢かれるって本当に一瞬なんだって思った。
なあ親友、自分で体験した感想はどうだい?是非僕に教えてくれよ。
「ま、死んだから言えないか」
一人の空間で呟いて、微笑した。
君の計画は僕のたった1つの行動で水の泡になってしまった。そして僕は親友の君を殺した殺人者になってしまった。
ま、その代わり僕の願いは叶ったけど。君のあの一言で僕も興味を持ったんだ。
「実に見事な死に方だったよ」
テレビに向かってそう呟いた。