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3. 衣川さんと打ち合わせ Ⅰ

メインヒロイン、いよいよ登場します!!


※2023年1月5日21:00頃に加筆修正しました。

 ピンポーン


 インターホンが鳴り響いた。

 堪らず、芳川は心臓をビクンッと跳ね上げる。平時の1.8~2倍の早さで鼓動する心臓には、張り裂けてしまいそうな程の負荷が掛かっていると言っても過言ではない。


 化け物が憑依した鏡でも見るように室内モニターを覗くと、そこには目の覚めるような笑顔を放つ衣川さんの尊顔が映し出されていた。

 自宅に誰ひとりと招待したことのない芳川は、勝手が分からないながらも、「開けますね」とモニターに向かって喋り掛ける。だから、向こうに聞えているのか、芳川にはまったくの不明な訳で、もしかしたらこちら側も見えているのでは? と勘繰ってしまい、堪らず顔が赤くなる。当然、防犯面を考慮して住民側の映像が来訪者に見える訳がないのだが、そんなことは緊張マックスの芳川からしたら、知ったこっちゃない。


 すると、時間差で『衣川です……えっと、打ち合わせに参りました…!』と聞えてくる。システムの都合上うまれた時間差なのか、芳川のシステム不理解故にうまれた時間差なのかについては、芳川の精神衛生保護を考慮して明確化させないで置こう。それとも、他の理由があるのかも知れないが、現状では思いつかない。



 今週月曜日に係決めを終えた後、その日の放課後に顔合わせだけを済ませた。ドキドキの初顔合わせで理解できた内容は、『今週日曜日の1時に、芳川宅で打ち合わせをしましょう』のみで、打ち合わせ場所を巡る討論はなんだか筋が通っていないように感じて、さっぱり覚えていない。


 駅前の時計台前に集合などのように、お互いが集合場所まで出向いて集合時刻に落ち合うというパターンと違って、今回の場合、芳川は一歩も動く必要がない。となると、『待った?』『いや、今来たところだから、大丈夫』などと、ありきたりの会話を交す必要も、彼女よりも先に到着すべく集合時刻の30分以上前から集合場所に突っ立っている必要もない。それは、待ち合わせなど生まれてこの方したことがない芳川からすると、非常に助かる話ではある。


 しかし、待ち受ける方は待ち受ける方で、非常に気苦労が多いのだ。というのは、集合時刻を決めたのは月曜日。今日から数えて、6日前である。であるから、彼女が『1時』と言ったのか『7時』と言ったのか、果たして『1時』で本当に正しかったのだろうか、いろんなことを考えているうちに記憶が改竄・捏造されて、いつしかどれが最も確度が高い答えなのか分からなくなってしまうのだ。

 お互いが出向いて待ち合わせるのであれば、集合時刻を明確にしておかなければならないから、いくら小心者の芳川でも勇気を振り絞って彼女に聞き直すだろう。だが、芳川は完全に待ち受ける側なのだ。自宅に張り付いていれば、今週日曜日の常識的な時間に彼女はやって来ることは確かであるから、集合時刻って何時でしたっけ? などと衣川さんに聞き直す必要もない。そんな思考回路が組まれてしまい、聞き直すことなく日曜日を迎えてしまったのだ。




 現在時刻は12:55。つまり、衣川さんが5分前集合の達人であるだろうから、集合時刻は13:00で間違いなかったようだ。


 考え得る最早の時間帯、午前7時からスタンバっていた芳川は、もうすでにヘロヘロである。

 彼女が玄関に到着したということでソワソワ感は最高潮に達し、部屋中を見渡してオタクの痕跡が残っていないか、ゴッソリ内容量の減った消臭スプレー片手に臨戦している。


 芳川宅は5階建てマンションの3階だから、エレベーターを使えばすぐである。

 そうこうしてる内に、玄関の方からピンポーンと聞えてきた。正面玄関のインターホン音声と似ているが、こちらの方が若干キーが高いようだ。


 ビクゥッと背筋を反り立てると、「はーい、いま開けます!」と声を張る。あれだけ緊張してた割には、平然とした声が出たと自らの喉をさすると、手持ちの消臭スプレーを洗面所の収納に放り込む。そのまま流れで、服装と顔をチェック。いまさら、無精髭が剃り切れていないだとか、鼻毛が飛び出しているだとか、顔がイケメンじゃないだとか、どうすることもできないことだらけなのだが、念のため。髭も鼻毛もバッチリだが、顔立ちだけはどうすることもできない。


