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5. 衣川さんと打ち合わせ Ⅲ

すみません、予定投稿時刻を2時間過ぎてしまいました。

週末忙しかったツケが今回ってきたという感じです。


それでは、お楽しみ下さい!!

 衣川さんが作ってくれた工程表に、修正点はほとんどなく、芳川は工程表に書かれていない詳細事項を説明する衣川さんに耳を傾けているだけだった。


 実行委員が単独でやらなければならないことは、工程表の作成と2日目の午後に行われるレクリエーションの企画の2つである。つまり、衣川さん単独の頑張りのお陰でTo Doリストの半分が片付いたことになる。その他にも、部屋割りや行き帰りの新幹線・特急の座席割りを実行委員が率先してやらなければならない。恐らく、再来週の月曜日1限のLHRを割いて、学級全体で決めることになるだろう。


 打ち合わせは次のフェーズに移ろうとしていた。

 『芳川くん』呼びになってから、衣川さんの緊張も解けたのか、会話のテンポがスムーズになった。ということで、打ち合わせも凄まじい速度で進んで行く。調子を取り戻した彼女は、クラス委員長然とリーダーシップを発揮して、芳川をリードしていく。


「工程表はこれくらいで良いんじゃないか? 先生に提出する工程表の詳細資料は俺が作るから…衣川さんにすべてお任せって訳にもいかないし……」

「そういうことなら、芳川くんにお任せします。何か分からないことがあったり、改善点があったりすれば、いつでも聞いて貰って下さい!」


 すると、衣川さんは何かを見つけたように『あっ!』と声を上げて、

「芳川くん、麦茶追加しますけど……」

「あっ、どうも」

 今までの衣川さんの緊張ぶりでは気づかなかっただろう。そんなことを思うと、先程の『くん付け』提案が功を奏したらしいという妙な達成感を得て、頬が緩む。

ようやく、彼女らしい凛とした学級委員然を取り戻した。


、衣川さんは麦茶のボトルと取りにリビングを抜け、キッチンへ向かう。

 そして、冷蔵庫を開いて一言。

「わっ! ホントに野菜室に野菜が詰まってる!! しかも、調味料もタマゴもあるから、これは料理ができる男の子の冷蔵庫ですよ!! 実は、ホントに料理するのか疑っていたりして……あの時の反応が、奥歯に物が挟まっているようでしたから…」


 もちろん、料理なんて微塵もしない芳川宅の冷蔵庫に野菜が入っているはずがない。では、どういうカラクリかと言うと、野菜室にキーホルダーをぶら下げたコルクボードを隠したことを思い出して欲しい。そのコルクボードはすべて茶色……という訳ではなく、緑に表面が塗られたコルクボードも混ざっている。

 野菜室は半透明なプラスティック製の引き出しの奥であり、引き出しを手前に引かない限り、野菜室の色味がわかるくらいで、どんな野菜が入っているのかだとか、具体的なことはほとんど分からない。つまり、野菜室を視界に収めた彼女の横目は、半透明な引き出しの奥には緑黄色野菜がギッシリ詰まっていると錯覚した、という訳だ。

 芳川としてもそのような意図は一切なかった。というか、工程表に気を取られていたこともあって、衣川さんが野菜室について言及するまで、オタクグッズ云々は頭から抜け落ちていた。

 このタイミングで芳川は迂闊なことをしたと反省しつつ、気を引き締め直す。『この屋敷では、オタバレトラップが津々浦々にひしめいているのだ』と。


 引き攣りそうな顔を必死にこねて、

「あっ、そんなに嘘っぽかったですかね…… 女性の前で料理上手って認めてしまうのは、どこか恥ずかしい気がしまして…」(うわっァ!! あっぶねェ……衣川さんがズカズカ物色しない前提でオタグッズを隠したんだっけ? 思ってたよりもヒヤヒヤさせてくれるじゃネェか…)

