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アルファシックス  作者: 水餅
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黄金の道しるべ Ⅰ

プロローグ

 

 その意思は希望、その意志は誓い、その遺志は未来。

 遠い昔から受け継がれてきたその意志が、世界に波乱を巻き起こす。

 二人の出会いは最初から決まっていた。

 受け継いだ意志のもと、必然の出会いを果たす時はまだ来ていない。


第零話


 この世界は残酷だ。様々な不条理によって出来ている。いつだって弱いものが虐げられ、失い、奪われる。

 もし、こんな世界を変えることが出来るのなら、俺は変えたい。子供たちが笑って暮らせる、何一つ不自由のない世界を作りたい。

 だけど、現実はそう甘くはない。

 これから先、どんな事があったとしても、俺は強くなると誓う。


 …だからさ…皆…また、いつかどこかの空で会おう…


第一話 穏やかな日常と籠の鳥


 俺には名前以外の全ての記憶がない。

 二年前、とある研究施設で目を覚ましたのが一番古い記憶だ。

 それ以前の記憶は欠片も無い。自分が何者なのか、一体何故この研究施設にいるのか、知りたいとは思うが施設を出る事が出来ない理由がある。

 それは、俺と同じ施設に連れてこられた子供たちがいるからだ。俺一人なら逃げ出すことは可能だとは思う。

 だが、皆を連れて行くとなると難しい。

 外に出るときは必ず一人、施設で残される。

 それに、施設には変な仮面を着けた奴らがいて、そいつらがいつも俺たちを監視している。

 現に今もすぐ近くでこちらを見ている。仮面の一人、白髪の少年、確か名前はシックスと言ったっけ。

 子供たちが騒ぐ声が聞こえる。今日は、施設の外の森の中にある川で遊んでいた。

 俺は少し離れた所にある大きな岩、皆はお化け岩と呼んでいる場所で、皆を見守っている。過保護と言われるかもしれないが、俺が一番年上なんだ。しっかりと見ておかないと、小さな子もいるし、何より川遊びに来ているから溺れると大変だ。

 まぁ…川といっても足首程の深さしかないが。

 そんな事を考えていると、子供たちのうちの一人がこちらに向かって走ってくる。

「ソラトの兄ちゃん!兄ちゃんも一緒に遊ぼうぜ!たまにしか外に出られないんだから遊ばなきゃ損だぜ!」

 ソラトと言うのは俺の名前だ。

 実験ナンバーで呼ばれるのが嫌で、自分でそう名付けた。

 この元気いっぱいの少年はライア。子供たちの中では一番年上で、面倒見がいい。

 俺は手を引っ張られて、皆の元へ連れて行かれる。

 まぁ…たまにはいいか。皆と遊ぶのも悪くはないな。

「皆!今から兄ちゃんも参加するからな!今日はめいっぱい遊ぶぞ!」

 そこから先は時間を忘れるくらい、皆で遊んだ。

 やがて、日が傾き始め、辺りが薄暗くなってきた。

「そろそろ帰りましょう。この辺りは夜になると魔物が出現するので、危ないですよ」

 そう言いながら、シックスがこちらへ向かって歩いてきた。

「えぇー!もっと遊びたいよー!」

 幼い子がシックスに向かってそう告げる。すると、他の子たちも一斉に「帰りたくなーい!」とか「まだ遊び足りない!」とか、シックスを取り囲んで、無邪気にそう告げる。

 シックスは「あはは…どうしましょうか?」と困りながら俺の方へ問いかける。

「ダメだぞ!お前たち。魔物が出てきたら食べられちゃうぞ!それに…」

 ライアがそこまで言った後、グゥ~と大きなお腹の音が鳴った。音はライアの方から聞こえた。

「俺、いっぱい遊んでお腹すいたから、早く帰ってご飯を食べたいんだぜ!」

 元気いっぱいの声と笑顔でライアがそう言うと、皆が一斉に笑う。

「僕もお腹すいた~」「早くご飯食べた~い」などなど、ライアの言葉につられて遊ぶことより食べることに意識が向いた。

 こういう皆が駄々をこねだした時、ライアはいつも皆をまとめてくれる。ライアとしては無意識だろうけど、ライアには人をまとめる才能があるんじゃないかと思う。

「では帰りましょう。今日の晩御飯は何がいいですか?」

 シックスは皆に尋ねる。すると、真っ先にライアが「肉!今日も肉がいい!」と大きな声でシックスに詰め寄る。

 こういうところはまだまだ子供だな。それにしても今日もまた肉か…一体何日連続で食べれば気が済むんだ。皆も肉に賛成みたいだから別にいいか。

 そんなことを考えていると、シックスが俺に小さな声で話しかけてきた。

「ソラトさん、さすがにお肉が続くので野菜を多めにしてもいいですか?」

「ああ、確かにあいつらの栄養とか気になるしな。俺からいっぱい食べるように言うからたくさん用意してくれないか?」

「分かりました。では今日の食卓にたくさん並べておきますね」

 シックスはそう言って、子供たちの元へ歩いて行った。

 あいつは本当にいい奴だな。いつも子供たちを気遣ってくれるし、俺たちのご飯を用意してくれているのもシックスだしな。 

「皆さん、辺りが暗くなってきているので、足元に注意して歩いてくださいね」

 シックスはそう言い、先頭を歩き出す。皆もそれについて行き、俺は一番最後尾について歩き出す。

 穏やかでいつもと変わらない日常だ。

 たまに実験だとか何とかで辛い思いをすることもあるが、それでも皆明るく元気に過ごしている。

 でも、いつかは皆で外の世界へ逃げ出したいと思う。俺たちは自由になって、色んな景色を見て、色々な事を学びたい。皆も外の世界で暮らしたいといっていた。

 だが、現状では俺の力だけでは皆を逃がす事は難しい。一人も残さずに逃げ出す事はきっと不可能に近いだろうな。

 でも…きっといつかは…

 そんなことを考えて俺は皆と共に施設へ帰っていった。


 変わらない日常の中で、変えられない日々を送っていた。

 俺は多分、皆といられたらそれだけで良かったんだ。


 なのに………


「…な……なんだ………よ…これ………」

 むせかえるような濃厚な匂い。目の前を真っ赤に染めているのは大量の血だ。

 パシャリ…と暗闇の奥から何かが近づいてくる。

 後に、俺とこいつは命を懸けた戦いをすることになる。


第二話 月明かりの邂逅

 

 深い森、月明かりに照らされた獣道を俺は走り抜けていく。靴を履いていないから石や木の枝を踏む度に足に痛みが走り、立ち止まりそうになる。

 だが、「振り返らず走れ!」そう言われたことを思い出す。

(そうだ…こんな所で立ち止まるわけにはいかないんだ!)

