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4. 衣川さんと打ち合わせ Ⅱ

なんとか、書き上がりました!


※2023年1月5日21:00頃に加筆修正しました。

 校外研修という名の親睦旅行とは、私立桜華学園に限った珍しいイベントのようだ。

 というのは、桜華学園は中高一貫なのだが、高校へと進学する際に若干の外部生募集が掛かる。そのため、内部生はそのままの友人関係を維持すれば問題ないのだが、数の少ない外部生からするとできあがったコミュニティに放り込まれているも同然なのだ。もちろん、有数の進学校ということもあって、外部生を排斥する動きは見られないのだが、外部生からすると肩身が狭いことこの上ない。という訳で、内部生と外部生が打ち解ける機会を設けようということで、開明派の現職生徒会長が親睦旅行をセッティングしたらしい。


 外部生の芳川は、この親睦旅行を機に友人を作れ! ということなになる。しかし、そんな気がさらさらない芳川からすると、面倒な行事でしかない。『いい行事にしようね…!!』と意気込む衣川さんの精力的な働きかけを見ると、やる気を見せない訳にも行かず、『そうですね…』と引き攣った笑みをで応えるしかなかった。


 芳川がこの行事を嫌う理由はもうひとつある。それは、日程だ。ゴールデンウィークの真っ最中に親睦旅行が執り行われるのである。行き先は、桜華学園が経営するペンション施設だそうで、ゴールデンウィークの混雑に巻き込まれることはない、ということになっている。しかし、周囲が如何せん観光地なので、大混雑の観光地を巡る羽目になる訳だ。ゴールデンウィークは自宅でアニメ消化・原稿書きと決めていた芳川からすると、甚だ迷惑な話だ。ゴールデンウィークに旅行するなんて、わざわざ人を見に行くようなもので、そんな雑踏で芋を洗う趣味はない。むしろ、人混みは大嫌いで、許せるのはコミケのみ。


 あまり乗り気になれない芳川と、めちゃめちゃ乗り気な衣川さんからなるデコボコ校外研修実行委員コンビがすべきことは膨大にある。親睦旅行を企画した生徒会長なるお方は、宿泊先と行き帰りの新幹線と特急を手配しただけで、旅程に関しては実行委員に丸投げということになっている。丸投げではなく、尊敬の意を込めて『おまかせ』と表現した方が良いのかもしれないが、芳川のマインド的には『丸投げ』というより『無茶ぶり』の域に達していると感じている。

 そのため、巡る観光地はもちろん、レクリエーションも企画しなくてはならない。芳川からすると、レクリエーションが一番厄介で、気が乗らない最大の要因なのだが。


 そもそも、なぜ高校3年の生徒会長が高校1年の行事を提案したのか不思議な話だが、その生徒会長さんも芳川と同じ外部生で、友人作りには大変苦労したということで、後輩にはそんな苦労をしてほしくないというありがたすぎる配慮らしい。

 友人作りに苦労したって、もしかして生徒会長さんも陰属性だったのか? と勘繰る芳川だが、そう思うと、『陰はそういう行事が一番嫌なんだよォ!! 陰キャは、そっとして置くのが一番なんですゥ!!』と牙を剥きたくなる。今度、面を拝んだら一発殴らせろ!! くらいは言いたいが、元陰の生徒会長さんもイメチェンして陽の仲間入りしているだろうから、芳川は『陽の波動』でイチコロだろう。捨て台詞すら吐けないで終わるに違いない。



 芳川は「そろそろ始めましょうか」と切り出したはいいものの、どうすれば良いのかまったく考えていなかった。そもそも、桜華学園が経営するペンションがどこにあるのかさえ、よく知らない。なので、何かを用意しているフリということで、パソコンをパチパチと打ち鳴らしている。