 そんな芳川も服装には、それなりに気を配ったつもりである。頼りないファッションセンスでは、お洒落な部屋着など実現できないのは重々承知であるが、少しは足掻きたいものなのだ。

 足掻いた結果、ゆったりとした白パーカーに柔らかい生地の紺ルームパンツに落ち着いた。というのは、芳川の貧相なクロゼット事情では、外行きの服は愚か、ちょっとお洒落な部屋着などは存在するはずもなく、熟考に熟考を重ねた挙げ句、現在の服装に決定されたのだった。


 何となく気になった前髪をノールック手櫛で直しつつ、玄関へと向かう。

 

「どうぞ、いらっしゃい」(マジか……意外と、ハキハキ喋れているぞ!!)

「あっ……どうも…(じゃなくて)、失礼し……お邪魔しますッ!!」


 衣川さんの服装は、まるで『清楚』という概念そのものを着ているかのようだ。

 春の麗らかな日差しを思わせる綺麗な水色のワンピースと、その内から覗く白い長袖のコーディネートは大人っを印象づける。その一方で、青いリボンで纏められたポニーテールからは、年齢相応のあどけなさが感じられる。


(ヤバい……俺みたいなヤツが、私服姿の衣川さんを拝んでも良いのだろうか……? でも、妙に畏まってるというか…緊張しているみたいだな……)


 思った以上に緊張しているように見える衣川さんのことを不思議に思いながら、彼女の手荷物をさり気なく受け取る。ここまでの紳士的振る舞いは、マニュアル通りだったりする。

(やっぱり、男の一人暮らしの部屋に上がり込むって勇気が要るモンなんでしょうね…緊張するもの頷ける、ウンウン。とは言え、そうなるように仕向けたのは、衣川さんな気がしなくもないが……)


「なんか、殺風景な部屋でごめんね……」(汚くないよね……大丈夫だよね!? オタグッズがコンニチハしてないよねッ…!)

「いえいえ、そんなことは…ないです」

「そう…かな。どうもありがとう」(ふぅ、ヨッシャ!!)

 「汚いよね?」と尋ねて、「そんなことないよ」と返す定型文を想定して、「汚い部屋でごめんね」的なニュアンスの言葉を切り出したのだろうか。そう考えると、芳川は中々策士なヤツである。それでもって、みっちり掃除した自宅を汚いと謙遜するものだから、『ノー勉詐欺師』然り、実にタチが悪い。


 そんな芳川だが、不思議なことに今までの緊張が嘘のように解け、上手く会話できている。と言うか、むしろ衣川さんの方が圧倒的に緊張している。教室で見る衣川さんと違って、どこかぎこちないというか、発言一つ取っても歯切れが悪い。そう客観的に判断できるのは、芳川が落ち着いて対応できているからだろうか。


「じゃあ、打ち合わせするのは、リビングで構わないかな……ローテーブルしかなくて申し訳ないけれど」

 リビング内の家具配置を改めて確認すると、廊下から扉を開けて入ってすぐに本棚があり、中央に木製のローテーブルに2枚の座布団、そして左側に備え付けのソファ、反対側にそこそこの大きさの薄型テレビがある。こう改めて部屋全体を眺めると、高校生が一人暮らしするには勿体ないくらい優良物件である。家賃は親持ちであるから具体的な金額は分かりかねるが、仮に尋ねて申し訳ない気持ちに呵まれるくらいならということで、聞かないままにしている。


「いえ…全然大丈夫です。むしろ……とっても綺麗で…過ごしやすそうです」

 顔を落としたと思うと続けて、

「お掃除とかって良くされるんですかね……ほら、」


 調子に乗った芳川は、見栄っ張りな性格にその場のノリを掛け併せて、

「そうだね…掃除はよくするかもしれない。人より潔癖癖が強いのかも……」(うわアァァァァァァァァァ!! バカバカッ! ナニ見栄張ってるんだよ!!)

 この嘘が嘘だとバレないように、テキトーなジャブを混ぜようか、と次の台詞を考える。


 嘘を嘘で塗りたくることに際限がないことに気付いていない芳川は、目の前の嘘を守り切るために、都合の良い嘘を吐き続けることになることを、今の芳川は未だ知らない。


 この嘘が招く勘違いが、トンデモない事態を招くことも。一切、勘付いていない。


「あっ、でも……昼に焼きそば食べちゃったから、臭いが籠もってないといいけど…」(ホントは、めっちゃ消臭したから、大丈夫なはずッ!!)