 俺は歯を食いしばって、再び足に力を入れて走り出す。

 その刹那、轟音とともに後方から凄まじい衝撃波が来る。

 俺は衝撃波から身を守るために前方に飛ぼうとしたが、気づけば吹き飛ばされていた。

 やがて身体が木にぶつかり一瞬遅れて激しい痛みが全身を駆け抜けていった。

「かはっ…」

 息ができない、身体が痛くてもう動けそうにない。 

 何故だ…どうしてこんな目に合わなくてはいけないんだ、そう思いながら衝撃波が来た方に目をやると、そこには、月明かりに浮かび上がる二つの影が見えた。

 一つは山のように巨大な化け物、そしてもう一つは空中を飛び回って化け物と戦っている小さな人影。

 その二つはここからそう遠くない場所で争っている。

 化け物がその大きな腕を振り下ろすたびに大地は揺れ、地割れが起こる。

 そして人影は化け物の攻撃をかいくぐり、夜の闇を切り裂くような紫色の雷を化け物へと放っている。

 やがて大きな断末魔と共に巨大な化け物が透明な光の粒子となって月夜に消えていった。

 分かったのはそこまでだった。

 俺の意識は次第に薄れていき、最後に見えた光景は雲一つないとても綺麗な月夜だった。

 ◇

 時はさかのぼり約一日前。深い森の中にあるとある研究施設。

 その施設の真っ白な廊下を一人の男が歩いていく。やがて、ある一室でその歩みを止めた。

「おーい!生きてるかー!」

 俺は外から聞こえてきた大きな声と、扉をノックする音に目が覚めた。

「それを聞くなら、起きてるかの間違いじゃないのか?」

 俺は扉に近づきながらそう返した。この声の主を俺は知っている、この研究施設の子供たちのよき理解者でもあり、子供たちの味方のジュリアス・アルトヴァリ。

 少し痩せ型で、背中にいつも槍を背負っているのが特徴的だ。

 みんなからは、ジュリアスのおっさんと呼ばれている。

 俺がそう呼んだらみんなが真似をして今ではただのおっさんになっている。せめてジュリアスは入れてあげてほしい。

「ジュリアスのおっさん、こんな時間に何の用だ?もうとっくに消灯時間は過ぎているだろ?」

「ああ、大事な話がある」

「なんだよ大事な話って?」

 おっさんの真剣な声色(こわいろ)に、いつもとは何かか違うと俺は感じていた。

「いいかよく聞け、明日の夜中に俺の仲間がここを襲撃する。俺がお前たちを逃がすから、お前が他の子たちを連れて逃げろ」

「仲間?襲撃?いったい何の話なんだよ、いきなりすぎてわけわかんねーよ!」

 俺はおっさんの唐突な話に困惑した。だってそうだろう、誰だっていきなりこんな話をされると困るに決まっている。

「おっさんはどうするんだよ!一緒に逃げるのか?」

 俺はつい大きな声になってしまう。

「俺はお前たちを全員逃がしたら仲間と合流する。その後でお前たちの保護をする。だからお前に子供たちの殿(しんがり)を務めてほしい、頼めるか?」

 殿だって?ふざけるな!俺たちを全員逃がすということは、結果的におっさんが殿を務める事になるだろうが。

「後からおっさんも……来てくれるんだよな?」

「ああ。約束する」

「…分かったよ。子供たちは俺に任せてくれ」

 俺は渋々了承した。そうしなければ確実におっさんの足を引っ張ると思ったからだ。おっさんはいい人だ心配をかけたくない。

「まだ子供のお前に、大変な役割を押しつけてすまない」

「気にすんな、おっさんはこの最低な研究施設で唯一、俺たちの味方でいてくれたんだ!仲間とか襲撃とかは、いきなりすぎて驚いたけどな!」

「ハハハ、まぁ仲間だとかは外で合流出来たら教えるさ」

 ジュリアスはよしっと言い自分の頬をパンパンと二回叩いた。

「作戦決行は明日の夜中だからな、子供たちにもそれとなく伝えておいてくれないか?」

「分かった。明日の朝食の時間に話しておくよ」

「じゃあ、任せたからな」

 そう言うとジュリアスはまた真っ白な廊下を歩いて行った。

 俺はその足音が遠ざかっていくのを聞いた後によしっと言い自分の頬を二回叩いた。おっさんの気合の入れ方を俺も真似してみたんだがなかなかに気合いが入る。

「明日は子供たちを守るのが俺の役割だ、大丈夫きっとなんとかなる」

 そう決意を固めると俺は眠りにつくのだった。

 ◇

 翌日の朝、俺は食堂へと向かうために、真っ白な廊下を歩きながら考え事をしていた。主にここの人間についてだ。

 この研究施設には、八人のスタッフがいる。

 まずは仮面をつけた無口な六人組。

 顔の上半分が隠れていて、その顔はあまりよく分からない。基本的に何を考えているのか分からない奴らだ。

 次にジュリアスのおっさん。おっさんは数か月前に子供たちの監視役として雇われた。おっさんはいい人だ。

 そして博士と呼ばれる、大きな眼鏡に肩まで伸ばした髪が特徴的な男。

 こいつは最低な奴だ、仮面の六人組を使い、至る所から子供たちを集めては、様々な実験を行っている。俺も様々な実験を(ほどこ)された。小さな子供は実験のせいで亡くなってしまうこともあった。