 オタクのパソコンなんて、キャラクターシールでビッシリな像が浮かぶかもしれないが、芳川の場合は違う。正確に言えば、「今の」芳川は違う。というのは、先日の話に遡る。担当さんとの対面打ち合わせで、パソコンを開いて原稿の進捗を見せる機会があった。すると、担当さんは芳川のパソコンを見るやいなや、『先生のパソコン、あれっすね……物好きっていうか…まぁ、それが先生らしいんですけど!!』と悪気のある揶揄を咬ましてきた。変にプライドの高い芳川は、家に帰り次第綺麗さっぱり剥がしてしまった。

(パソコンにまでは気が回ってなかったが、剥がしてあって助かった……あのクソ担当のお陰かと思うと腹が立たなくもないが…)


 パソコンにまつわる回顧を巡らせていると、衣川さんはパソコンをくるりと回転させて、芳川が画面が覗けるように向きを変えた。


「あの、芳川さん。実は、工程表はもう作ってあって……それを見て貰いたいんですけれど…」

「え!! ホント! 凄いです、凄い助かります!!」

 画面を覗き込むと、移動時間まで計算に入れて緻密に練られた工程表が映されていた。目的地の行には、『東大寺』や『興福寺』などとあることから、どうやら宿泊地は奈良県にあるようだ、と今になって知った芳川。

「もちろん、一から作り直しても構わないんですけど……それでも叩き台くらいはあった方がいいかと思いまして…」

「そんな、ちゃんと目を通してはいないけれど、素晴らしいデキだって!! 今日のために何も用意してこなかったのが、本当に申し訳ない」(宿泊地を今さっき知ったなんて、口が裂けても言えねェ……)

「いえ…その芳川さんは打ち合わせスペースを貸してくださっている訳ですし、私もこれくらいしないと、釣り合いませんから……!!(私の部屋をお見せできません…から、お呼びできませんし……)」


 確かに、自宅の改装に追われて、実行委員のことについてまったく頭が回らなかったことは事実だ。しかし、自宅を改装する必要があったのは、明らかに芳川に非がある訳で、改装する必要がなかったならば、消極的な芳川とて多少の下準備はしただろう。宿泊地を把握して、観光地をリストアップするくらいは。

 であるから、芳川は何もしてないも同然で、芳川がしたことと言えば、それなりの打ち合わせ場所と多少のお茶菓子を提供しただけだ。それに対して衣川さんは、素晴らしいデキ映えの工程表を作成し、その上、奈良県のガイドブックまで買い揃えているのだ。しかも、ヒマ人芳川と違って、衣川さんは部活動で目が回るほど忙しいことを考えると、これ程までに手の込んだ工程表を作り上げるには、相当の労力を要したことだろう。

 そんなことを考えると、芳川としては大変恐縮してしまう。


「いやいやそんな…ことないですよ……部活動で忙しいのに、こんなに完成度の高い工程表を作ってくれて…ホントにありがとうございます!」(超完璧な衣川さんに見栄張ってるのが、凄ェ申し訳ない…… んでも、少しは見栄張らないと何も残らない気が……)

「あっ、芳川さんにひとつ謝らなければならないことがあって…… 平日は部活で打ち合わせができないと言ったかと思うのですが…実は、火曜日と木曜日は部活がオフで、その日に隠れて工程表を作っていて……だから、忙しいっていう訳ではないんですよ…!! やっぱり、少しは格好つけたいなって思ってしまって…」

「いやいや、ギブアンドテイクの天秤がまったく釣り合っていないっていうか……格好つけるべきなのは男の俺の方で…」

「それは私もそうです……ご自宅を快く貸して頂けるなんて思ってませんでしたから…!」


 と、このままだとギブアンドテイクの比重云々で膠着状態が続きそうだ。衣川さんは芳川宅を打ち合わせ場所として提供したことに途轍もない恩を感じているようだが、客観的に見れば、衣川さんの方が負担が大きいに違いない。芳川はただ家を提供するだけなのだから。その裏に地獄を見るような清掃作業があったことは内緒であり、たとえ清掃作業と工程表作成の労力が何かしらの基準を持って釣り合ったとしても、その背後にある意味が違う。芳川宅の改装は芳川のズボラが招いたことで、一般宅であれば労力を何も割いていないことと同等なのである。


(ん?)