「ん? どうして敬語? さっき、『敬語はやめましょう』みたいなことを自分で言っていたではありませんか……」

「ソウダネ…… ちょっと持病っていうか…処方箋は分かっていますから、ご心配なく…」

 衣川さんは、そう…ですか…とよく解らなさそうにしているが、芳川の不可解過ぎる言動に気に止めている様子はない。空になった芳川のグラスに麦茶を注ぎ、その水位と合わせるように自分のグラスにも注ぐ。


「芳川くん、次は2日目のレクリエーション企画に移りましょうか」


 レクリエーション企画は、2日目の午後に宿舎で行われるという段取りだ。2日目の午前中は、自由散策もよし宿舎で休憩もよしということになっており、昼食を済ませてひと段落ついた14:00から広い体育館で開催される。

 さすがは桜華学園が経営する宿舎というだけあって、体育館はサッカーコート一面分くらいはあり、球技もできればクイズ大会的な催しも可能……そんなことが、企画要綱に記されているらしい。

芳川はいまさっき、衣川さんにそのプリントを渡され目を通した次第だったりする。


「あっ、うん……ソウダネ」(気を取り直せ、俺!!)

「えっと、単刀直入に。何かアイデアはありますか?」

「ソウダネ…(咳払い) この親睦旅行自体が外部生と内部生の交流を目的としているモノだから、その点を意識した企画である必要があるよね…」(そういう企画は、陰キャ外部生の芳川さん的にはイチバンやりたくないが… ソロプレイも認められる企画だとありがたい…とは口が裂けても言えネェ)

「そこでなのですが、いくつかアイデアを考えてきました。ブレインストーミング的な手法で、私の拙い案をよりよいものにできたら、と思います! ブレストはもっと大人数でやるものなのでしょうけれど、今回はそのアイデアだけを借りて、否定はなしの前提でたくさん意見を挙げていくことにしましょう」

「了解ですッ」(調子が戻ってきた…)


 衣川さんは再びパソコンをくるりと反転させ、机の端に置く。座る向きに対して直角に置くことで、芳川にも衣川さんにも画面が見えるようにした。ローテーブルの大きさも高が知れているから、遠すぎて文字が見えづらいこともない。

 そして、衣川さんの手元には画面と分離させたキーボードが据えられている。恐らく、キーボードとパソコン本体は無線で接続されているのだろう。


「見えるでしょうか?」

 芳川は軽く頷きつつ、見えると返す。

 画面には複数の丸い吹き出しがあり、その吹き出しの中には企画のタイトルが書かれている。恐らく、この吹き出しの中に出し合った意見を書き込むということなのだろう、そう納得して芳川は画面に映し出された詳細事項に目を通す。


「まず、スポーツ企画から考えていきましょうか。というのは、そのメモにもあるように次の日程も加味して、3時間少々の時間が割かれていますから、球技でもする時間は十分にある…という訳です!」

 衣川さんが指差すままに視線を降ろすと、そこには綺麗な字でキチッとメモが記されていた。その内容を要約すると、レクリエーションの次の予定が19:00からの夕食だから、遅くとも17:30には企画が終了するように調整して、風呂に入る時間と片付けの時間は確保したい……とのことだ。


「では、芳川くん。何かアイデアはあるでしょうか……と、その前に私からも少し出させて頂きますね。やはり、生徒間で親睦を深めることが目的な訳ですから、チームスポーツがベストだと思いますね…それでもって、フットサルのように少人数チームですと、試合時間や生徒数を考慮してあまり相応しくないかと… 私からはこれくらいで、芳川くんどうぞ」

 驚くことに、衣川さんは喋りながら要点をまとめ、それを凄まじいスピードで画面に書き込んでいる。つまり、衣川さんのブラインドタッチの腕は相当で、日々小説を書いてパソコンに触れる機会が多い芳川の技量を軽く凌駕する。打鍵のスピードでは変わらないかもしれないが、その正確性と話ながらの環境下というふたつの点を併せると、到底芳川程度では追いつけない。


「えっ! 衣川さん凄いね、そのブラインドタッチ!! 俺もブラインドタッチの技量には自信があったんだけど、井の中の蛙を思い知らされたというか、凄過ぎて何て言ったらいいか…」

 そう言い切ったと同時に、ある疑問が浮かぶ。

(あれ? 衣川さんってパソコン音痴じゃなかったけ?)