 昨日、片付けの合間に夕ごはんの調達がてら、例の総合スーパーに出掛けたのだが、その時に「レンチンしたバージョンの焼きそばも食ってみたい…カップ麺に劣るとか言っちまって、何だか申し訳ないし……」ということで、翌日の昼ごはん用に焼きそばも併せて購入した。

 いつ衣川さんがやって来るか分からなくなっていた疑心暗鬼な芳川としては、昼ごはんを買いに行った間に衣川さんがやって来ては問題だ、ということで前日に買っておくことにした。ちなみに、土曜日の夕ごはんはお好み焼きだったりする。お祭り飯が3食続く。


「そんなことないけれど…」鼻をヒクヒクさせてリビングの空気を吸い込む芳川さん。

「よかった……これといって消臭してなかったから、ちょっと心配で……」(臭う訳ないよね!! だってあんだけ消臭したんだもの!!)

 再び嘘を重ねる芳川。

 全力で消臭したんだ!! と随分内容量の減った消臭スプレーを見せて打ち明けても、雰囲気をブチ壊すどころか、逆に和んだ雰囲気に変わることと思われるが、変に気高い芳川は、どうしても打ち明けられなかった。

「どちらかというと、柑橘系の匂いが少しするかも……です」

「ホント!? もしかしたら、さっきミカン食べたから、その匂いかもしれない… 嫌だったら、換気するけど」(ヤッベ、さすがに撒きすぎたか? おっかしいな、無香なはずなんだけど!?)

「ううん、全然不快じゃない…というより、とってもいい香りです…!」


 ひとまず息を整えつつ、平静を保てていることを確認する。

(よし…! 頼むから、余計な嘘は吐きたくない!!)


 すると、衣川さんはモジモジした様子で、

「その、焼きそばお好きなんですか?」

「そうかもしれない……2日連続でお昼に食べてるくらいだから」

「それは、もう焼きそばにゾッコンな証拠ですよ……きっと。得意料理は焼きそばだったりします…?」

(得意料理『や・き・そ・ば』!? 初耳な響き!!)

「おーん、そうなのかも……」

(止めろ止めろ!! 取り返しが付かなくなるようなことを言うなッ!!)


 唐突の焼きそば得意料理発言に虚を突かれ、テキトーな返事をしてしまったが、実はかなりヤバい。料理作って見せてよと言われたら、ごめんなさい嘘吐きましたと、低身低頭で謝るしかない。というのは、火を使った料理はゆで卵が限界で、一人焼き肉や一人お好み焼きなどのセルフクッキングスタイルの店には立ち入れた試しがない。ダークマターを生成しないだけマシなのかも知れないが、料理自体経験が皆無に等しいものだから、『ダークマター生成』の隠し能力が備わっていたって不思議ではない。


「えっと、立ったまま話すのは難だから、どうぞ座って…下さい……どうぞ」

 得意料理が焼きそば、というか料理がそこそこできる前提で話が進みそうな展開を上手く切り上げ、ローテーブルの前に敷かれた座布団に誘導する。このまま、料理関連の話を続けていてはいつかボロが出るに違いない、そう告げた芳川の本能が芳川の見栄っ張りな性格に割って入った形だ。


(いつか、料理関連については訂正しないと…… まぁ、この研修旅行関連の打ち合わせ機会を耐えれば、済む話だとは思うが……衣川さんとなんて、こんな機会がないと話もできない立ち位置クラスカーストな訳だし……)

 そう思考をまとめはしたが、今回限りの衣川さん相手に見栄を大きく張っているのは芳川であり、実に矛盾している。男という生き物は、異性の前で格好付けたい生き物なのだ。芳川の場合は、その程度が過ぎるというだけで。


「ん? どうかしました?」

 砕けた口調から敬語に戻った芳川は、ローテーブルの前で固まる衣川さんに声を掛ける。衣川さんはどこか困った…というか、何かを躊躇っている様子だ。


 ハッと、衣川さんが躊躇う理由に気付くと、

「あっ、ごめん…なさい!! 横並びじゃちょっと気持ち悪いですよね…!! 深く考えずに座布団置いてしまって……」

 どういうことかというと、ローテーブルの同じ側に2枚の座布団を並べてしまっていたのだ。その配置だと、ローテーブルのサイズ感もあって、芳川と衣川さんがお互いの肩がぶつかる距離で打ち合わせを進めることになる。