 さらには子供たちを実験ナンバーと呼ばれる数字でよんでいる。子供たちの中には自分の名前を実験によって思い出すことができなくなった子もいる。ひどい話だ。

 だから俺は名前を無くしてしまった子たちに名前を付けている。俺が名前を付けるとみんなが喜んでくれるから俺も嬉しいんだ。

 そんな事を考えて食堂へと歩いていると、前方から「ソラトの兄ちゃーん」と呼ぶ声がした。

 俺は手を振りながら走ってくる元気いっぱいの男の子に手を振り返した。

「おはようソラトの兄ちゃん。なぁソラトの兄ちゃん聞いてくれよ!昨日さー俺ジュリアスのおっさんのものまねを一人でやってたら仮面のやつらがジッと見てたんだよ!しかも無表情で!」

 この元気いっぱいの少年はライアという。名付けたのは俺だ。

 朝から元気いっぱいだなぁと思いながら話を聞いてやる。うんうん、そうかそうか。

 と、話を聞いていると「兄ちゃん、なんか上の空だな」と指摘されてしまった。

「なぁ大丈夫なのか?お腹空いてんのか?ちょっと不安になるぞ!」

「ごめんな、大丈夫だ。少し考え事をしてただけだ」

「そうなのか。大丈夫だったらいいや!」

 ライアはそう言うと早く朝食を食べたいのか俺の手をグイグイと引っ張って来る。

「おいおい、そんなに腹が減っているのか?」

 俺がそう聞くと、ライアは目をキラキラさせて、

「何言ってんだよ兄ちゃん、今日の朝ごはんは肉だぜ肉!早くいかなくちゃ肉に失礼だろ!」

 よく分からない理論だが、そう言ってライアは、俺の手を引っ張る。

(朝から肉は重いな、ライアに少し分けてやるか)俺は小さな手を握り返しながらそう思うのだった。

 ◇

 食堂に到着すると、子供たちがもうすでに座って俺とライアを待っていた。

「やっときたー!」や、「おなかすいたー!」など、朝から元気いっぱいの子供たちの声が食堂に響く。

「皆、遅れてごめんな」俺はそういいながら席に着く。

 ライアはいつの間にか席についているようで、運ばれて来る朝食をじっと待っている。

 子供たちは全員で九人いる、そこに俺を入れて十人が今の人数だ。

 最初は二十人近くの子供たちがいたのに今ではその半分になってしまった。

 だからせめて、ここにいる子たちは絶対に守りたい。

 そんな事を考えていると料理が運ばれてきた。

 いつも運んで来るのは仮面の六人組の一人、白い髪のショートヘアだ。

 男か女かわからないが、こいつは仮面たちの中では随分と感情豊かな方だと思う。名前は確か、シックスと呼ばれていたのを聞いたことがある。

「今日は近くの森でとれたフルボアのお肉です、沢山あるのでいっぱい食べてくださいね」

 そう言ってテーブルの上に大きなフルボアの肉が並べられていく。

 フルボアと言うのは、この研究施設の近くの森に生息する猪型の魔物らしい。これがなかなか美味い。

「それじゃあ皆食べる前の挨拶だ!」

 俺がそう言うと、子供たちは手を合わせてから食べていった。

 ◇

 俺の部屋は研究所の地下一階の一番奥にある、一人部屋にしては少し大きな部屋だ。ほとんど、ジュリアスのおっさんしか来ることがない。

 だが今はその部屋に、子供たち全員が集まっていた。

「何だよ兄ちゃん、話って?それにいつもは俺たちの部屋まで来てくれるのに急に兄ちゃんの部屋に集合なんて珍しいな!」

「いきなりで悪かったな、今日は皆に大事な話があるんだ」

 そう言うと、皆は俺の話を聞くために姿勢を正した。

「いいか、驚かないで聞いてほしい。昨日ジュリアスのおっさんが俺たちを外へ逃がすと言っていた。それも今日の深夜にだ」

「おっさんがそういってたのか?」

「ああ、そうだ。」

「でもそんな急に言われても…あいつらが逃してくれるとは思わないぞ!」

 ライアが不安そうに言う。

 俺とライアの会話を聞いて他の子供たちも不安そうにしていた。ライアの言うとおり、仮面の六人組はとても強いらしい。ジュリアスのおっさんが言っていた。

「ライアの言うとおり、あいつらは追いかけてくるだろうな…でも、ジュリアスのおっさんが囮になるって言っていた。それに俺も、皆の殿をつとめるから」

「殿?なんだよそれ!そんなことしたら兄ちゃんが危ないじゃないか!それにおっさんも囮なんてっ…」

「ライア…」

 ライアは今にも泣き出してしまいそうだ。他の皆も同じように、不安そうに俺の顔を見つめている。

「大丈夫だ!ジュリアスのおっさんも、俺も、皆も、必ず大丈夫だから!…な?俺が必ず皆を守るよ!約束する!」

「本当か?兄ちゃんがそう言うなら、俺たちは兄ちゃんの言うとおりにするよ!」

 ライアがそう言うと、周りの子供たちも皆うなずいていた。

 俺は絶対に皆を守ると心に誓った。

 ◇

 その日の夜、ライアたちは、俺の部屋で眠っていた、俺だけは起きていつ何があってもいいようにジュリアスのおっさんを待っていた。

 考えたくもないが、逃げるのが失敗したらと思うと、背筋が凍る。そんなことになればまず殺されてしまうだろう。

「ライア…」

 俺はすぐ隣で眠っていたライアの頭を撫でる。こうしていると少し落ち着く。

 ライアはくすぐったいのか俺の手を払いのける。まったく、俺は緊張で落ち着かないのに、気持ち良さそうに寝てるな。

 その時だった、研究施設いっぱいに警報が鳴り響いた。

「皆!起きろ!」

 皆はすぐに状況を察したのか、素直に言うことを聞いてくれる。

「皆…いいか?ここから出たら真っ直ぐに出口を目指す!皆は絶対にはぐれないようにしてくれ!先頭はライア、頼めるか?」

「…分かったよ…兄ちゃんの頼みなら、俺、頑張るよ!」

 ライアは少しだけだが、身体が震えている。恐怖と緊張から来るものだろう。

 だが、その目は強い光を宿している。ライアは俺に絶対の信頼をよせてくれている。俺もそれに答えなくちゃな。

「さぁ皆、ジュリアスのおっさんが囮になってくれているうちに早くここから出るぞ!」

「皆はライアについていってくれ!俺は最後にここを出る!」

「兄ちゃん…どうか死なないでくれ!」

「ああ…皆を頼んだぞ!」

 ライアはコクリと小さくうなずいて、皆を連れて出ていった。

 俺は皆が出ていったことを確認して、最後尾についた。

 もし、奴らが追ってきたら、俺が命をかけてでも皆を守る!