「そうですッ! 私もブラインドタッチには自信があって……あっ、いや…そんなにブラインドタッチ上手くないです…というか、ド下手で…変換ってどのボタンでしたっけ? 画面もう少し明るくしたいですよね……どのボタンでしたっけ?? アハハハ……」

「えっと、違ったら申し訳ないんだけど…衣川さんの機械音痴ってブラフ……だったりする?」(何のためのブラフだかさっぱり分からんが……)

「あっ、ここまで言われてしまえば、言い逃れはできませんね……」とスンと慌てた顔を直し、「実は、パソコンは得意です…というか、大得意です…… もちろん、機械音痴だって嘘ですし、Wi-Fiを捕まえるために虫かごと虫取り網を用意しないですし、さっき芳川さんが席を外している隙に、ルーターでパスワードを確認して接続したのがその証拠です……それと、今になって申し訳ないのですが、Wi-Fiお借りします…」

「Wi-Fiは別に構わないんだけど、でもどうして機械音痴なんて嘘を?」


 さっきから嘘を吐きまくっている芳川が、嘘を詰問するのは気が引けたが、さすがに機械音痴と偽るのは不思議が過ぎる。自分みたいに見栄っ張りな嘘は分からなくもないのだが……と、自分を擁護するような弁を脳内で立てる。


「えっと、あのままだと芳川宅にお邪魔できなくなりそうだったので…… それと、機械音痴な女の子って、可愛いなって思いまして……」

「いやそれドコ情報!? 芳川宅にお邪魔してくれるのは構わないが、どうして?」(お邪魔してくれたせいで、クッソ大変だったんだぞッ!! ……って言ってもしょうがない上に、そのお陰で先延ばししていた掃除ができた訳だし、『塞翁が馬』な感じに地球は回ってるって訳よ)

「前々から一人暮らしの男性の家に興味がありまして……こう申し上げますと、少し変な響きに聞えますが、どれくらい清潔感があって綺麗なのか見てみたくて……」

「あぁ、なるほど…?」(あっぶね、綺麗にして置いて良かったァァァ!!)


 これ以上詰問することもできただろうが、止めておくことにした。猛獣を前にして怯えた小動物のように見えてならない。結局、『機械音痴女の子が可愛い』はどこソースなのか分からず終い。


「妙に打ち合わせ場所の選択肢が我が家に絞られていくなぁ、って思ったらそういうことか。筋は納得した……となると、図書室もファミレスも…」

「はい… 図書室の蔵書整理は先週終わったそうですし、食中毒騒ぎも真っ赤な嘘です…… 色々と嘘を吐いてしまって申し訳ないです……」

「あっ、いや……ほら、誰も不幸にならない嘘なら良いかなって主義だから、別に気にしてないっていうか」


 見栄っ張り芳川は、見栄を突き通して衣川さんの嘘を赦すという選択をした。

 この選択には、芳川にプライドの高さと、嘘を打ち明けた時の恐怖が影響している。今まで騙していたのは俺の方でしたとか、どのコンゲームだよ! って感じだ。打ち明けた時の衣川さんの失望っぷりを想像するだけで、弱気な芳川なら軽く死ねるだろう。


「じゃあ、気を取り直して。俺からもいいかな…えっと、さすがに運動系のレクだけで3時間通すって訳には行かないだろうし、そんなにハードな運動じゃない方がいいかな。運動部と文化部の差が毅然としちゃう種目だと問題だから、この学園の部活にない競技がいいと思う」

「っそっ、そうですね。えっと、ハードな競技はNGで…部活にない競技……」と、少し勢いの落ちたブラインドタッチで画面にメモを残す衣川さん。


「個人的には、その後のことも考えて汗をかきたくないって言うか……衣川さん的には、何か具体的な競技名が思いついていたりする?」

「あっ、というか、実行委員は完全に運営側ですから、競技には参加しないかと……なんかすみません、私が最初に言った『否定はなし』の原則を破ってしまって」

「そんなことはないけど…… てっきり、俺は外部生だし、無理やりでも参加させられるのかと… こう言っちゃあれかもだけど、自分の心配せずに意見を出せるのは正直ありがたい」