 ここで芳川の頭の中に疑問が生じる。

 衣川さんは芳川宅が要清掃であることは知るはずもない。しかし、衣川さんは自宅を提供することと、工程表を作成することが等価であると主張している。となると、衣川さん的には、自宅を提供しすることを自分事として置き換えると、芳川の申し出は、事前の工程表作成でもって応えないと気が済まないくらいありがたいことなのだろう、そのような推論が立つ。

 すると、「なぜ、衣川さんは自宅を提供することにそこまでの恩を感じるのだろうか」という疑問が別に立ち上ることになる。つまり、「自宅は余程の恩を感じない限り提供したくない」とも言い換えられる。女子が同級生の男子を自宅に招き入れるのは抵抗があるというのは頷ける話だから、自宅を提供したくないという推論にも、それなりの説明が付く。


 しかし、

(でも、妙に打ち合わせ場所の候補を絞って、終いには、どちらかの自宅が選択肢になるように仕向けていた節があったよな……)

 自宅を提供したくないのなら、外で打ち合わせ場所を確保する手段などいくらでもあるはずだ。例えば、少し離れた場所にあるカフェでも、貸し出しスペースでも問題ない。それなのに、近くのファミレスと学園の図書館が使えないという理由で、衣川さんは外で打ち合わせするという選択肢を捨てた。その上、オンラインミーティングを提案すると、機械音痴だから厳しいと言って、却下した。

 他の選択肢を考えていた隙に、芳川宅での打ち合わせを提案され、話の流れについて行けなくなった芳川は、よくわからないまま首を縦に振ってしまった。


 整理しよう。衣川さんは、外で打ち合わせを行うとい選択肢をそうそうに捨てた。オンラインを提案しても却下。そうなると、残る選択肢はお互いの自宅ということになる。先程の推論が正しいとすると、衣川さんは自宅を何としてでも提供したくない訳だから、残る選択肢は芳川宅のみ。芳川宅しか選択肢がないように仕向けているとも言える。


(それじゃあ、芳川宅で打ち合わせしたかった……ってことにならないか…?)


 しかし、そんなお花畑発想で納得する程、芳川の頭は幸せ設計されていない。

 推論に推論を重ねた結果だから、どこかで推論が間違ったのだろう。そういうことにして、工程表を眺めながら巡らせた思考を閉じた。


 美辞麗句を並べることで、衣川さんが作ってきてくれた工程表を褒め讃えるのもいいのだが、それだと、外見を見て褒めたのと大差ない。見た目でも内容でも圧倒される衣川さんの工程表を讃えるには、それでは不十分。ということで、欠点が見つからない工程表に、無理やり自分の提案を差し込み、中身にもしっかりと目を通したことが伝わる言葉を返すことにした。


「直すところがないくらい完璧な工程表だと思うけど……強いて言えば、集団行動するのは『東大寺』だけにして、現地解散してそのまま自由行動に移ってもいいかもしれない」


 彼女の工程表では、1日目に近鉄奈良駅に到着して宿泊施設に向かい、荷物を置き次第、東大寺に向かう手順になっている。そして、東大寺の大仏殿を拝観した後、興福寺に向かうことになっている。

 近鉄奈良駅から宿泊施設までは徒歩で20分以上掛かるようで、キャリーケースを引いての移動は想像以上に疲れるだろうから、それ程距離はないにせよ、東大寺・興福寺と見て回ると疲れ切ってしまう生徒も出てしまうだろう。ということで、集団行動するのは東大寺までにして、その場で解散した方がよいのではないか、ということである。


 芳川の提案の背景を悟ったようで、

「確かに、連れ回すのもよくないですよね…… 東大寺も興福寺も何度も足を運んだことがあるっていう生徒も多いでしょうし、退屈かもしれません…… 良い提案だと思います…芳川さん」