 ◇

 研究施設は、地上から地下3階までの計4階層で構成されている。研究対象たちは、地下一階に、地下2階は様々な研究道具がおいてある。

 そして地下3階、そこは博士、そして仮面の六人組がいる場所だ。

「それで?まんまと逃げられた事をわざわざ報告しに来たのか?お前は」

 博士は筆を走らせながら、嫌味たっぷりに仮面の六人組の一人、赤い髪の男にそう言った。博士のすぐ傍らで片膝を立てて博士の言葉に耳を傾けている。

「申し訳ありません!現在、施設内を探らせております!」

 赤い髪の男は、仮面の六人組のリーダー的存在で、いつも博士の嫌味を聞く役だ。

「全く、使えない道具だなぁお前たちは!」

 博士は仮面の六人組を道具と呼ぶ。彼らは、博士にとっては人形でしかない、故に感情も無ければ、不平、不満もない、ただ忠実に任務を遂行するだけだ。

「まぁいい…近いうちに全員処理してしまう予定だったからな…手間が省けて良かったということにしておいてやろう。実験体をすべて捕らえた後、処理をしておけ。それと、間違っても第0番体(プロトタイプ)は殺すなよ…あれにはまだ、利用価値がある」

「ハッ!了解しました。それから、ジュリアスはどうされますか?」

「ジュリアスか…あれはお前たちでは勝てん…だが、これを使え」

 そう言うと博士は机の引き出しから細長い黒い筒を出した。それを見た途端、赤い髪の男は、体の奥が凍えるような感覚に陥った。

「こ、これは…一体、何でしょうか?」

(何だ…この感覚は…どうしてこんなにもこれが怖いんだ)

「お前は何も知らなくていい…ただそれをジュリアスに向けて投げつけてやれ…そうすればお前たちでも勝機はあるだろう」

 あくまでも淡々とした様子でそう告げる博士に、赤い髪の男は全身に冷や汗を感じた。

「それともう一つ、リッパーをここに呼んでおいた…奴と共にプロトタイプを捕らえ、それ以外はすべて殺してしまえ」

「リッパー…あの方を呼んだのですか、ですがあの方は我々と協力などするのでしょうか?」

「ファウスト、お前たちは私が作り上げた道具だ…何も考えずにただ私の指示に従っていればいいんだ。早く取り掛かれ」

「了解しました!すぐに取り掛かります」

 赤い髪の男…博士がファウストと呼ぶその男は、地上へと向かい歩き出した。

(私たちは、博士にとってはただの道具か…だが、私は…私たちは…)

 ファウストは、心の中に湧き上がる感情を表には出さずにエレベーターへと入る。

 仮面の六人組は、博士にとってはただの人形だ、だが彼らには感情がある。

 博士がそれを理解しようとしないだけで、彼らにはしっかりとした感情があるのだ。

「私たちは、いつまでこんな事を続けなくてはいけないんだ…」

 エレベーターの中、ファウストの呟き(つぶやき)だけが響いた。

 ◇

 ジュリアスのおっさんが言っていた通り、俺は皆の最後尾について後ろを警戒しながら薄暗い廊下を走り抜けていく。先頭のライアは一直線に出口に向かっているようだ。

 だが、小さな子もいるためにその速度は極めて遅かった。

 いつ追い付かれるか分からないが、もう少しで出口が見えてくるはずだ。

(もうすぐだ。あと少しで外に出られる!)だが…

「ここから先は通しません」

 前方から聞こえてきたその声の主は仮面の六人組の一人、白髪の少年、シックスだった。薄暗い廊下には静寂が訪れる。

(まさかもう追手が来るなんて…こんな所で捕まるわけにはいかない。何とかしないと…でも、どうすれば…)