「ホントにごめん…なさい!! 邪な気持ちとかこれっぽっちもなくてェ!!」

 言い訳を重ねれば重ねるだけ、嘘っぽさが増して行くようにも思えるが、弁明の止めどきが分からない芳川は、立て板を流れる水のような勢いで『悪気はない』の文句を重ねる。


 慌てて座布団を反対側に持って行こうとすると、

「待って…!! 今のままの方が、その……うれしいから…!!」

「ん? うれしいから?(なんだって!?)」

 先程までは心の中だけに収めていた心の声が、喉を通じて漏れ出してしまった。「なんでもない」と誤魔化すには、既に時遅しという感じで、

「いやっ……その…『うれしい』っていうのは、『助かる』みたいなニュアンスで……そのまんまの方が打ち合わせがしやすいかな…って。……ほら、資料とか同じサイドから見ていた方が読みやすいですし…」

「でもさ…ほら、この机ちっちゃいから、ふたり同じサイドに並んでると、窮屈だろうし……」

(いやいや、肩が触れる至近距離で打ち合わせとか、俺のMPが持たねェ!!)

「そうだ…ね。そうだね…… じゃあ、私はコッチに座ります…」

 なんとなくトーンダウンした様子に見える衣川さんは、ソファ側を指差し、そこに座る。そして、ソファに置かれた(芳川が玄関から運んだ)トートバッグからパソコンを取り出し、旅行ガイドと一緒にローテーブルの上に置く。


「あっそうだ、お菓子持ってくるから、少し待ってて…(ください)。その間に、パソコン立ち上げておいてくれると助かります」

 昨日買ってきたチョコをキッチンに取りに行く。

(そういえば、機械音痴って言ってたっけ? 『パソコン立ち上げる』もよく解らないみたいなこと言ってなかったか?)


 そうなのだ。パソコン音痴という理由で、オンラインミーティング形式を断られた覚えがある。何かの冗談か勘違いだよな、と一週間くらい前の記憶がおかしいのだということで蹴りを付けて、チョコを持って戻る。


 すると、

「あっ、その…パソコンの立ち上げかたと落とし方くらいは勉強してきたから……大丈夫…!! ひとりで立ち上げられ…ました」

(やっぱりその設定生きてたかぁ!!)

 ここで、ツミキでタワーを作った幼稚園児を褒めるように、衣川さんをあしらうのも変だと感じつつも、どう返せば良いのか解らない。

「あっ、それは良かった……チョコ、嫌いじゃないかな…家にあったお菓子を出しただけで申し訳ないけれど」(うわぁ!! 変なこと言うな! 見栄を張っちまう俺の第二人格どっか行けや!!)

 そう、このチョコは芳川が日常的に食べるお菓子の類いではなく、今日のために買い揃えた代物だ。それを、あたかも普段から食べているから、家にストックがありました! みたいなニュアンスで述べている。 


「そんなことないです…! これ、CMで良く見掛けますし、気になっていたので……! 私も何か持ってくるべきだったでしょうか?」

「そんなことはない…ですよ… 今回、おもてなしするのは俺ですし、わざわざ来て頂いているので」

 いつの間にか、また敬語調に戻っている。どうやら、ボロが出そうになると、砕けた口調から敬語に戻る設定らしい。


 すこし居心地が悪くなったのを誤魔化すように、

「麦茶、用意しますね。氷は要りますか?」

「そんな、お気遣い頂かなくても……えっと、氷はなしでお願いします」

 キッチンにとんぼ返りして、冷蔵庫を開く。そのポケットには、買い溜めしてある2Lペットボトルが複数ある。備えておいたガラス製のコップに麦茶を注ぎ、そのまま持って行く。この時に、どちらかのコップに氷を入れておけば、もしくは色の異なるコップを使えば、取り違いを完全に防げるのだが、そんなことにまで頭は回らない。


「お菓子と飲み物も揃いましたし、そろそろ始めましょうかね」

1話でまとめる予定だったのですが、思いのほか長くなってしまいそうなので、今回はこの辺りで切りました。なので、次話も『打ち合わせ @芳川宅』が続きます。お楽しみに。


今週末は少し用事があるので、もしかすると、投稿が1日多く空くかもしれません。頑張って書き上げられるように善処します……!


そういえば、クリスマスが近いですね。駅前のイルミネーションで思い出しました。どうせ用事はないので、投稿頻度は落ちません。よろしくお願いします!!

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