 見栄を張らない限りフランクに話せるようになった芳川は、衣川さんが『芳川さん』と呼ぶことに少し違和感を覚えていた。学園では、ですます調ながらも、男女関係なく流暢に話す衣川さんのイメージがあるだけに、緊張感が滲み出た衣川さんの口調にも違和感がある。


 その違和感を解消しようと、芳川は勇気ある言葉を切り出す。

「俺のこと、『芳川さん』って呼んでくれてますけど、もっとフランクな感じで全然大丈夫ですよ… 『芳川くん』の方がコッチとしても肩を張らなくて済むって言うか……気楽というか……」

「あっ、失礼しました……そうですね、何てお呼びしていいのか迷っていたので……では、これからは『芳川くん』で…」

顔を赤らめて、さらに続けて

「私は……(昔みたいに…)下の名前で呼んで頂いても…」

「ん?下の名前はちょっと呼ぶ方が恥ずかしいっていうか…嫌じゃなければ、そのまま『衣川さん』で…」

「ですよね……変なこと言ってすみません」


 また、微妙な空気感が流れ出した。

 衣川さんが芳川宅に上がってから時計が半周はしようかというのに、まだ打ち合わせらしいことができていない。どこかお互い緊張してしまって、会話と会話の間隔が空き気味なのが大きな要因だろう。

 さらに、衣川さんが会話の主導権を握って導いてくれる、と勝手ながら芳川は思っていたのだが、実際は支配率が五分五分というか、オフ・ザ・ボールの時間帯が長い。衣川さんがなぜだか不明だが緊張しているせいで、芳川がうまくトークの流れを操作している。もちろん、トークマスターの経験がこれっぽっちもない芳川には、難しすぎる作業であるのは間違いない。


 しかし、

 芳川は見栄を張らない限り、フランクに会話を進めることができている。学園の才媛相手に、ここまで言葉に詰まらず話せるのは、芳川の実績からして考えられない。

 なんせ、コンビニのレジだって、レジ係と話したくないという理由でセルフレジを選び、書店で読みたい本が見つからなくても、店員さんに話しかけたくないから、自力を突き通すくらいのコミュ障具合なのだ。


 どこか衣川さんに話易さを感じている自分がいる、そう芳川は感じている。

 その理由がどのような類いのものなのか、現在の芳川には不明だが。

 衣川さん相手に話す時は、他の人と話す時に感じるどうしようもない緊張感を覚えないのだ。


(もしかして、衣川さんって?)


「芳川くん、これでどうでしょう?」

 芳川の思考に割り込むように、衣川さんが修正した工程表を見せてきた。


「いいんじゃない? うん、これでバッチリだと思うよ!」(何を考えてたんだっけ……  まぁ、いい…どうせ無意味な邪推に過ぎない…)


 そのように思考をまとめて、研修旅行の打ち合わせに意識を移した。

当初、1話分相当と考えていた『打ち合わせ @芳川宅』は3話分になりそうです。(1話を5000~6000文字と考えているので、このまま行くとオーバーするということで、今回はこの辺りで切り上げました)

ということで、次話でも、芳川宅でふたりは打ち合わせをすることになります!


今話では、割と重要な描写が多かったかと思います。ふたりは、過去に何かありげなようですね。衣川さんは気付いているようですが、芳川はどうなんでしょうか?

いずれ、判明すると思いますので、お楽しみに!


予告ですが、打ち合わせシーンがひと段落着いたあとは、衣川さんサイドの話を1話分だけ挟もうかなと考えております。(1話に収まるかは、書いてみないことには分かりませんが……)その話の中で、どこまで情報を公開するかは未定ですが、そこで少しはふたりの過去が明らかになるのではないか? と考えておいてください!!


それと、「」の中にある()は、声として口には出ているが、相手には聞こえていない、という設定です。「」の後ろにある()は、話者の心情です。なので、()内では、芳川の内心や衣川さんの心の声を覗き見ることができる、ということです!

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