 そう考えていると、子供たちの一人がシックスに対し、声を発した。

「お兄ちゃんは、僕たちを殺すの…?」

「…それは……命令が下ったんだ…君たちを処分しろって……」

 シックスは俯いてそう告げる。今にも泣きだしてしまいそうなその声は震えていた。

「…ごめんね……」

 顔をこちら側に向け、謝罪の言葉を告げる。その顔には顔の半分を覆い隠す仮面を着けているため、その表情は分からない。

 こいつはきっと悪い奴じゃない。俺には分かる。博士に命令されてこんなことをしているだけなんだ。

 俺は先頭にいたライアの横に来る。そして、シックスと向き合う。

「兄ちゃん…」

 ライアが不安そうな顔でこちらを見る。

「大丈夫だ!俺が何とかする!耳を貸してくれ」

 俺がそう言い、ライアは何も言わずに頷く。そして、ライアに俺の考えを伝える。

「そんなの…兄ちゃんが……」

「ライア…俺は大丈夫だから。皆のことを頼んだぞ!」

 今は奴一人だけだが、いつ別の追手が来るか分からないこの状況で時間をかけている余裕はない。

 俺は、シックスの方へ走り出す。そして、

「どりゃあぁ!」

「な…何を…」

 俺は勢いをつけてシックスを押し倒し、その体を押さえつけた。

「今だライア!皆を連れて早く外に出ろ!」

 外に出ればジュリアスのおっさんの仲間がいるはずだ。

「兄ちゃん…」

「ライア!早く行け!」

「兄ちゃん…外で待ってるからな!絶対に来てくれよな!皆行くぞ!」

 ライアはそう言い、子供たちを連れて出口へと走り出す。俺はシックスを押さえながら皆が出ていったのを確認する。

「…皆…無事に逃げ切れよ…」

「だ、駄目です!今外に出たら…」

 シックスは俺に向かってそう告げる。

 だが、その言葉は最後まで続かなかった。

 大きな音と共に俺たちのすぐ後ろ、右後方の壁が崩れ落ちたからだ。

「な、何だ」

 俺は崩れた壁を見る。その辺りは砂ぼこりや、崩れた破片などが飛び散っており、よく見えない。が、

「おっさん!」

「無事か!ソラト!」

 瓦礫の中から姿を現したのはジュリアスのおっさんだった。

「おっさん、皆外に逃げた!後は俺とおっさんだけだ!」

 俺はシックスから離れてジュリアスのおっさんの元へ向かう。その姿は所々服が破れていて、細かい切り傷がたくさんあった。

「おっさん血が出てるじゃないか!大丈夫なのか?」

「俺は大丈夫だ。それよりソラト、皆外に出たと言っていたが、本当か?」

「ああ!本当だ!」

 俺がそう言うとおっさんは顔をしかめながら俺の肩に左手を置いた。

「おっさん?」

「いいかソラト…よく聞いてくれ。博士の野郎がとんでもない奴を呼んでいた。そいつに見つかったら命はない」

 俺はおっさんの言いたいことがよく理解できなかった。

 いや、理解できないわけじゃなくて、頭が理解するのを拒んでいたのかもしれない。

 俺は嫌な予感に背筋が凍り付いた。おっさんの言っている事が本当なら、先に逃がした皆が危ない。

「俺の仲間がすぐ近くまで来ているらしいが、妨害を受けているみたいなんだ」

 ジュリアスのおっさんは左手に力を込め、俺の肩を強く握る。

「お前を…お前たちを危険な目に合わせちまって申し訳ねぇ!」

 おっさんは声を震わせながら俺たちに謝罪する。おっさんは俺たちを逃がすために色々と手を尽くしてくれた。おっさんは何も悪くない。

 だから、俺はおっさんが言いたいことを先に言う。

「おっさん…俺、皆を追いかけるよ」

「ソラト…お前に頼むのは間違っていると分かっている。…だが、今はお前にしか頼む事ができない」

 おっさんはそこまで言うと、俺の頭に手を置いた。そして、ガシガシっと強めに俺の頭を撫でる。

「ソラト…ガキたちを頼んだぜ!」

 おっさんはそう言ってニカッと笑い、後方を向く。

 すると、複数の足音が聞こえてくる。

 そこにはシックス以外の仮面を着けた者たちがこちらに向かって歩いて来ていた。

「もう追い付きやがったか…」

 おっさんはチッと舌打ちをして、右手に持っていた槍を器用に回し、両手に持ち替える。

「ソラト…あいつらは俺が食い止める。お前はただ、真っ直ぐに突き進め!」

 おっさんはこちらを見ずにそう告げる。

「おっさん…また会えるよな…?」

 俺はジュリアスのおっさんの背中に向かってそう問いかける。

 でも、それに関しての返答はなかった。

「行け!ソラト!振り返らず走れ!」

 おっさんは大きな声を張り上げて、俺にそう言う。

 俺は奥歯を嚙みしめて、おっさんとは反対方向の出口へ向かい、走り出す。

「シックス!捕まえろ!」

 ファウストは逃げ出したソラトを捕らえるように指示を出す。

 シックスはその指示を受けてソラトを捕らえようとする。が…

「させるか!」

 ジュリアスは振り向きざまに懐からナイフを取り出し、シックスに向けて放つ。そのナイフの刃の部分には魔術文字が刻まれており、淡い光を発している。

「くっ…」

 シックスはそのナイフをはたきおとす。

 その隙にソラトはシックスの隣を通り抜け、外へと出る。

「シックス!プロトタイプは逃がしてはならない!早く追いかけろ!」

 そう指示を受けて、シックスはソラトを追いかける。

 その様子を見て、ジュリアスは「へっ」と笑うだけで、何もしなかった。

 そして、ファウストたちの方へ向き直り、改めて槍を構えなおす。

「なぁ、お前たち…お前たちはこれでいいのか?」

 薄暗い廊下にジュリアスの問いが響く。

 ファウストたちは、表情を変えずに静かにそれを聞いていた。

「お前たちも元は人間だったんだろ?だが、あいつによって強制的に変えられた…お前たちも本来なら保護される対象なんだぜ?」

 ジュリアスは諭すようにそう問いかける。

 だが、それでも仮面たちの表情は変わらない。

「ジュリアス、我々は博士によって作られた人造人間だ。人間だった頃の記憶は残っていない。だから…」

 そこまで言って、ファウストは言葉に詰まる。

 仮面で表情は分からない。だが、その姿はまるで、葛藤する人間のようだった。

「我々は…私は…この生き方しか知らない…博士の命令を遂行するために、私は存在している」

 ファウストは、自分に言い聞かせるようにそう言うと、懐から細川い黒い筒を取り出した。

 ジュリアスはそれを見た途端、驚愕で目を見開いた。

「おいおい…まじか!そんなもんまで用意していたのかよ!!」

 ジュリアスは全身に冷や汗を感じながら、両手に握った槍を強く握りしめる。

「こいつは…ちとやべぇかもな」

 ◇

 深い森の中を多くの子供たちが走り抜けて行く。月明かりしかなく辺りは暗い、それでも前に、少しでも遠くに逃げるために子供たちは走る。

 その一番最後尾にはソラトの姿はなく、ライアの姿があった。

(ソラトの兄ちゃん…ジュリアスのおっさん、必ず俺が皆を守って見せるから、だから、無事でいろよな!)