 芳川の内心としては大万歳である。

 他人と絡みたくないがモットーの芳川からすると、この手のレクリエーションは地獄と変わらない。生徒間の親睦が主眼に置かれているだけあって、ソロプレイがその性質上不可能な種目が多いことが予想される。運営側に回ることでルールに抜け穴を用意して、ソロプレイが可能な仕様にしてやろう、くらいに考えていた芳川も、水を得た魚の如く悠々自適に『生徒間の親睦』を遵守した種目を提案できるようになった訳だ。同じ外部生陰キャに地獄のレクを味わせてやる!! くらいの意気で、生徒会長への恨み辛みをぶつけようと決心した。


「もしかしてですけれど、この手のレクに積極的には参加したくないタチの人ですかね…?」

「まぁ、そういうことになるかな……」

「そういう人向けの企画なんですから、芳川くんは参加するべきですよ!! 私たち運営側も参加できる仕様に変更することも可能ですよ、もちろん」

「いやいやそれは困る、ホントに困る!!」(ヤッベ、変なこと言っちまった! 迂闊すぎた…)


 祈るように手を重ね、頭を上下させて懇願する芳川を可哀想に思った聖母衣川さんは、「仕方ありませんね……」と芳川の切な願いに折れた。すっかり意気を取り戻した様子だ。

「ですが、他クラスの実行委員とはしっかりとコミュニケーションを取って貰いますからねッ!!」

 芳川は力なく、『ヘイ……』と返事をする。『ヘイ』じゃなくて『ハイ』でしょッ!! とお決まりの文句が飛んできたことは言うまでもない。


 衣川さんが嘘を告白してすっかり力関係が逆転した両者だったが、再び逆転した現在の構図の方がふたりには適していると言わざるを得ない。無能で協調性のない芳川には、お姉さん的なポジションの人物が補ってあげる必要がある。




 時折、ふたりのポジションが入れ替わろうかという事態がありはしたが、衣川さんがリーダーシップを発揮したお陰で打ち合わせはスムーズに進んだ。


「では、本日はお邪魔しました」

 玄関先で衣川さんが靴を履きながら、お礼お言葉を口にする。もう17:00を過ぎたということで、暗くなる前に帰宅した方が良いだろう、という話になった。

「いえいえこちらこそ。楽しい時間でした。次の打ち合わせまでの宿題は、先生に提出する工程表の詳細とレクの提案書でいいのかな…?」

「えっと、そういうことになりますね…色々と押し付けてしまっているようで申し訳ないですが…」

「あれだけ下準備をしてもらっていたから、これくらいはさせて貰わないと。ところで、次の打ち合わせはどうしようか? またここでも構わないけれど」

「そうですね……部活の予定とすり合わせて、日時と場所は追って伝えます」


 結果、芳川宅での打ち合わせは、見栄メッキで固めた芳川はベールを脱ぐ…もとい、メッキが剥がれることなく幕を閉じたのだった。

いかがでしたでしょうか。

わたくし涼鹿としましては、無事3話分で『打ち合わせ @芳川宅』を終えることができてよかったです。


衣川さんはどうしてそこまでして芳川宅に訪れたかったのでしょうか?

少し小説中でも触れられていますが、核心は避けられています。(お前がそうしたんだろガイッ!!)ということで、次話でその理由が明かされることになると思います。それと、宣言通り次話はこれまでのできごとを衣川さん視点で振り返るお話になる予定です。現時点では一字も書いておりませんので、あくまで予定です。


取り敢えず、第5話までコンスタントに投稿できました。第5話まで、ご覧になってくださった読者さまはいかほどいらっしゃるのでしょうか? このお話はつまらなくないでしょうか?

いろんなことが気になっているこの頃ですが、モチベーションを保ってこれからも投稿が続けられるように、下の☆☆☆☆☆マークの内、ひとつでも塗りつぶして下さると大変励みになります!!


これからも頑張って一日置きに投稿して参りますので、どうかよろしくお願いします。

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