 ライアは、少し前に自分たちを逃がすために囮になった二人の事を考える。

(大丈夫…きっと大丈夫だから、今は俺にしか出来ないことをしなくちゃ)

 そう考えながら走っていると、少し開けた場所で、子供たちが立ち止まっていることに気づいた。

「皆どうしたんだ?こんな所で止まっちゃダメだろ!」

 先頭に追い付いたライアは子供たちにそう言った。

 だが、どうやら皆の様子がおかしい事に気づく。皆は一点を見つめながら立ち尽くしていた。ライアはその場所を見る、辺りは暗く月明かりしかないその場所に誰かがいた。

 月明かりに照らされているのは、一人の男の子だった。歳は十代前半ぐらいライアと同じぐらいだ。

「お前、誰だ?ソラトの兄ちゃんの知り合いか?それともジュリアスのおっさん?お前も…博士から逃げてきた奴か?」

 ライアは全身から冷や汗が止まらなかった。

「お前たち、あいつの所の…実験体か?」

(こいつはやばい、ここにいちゃダメだ…兄ちゃん、早く来てくれ。)

「あ…あ…」

 ライアは声が出せなかった。体は言うことが聞かず、ただただ震えが止まらなかった。

 たった一言…それはライアたちを震え上がらせるのに十分すぎるものだった。

「ねぇ!君たちに選ばせてあげようか?」

 その少年は醜悪な笑みを浮かべて告げる。

「一瞬で死ぬのと苦しみながら死ぬの…どっちがいい?」

 心底楽しそうに告げる少年にライアは涙を流すのだった。

 ◇

 目を覚ますと、目の前には淡い光を放つ大きな月があった。

 俺は確か…吹き飛ばされて…

 俺は辺りを見渡す。

 すると、夜空に閃光が瞬く。まだあの化け物たちはこの近くで戦っているみたいだった。

「くっ…いてっ…」

 体を動かそうとすると、全身をめぐる鈍痛に顔をしかめる。

 だが、こんな所で足を止めている時間はない。幸い、月の位置がほぼ変わっていないから、気を失っている時間は短かったようだ。

「早く、あいつらを追いかけないと…」

 ジュリアスのおっさんはとんでもないやつがここにいると言っていた。早く追いつかないと、皆が危ない。

 俺はすぐそばに落ちていた木の枝を取って杖代わりにする。

「折れるなよ…」

 皆との集合場所のお化け岩まであともう少しだ。

 俺は全身を走る痛みに耐えながら、一歩ずつゆっくりと獣道を歩き出した。

 ◇

 歩き出してからどれくらいたったのか、いつの間にかあの化け物たちの戦闘音は聞こえなくなっていた。

 俺は体の痛みに耐えながら、歩き続けていた。

 いつもならお化け岩まで歩いてすぐなのに、今はとてつもなく遠いような気がする。

 俺は無我夢中で歩いていると、月明かりの中、誰かの人影が見えた。

 俺はその人影に気づかれないようにそっと近づいた。

 だがその時、俺は足元の木の根に足を取られて転んでしまった。

「誰っ!」

 気づかれた……

 俺の方に向かいゆっくりと歩いてくるその人物はやがて、月明かりに照らされてその姿を現す。

「お前は…!」

「あなたは…」

 見上げたその先にいた人物、それは…

「シックス!」

 白い髪に顔の半分を覆い隠す仮面…シックスがそこに立っていた。

 俺は体の痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がり、持っていた木の枝をシックスに向ける。

「ソラトさん…」

 相変わらず仮面でその表情は分からない…だが…「お前…泣いてるのか?」

 月明かりに照らされたシックスの頬には涙が伝っていた。

 次から次へとあふれ出る涙は止まることはなく、地面を濡らしていく。

「…ソラトさん……この先には行かないでください…お願い…します…」

 シックスはソラトの目を見てそう告げる。

 その声は震えており、今にも泣き崩れそうだった。

「一体何だよ…お前は、俺を捕まえに来たんじゃないのか…?」

 俺の問いには答えず、シックスは俯いてしまう。

 この先にはお化け岩がある。そして、シックスはこの先にある光景を見て泣いているのか?

 だとしたら…この先にいるあいつらは…?

 シックスは…いい奴だ…いつも子供たちの事を気にかけて、俺たちを殺すのもためらっていた。そんな奴がこの先の光景を見て涙を流しているんだ…。

 まさか…そんな……いや、まだ……決まったわけじゃない………

「…どいてくれ……」

「………」

 シックスは何も答えずに俯いたままだ。

「お願いだ…そこを……どいてくれ!」

 今度は強くシックスに言う。シックスは一度こちらを見た後、何も言わずに道の端に寄る。

 俺はシックスの横を通り過ぎ、お化け岩へ向けて再び歩き出す。

「ソラトさん!」

 シックスは俺を呼び止める。俺は足を止めずにそのまま歩いていく。

「…行かないで……下さい………」

 シックスの言葉に返答せずに、そのまま歩き続ける。

 たとえこの先に待っているものが何であろうと、俺は歩みを止める事はない。

 ◇

 月明かりの中、深い森に二つの人影があった。

 一人は長いエメラルドグリーンの髪色をした女性で、紺色のジャケットをはおり、頭には白い花の髪飾りをしている。

 もう一人は黒い長髪の少女で、白を基調とした制服に、後頭部に赤い大きなリボンを着けている。

「やはりおかしいな…」

 エメラルドグリーンの髪の女性がそう呟く。

「エルシアも…そう思う?」

 黒い髪の少女がそう返す。エルシアというのはエメラルドグリーンの髪の女性の名前だ。

「ああ…ここに来て、あの巨大なスケルトンが私たちを待ち伏せしていた…奴と博士が手を組んでいるというのは知っていたが、それにしても、今日この場所にいたというのは偶然にしては出来過ぎている」

 エルシアは腕を組み深く考え込む。

「ねぇ…」

 エルシアが考えていると、不意に袖を引っ張られる感覚があった。

「どうした?クローディア」

 黒い髪の少女、クローディアと呼ばれたその少女は、エルシアの袖を引っ張りながら答える。

「エルシア…向こうに強い魔力を感じる…とても嫌な魔力…」

 クローディアは、その方向を指さしながら眉をひそめる。

「急いだほうがいいかも…」

 エルシアはクローディアが指さす方を、じっと見つめて集中する。

 すると、微かにだが人の気配を感じる。

「私はお前ほど魔力を感じる事は出来ないからな。だが、確かに何かいるな。おそらく、あれを操っていた……奴だ」

 あれ…というのは巨大なスケルトンの事だ。それを操っていた者がこの先にいる。

「クローディア、お前は研究施設へ行ってジュリアスと合流してくれ」

 エルシアはクローディアの方を見ず、暗い森の中の、その先にいる者を見つめながらそう告げる。

「私は奴を追いかける。子供たちが心配だ。それに、奴を野放しにはしてはおけん!」

「分かった…じゃあ私は施設へ行く…エルシア…大丈夫だとは思うけど、気を付けてね…」

 それだけ告げると、クローディアは背中から黒い六枚の翼を出す。

 そして、月明かりの中夜空へ飛び立つ。

「クローディア、頼んだぞ」

 エルシアは飛び立ったクローディアにそう言うと、走り出した。

(奴が子供たちと接触すれば最悪の事態になる…早く行かなければ…)

 月明かりしかない、暗い森の中をエルシアは駆け抜ける。

(どうか…全員無事でいてくれ…)

 ◇

 俺は、この時の光景を一生忘れる事ができないだろう。

「…う……あ…あぁ……」

 鼻につく異様な匂いに嘔吐感がこみ上げてくる。むせかえるような濃厚な匂いだ。

 目の前に広がるのは、月明かりに照らされて鈍く光る、真っ赤な血の海だった。

「…な……なんだ………よ…これ………」

 血の海の中で、先に逃がした皆が倒れていた。

 俺は頭が真っ白になり、全身から力が抜けるような感覚に陥られながら、よろよろと皆の元へ近づいて行く。

「ライア…!」

 倒れている子供たちの中に、ライアの姿を見つける。

 俺はライアの元へ行き、仰向けに寝ていたその体を抱きかかえる。抱きしめた体は冷たく、もうすでに…生きてはいない事が分かった。

 抱きかかえた自分の手を見つめると、血がべっとりと付いており、ライアの腹部は鋭い刃物で切られたような傷があった。

「…ライア……嘘だろ…何で……何でなんだよ!」

 涙でくしゃくしゃになりながらライアを強く抱きしめる。

 俺は、泣く事しか出来なかった。

 その時だった。パシャリ…と暗闇の奥から何かが近づいてくる。血の海を歩きながら姿を現したそれは、少年の姿をしていた。

「ねぇ…君は、プロトタイプ…って呼ばれていた実験体?」

 凍えるような冷たい笑みを浮かべながら、俺の目の前まで来たそれは、濃厚な死の予感を感じさせた。

「僕はリッパーって言うんだ。まぁ名前なんてどうでもいいよね。だってどうせすぐに死ぬんだし…まぁあいつには殺すなって言われてるけど、正直僕にはどうでもいいんだよね」

 その少年、リッパーがそう告げると、周囲の地面がボコッボコッと盛り上がり、地面から何体もの骸骨が出てきた。それらはカタカタと歯を鳴らしながら、俺の周りを取り囲む。

 さらには、暗い森の奥から数十体もの骸骨がひたひたと歩いて来る。

 リッパーは俺の顔を覗き込みながら、ニタニタと笑っている。

「ねぇ…死にたくない?…生きたい?ちなみに、その人間は最後までガタガタ震えて泣き叫びながら死んだよ…?」

 こいつは…どこまで人を弄んで……皆を………殺しやがって………!

 俺はギリギリと音が出るぐらい、歯を食いしばる。

「………た…のか……」

 喉からはかすれた声しか出ない。

「ん?何?命乞い?」

 リッパーは醜悪な笑みを浮かべて、ソラトを見下ろす。

 どこまで人を馬鹿にしてやがるんだ!こいつは!

「お前が!皆を殺したのか!!!」

 俺は叫んだ。頭では分かっている。こいつが皆を殺したんだ。

 でも、叫ばずにはいられなかった。

「…あははははっっ…やっと喋ってくれたと思ったらそれなの?」

 リッパーは腹を抱えて笑う。

 そして俺から離れていき、両手を広げる。すると、周りにいた骸骨たちがどこからか刃物を取り出した。両刃剣やマチェーテなど、様々な物を持っている。

「命乞いしないの?そこの実験体たちのように泣き叫んでもいいんだよ?あっはははははっ!」

 俺は震える体を奮い立たせて立ち上がり、近くに落ちていた木の枝をこいつに向ける。

 リッパーは驚いたように目を見開いて、またすぐにニタニタと笑う。

「え?何?もしかしてだけど、その木の枝で僕と戦う気?あははっ冗談でしょ?」

「俺はお前を許さない!例え死んじまうとしても、お前を一発ぶん殴らないと気が済まねぇんだよっ!!!」

 皆…必ず守るって言ったのに…約束を守れなくてごめんな。

 俺ももうすぐ皆の所に行くから…でも、その前に目の前のこいつを一発ぶん殴ってやる!人を馬鹿にして、人殺しを楽しんでいるような奴に何も出来ずに殺されるなんて、絶対に嫌だ!

「待って待って!よく考えてみなよ!木の枝で殴るっていうか叩くだし、それよりも素手で殴った方が良くない?」

 そう言われた瞬間、俺はハッとなった。

 確かにそうかもしれない。木の枝で殴るというのはおかしいし、素手の方が攻撃力があると思う。

 いや、待てよ…これはこいつの罠かもしれない。俺に木の枝を捨てるように誘導しているのかも知れない。

 …………ポイッ

 俺は木の枝を捨て、拳を構える。構えると言っても、武術の心得が無いので、その構えは素人同然だ。

「あっ本当に捨てるんだね…でも無駄だよ!君のパンチなんて僕には効かないし、そもそもこの子たちを抜けてくるのは不可能だと思うけど?」

 この子たちというのは周りにいる骸骨たちの事を言っているのだろう。

 でも…それでも………

「俺はお前を……絶対に殴ってやるんだよおおぉぉぉぉぉっっ!!!」

 俺はこいつに向かって走り出した。

 が、その時誰かが物凄い勢いで木々をなぎ倒しながら、こちらへ向かっていた。

 こいつの仲間か?それとも、仮面の六人組の誰かか?…ジュリアスのおっさんの仲間か?

「……やっと見つけたぞ…」

 聞こえてきた声は女性のものだ。

 月明かりに照らされて現れたのは、エメラルドグリーンの髪色をした女性だった。

「お…お前は…そうか…まさかお前が直々に来るとはね…エルレンシア」

 エルレンシア?この女性の名前か?

 リッパーとエルレンシアと呼ばれた女性は互いをにらみ合う。互いの殺気がぶつかり合っているからか、周囲の空間は焼けつくような雰囲気になっている。

 あいつの仲間じゃないのか?だとしたらジュリアスのおっさんが言っていた仲間なのか?

「…大丈夫か?」

 俺がそう考えていると、エルレンシアと呼ばれる女性がこちらを横目で確認しながら、そう問いかけてきた。

「…あ、ああ…大丈夫だ…あんたは…ジュリアスのおっさんの仲間か?」

「そうだ」

 彼女は短くそう答えた後、俺のそばに倒れているライア、そして子供たちの方を見て、再びリッパーに向き直る。

「お前は…お前だけは絶対に許さん…!」

 エルシアは強く拳を握りしめて、怒気を含んだ声でそう言った。

 それは、間に合わなかった自分への怒りと、目の前の敵に対する怒りの両方だった。

「ふん…今ここで君と戦っても、僕の方が不利だね…ジャイアントスケルトンも倒されちゃったし、今日はここまでかな」

 そう言って、リッパーは周囲のスケルトンたちを自分の周りに固め、逃げる体制に入った。が…

「逃がすと思っているのか…?」

 そこへ、すでに回り込んでいたエルシアがリッパーの顔面を右手で掴み、地面に叩きつける。叩きつけられた地面には亀裂が入り、リッパーの頭は地面にめり込む。

「ガハッッ……!?」

 目にも止まらぬスピードで叩きつけられたため、リッパーは自分に起こった事が一瞬、理解できなかった。

「お前を野放しには出来ない……今確実にここで仕留める…!」

 エルシアは右手に掴んでいるリッパーを持ち上げ、宙に放り投げる。そして、その場で反時計回りに一回転し、左足で回し蹴りを叩き込んだ。

 リッパーは前方に九の字で吹き飛び、自分が召喚したスケルトンたちを巻き込みながら、太い木にぶつかった。

「…ゲハッッッ………くそっ!」

 リッパーはフラフラと立ち上がり、自らの口元を拭う。

 そこに付いていたのは、自らの口から出た血であった。

「おのれ…!おのれおのれおのれぇぇぇぇぇ!!!」

 暗い森の中に、リッパーの絶叫がこだまする。その目は血走り、口からはだらだらと血が溢れ出て、地面に滴り落ちている。

 しかし、彼はすぐに冷静さを取り戻し、エルシアを睨む。

「…僕としたことが…感情に流されそうになるとはね。悪いけど今ここで君と戦うつもりはないよ。世界最強と呼ばれた君に勝てるとは思わないしね」

 リッパーは、そう言いながら無数のスケルトンたちを自分の周囲に召喚する。

「逃がさんと言っているだろう…!」

 エルシアは怒気を含んだ声でそう言うと、リッパーの元へ一気に駆け寄る。

「君は確か…人類の守護者とか言っていたよね…」

 俺は二人のやり取りを見ていて、背後に近づいて来ていた骸骨、スケルトンに全く気付かなかった。

「か…かはっ……」

 スケルトンに急に首を絞められ呼吸が出来なくなる。

 ジタバタともがき、骨の腕を引きはがそうとするが、凄い力で締め上げられているために引きはがすことが出来ない。

 そんなソラトを見ながらリッパーは再び醜悪な笑みを浮かべる。

「ほらっ!君の守ろうとしている人間が死んじゃうよ?」

「…貴様…!」

 エルシアはすぐに引き返し、ソラトを襲うスケルトンを引きはがす。

「無事か!」

「…あ、ああ…ケホッ…大丈夫だ!」

「そうか…では、そこから動かずに待っていてくれ。…すぐに終わらせる」

 そう言ってエルシアは周囲のスケルトンたちを見る。

 が、もうすでにリッパーの姿はなく、逃してしまったことを確信する。

 今追えば確実に倒すことは可能だ。奴を野放しにしておけば多くの人々が犠牲になるかもしれない。

 だが今はたった一人だけ生き残ったこの少年を守る事が最優先だとエルシアは判断し、スケルトンを次々と打ち倒していく。

 やがて周囲に無数にいたスケルトンたちは倒され、その全てが黒い霧となり霧散した。

「お…終わったのか…」

 辺りは静寂に包まれる。

 俺は辺りにスケルトンがいなくなっていることを確認した後、倒れている子供たちの元へ歩いていく。

 体はもうすでにボロボロのはずなのに、今この瞬間だけは痛みを感じなかった。

 血だまりの海の中、誰かが生きていることを願いながら一人一人確認しに行く。

 そして、最後にライアの元へとたどり着く。ライアの体には鋭い刃物で切り裂かれたような大きな傷跡があった。

「…何で…」

 どうしてこんな…皆まだ子供なのに……

「………俺たちはただ…自由になりたかっただけなのに…」

 無意識のうちにそう呟いていた。

 頬を伝う涙は次から次へと流れていき、地面を濡らしていく。

 そんなソラトの姿を見て、エルシアはゆっくりとソラトの元へと歩いていき、ソラトを優しく抱きしめる。

 何も言わずに、ただただ優しい抱擁にソラトは嗚咽を漏らして泣いていた。

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